コロナ危機が世界を平和にする?2020年4月20日 田中 宇世界がコロナ危機に見舞われるなか、世界の5大国(P5)である国連安保理の常任理事国が3月末から、世界の地域紛争・内戦をすべて停戦させる「コロナ世界停戦案」を検討している。手始めに、イエメン、シリア、リビア、ウクライナ、スーダン、南スーダン、カメルーン、中央アフリカ、ミャンマー、フィリピン、コロンビアの内戦を国連の仲裁で停戦する案が出ている。まとめ役をしているフランスのマクロン大統領によると、P5の5人の首脳は全員が世界停戦案に賛成している。 (France urging top powers to endorse UN virus cease-fire call) 軍産系の米シンクタンクは、5大国は世界停戦に原則賛成だが、それぞれの紛争をどうするかという個別の話になると、5大国の思惑が反目しあってうまくいかないと書いている。たとえばシリアに関して、ロシアや中国は自国の側(アサド政権)が勝っているので早く内戦を終わりにしたいが、米国は「イスラエルがシリアを自由に空爆できなくなる」という理由で内戦終結を渋っている。 だが、そう言っている間にも、シリアで米軍が支援してきた最大の反政府勢力(ISIS・アルカイダ=テロリスト系)の大部隊(Maghawweri Thowra)がアサド政権のシリア政府軍に投降して寝返った。この部隊は、米軍が隣国イラクからシリアの反政府勢力を支援していた国境沿いのアルタンフ基地を占拠していたが、アルタンフもシリア政府軍に返還された。米軍はシリア国内のほとんどの拠点を失った(まだ油田を占領している)。 (US-trained rebel force quits American Al-Tanf base in E. Syria) ("Major Blow To US": Large Group Of US-Backed Fighters 'Defect' To Assad Forces) シリア内戦は、すでに米イスラエル側の敗北が確定している。ウクライナでも米露の思惑は正反対だ。ミャンマーでは中国がスーチー軍政を支持し、ロヒンギャ難民を支援する「国際社会」を嫌っている。それらを列挙していくと、軍産(恒久戦争派)好みの「停戦なんかうまくいくわけないじゃん」という話で終わる。 (Trump Administration and Kremlin Watered Down French Push for U.N. Cease-Fire Resolution) (シリア内戦終結でISアルカイダの捨て場に困る) しかし私は、世界停戦が意外と進むのでないかと思っている。その理由の一つは米国で、トランプと軍産複合体との暗闘(ロシアゲートなど)がトランプの勝ちで確定し、ちょうどその後のタイミングでコロナ危機が起きているからだ。米国の軍産は、かなり弱体化している。民主党では軍産系のバイデンが統一候補になったものの、党内では反戦的な左翼が以前より強くなっている。トランプは表向き、軍事費を巨額に計上するなど軍産支持を演じ続けている。だがコロナ危機下の今の米国は、財政的にも信条的にも、世界各地で内戦に加担したり軍事支配を続けることを嫌がる傾向を強めている。米政府は戦争でなく失業対策にカネを使うべきだ、外国のことなんかどうでもいい、と多くの米国民が思っている。米軍の空母では次々とコロナ感染が拡大しており、戦争どころでない。 (What Virus? Military Asks Whopping $20B to ‘Deter Chinese Aggression’) (自分の断崖騒動を起こして軍産を潰すトランプ) 今回の世界停戦案は、プーチン大統領が1月に提案したP5サミット復活の流れをくんでいる。プーチンは、かつて世界の安定を守る機能を持っていた(冷戦で機能破壊された)国連安保理のP5諸国の定例サミットを再生し、崩壊しつつある米単独覇権体制に代わって、P5が世界の安定を守る多極型体制を作ろうとしている。5月の第2次大戦戦勝75周年の記念式典にP5の首脳たちを招待し、そこで久々のP5サミットをやろうとした。その後、コロナ危機がひどくなり、戦勝記念式典も延期になった。その代わりに今回、P5で世界停戦を進めていく話が出てきた。 (国連を再生するプーチン) プーチンは、P5の機能を復活して多極型の新世界秩序を作ろうとしているが、それは米国でトランプが軍産との暗闘に勝ち、それまで世界を支配してきた軍産が無力化され、軍産が取り仕切ってきた米単独覇権体制が崩れているからだ。プーチンは、トランプの協力者だ。 (プーチンの新世界秩序) プーチンとトランプは表向き対立している。最近では、プーチンとサウジのMbSが石油を増産して原油の国際価格を暴落させ、コスト高の米シェール石油産業を業界ごと潰そうとしている。シェール産業は赤字をジャンク債の大量発行で補填して自転車操業してきた。シェール産業が破綻すると債券の金融危機に発展する。しかしこれとて、トランプは国内の石油産業と金融システムを救うためロシアに譲歩せねばならないという演技に使っている。米露サウジなどによる石油価格に関する談合はG20で行われている。G20はリーマン危機後、多極型の「世界政府」的な機能として拡充された機関だ。 (Russia calls on G20 to join efforts with OPEC+ on oil market) 加えて、サウジが原油安攻勢で米国の石油産業に脅威を与えているとして、米議会がサウジへの軍事支援を止めようとしている。これはサウジの対米自立・露中への接近・対イラン和解に拍車をかける。どれも多極化につながる。また、トランプはシェール産業を守らねばならないと言って米連銀にQEを急拡大しろと圧力をかけ、これまでQE再開を渋ってきた連銀を方向転換させることにも成功している。 (Putin: Oil Glut Is Really About Saudi Desire To Crush US Shale) (Senate Bill Would Remove US Troops From Saudi Arabia in 30 Days) コロナ危機が長引くほど、米国中心の金融システムと、世界各国の実体経済の両方が破壊されていく。いま世界各国がやっている都市閉鎖の策は、危機の実質的な唯一の解決策である集団免疫の形成を遅延させ、コロナ危機を長期化させる効果をもたらす。経済と金融の破綻は、各国の政府が財政資金のすべてを延々とコロナ危機への医療と経済の対策に使わねばならない状態に陥らせる。米国では、軍事費を縮小して医療と経済に使えという要求が国民から強まる。NATO諸国や日本などの同盟諸国は、米国から「軍事費をGDPの2%まで増やせ」と要求されて渋ってきたが、今後は以前より強く、NATO諸国が米国からの軍事費の増加要求を拒否するようになる。事実上のNATOの崩壊が進む。長期化するコロナ危機は全体的に世界を「戦争どころでない」「軍事どころでない」状態にしていく。米国は、同盟諸国の軍事的な面倒を見なくなり、世界から手を引いていく。 (静かに世界から手を引く米国) トランプはコロナ危機の発生後、中国への敵視に拍車をかけている。トランプは、コロナの発生源が中国であることを使って中国敵視している。また米政府は「アジアでの中国との敵対に注力するため、中東から軍事撤退する」と言いつつ、イラクやアフガニスタンから撤兵している。しかし、米政府のこの言い方は(笑)だ。イラクでもアフガンでも、米国が手を引いた分を穴埋めして中国の影響力が強まっている。中国はイラクで大口・長期的な石油ガスの開発権を次々と取得している。米軍撤退後のアフガン政府は中国への依存を強める。アジアですら、フィリピンが米軍基地を追い出して中国側に寝返っている。安倍の日本も、中国と対立する気が全くない。トランプが中国敵視に拍車をかけるほど、同盟諸国はそれに付き合わず米国に愛想を尽かし、中国の影響力が強まる。 (Pentagon sees Taliban deal as allowing fuller focus on China) トランプはWHOがコロナ政策で中国の言いなりになっていると批判し、その制裁として、米国がWHOに支払うべき拠出金を支払わず棚上げすると決めた。これは中国敵視策のように見えて実は正反対だ。米国から距離を置かれたら、WHOは従来よりさらに中国に頼るようになり、米国がWHOへの支配権を手放して中国に与えてしまう結果になる。 (Lost in Beijing: The Story of the WHO) またトランプの大統領府は最近、米政府の軍産系ラジオ放送であるVOAに対して「中国の片棒担ぎをやっている」と正式に非難した。VOAは、中国やソ連などの人々を共産党嫌いにするための宣伝放送で、中国敵視の本筋である軍産の一部だ。トランプはVOAを中国の犬と批判することで、中国敵視のふりをした軍産潰し・中国強化をやっている。中国やロシアを敵視するふりをして強化するのはネオコンなど隠れ多極主義者の典型的な策略だ。VOAがなくなると、米国の中国敵視がむしろ減る。 (Amid a Pandemic, Voice of America Spends Your Money to Promote Foreign Propaganda) コロナ危機の発生後、軍事・安保の面だけでなく経済の面でも、米国の世界支配の構図の解除が進んでいる。国際社会の経済政策の最高意思決定機関であるG20は最近、世界の最貧諸国がコロナ対策に注力できるよう、最貧の債務国が先進諸国や国際機関から借りている資金の元利の返済をしばらく(まず半年間)猶予する策を決めた。先進諸国や国際機関が、貧しい諸国に資金を貸して借金漬けにして支配する従来のやり方は「ワシントンコンセンサス」として悪名が高くなった米国覇権の世界支配の手法の一つだ。今回の返済猶予は、コロナ対策の衣をかぶっているが、実質的にG20がワシントンコンセンサスを放棄し始めたことを意味する。 (G20 nations close in on debt deal for poor countries) (Global 'Jubilee' Looms As G20 Finalizes Debt Relief Program For World's Poorest Countries) ワシントンコンセンサスの手法は、資金を貸す側の米国・欧米が、米国中心の債券金融システムの錬金術(バブル膨張)の機能を使って作った資金を、そういった機能を持っていない貧しい諸国に貸して借金漬けにする。債務国の側はバブル膨張で作ったあぶく銭を貸しているだけの気楽な存在だ。今回、コロナ危機の発生とともに、このバブルの錬金術は終わりになり、すべてを中銀群のQEに背負わせてバブル崩壊していく過程が確定した。裏の構図である米国中心のバブル膨張の仕掛けが不可逆的に失われていくので、ワシントンコンセンサスも終わりになる。貧しい国々は最近、一帯一路の覇権戦略をやっている中国から借金する傾向を強めているが、その観点からは、ワシントンコンセンサス(米国覇権)が一帯一路(中国覇権)に取って代わられたとも言える。 (G20は世界政府になる) 今後、コロナ危機が長期化して米国覇権の低下が如実になってくると、どこかの時点でリーマン危機後のようにG20サミットが世界政府的な機能を持って再台頭してくるだろう。それが早すぎると、G20は既存の米国覇権の機能を維持するための役割をかぶせられてしまう。英国のブレアやブラウンといった、米英単独覇権主義・軍産系の英元首相たちは早々とG20サミットを開いてコロナ対策を議論すべきだと提案している。多極を嫌う彼らは、G20を米国覇権の補佐役に仕立てようとしている。トランプは英元首相たちの提案を無視している。彼は、米国の覇権崩壊が如実になってからG20サミットに出番を与えることで、G20を米覇権補佐役でなく米覇権が潰れた後の多極型の世界政府にするつもりでないか。 (Former world leaders call for G20 to coordinate corona response) 米国の債券金融システム(バブル膨張の錬金術)は、1971年にニクソン大統領が米国覇権(ドル基軸性)を潰そうとして挙行した金ドル交換停止(ニクソンショック)への対抗策として米国覇権を維持したい金融界が考案した。ニクソンは、冷戦終結を目指した米中和解と合わせ、安保と経済の両面で米単独覇権体制を壊そうとしたが、ウォーターゲート事件でニクソン自身が潰された。それ以来、米国覇権を維持しようとする軍産・金融界と、米覇権を解体して多極化しようとする隠れ多極主義者たちとの暗闘がずっと続き、今回のトランプとコロナ危機によって、安保と経済の両面で米国覇権の終わりと多極化への転換が最終的に実現しそうになっている。コロナ危機は、ニクソン以来の覇権をめぐる暗闘の決着となりそうだ。暗闘がうまいこと終われば、世界は安定するだろう。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)
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