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ウイルス危機が世界経済をリセットする(上)

2020年4月11日   田中 宇

1月23日に中国政府が武漢を閉鎖し、世界的な新型ウイルス危機・コロナ危機が始まってから3か月近くがすぎた。当初、ウイルスが人類にどんな影響を与えるかという分析を優先すべき状況になり、私はしばらくそっちの方面の分析記事を書き続けた。だが3月末以来、イタリアや米国の死者の出方が誇張されている疑い(主な死因が他の疾病なのに、死後検査して感染していたらすべて死因をコロナにしてしまう)とか、日本政府が検査数を増やして感染者の増加を演出している疑いなど、ウイルス危機を口実に各国政府が別の謀略をやろうとしている観が強まり、ウイルス自体の特性よりも、政治的裏読みの方が重要になった。ウイルス自体の特性も、政府や権威筋によって歪曲されているかもしれない。国際的な情報歪曲の分析は、私が911以来20年続けてきたことだ。 (集団免疫でウイルス危機を乗り越える) (ウイルス統計の国際歪曲) (日本のコロナ統計の作り方

新型ウイルスをめぐる歪曲でまず分析せねばならないのは、このウイルスの発生経路についてだ。コウモリが持っていたコロナウイルスが中国の山の中でネコ科などの野生動物にうつり、その動物が武漢の野生動物食肉市場で生きたまま売られている間にヒトにうつり、武漢市民から人類全体に感染した、というのが中国政府の公式説明だ。SARSもこのルートでヒトにうつったとされている。SARSの場合は、詳細な研究結果が発表されている。 (武漢コロナウイルスの周辺

しかし中国政府は今回の新型ウイルスでは、武漢の動物市場の詳細な調査結果など、公式説明を裏づけるデータを発表していない。中共による公式説明は、世界的に疑われている。中共が詳細な調査結果を出さないからだ。中共は「米国の中国敵視の議員などが、中共を陥れるために公式説明を声高に疑っている」と批判するが、話が逆だ。中共が公式説明の詳細な裏付けを発表すれば、米国の反共議員も黙らざるを得ない。中共は、反共議員を黙らせられる証拠を持っていないのだろう。「コウモリから動物市場経由でヒトへ」という公式説明は、根拠があやふやなので人類を説得できず、確定的な発生経路になれていない。今後もずっとあやふやなままだろう。 (Chinese Scientists Find Coronavirus Did Not Originate In Wuhan Seafood Market

そのほかの発生経路として取り沙汰されているのは、武漢ウイルス研究所からの漏洩だ。この研究所はSARSの実態解明のため、コウモリのコロナウイルスを山中で採取してたくさん持っていた。SARSの発生経路の再現研究として、コウモリのウイルスをネコ科などの動物にうつす実験もしていた。実験中のウイルスないし動物を、間違って、または意図的に外に出すと、近くにいるヒトに感染してしまう。この経路での「単純な説」は、ウイルス研究所の研究員が間違ってウイルスを漏洩してしまった「過失説」だ。武漢ウイルス研究所は、最も基準が厳しい「P4バイオラボ」だが、過失は誰にでも起こりうる。それと別に「複雑な説」がある。研究員が意図的にウイルスを漏洩した「悪意説」だ。悪意説はさらにふた手にわかれる。一つは「中共が意図的にやった」という説、もうひとつは「中共の敵(特に米国)が意図的にやった」という説だ。 ("One Of The Worst Coverups In Human History": MSM Attention Turns To Chinese Biolab Near COVID-19 Ground Zero

中共は1月中旬以降、新型ウイルスの感染拡大を止めようと死にものぐるいの対策をしている。その姿勢から見て、中共が意図的にウイルスを市民に感染させたとは考えにくい。半面、米国が意図的にやったとしたら、それは中国から米国の大学に研究しにきた中国人の若手のウイルス専門家を、米諜報界がたぶらかしたり陥れたりして米国のスパイに仕立て、その研究者が中国に帰国して武漢ラボに就職し、米諜報界から命じられるままにウイルスを漏洩させたといった展開があり得る。私は、この「武漢ラボ要員が米国のスパイにされた説」(米中バイオラボスパイ戦争説)か、もしくは単純な「武漢ラボ要員の過失説」の可能性が高いと考えている。当初、その手の記事を書いたが、今もその見立ては変わっていない。 (武漢コロナウイルスの周辺

「米国による意図的な行為」の説は、武漢ラボが絡まない「昨秋、武漢を表敬訪問した米軍の要員がウイルスを持ち込んでばらまいた」という説もあり、中国外務省がこの説を「あり得る」と言って流布させたりしている。中共は、武漢ウイルス研究所が米国のスパイに入り込まれたとか、うっかりミスで超危険な今回のウイルスをばらまいてしまったといった、研究所の名声に傷をつける話を認めたくないのだろう。それで、武漢を表敬訪問した米軍が・・・という話を作ったのだろう。もっと具体的な「米軍のやり口」に関する詳述などをしないと、中共はこの説を信用してもらえない。 (US biological warfare against China could lead to World War III

けっこう延々と書いてしまったが、実のところ発生経路はそれほど重要でない。どんな発生経路であれ、今回ウイルス危機を奇貨として、米国や中国、ロシアなどの諸大国が、自国の世界戦略を推できるからだ。たとえばロシアは、サウジやOPECを誘って世界的な石油増産をやって、コロナ危機で供給過剰になっている国際原油市場をさらに供給過剰にして相場を暴落させ、ジャンク債を大量発行してきた米国のシェール石油ガス産業を連鎖破綻させ、米国の社債市場を崩壊させて米国の覇権を潰し、ロシアの覇権拡大と、国際エネルギー市場に対するアラブ産油諸国の影響力拡大を実現しようとしている。多分成功するであろう露サウジの策略は「誰がウイルスをばらまいたのか」という話と関係なく存在している。 (Saudi-Russia War of Words Delays Oil-Truce Talks

「新型ウイルスは、遺伝子の塩基配列の中に自然界に存在しない部分があるので、人為的に作られた生物兵器だ」という説がある。自然界に存在しない同じ塩基配列がエイズのウイルスであるHIVにもあるという。新型ウイルスとHIVは、同じ勢力(米英の軍産)が作った生物兵器だという、以前から流布している話と合体して「また奴らがウイルスをばらまいて世界に感染病を広げた」とも言われている。この説を研究論文として最初に出したのはインドの研究者だったが、この研究者は、いったん発表した論文を「同じ塩基配列は、他の(自然界の)多くの有機体にも存在していることがわかった」として、数日後に発表を取り下げている。新型ウイルスとHIVが同根なら、両方を作ったのは中国でなく英米軍産になってしまい、インドの中国敵視策にそぐわなかったのかもしれない。この研究者の発表を最初に紹介したのは、中国敵視の言説を多数載せているインドの諜報機関系のサイト「グレートゲーム・インディア greatgameindia.com」だった。そこからゼロヘッジなどに転載され、世界的に広がった。 (Coronavirus Contains "HIV Insertions", Stoking Fears Over Artificially Created Bioweapon) (Indian Scientists Discover Coronavirus Engineered With HIV (AIDS) Like Insertions

私は当時、「これはコロナに便乗したインドの中国敵視策の一つでないか」と思い、論文も取り下げられたので、これまで私の記事で紹介する機会を失っていた。しかしその後、日本でも他の人々がこの説を喧伝した。喧伝者たちは、インドの中国敵視策との関係は指摘していない(そこまで頭が回らない?)。結局のところ、新型ウイルスの塩基配列の一部が自然界に存在しないものなのかどうか、エイズウイルスだけが同じ配列を持っているのかどうか、確認できない。加えて「新型ウイルスは、中国の軍などが開発していた生物兵器だった」という説も、それを指摘した人物(Dany Shoham、ダニー・ショハム)が、2001年の911直後に米国でばらまかれた炭疽菌について「サダム・フセインが開発したものだ」と無根拠に間違いを言いふらしていたイスラエルの元モサド要員だったので、私は「炭疽菌の真犯人はお前ら軍産自身だろ。中東で食えなくなったので中国敵視で食おうという魂胆だな」と思って紹介しなかった。しかし日本では、マスコミでこの話が報道され、国際問題の「専門家(笑)」がこの話を紹介していた。ショハムの炭疽菌の「前科」は日本で報じられていない。 (Bats, Gene Editing and Bioweapons: Recent DARPA Experiments Raise Concerns Amid Coronavirus Outbreak) (Uncanny similarity of unique inserts in the 2019-nCoV spike protein to HIV-1 gp120 and Gag

「国際エリート層は、人類の人数が多すぎるので危険なウイルスを世界的に蔓延させて多数の人を死なせる『人減らし作戦』を画策してきた。コロナ危機はまさにこれだ」といった説が、米国のオルトメディアなどで流布されている。だが、これは私から見ると間違いだ。新型ウイルスは大して人を殺さない。新型ウイルスで死ぬ人のほとんどは、もともと他の持病で死にそうだった人であり、世界の死者数はたぶん急増しない。世界各国はむしろ逆に、人々の恐怖心を煽るため、他の死因の死者をコロナの死者だと歪曲している。臨時の遺体安置所は用意されるだけで「満杯だ」と報じられる。誇張報道を信じた軽信者が「やっぱりコロナ危機はエリートによる人減らしなんだ」と早合点する。そもそもエリート層は、自分たち大企業の商品やサービスを使う人の増加・企業の増益を望んでおり、人減らしを好まない。 (Coronavirus – China’s Secret Plan To Weaponize Viruses

新型ウイルスは大して人を殺さない。だが、ウイルス危機による都市閉鎖や外出自粛策によって経済活動が世界的に全停止し、大企業の利益が急減する。「アマゾンなど一部企業は大儲けするので、新型ウイルスはアマゾンのベゾスあたりが配下の諜報機関にばらまかせた」という考えは、できなくもない。だが、経済の崩壊は物販などの実体経済だけでなく金融システムにも及び、不可逆的な破壊としては実体経済より金融ステムの方がひどくなる。最終的には金融市場そのものが「終わり」になりそうで、アマゾンを含む大企業の株や債券も最終的に紙切れになる。社債を発行して新規投資する企業の戦略がやれなくなる。ベゾスがそれを望むはずがない。

新型ウイルスは、大して人を殺さないが、企業の利益は急減し、企業活動が不可逆的に大きな支障を抱える。これはエリート・エスタブが望む方向と正反対だ。エリートたちは、どんどん起業して民間企業が繁栄し、起業家や投資家たちが大儲けし続ける世界を望んでいる。しかし今、世界的に、航空会社や小売店やサービス業、自動車会社などあらゆる産業が倒産寸前の状態に追い込まれ、基幹産業は国有化を余儀なくされていく。起業家や投資家が儲けられた世界体制は、コロナ危機によって不可逆的に終わる。

これまで何度か書いてきたが、コロナ危機は最終的に、1980年代以来の米英中心の世界の繁栄の根幹に位置してきた債券金融システムを破壊する。リーマン危機で債券金融システムはいったん破壊され、その後は米連銀など中銀群のQEが債券金融システムを延命させてきた。コロナ危機は中銀群を無限大のQEに追い込んだ。いずれ無限大のQEは行き詰まり、中銀群と債券金融システムの両方が破綻・機能不全に陥り、二度と再生できなくなる。それが、起業家や投資家が儲けられた世界体制の終わりになる。

ここでいったん切る。今回の記事で書きたいことは「コロナ危機も、イラク侵攻などと同様、軍産のふりをした隠れ多極主義のネオコン的な勢力が軍産系の諜報機関に中国でのウイルス漏洩を誘発させ、軍産的には中国に経済的な打撃を与えて米国をしのぐことを阻止する予定だったのが、中国より米国側諸国の経済に大打撃を与えるネオコン的なブローバックとなり、QEの行き詰まりで米国覇権の金融からの崩壊につながり、世界が多極化し、G20+UNの世界政府が台頭してくる新世界秩序へとつながる。隠れ多極主義者たちはリーマン危機でやり切れなかった米金融覇権の自滅を、今まさに進めている」という見立てだ。今回は、前提となる話を書くだけで一段落してしまったので、残りは次回に書く。



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