トランプの米露軍縮INF破棄の作用2019年2月14日 田中 宇2月1日、トランプの米国が、ロシアと締結していた米露の中距離核ミサイルの全廃を定めたINF条約を破棄した。翌日、ロシアも条約を破棄し、INF条約は半年後の8月に失効する。トランプは、ロシアが条約違反のミサイル開発を進めているのでINFを離脱すると昨年夏から言っており、今回はそれが現実化した。しかし、条約違反のミサイル開発を進めてきたのは、イランが米国に飛ばすミサイルを迎撃するためというウソの口実をつけてロシアに撃ち込める中距離ミサイルを東欧に配備してきた米国も同罪だ。これまで、米露両方が違反しても条約は続いてきた。違反は、条約破棄の本質的な理由でない。 (In Tit-For-Tat, Russia Suspends INF Treaty; Putin Slams US "Demolishing" Global Security) (NATO Fears That This Town Will Be the Epicenter of Conflict With Russia) トランプはロシアと戦争する気なのだとも言われている。だが、米露戦争は世界を破綻させる。トランプは国際政治に関して、言っていることが過激だが、やっていることは現実主義だ。トランプはロシアと戦争しない。トランプは、ロシアと戦争する気なら、シリアなど中東がロシアの傘下に入りつつある現状をまず阻止するはずだ。中国敵視もやめるはずだ。米国に敵視された中国とロシアが結束している現状は、トランプの対露戦争を不可能にしている。トランプは露中と戦争できない。 (S-300 missile system activated in Syria: Israeli company) (The New Beijing-Moscow Axis) INF条約に入っていない中国が中距離ミサイルを開発できないようにするため、トランプはいったんINF失効させた後、米露中で中距離ミサイル禁止条約を再交渉する気だとかも言われている。これもたぶん違う。トランプはあらゆる分野について、国際交渉をまとめる気がほとんどない。それに、中国も取り込んで軍縮の新条約を作るなら、INFを破棄する前に提案せねばダメだ。今のように中露が結束している中では、たとえ米国と軍縮条約を結んでも、それは米国にとって今より不利な条約にしかならない。愚策だ。 (Killing the INF Treaty was a Gift to Russia) 私から見ると、トランプのINF破棄は、EUを対米自立させたり、NATOを過激に運営して自滅させたりするための、覇権放棄・多極化のための策だ。EUが、軍事統合してNATOから自立しつつある今のタイミングで、トランプはINFを潰して米露の軍事対立や軍拡競争を再燃させ、その一方でNATO諸国に対し、軍事費を増やして米国と一緒にロシアと戦えとけしかけている。INFは、米国がロシア敵視の中距離ミサイルを欧州に配備することを禁じ、欧州が米露戦争の戦場になることを避けるための仕掛けだった。そのINFがなくなって米露対立が再燃する一方、欧州(EU)自身は対米自立に動いている。この状況下で米国がINFを離脱して対露敵視を強めると、EUはそれに従うのでなく、米国を見限って対米自立する道を選び、ロシアとの敵対を避けるだろう。それがトランプの意図でないか。EUはトランプの「ロシアンルーレットごっこ」に参加したくない。 (Washington Plays 'Russian Roulette' With EU Lives By Trashing INF Treaty) (Europe 'at gunpoint' as US decides to quit missile treaty) そもそもINF条約は、冷戦末期の1980年代末に米ソの交渉で締結された時から、欧州を対米自立させるための構図として作られた。ソ連のゴルバチョフらと交渉してINF条約を作ったのは、トランプの先輩であるレーガン大統領と、ジョン・ボルトンらネオコンの先輩であるポール・ニッツェやリチャード・パールといった、米国の隠れ多極主義者たちだった。ソ連側は当時、まだ冷戦構造の維持を希望している部分があり、米国とソ連で欧州を東西に二分し続け、西欧の対米従属、東欧の対ソ従属を維持するため中距離ミサイル配備をやめない方が良いという態度を当初、米国側に見せていた。レーガンやネオコンは、渋るソ連を説得してINF条約を結び、欧州を米ソ対立の奴隷状態から解放してやり、その後のソ連崩壊で欧州の再統合と対米自立への流れを作った。INF条約がなかったら、欧州は米ソ・米露の軍事対立の構造の中に閉じ込められ、西欧は対米従属を離脱しにくかった。 (Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty Wikipedia) INF締結は、米国の隠れ多極主義の先輩たちが欧州を対米自立させるために作った構造だった。いま、隠れ多極主義の後輩たちであるトランプやボルトンらがINFを破棄するのは、欧州を再び対米従属に引き戻すための策略なのか??。ボルトンは軍縮潰しのプロと言われているが、そういった観点を鵜呑みにすべきなのか??。そうではないだろう。INF締結から30年経ち、とくにトランプの登場後、EUの対米自立の流れが加速している。その流れを強めるために、トランプはINFを壊し、米露対立を悪化させ、EUが米国の過激なロシア敵視につきあわなくなるよう仕向けているのだと考えられる。 (Dump NATO and Defend New Europe) (John Bolton is a serial arms control killer) トランプが、ロシアと敵対するのだから欧州諸国は軍事費をもっと出して米国の兵器を買えと言って騒ぐほど、欧州諸国は対米従属をやめて米露対立から超然としようとする。NATOの結束が崩れていく。ドイツ政府は最近、INFを離脱した米国が欧州に中距離核ミサイルを配備するのは許さないと言い出し、対米従属をやめる傾向を強めている。イタリアやフランスなどで台頭しているポピュリストの勢力も対米自立したがっている。 (US Begins Process of Withdrawing From Intermediate Nuclear Forces Treaty) (US Risks Reviving Cold War-Style 'Arms Race' With Russia And China After Abandoning INF Treaty) トランプの米国はINF離脱のほか、ウクライナをけしかけてロシアと戦わせる策においても、欧州に対して米ウクライナの味方をしてロシア敵視に参加せよと強要することで、欧州の対米自立やNATOの結束崩しを誘発している。いずれ、ロシアとウクライナの間にある黒海のアゾフ海でウクライナとロシアの戦闘が起きるかもしれないが、そうなるとEUは米露の間にはさまれ、米国につきあってロシアと戦ってしまう愚策に進むわけにいかず、対米自立を余儀なくされていく。ウクライナ問題の本質は米露対立でなく、米露対立にかこつけて欧州を対米自立させることにある。 ("Dangerous Idea": Russia Slams Plans To Hold US-Ukrainian Drills In Black Sea) 安部政権の日本も、ロシアと早く北方領土問題を解決したくてじたばたしている。安部は、米国がいくらがんばっても、もうロシアや中国を封じ込められないことを知っており、露中にすり寄っている。米国の覇権が崩れているのに、日本がこれからどうすべきか、どう方向転換していくべきかについて、まったく議論されていない。
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