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イスラエル傀儡をやめる米政界

2019年8月21日   田中 宇

米政界がイスラエルの言いなりであることは、90年代ぐらいから公然の秘密であり、公的な場で言ってはならないタブーだった。タブーに触れる者は「ユダヤ差別」のレッテルを貼られ、社会的に抹殺される(私とか)。米政界は、冷戦期に英国(英諜報界。CIAの黒幕であるMI6)に握られていたが、70年代以降、イスラエル系が同じルートで米諜報界に入り込んで影響力を持ち、イスラエルは英国をしのいで米国を牛耳るようになった。その末に起きたのが、各種の謎と自作自演臭がとけないままの911のテロ事件だった。あれ以来、単独覇権主義(英国が黒幕だった国際協調主義を押しのける策)をふりまわし、イスラエルにとって脅威となりうる中東諸国を政権転覆するのが米国の最大の世界戦略になった。イラクやイランやシリアに対する政権転覆が画策され、米軍はイスラエルの「衛兵」と化した。 (国家と戦争、軍産イスラエル

最近では、世界の著名人相手に児童売春を組織していた容疑で逮捕・勾留されていたが8月10日に獄中で不可解な「自殺」をした(多分殺された)ジェフリー・エプスタインが、イスラエル諜報機関のエージェントで、世界の著名人たちに児童売春を紹介して行為の現場を隠し撮りして後で脅し、著名人たちをイスラエルの傀儡として働かせることをやっていたのでないかという疑いが出ている(親イスラエルのふりをした反イスラエルであるトランプは、エプスタインの関連を捜査して米国上層部に入り込んだイスラエルの諜報網を潰そうとしたが、エプスタインが殺されて情報が封じられた)。イスラエル系が得意とするのは脅し・騙し・詭弁・買収・盗聴・盗撮・ネットのハックなどを駆使しての勝利・繁栄・大儲け・敵の自滅誘導である。こうした諜報の分野で、イスラエルやアングロサクソン、今後の中国が世界最高であるのと対照的に、戦後の日本は最下位に属する。 (Was Jeffrey Epstein a spy for Israel in US?) (Epstein Autopsy Finds Evidence He May Have Been Murdered) (Ghislaine Maxwell was Epstein’s Mossad handler: Scholar

とはいえ、諜報戦争は裏の裏がある。イスラエルは911後、米国の世界権略立案の黒幕の座(冷戦中に英国が持っていた)を得たかに見えたが、実は違った。米共和党ブッシュ政権の中枢にいた「ネオコン(好戦派、タカ派)」たちは「親イスラエルのふりをした反イスラエル」で、イスラエルのためを装って過激で稚拙な政権転覆策を繰り返して次々と(わざと)失敗し、米国と同盟諸国の中に、政権転覆策や単独覇権主義に対する反感を醸成した。その後、トランプ大統領がネオコンの策を受け継ぎ、思い切り親イスラエルな姿勢をとりつつ、国際社会が追従できない過激なイラン敵視策などを展開して米国の孤立を誘発し、米国に頼れなくなったイスラエルがロシアに頼らざるを得ない状況を作った。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解) (米国に頼れずロシアと組むイスラエル

米共和党は、隠れ多極主義的な「ネオコン戦略」でイスラエル(や英国など同盟諸国)を世界戦略決定の場から振り落としてきたが、対照的に、米民主党はイスラエルによる牛耳りに上手に対処できていなかった。1993年のオスロ合意は米民主党のクリントン大統領の手柄になっているが、実のところ、87年にヨルダンとイスラエルを和解させて2国式の中東和平の構図を作ったのはレーガン政権で、クリントンは人気取りに使えるオスロ合意の調印式のところだけ手がけた。クリントンとの不倫を暴露して恥をかかせたモニカ・ルインスキーは、その「功績」を讃えられイスラエル右派から歓待されている。その次の民主党政権であるオバマは、イスラエルとの関係を目立たないように冷淡化したり、イスラエルが敵視するイランと核協定(JCPOA)を結んだり、イスラエルが米国に政権転覆させたがったシリアの内戦の解決をロシアに丸投げする覇権放棄をやったが、それらを超える積極的なイスラエル振り落としができなかった。 (イスラエルとの闘いの熾烈化

トランプにロシアのスパイの濡れ衣を着せるために米英諜報界(軍産複合体)が起こしたものの失敗したロシアゲートのスキャンダルを通じて逆に露呈していることは、2016年時点の米民主党が、米英諜報界に入り込まれ放題で、軍産の傀儡と化している実態だった(新たなスキャンダルとしてスパイゲートと呼ばれている)。イスラエルは今のところスパイゲートに巻き込まれていないが、米民主党が軍産傀儡であるなら、イスラエル系も思い切り入り込んでいるはずだ。 (トランプと米民主党) (ロシアの中東覇権を好むイスラエル

そんな不甲斐ない民主党だが、今年に入って党内で左派(極左)が台頭するとともに様子が変わってきた。今年1月に、それまで軍産傀儡系の上院議員だったエリザベス・ウォーレンが、シリアやアフガニスタンからの米軍撤退を掲げて大統領選に出馬し、民主党の左傾化が始まった当初は、まだ「ウォーレンは、昔からの親イスラエルだ」と言われていた。しかしその後、アレクサンドリア・オカシオコルテス(AOC)ら民主党左派の女性でマイノリティ(移民)系の新人議員4人が「スクワッド」を自称して団結し、今春ぐらいから党内の主流派(軍産傀儡、エスタブ、中道派)に楯突く傾向を強め、スクワッドはイスラエルのパレスチナ占領を強く非難し、世界的なイスラエルボイコット運動(BDS)を支持するとともに、BDSを禁止しようとする民主党の主流派と対立し始めた。 (Elizabeth Warren 2020: Where does progressive senator stand on Palestine?

スクワッドの4人の中には、パレスチナ系のラシダ・トライブと、ソマリア生まれのイルハン・オマルという、2人のイスラム教徒がいる。2人は、米国史上初の女性イスラム教徒の米連邦議員だ。オマルは今年3月に「イスラエル系の政治資金が米政界を牛耳っている」「連邦議員は、米国でなくイスラエルに忠誠を誓わないと議員であり続けられない」という趣旨のツイートを連発した。これらは現実として全く正しい指摘なのだが、イスラエルに牛耳られている米政界で許される発言でなく、民主党の主流派と共和党が団結してオマルを非難する決議案を出すことを検討し、オマルは謝罪に追い込まれた。トランプは「オマルは議員を辞めるべきだ」とツイートして拍車をかけた。このころはまだ、米政界に対するイスラエルの支配力が強かった。 (Dems Plan Resolution Condemning Anti-Semitism After 2nd Ilhan Omar Outburst) (Trump calls Omar’s statements ‘anti-Semitic, anti-Israel and ungrateful’

だが今年7月、スクワッドのリーダー格であるAOC(オカシオコルテス)が、トランプの移民政策を批判するために、米墨国境沿いにある違法移民の収容施設を「強制収容所」と呼び、これに対してイスラエル系の団体が「強制収容所という呼び名は、ナチスドイツが『ホロコースト』でユダヤ人を収容した施設に対してのみ使われるもので、ホロコーストとトランプの移民政策を同列に扱うAOCの発言は、ホロコーストの『極悪さ』を曖昧にしてしまう(反ユダヤ的な)ものだ」と批判した。トランプも「AOCはユダヤ差別者だ」とツイートして扇動した。これに対してAOCは「『強制収容所』という言い方はホロコーストの収容施設だけを指すものでない。戦時中は、日本人も強制収容所に入れられた。違法移民を強制的に収容しているのだから、米墨国境の施設はまさに強制収容所だ。(それに対していちゃもん的に攻撃してくるイスラエル系団体の方がおかしい)」と反論した。ムスリム議員のオマルやトライブも、AOCを支持した。AOCは、撤回も謝罪も拒否した。民主党の主流派は傍観していた。 (Ilhan Omar Backs AOC, Infuriates Jews After Explaining Why Border Facilities Are "Concentration Camps"

イスラエル系の政治団体は、AOCの発言は「二度と再び繰り返さない」という言い方など、ホロコースト関連用語を何気なくちりばめており、ホロコースト問題に対して意図的に隠然と喧嘩を売っていると指摘した。「ホロコースト」はこれまで、反論や疑義をはさむことが徹底的に禁じられてきた「世界最大のタブー」だった。用語の使い方すらイスラエル系が支配してきた。政治家や言論人など世界中の「権威ある人々」が、この問題でイスラエル系から目をつけられることを恐れてきた。AOCは、そこに殴り込みをかけて負けなかったことで、米政界と国際社会のイスラエル支配に風穴を開けた。まさに「革命的」だ。ホロコーストを教科書通りに軽信することしかできない教条的・小役人的な日本の左翼(というより日本人のほとんど)には、こうした指摘すら理解できないだろうが。 (ホロコーストをめぐる戦い) (Holocaust Survivor Calls for AOC To ‘Be Removed From Congress’ for ‘Hatred & Stupidity’) (AOC gets pressed by Jake Tapper on whether 'concentration camps' existed under Obama, Clinton

ホロコースト問題は、事実性に怪しさがあるのに、それを指摘することを禁じられている点で「地球温暖化人為説」と似ている。AOCは温暖化問題でも「緑のニューディール」やMMTなどの過激策をやっている。これらは、温暖化対策(という、やらなくていいこと)に巨額の財政資金をつぎ込ませ、米国経済を破綻させようとする策だ(日本に対しても、財政赤字を急増させて破綻させようとする米国からの誘導策としてMMTが売り込まれ、権威を得たい売国的な「経済専門家」たちがMMTに群がっている)。AOCは極左の皮をかぶっているが、実質的に覇権放棄・隠れ多極主義的であり、おそらくトランプと同様、米中枢のその筋からシナリオをわたされて動いている。 (イスラエルとの闘いの熾烈化) (House Overwhelmingly Passes Anti-BDS Bill) (The Genocidal Roots Of The Green New Deal: Limits To Growth & The Unchaining Of Prometheus

AOCらスクワッドは、7月に「強制収容所」の用語問題の戦いでイスラエル系の「言葉狩り」に勝利した後、米議会でイスラエルの傀儡議員たちがイスラエルボイコット運動(BDS)の禁止に動いているのを阻止して、BDSを米国の正当な政治運動にしようとする策を展開している。イスラエルがスクワッドをつぶせなかったのを見て、米民主党の主流派の中からも、イスラエルが弱体化するなら言いなりにならなくても良いという考え方が出てきた。それまで「親イスラエル(=傀儡)」と言われてきたエリザベス・ウォーレンが、イスラエルのパレスチナ占領に反対し始め、党内の主流派の従来の立場から離れ、左派に近づいている。米政界には現在、共和党と親しいAIPACと、民主党と親しいJストリートという2つの主要なイスラエル系ロビー団体がある。イスラエルのネタニヤフ政権が右派なので、Jストリートはしだいにイスラエル批判を強めてきた。ウォーレンは、Jストリートの反イスラエル的な勢力を政治顧問にしている。 (Warren pledges witch hunts against pro-Israel Trump supporters

米民主党内では、これまで党をあげて支持してきた「2国式」のパレスチナ和平への支持をやめて、パレスチナ人にイスラエル国籍を与えて選挙でイスラエルの政権を乗っ取らせる反イスラエル的な政策に転じる検討も行われている。パレスチナ国家を創設し、イスラエルのユダヤ人国家性と民主主義の両方を温存する「2国式」は、理想論として存続しているが、実際は「永遠に実現せず、米国をパレスチナ和平の仲介役として永久にイスラエルの側に立たせたまま張り付ける『衛兵策』の一つ」として機能してきた。2国式は、実現するとパレスチナ人が国家の格を持って政治的・軍事的にイスラエルを攻撃することを許し、米国が中東覇権を放棄した状態でこれが起きると、イスラエルがパレスチナ側との泥沼の戦争を強いられて国家破綻しかねない。2国式は、永遠に実現しない策としてのみ有効だ。 (The Democratic party’s quiet abandonment of Barack Obama

だが近年、米民主党はイスラエル批判を強めて2国式の放棄を検討し、トランプの共和党はイスラエルの言いなりになる(ふりをする)ことで、イスラエルが実現したがらない2国式を放棄しかけている。米国の2大政党が、方向性は異なるものの2国式を放棄している。左傾化する民主党は、中東への軍事関与もやめたがっており、これまたトランプと同じ傾向だ。米国が2国式を放棄しつつ、軍資的に中東から撤退すると、イスラエルは四方を敵に囲まれて国家破綻に瀕する。イスラエルが破綻を防ぐには、ロシアや中国に頼んで本気の2国式を推進するしかない。9月のイスラエルの出直し選挙後、ネタニヤフもしくは青白連合などの手動により、本気の2国式和平の推進が始まる可能性がある。話がそれたが、左傾化する米民主党は、スクワッドに引っ張られ、クリントン以来の2国式の中東和平の仲裁をやめようとしている。 (Democrats clash over resolution calling for two-state solution) (Ilhan Omar seizes spotlight to push pro-BDS resolution

トランプは、イルハン・オマルやAOCらスクワッドを敵視するツイートを繰り返し発することで、自分の再選と、イスラエルの米国での影響力の低下につなげようとしている。最近もっとも顕著だったのは、スクワッドの中のイスラム教徒であるオマルとトライブがイスラエル占領下のパレスチナ(西岸)を訪問しようとしたのに対し、トランプが8月15日に「2人はイスラエルを敵視しているので、イスラエルは2人を入国させるべきでない」とツイートしたことだ。イスラエル政府はこのツイートに引きずられる形で2人へのビザ発給をことわったが、これは左派だけでなく民主党の全体がイスラエルを批判する事態につながった。民主党左派の古参指導者で大統領候補の一人あるサンダース上院議員の「米議員を拒否するイスラエルを支援する必要はない」という言葉が、今の民主党の姿勢を象徴している。リベラル系のJストリートだけでなく右派のAIPACまでが「反イスラエル議員をイスラエルに招待して懐柔すべき。入国拒否は逆効果だ」とネタニヤフを批判し始めた。かつてイスラエルのが米国を牛耳る際の先兵だったAIPACが、イスラエルから距離を置きだしたのは驚きだ。 (Did Israel Really Go Too Far Against Omar and Tlaib?) (Israel should not take US money for banning Congresswomen: Sanders) (AIPAC breaks with Netanyahu over Omar-Tlaib decision

トランプはイスラエルに「民主党に味方するな」と圧力をかけ、イスラエルはそれに従わざるを得なかった。民主党からの批判が強まり、イスラエルはトランプに頼らざるを得ず、トランプの策に乗せられてイスラエルは今回さらに民主党と対立してしまい、トランプにしか頼れない傾向がさらに強まった。米国ではイスラエルが支持する候補が勝つ傾向があり、来年のトランプ再選の可能性が強まっている。しかもトランプは、米政界でのイスラエルの影響力を下げ、覇権放棄・隠れ多極主義の戦略を達成している。トランプは巧妙だ。 (Donald Trump’s race-baiting strategy to secure second term) (Feud Among House Democrats Remains on Public Display

トランプは、スクワッドら民主党の左派に喧嘩を売ることで、民主党内での主流派(軍産)と左派の対立において左派を強化している。トランプと民主党左派はこっそり協力して軍産エスタブを弱体化させている。トランプは7月中旬、移民系であるスクワッドの4人に対し「(好戦的である)米国がそんなに嫌いなら、もとの故郷の母国に帰り、貧乏で腐敗してどうしようもない母国を建て直せばよい」とツイートした。トランプを支持する白人ナショナリストを満足させて再選の可能性を高めるとともに、米国での人種対立の激化を扇動し、間に挟まっている中道的な民主党主流派・軍産リベラルを弱体化させている。トランプの後釜を狙うランド・ポール上院議員も、トランプを真似てイルハン・オマルに「切符を買ってやるからソマリアに帰りなよ」と喧嘩を売った。 (Trump Tells "Progressive" Dems To Go Back To The "Crime Infested Places" They Came From) (Sen. Rand Paul offers to buy Rep. Ilhan Omar a ticket to Somalia so she’ll ‘appreciate America more’

戦後に米国が覇権国になって以来、米国の覇権戦略はずっと英国とイスラエルに牛耳られてきた。だが今、イスラエルの対米影響力が低下し、英国もEU離脱で亡国の危機にあるのでもう米国を牛耳れない。英イスラエルのくびきを解かれた米国は、覇権放棄と多極化に拍車をかけている。結局のところ、米国自身は単独覇権体制など欲しておらず、英イスラエルや日本など同盟諸国の都合で単独覇権体制を維持させられてきた。それが今わかりつつある。



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