トルコの選挙と中東非米化2023年5月13日 田中 宇5月14日に行われるトルコの大統領選挙は、野党連合のクルチダルオールが、現職のエルドアンを破って勝ちそうになっている。 3番手につけていた故国党のインジェ候補が5月11日に立候補の取り下げを表明した。インジェ支持者の大半がクルチダルオールを支持しそうなため、5月28日の決選投票までいかず、一発でクルチダルオールが勝つ可能性が出てきた。KONDAの世論調査では、クルチダルオール支持が49.6%、エルドアン支持が43.7%だ。 欧米を敵視してNATOの協調を破壊し続けた過激なエルドアンに比べると、クルチダルオールは穏健で、欧米やNATOと協調する姿勢を見せている。そのため米国側の軍産マスコミは、善玉のクルチダルオールが悪玉のエルドアンを打ち負かしそうだと大喜びで喧伝している。 (Turkey Elections: Latest polls put Erdogan challenger on verge of first-round win) クルチダルオールが勝って大統領になると、トルコと欧米の関係は(表向き)好転するだろう。エルドアンが妨害してきたスウェーデンのNATO加盟を、クルチダルオールは就任したらすぐに認めそうだ。 彼の政党CHP(共和人民党)は世俗主義で社会主義でもあり、欧州の中道左派のような勢力を目指している。欧米好きの中産階級や知識人に支持され、アタチュルクの脱イスラムからの百年の世俗主義の流れを継いできた。 対照的に、エルドアンのAKPはイスラム主義で、イスラムを軽蔑・敵視してきたアタチュルク以来の世俗主義の知識人たちを「欧米かぶれ」と罵ってやり返している。 都会人や中産階級はCHPを支持し、地方の人々や貧困層はAKPを支持する傾向だった。だから欧米はエルドアンを嫌い、クルチダルオールを支持している。 (A Real Challenge To Erdogan's Rule) エルドアンは欧米と対立するために露イラン中国など非米側との関係を重視してきた。エルドアンが下野し、トルコが親欧米の方に戻ると、非米側の台頭や資源独占に押されて負けていた米国側が再び優勢になるかもしれない。軍産マスコミが期待するのはそういう流れだ。 しかし詳細に分析すると、そうならないことが見えてくる。クルチダルオールは、欧米NATOとの関係を好転させると言っているが、その一方でウクライナ戦争に関する中立姿勢を崩さないと言っている。 (Turkish election could spell end to Erdogan era) 今の外交界で、ウクライナ戦争に対する「中立」とは「(強弱はいろいろだが)親ロシア」を意味する。欧米NATOは徹頭徹尾「反ロシア」だ。 非米諸国の多くが「ウクライナ戦争での中立」と「親欧米」の両方を掲げつつ、実際は米国側からどんどん遠ざかっている。エルドアンのトルコもその一つで、欧米をボロクソ言いつつも、NATOをやめることはなかった。 クルチダルオールが政権をとったら、トルコが親欧米の姿勢を改めて表明する。そうなるとしても、それは軍産マスコミがぬか喜びさせるためだ。ウクライナ戦争での中立、つまり隠れ親ロシアの姿勢は崩さない。 (Why Turkey's May 14 Election Really Matters) 欧米や米覇権の崩壊は、もはや不可逆に進行している。これから時間が経つほど欧米の弱体化が顕著になっていく。仏豪などの最近の動きをみればわかるように、米国側の諸国はどうやって米国から距離を置くかを考えてジタバタしている。 そんな状況なのに、これまで非米側に入っていた国々が、これから米国側に転じるとしたら、その国の為政者は大馬鹿だ。クルチダルオールが米国側に転じるとしたら、大馬鹿である。そんなことはしない。彼は、エルドアンが過激な演技とともにやっていたことを、穏健にやるだけだ。 今のトルコにとって最大の国際問題は、南隣のシリアとの和解だ。シリアでは12年間続いたアサド政権とイスラム主義の反政府勢力(ISアルカイダ・ムスリム同胞団)との内戦がアサドの勝利で終わり、反政府勢力を支援してきた米国やトルコは負け組に入っている。 サウジアラビアなどアラブ諸国は対米従属なので反政府勢力を支援していたが、反政府側の敗北が確定したので、最近アサドと和解する動きを進めている。米国は反対しているが無視され、米覇権の低下が露呈している。 (What does the outcome of Turkey elections mean for Syria? A lot) トルコは、エルドアンや与党AKPがイスラム主義で、AKPは事実上の「ムスリム同胞団トルコ支部」なので、シリアの反政府勢力を本格的に支援してきた。トルコは、アサドを嫌うシリア人を難民として自国内に抱え、自国と隣接するシリア北部を軍事占領して反政府勢力に拠点として使わせ、武器や食糧を供給してきた。 しかし、シリア内戦はアサドの勝ちになり、反政府側はトルコとその占領地に押し込められている。エルドアンは米国とともに、国際的に「負け組」に入っている。 (Syrian, Turkish Foreign Ministers to Hold First Meeting in Over a Decade) クルチダルオールは、当選して大統領になったらアサドのシリアと積極的に和解したいと言っている。対照的にエルドアンは、シリアと和解せねばならないことを認めつつも、自分の威信を落としたくないのでいろいろ条件をつけてゴネている。 シリア内戦でアサドを勝たせたのは、空軍力でアサドを支援したロシアの功績だ(地上軍ではイランがアサドを支援した)。内戦後のシリアを安定させ、国際社会に復帰させる流れも、ロシアが主導・仲裁している。 ロシアの仲裁で最近、内戦後初のシリアとトルコの外相会談が行われた。エルドアンはゴネつつも、シリアとの和解を進めている。それしか道がないからだ。 エルドアンはシリア内戦の初期に、アサドを軍事支援するロシアと対立していた。だが彼は、ロシアがアサドを勝たせる流れを止められないとわかると、2016年に劇的にプーチンと仲直りし、シリア北部を占領してISカイダを支援したままロシアと和解した。しかしその後も、ロシアとNATOの両方に対していろいろゴネ続ける独自の手法をとっている。 (Major Moscow Summit Moves Syria-Turkey 'Normalization' Forward) (欧米からロシアに寝返るトルコ) 「ゴネ得」戦法のエルドアンは、国際的な交渉相手として「めんどくさいやつ」だ。対照的にクルチダルオールは穏健で合理的な感じを醸し出している。しかもエルドアンは、歴史的にサウジ王政やエジプトの軍事政権(世俗主義)と対立してきたムスリム同胞団系の人だ。 米覇権が消失し多極化する今後の中東は、サウジなどアラブとトルコ、イラン、イスラエルなどが、ロシアや中国の仲裁を受けて仲直りし、内部的な均衡状態を円滑に形成していくのが望ましい。ゴネ得のめんどくさいやつは要らない。ムスリム同胞団にこだわってサウジやエジプトの政権と対立したがる人も要らない。 その意味で、ロシアやアラブなどの政府内に、エルドアンよりクルチダルオールに勝ってほしいと考える人々が多くても不思議でない。誰も公言しないだろうが。 (Russia Attempts Turkey-Syria Normalization In Moscow Summit) 米政府はアサドを敵視し続けている。これは非現実的な態度であり、プロの外交官の姿勢として不合理で「隠れ多極主義」的だ。 トルコは、誰が次期大統領になってもアサドと和解する。エルドアンはしぶしぶ、クルチダルオールは積極的に和解する。どちらにせよトルコは、アサドを敵視し続ける米国との齟齬が拡大する。 トルコもサウジもイランも、非現実的な強硬姿勢を貫く米国でなく、現実的なロシアや中国を頼るようになる。イスラエルすら、そうなっていく。クルチダルオールが勝つと米覇権の蘇生にプラスだということはない。 クルチダルオールはアレヴィー派のイスラム教徒だ。シリアの独裁者であるアサド家はアラウィー派のイスラム教徒である。 アレヴィー派とアラウィー派は、名前が似ているだけで宗派としての特徴や教義が異なっているものの、両派ともシリアとトルコにまたがって住み、多数派であるスンニから弾圧されてきた。両者は政治的な親近感が強い。 クルチダルオールが属してきたアレヴィーは以前から、アラウィーのアサドを支持する傾向だった。この点でも、クルチダルオールが大統領になるとアサド政権のシリアと仲良くしそうだ。 (Are Syrian Alawites and Turkish Alevis the Same?) エルドアンは2003年からトルコの政権を握り続けてきた。2001年の911事件後、米国がイスラム主義を敵視しつつ中東を破壊し続け、それがゆえに中東の人々はイスラム主義を米国に立ち向かう存在として意識した。 エルドアンはその流れに乗って権力を維持した。彼は、アタチュルク以来の百年間、欧米の一部になりたいが永久にしてもらえない「欧米かぶれ」のトルコを、そこから手荒く引っ張り出し、イスラム主義の方に向け直した。 欧米や、かぶれ続ける日本など米国側の権威筋は、エルドアンを独裁者と誹謗し続けたが、エルドアンは再選され続けた。先に崩壊したのはエルドアンでなく、隠れ多極主義に食われ、民主やリベラルを標榜しつつ人殺しや政権転覆、インチキ報道をやり続けて自滅した米国側だった。 ('Europe' is an American pawn - Turkish minister) エルドアンは、トルコを欧米かぶれから引っ張り出した点で、偉大な指導者である。いくら欧米がインチキで自滅的な存在になっても、自国を欧米かぶれから脱却させる指導者が出てこない日本、権威筋が米覇権の崩壊をまともに語らない日欧とは違う。 欧米や米覇権の崩壊は、すでに不可逆的だ。今回の選挙でクルチダルオールが勝っても、トルコは欧米かぶれに戻らず、反米イスラム主義から、多極型世界の形成に円滑に協力する現実主義に転換するだけだ。エルドアンが再選されれば、これまでと同じゴネ得戦略が続く。両者の間に本質的な違いはない。
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