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世界に蔓延する武漢ウイルス(2)

2020年2月18日   田中 宇

前回の記事で、2月14日が新型コロナウイルス(COVID-19)の感染状況が世界的に転換した日だったことを書いた。2月14日は、日本にとっても新型ウイルス問題が大きく転換した日だった。日本政府はこの日、それまでの中国から国内へのウイルス感染者の流入を止める「水際政策」の破綻・失敗を認め、日本国内での感染・発症拡大が避けられないと言い始めた。 (世界に蔓延していく武漢ウイルス

新型ウイルスは未発症の人から他人にどんどん感染するので、感染拡大を止めるのが困難だ。中国では、感染を拡大するため合計4億人が住む大都市や省を閉鎖し、住民は厳しい外出制限・自宅待機を命じられ、中国全土の無数の村落や集合住宅が入り口に検問所を設けて人の出入りを制限するミクロ的な究極の水際政策をこの3週間ほどやっている。中国の各都市の繁華街はゴーストタウンだ。治療薬がない新型ウイルスの対策は、外出禁止や地域の閉鎖しかない、というのが中国の先例から見て取れる。私は、日本でも政府が人々の外出制限や企業の業務縮小を要請するのでないかと思ったが、そんなことにはまったくならなかった。 (悲観論が正しい武漢ウイルス危機の今後

日本政府が国民に言っていることは「感染拡大を止めるのは難しい(国民の5%つまり600万人ぐらいまでの感染を覚悟せよ)」「感染しても多くの場合は軽症や無症状で終わるので心配するな」「各自、うがいや手洗い、睡眠などによる免疫力の強化をやってください」といったことだ。1945年の敗戦直前に政府が国民に「本土決戦です。米軍と竹槍で戦ってください。無理なら集団自決してください。神風が吹いて日本はきっと勝ちます」と言っていたような感じだ。通勤ラッシュは続き、繁華街では依然として宴会が続けられ、各種のイベントの多くも予定通り開かれている。中国のように役所が繁華街で消毒液を撒き始めたりもしていない。4億人の大都市閉鎖など強行策をやった中国と対照的に、日本は「無策」だ。発症者が出たら、その周辺の人々の感染を検査する後追い政策しかやっていない。

日本が無策なままなのは、経済成長を止めたくないからだ。国民に外出制限を要請したら、小売店や飲食店の売り上げが激減し、政府が非難される。中国は経済を止めたが、日本は経済を止めたがらない。日本だけでなく、韓国や東南アジア諸国など、感染が少しずつ増えている他の諸国も、この点に関しては変わらない。日本だけが無策なのではなく、中国だけが強硬なウイルス対策をやっている。発生地の武漢が国内にあるのだから中国の強行策は当然ともいえるが、周辺諸国はこんな無策で良いのか?。日本や韓国などアジア諸国の多くは、政治的な中国への配慮・媚中と、経済的な成長急減への恐怖から、水際政策も国内感染拡大抑止策も無策に近い。だが、意外にも「神風」的なものが吹いている可能性がある。それは、感染を重ねるほどウイルスの重篤性(病原性、致死率)が低下することだ。

横浜港のクルーズ船以外の日本と、他の周辺諸国との、把握されている感染者数の推移をざっと分析すると、日本の感染者数は、他の諸国と大差ない。2月17日の時点で、日本40人、韓国30人、シンガポール58人などだ。日本と韓国の感染者数の推移を見ると、おおむね日本が韓国の2倍弱で推移してきた。日本が韓国の3倍の人口であることを考えると、日本が異様に多いわけでない。人口比で言うとシンガポールが異様に多い。韓国の感染者は2月10日の27人から2月17日の30人へと、1週間で3人しか増えていない。マカオの感染者は、1月27日の7人から2月17日の10人へと、3週間で3人しか増えていない。これらの傾向が今後も変わらないなら、周辺諸国の感染者数はこれからの1か月間で1か国あたり最大でも数十人だろう。中国本土の感染者数と比べるとごくわずかだ。 (新型コロナウイルス感染者数(COVID-19)推移

韓国やマカオは、日本よりも中国との距離が近いし、人的交流も多い(中国在住の外国人は韓国人が12万人で最多、日本人は6万人。韓国在住の外国人の7割が中国籍)。新型ウイルスの感染も、韓国やマカオの方が日本より先に広がっていると推定される。その韓国とマカオで、1月下旬から2月上旬まで感染者が増え続けたが、その後はあまり増えなくなっている。そこから推定されるのは、日本の感染者の増加幅の変化が、韓国やマカオより1-3週間遅れて発生し、それで2月14日ごろからの増加幅の増大になっているのでないか、ということだ。この推定を延長すると、2月末以降は日本も感染数の増加が減ると考えられる。中国本土でもここ数日、政府統計を信じるなら、湖北省以外の場所での感染の増加幅が減っている。 (China's Coronavirus Numbers Don't Add Up, And The White House Doesn't Believe Them

そもそも各国とも、いわゆる「感染者数」として発表されている統計人数は実のところ感染者の総数でなく、「発症者数プラスアルファ」だ(プラスアルファは、発症者の周辺で検査を受けて未発症だが感染しているとわかった人々)。新型ウイルスは未発症の感染者からも他人に移るうえ、症状の重篤性(病原性)が弱いので、感染しても未発症や軽症で終わる人が多い。検査キットが足りないので、未発症や軽症の人は検査してもらえず、感染者の統計数字に入らない。日本ですでに数千人から10万人以上が感染しているかもしれないと言われているが、発症者は数十人だ。発症者が出ると、その周りの人々(集団=クラスター)を全員検査するので、未発症の感染者の存在もわかるが、それ以外の(クラスター外の)人々は未発症や軽症なら検査されないままだ。

感染者のほとんどは、未発症か軽症で、検査されないまま治癒する。彼らは感染の自覚がないので普段の生活を続け感染を拡大するが、それで感染させられた人の多くも未発症や軽症で普通の生活を続けるので、さらに感染が拡大される。WHOが新型ウイルスの致死率を2%と発表したが、これは母数が「感染者総数」でなく、その百分の1以下の「発症者数プラスアルファ」だ。実際の感染者総数で死者数を割った本物の致死率は0.02%とか、毎年のインフルエンザと大差なくなる。

その一方で、中国の武漢市や湖北省では何万人もの人が発症しているのも事実だ。武漢市よりも湖北省の僻地、湖北省よりもその他の中国、中国よりも日韓アジア諸国の方が、発症者の数が桁違いに少ない。これは単に遅行性の問題なのか?。いずれ、武漢から遠い諸外国でも発症が急増して4-6月ころには毎日世界で数万人ずつが発症していくのか?。私は最近までそれを恐れていた。前回の記事の悲観論はその前提で書いた。しかし、これまでのアジア諸国での感染拡大の流れを見ると、そうはならないとも思える。諸外国での増加幅は多分、これからも大したものでない。 (Coronavirus: China’s Hubei province orders everybody to stay home

ウイルスは、人から人に感染し続けて代を重ねていくほど、重篤性(病原性、致死率)が下がると言われている。ウイルスは、感染を急拡大するため、1次や2次の感染者の体内では大量のウイルスを増殖させ、重篤な症状を引き起こすが、その後どんどん拡大して人類全体の中である程度の感染者を作ると、感染者を重症にして殺すのでなく、軽症や未発症のまま生かしてウイルス自身の種の保存を重視する態勢に変わる。そのような学説をいくつかの場所で見た。この説は、発症の武漢での多さと諸外国での少なさを説明できる。この説の現象が今回の新型ウイルスで起きているなら、日本など諸外国での発症はあまり増えていかない。 (Coronavirus 'could infect 60% of global population if unchecked'

中国では各地で住民に外出禁止・自宅検疫・自宅軟禁を強いてきた。これは感染拡大を防ぐ効果があっただろうが、同時に、自宅に閉じ込められた人々の体力・免疫力が低下し、外出禁止前にすでに感染していた人々が発症し、感染していなかった同居家族が感染発症して犠牲者が増えることも生んでいる。日本でも、人々が狭い部屋に閉じ込められ続けたクルーズ船内で多数の発症者が出ている。感染者が見つかった時点で、そこに居合わせた全員にその場で2週間かそれ以上の検疫・軟禁を強いるのが、中国を中心とする、新型ウイルスに対するこれまでの対策の考え方だった。

だが、このやり方は閉鎖地域外への感染を防ぐ一方で、閉鎖地域内での感染を増やしてしまうことがわかった。そのため横浜のクルーズ船は、各国が飛行機を出して船内の自国民を引き取っていく解散方式に転換したのだろう。中国も、2月17日の週明けから、武漢・湖北省以外の地域の閉鎖を解いていくことにした。 (Reported slowdown in outbreak ‘must be interpreted very cautiously’ – WHO

新型ウイルス感染を疑われたクルーズ船は、横浜港に停泊したもの以外にも何隻かあった。そのうちの1隻は各国に入港拒否された挙句、最終的にカンボジアのシアヌークビル港に受け入れられ、入港の翌日に乗客の大半が下船し解放された。カンボジア政府が、この船(ウェスターダム号)に対してとった策が、日本政府の策と対照的ですごい。 (MS Westerdam - Wikipedia

ウェスターダム号は2200人の乗客・乗員を乗せ、2月1日に香港を出港した後、フィリピン、日本、グアム、タイなどに寄港を断られ後、2月13日にシアヌークビルに入港した。その間も船内ではずっと乗客の行動制限はなく、みんなが歓談しつつ食堂で食事し、イベントも予定通り行われ続けた。2月11日に乗客全員の体温が測定され「誰も感染していない」と結論づけられた。2月13日の入港後、カンボジア政府は何らかの症状が出ていた20人を検査したが感染者はいなかったと発表した。翌2月14日、乗客は行動の自由を得てカンボジアに上陸し、そのうち145人がマレーシアに飛行機で移動したが、マレーシア到着時の検査で80歳の米国人女性が新型ウイルスに感染していることがわかった。クルーズ船会社は「何かの間違いだ。再検査したら感染していないとわかるはずだ」などとコメントを発表した。 ('Westerdam' passengers disembark, all cleared) (Cruise firm seeks new virus test for passenger from ship in Cambodia

ウェスターダムから乗客が降りる時にはカンボジアのフンセン首相もマスクせずにやってきて歓迎した。入港を見物にきた市民たちはマスクしていたが、政府要員が見物人にマスクを外せと命じた。下船した乗客たちもマスクしていなかった。これらは、ウェスターダムに感染者はいないという宣伝だった。しかし、そもそも人口10万人のシアヌークビルには新型ウイルスの感染を検査する設備がない。カンボジア当局は、下船時に20人に簡単な検査をしただけだった。マレーシアで感染が見つかった女性は、その20人に含まれていない。 (Cambodia's Coronavirus Complacency May Exact a Global Toll

独裁的辣腕で親中国なフンセンのカンボジア政府が、クルーズ船の運営会社から依頼(贈賄?)されて下船時の検査を甘くしたのでないかと疑われたが、大した騒ぎにならず、残りの下船した人々はそのまま帰途につき、世界に散らばった。現時点でそれから3日たっているが、世界に散らばった下船者たちの中からさらなる発症者が出てきたという話はない。日本に帰国した4人は陰性だった。冗談が通じる状況でないと知りつつあえて書くと、日本とカンボジア、どちらの政府のやり方が「正しかった」のか?。新型ウイルスをめぐる世界的なミステリーが続いている。 (Using '1984'-Style Propaganda...



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