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米国を破壊するメキシコとの麻薬戦争

2023年5月2日  田中 宇 

米政界で、南の隣国であるメキシコの麻薬組織(カルテル)群を潰すために米軍をメキシコに侵攻させようとする動きが強まっている。米南部で強い共和党が対墨侵攻に積極的で、返り咲きを狙うトランプ前大統領も、当選したらメキシコに侵攻すると言っている。 トランプは大統領だった2019年11月にメキシコの麻薬組織をテロ組織に指定し、麻薬撲滅政策の担当をそれまでのFBI(捜査局)やDEA(麻薬取締局)といった警察機関だけでなく、テロ戦争をする軍部(DOD,CIA,DHS)にも拡大することに道を開こうとしたが、側近らに反対されて翌月に取り消した。 民主党と軍産への偏向が強い米マスコミは、これを頭のおかしなトランプの暴走と報じている。 (President Joe Biden agrees to deploy reserve troops at US-Mexico border) (Invading Mexico in the Name of the Drug War Is a Really Bad Idea

だが、メキシコの麻薬組織はこの四半世紀で勢力を拡大し続け、メキシコ政府より強くなった。彼らは大麻や覚醒剤などの麻薬を米国に輸出するだけでなく、違法移民に混じって米国に入り込んで麻薬の販売網を構築し、近年は米墨にまたがる犯罪組織になった。米当局は、麻薬組織の取り締まりに(意図的に)失敗している。 麻薬組織が拡大し続けているため、彼らをテロ組織に指定して米軍が対墨侵攻する案を、民主党も切って捨てられない。バイデンは4月27日に、米墨間の麻薬密輸を取り締まるため米軍の予備役部隊を米墨国境に配備する大統領令を発した。 (Executive Order on Authority to Order the Ready Reserve of the Armed Forces to Active Duty to Address International Drug Trafficking

バイデンはこれに先立つ昨年12月、米墨間の麻薬密輸に関して国家非常事態を宣言した。今回の予備役配備はその具体策だ。 これらの発令で、従来のFBIとDAEに加え、国防総省(DOD)と国土安保省(DHS)とCIAという軍事系の米機関も麻薬組織との戦いを担当することになった。テロ指定を経ないかたちで、すでに麻薬組織とのテロ戦争が始まっており、米軍がメキシコに侵攻できる態勢が組まれている。 民主党の米政府は、表でトランプを馬鹿にしつつ、裏でトランプの対墨テロ戦争を踏襲している。 (Biden Authorizes Southern Border Deployment Of Reservist Troops

メキシコの麻薬組織が米国にもたらす問題はどんどん拡大している。だが、麻薬組織を軍事的に攻撃しても何も解決されず、むしろ事態が劇的に悪化する。 墨麻薬組織は巨額収入を使って大量の兵器と戦闘要員を抱え、軍事諜報力(スパイ能力)を高めている。メキシコの政界や警察、裁判所などは、賄賂と殺害の脅しによって麻薬組織に入り込まれ、米国の戦争に協力しない。 麻薬組織は米国にも地下組織を広げ、毎年100万人以上メキシコから米国に流入する違法移民の中に無数の要員が混じっている。米軍がメキシコに侵攻して麻薬組織を攻撃したら、麻薬組織は報復として米国内でテロや破壊行為を開始する。麻薬の売人が爆弾仕掛け人に変身する。

この戦争は、麻薬販売が目的だった組織を、米国と戦う強力な戦闘機関・テロ組織に変身させる麻薬組織は、米国からテロ組織として指定されることで、逆にテロ組織の色彩を強める。米国が、麻薬組織を米国内の強大な敵に仕立てる。これは、米国がアルカイダを強大な敵に仕立てたのと似た構図だ。 米政府の長年の(意図的な)無策により、米墨国境は抜け穴だらけで、麻薬組織は戦争道具を持ち込みやすい。開戦したら米国の経済と社会が一気に不安定になり、崩壊していく。麻薬組織は、タリバンやアルカイダよりはるかに強く、米本土に根を張っている。この戦争は米国とメキシコを大破壊する。

米国内が戦争になると、米政府は強い有事体制を敷き、当局が市民を超法規的にスパイしたり言論統制や拘束するようになる。911以来の米国内の有事体制が一気に強まる。米国は完全に法治国家でなくなる。 インチキな理由を作って国民の主権を剥奪するのは、新型コロナや大リセットと同じ構図だ。(みんなまだ気づかずマスクしてるけど。一生してな。主権なんて最初から要らないよね) この戦争が激化すると、米国は国内の戦争に忙殺されて世界支配どころでなくなる。中東やウクライナはどうでも良いことになる。欧州や日本など同盟諸国を見捨てる傾向が強まる。米覇権のゾンビ化が進む。

対墨侵攻は、米国の麻薬問題を全く解決しない。米当局は40年あまり麻薬を取り締まってきたが完全に失敗している。米当局は、麻薬問題の解決でなく悪化を(隠れ多極主義的に)進めてきた。 米国では麻薬が簡単に手に入る。米国は以前から、麻薬を取り締まっても取り締まらなくても同じ状態だ。麻薬を合法化して公式な流通網を作れば、麻薬の価格が下がり、墨麻薬組織は経済的に潰れる。タバコと同様、値段が高くても愛好者は減らず、安くなっても愛好者はそれほど増えない。 麻薬問題の最良の解決策は合法化だと言う人が多い。だが、麻薬取締局DEAは、合法化に猛反対し続け、合法化に向かう政治運動を潰してきた。DODやCIAなど軍産複合体が911による「永遠のテロ戦争」を隠然と大歓迎(というより推進)したように、DEAは永遠に解決しない麻薬問題を推進している。 (Mexico’s Carnage Has No Military Solution

米諜報界の歴史として見ると、1970年代から中南米で展開した麻薬戦争・麻薬問題の恒久化・中南米支配の泥沼化は、同じころにアフガニスタンやレバノンの紛争から始まって911後のテロ戦争に続く中東支配の泥沼化と同質だ。それより前に展開したベトナム戦争とも同質だ。 これらは、諜報界が米覇権の運営を泥沼化させた隠れ多極主義の早期の展開だった。テキサス州の石油事業で儲け、親子で大統領になったブッシュ家はサウジアラビア王家と親しく、パパブッシュはCIAの要員として中東支配と中南米支配の両方に関与した。 パパブッシュは副大統領の時に、中東のイランに人質釈放の見返りに兵器を売り、その代金を中南米ニカラグアのコントラに注入するイラン・コントラ事件の実務を担当した。 1970-80年代に中東や中南米で展開したゲリラ戦による米覇権の泥沼化は、2001年の911事件でテロ戦争として再び盛り上がった後、イラクやアフガニスタン、シリアなどの戦争によって大失敗し、その挙げ句に今回の米軍メキシコ侵攻案で米覇権にとどめを刺そうとしている。

米軍の対墨侵攻は先例がある。米国は1840年代にメキシコに侵攻し、テキサスやカリフォルニアを奪って自国領にした。だが今は昔と違う。今のメキシコはNAFTAやUSMCAの自由貿易圏に入り、経済的に米国と不可分に合体している。 メキシコは世界で15番目の経済大国だ。アフガニスタンやニカラグアなど小さい国々とは違う。メキシコは政治的にも米国と親しい。イラクやシリアなど米国から敵視されて侵攻された国とは全く違う。 (Three things to keep in mind about the U.S.-Mexico relationship

メキシコ政府は当然ながら、米国が侵攻してくることに猛反対している。米軍の対墨侵攻は、国際法違反の人道犯罪だ(侵略を正当化するのがテロ戦争だが)。 米国はなぜ、自国とメキシコを破壊する侵攻をやりたがるのか。その答えは「米覇権を自滅させる究極の隠れ多極化策だから」だろう。 イラクやアフガンの戦争は米本土を破壊しなかったが、対墨侵攻は米本土を、侵攻後のイラクみたいな「本物のテロ戦争」の泥沼の戦場に変え、決定的に破壊していく。 だから覇権放棄屋のトランプが2019年に麻薬組織をテロ組織に指定して侵攻に道を開こうとしたとき、覇権維持派(軍産系)の政府高官たちがみんな反対して話を潰した。 (Mexico’s president slams calls for US military to target cartels

あれから4年。麻薬組織は米国に入り込んで拡大し続けている。世界と米国の事態は、ウクライナ戦争やコロナや大リセットや、社会構造を破壊する覚醒運動や、繰り返される民主党の選挙不正などを経て、過激な策が通りやすくなった。対墨侵攻の構想を再び持ち出す好機が来ている。 対墨侵攻したら米国が自滅するのが明らかだから、米上層部の反対論は今後も強いだろう。だが、バイデンが決めた、違法移民阻止でなく麻薬組織との戦いを目的にした米墨国境への米軍予備役部隊の配備など、侵攻への道はすでに隠然と進んでいる。 今後、911事件のような自作自演的なテロや軍事攻撃が米墨間で起こり、犯人は麻薬組織だという(濡れ衣)話になると、それを機に米軍の対墨侵攻が現実になりうる。



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