MH17撃墜事件:ひどくなるロシア敵視の濡れ衣2018年5月28日 田中 宇5月24日、オランダ、オーストラリア、マレーシア、ウクライナ、ベルギーの5か国で構成する「合同捜査班(JIT、Joint Investigation Team)」が、2014年7月17日にマレーシア航空MH17便の旅客機がウクライナ上空で墜落した事件についての調査報告を発表した。合同捜査班は、MH17便が、ロシア陸軍の第53地対空ミサイル旅団が持っていたブーク型の地対空ミサイル(BUK-TELAR)で撃墜されたと結論づけた。ミサイルは可動型で、事件直前にロシアからウクライナ東部の内戦地域に運び込まれ、事件直後に再びロシアに運び出されたと捜査班は言っている。捜査班は、ロシア軍が意図的にMH17を撃墜したと示唆している(断言はしていない)。 (Update in criminal investigation MH17 disaster) MH17撃墜事件は、2014年2月にウクライナ内戦が始まってから5か月後に起きた。当時、ウクライナ政府は「ロシアが(自前で、もしくはウクライナ東部の分離独立派のロシア系武装勢力を使って)MHを撃墜した」と主張していた半面、ロシア政府は「当日のレーダーの履歴などから考えて、ウクライナ軍機がMH17を追尾した挙句に撃墜した。この日、MH17の30分前にプーチン大統領の専用機が似たような航路で飛んでいたので、それと間違えて撃墜したのでないか」と主張していた。MH17事件は、内戦で対立するウクライナとロシアが相互に相手を非難する道具として使っていた。 (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動) (Only NATO, Kiev had motive to down flight MH17, expert believes) 当時、私はこの事件について何本か記事を書いた。私の結論は「ロシアの説明の方が合理的なので、撃墜した犯人はウクライナ政府軍だろう」というものだった。事件直後にロシア犯人説をふりかざした米国政府は2週間後、ロシア犯人説を引っ込めていた。ウクライナ犯人説が有力だった。 (ウクライナの対露作戦としてのマレー機撃墜) (ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義) だがその後、合同捜査班の事件に対する見立ては、一貫してロシア犯人説だった。そもそも、欧州(NATO諸国)の主導で作られた合同捜査班には、ウクライナが入っている一方、ロシアが入っていない。合同捜査班の構成国は、MH17墜落による死者(乗客)が最も多かったオランダ(主導役)、2番目に多かった豪州、墜落現場であるウクライナ、MH17の航空会社を擁するマレーシアと、なぜ入っているのか不明なベルギー(NATO本部がある国)の5か国だ。この観点だと、ロシアは「墜落現場の隣国」でしかない。だが、墜落現場がウクライナのロシア系住民の地域で、ロシア系とウクライナ政府が内戦している最中に撃墜事件が起きたのだから、ロシア系住民(を代弁するロシア政府)が合同捜査班に入っていないのはおかしい。 (MH17 and the JIT: A flawed investigation) 合同捜査班の決定は参加国の合議で行われ、1か国でも反対がある場合は未決となる。この方針を利用して、ウクライナ政府は、自国に不都合な情報を捜査に反映させることを拒否し続けてきた。たとえばウクライナ政府は、当日のレーダーの記録を出していない。ロシア政府は、自分たちの側の地域の当日のレーダーの記録を公開し、MH17を撃墜したミサイルの発射地が、ロシア系住民の支配地でなく、ウクライナ軍の支配地だったことや、ウクライナ軍の戦闘機がMH17を追尾していたことを指摘している。ウクライナ政府もレーダーの記録を出せば、ロシアの主張を検証できる。だがウクライナ政府は記録を出さなかった。代わりに合同捜査班は「レーダーの専門家」を呼んできて「ロシアが出したレーダー記録から、ロシアの主張が必ず導き出せるとは言い切れない」と言わせることで、ロシアの主張を退けた。こうした歪曲的な手口を見ると、ウクライナ側のレーダー記録に、ウクライナにとって不利な情報が入っており、それを出さないですませるために、合同捜査班の全体として詭弁を弄していると疑われる。 (Radar experts confirm previous conclusion of the JIT) ロシア犯人説を主張する合同捜査班の今回の結論は、いくつもの点でインチキだと感じられる。捜査班は「ロシア軍のブーク型地対空ミサイルが、事件直前にロシアからウクライナ東部に運び込まれ、MH17を撃墜した後、ロシアに戻された」と結論づけたが、この結論を裏づける決定的な証拠がない。捜査班が出した証拠は、ミサイル搬送トラックらしきものを見たという匿名の住民の証言、それらしい出所不明の動画、ウクライナのロシア系ゲリラとロシア軍側との電話の会話と称する録音などだが、これらはいずれも容易にでっち上げが可能だ。ふつうの裁判なら、証拠として出しても判事に却下される低水準の情報だ。 (Solid facts? 5 flaws that raise doubt over int’l MH17 criminal probe) 合同捜査班は16年9月の記者会見で、ブーク型ミサイルを載せるロシア軍の専用トラックの画像を発表した。だが、それは本物のトラックの写真でなく、コンピュータグラフィックで作った画像であり、捜査班の「想像の産物」だった。 (Russia says missile that downed MH17 likely belonged to Ukraine) 記者会見で合同捜査班は、MH17の撃墜現場から発見されたと称する、ブークミサイルの残骸を公開した。その一つは、ミサイルのエンジンを収納する躯体で、エンジンの製造番号が刻印されている。刻印から、1986年に製造されたもので、ロシア陸軍の第53地対空ミサイル旅団が持っていたミサイルであることがわかったと、捜査班は発表した。 (Update in criminal investigation MH17 disaster) (Ukraine received no new Buk missiles since 1991) これに対してロシア政府は「ブーク型のミサイルは25年経つと劣化して使い物にならなくなる。1986年に製造されたブーク(9M38、旧型ブーク)は、25年後の2011年に新型ブーク(9M38M1)と交換されている。2014年のMH17撃墜事件発生時、第53地対空ミサイル旅団が持っていたブークは、合同捜査班が示した製造番号を持つ旧型のものでなく新型のものだ。事件当時、ロシアにはすでに旧型のブークが存在していなかった。旧型のブークを持っているのはロシアでなく、ウクライナ、グルジア、エジプトといった国々だ」と反論した。ロシアの政府とブーク製造メーカー(Almaz-Antey社)は、この反論を以前から何回も捜査班に示し、機密事項だったブークの製造番号の意味まで教えた。だが、捜査班はロシア側の説明を無視し、お門違いなロシア犯人説を主張し続けている。 (‘We’re Not Ready Yet’: What MH17 Investigation Won’t Discuss) (Russian MoD: Missiles Shown By MH17 Investigators Were Decommissioned After 2011) 合同捜査班が得た事件に関する情報の多くは、米国から提供されている。事件当時、ウクライナ東部の上空に米国の人工衛星が3機飛んでいた。米国は事件直後、人工衛星の情報があるので事件の解明は難しくないと表明していた。だがその後、米国は問題の人工衛星の情報を公開していない。捜査班は、米国から衛星情報を提供されたが機密扱いなので公開できないと言っている。また、MH17のフライトレコーダーに録音された操縦室の会話が公開されたが、ミサイルが当たる直前の最後の4秒間が無音になっている。捜査班は、最も重要な最後の4秒の会話を非公開にしている。 (MH17 and the JIT: A flawed investigation) 合同捜査班は、事件に関する重要な情報を非公開にしたまま、匿名や出所不明の怪しい情報を積み上げてロシア犯人説を構成している。捜査班のロシア犯人説は、濡れ衣である可能性が高い。米国やNATOが捜査班の情報源になっていることから考えて、これは、米政府のロシア敵視策の一環だろう。米政府(軍産)は2014年2月にウクライナの反政府運動をテコ入れし、ウクライナの政府を親露的なヤヌコビッチ政権を倒してロシア敵視の極右政権にすり替え、ウクライナ内戦を勃発させて以来、ウクライナを使ったロシア敵視策を続けている。昨年からトランプが大統領になり、ロシアと和解しようとしたが軍産に妨害されて果たせないでいる。ウクライナを使った米国のロシア敵視策も、軍産が勝手に続けている。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) とはいえ今回の合同捜査班の発表のタイミング、それから濡れ衣の稚拙さに注目すると、もしかするとこれはトランプによる「濡れ衣のロシア敵視策が稚拙に過激にやることで、これまで対米従属で米国のロシア敵視策に追随してきた欧州(独仏、EU)を親露・対米自立に追いやり、ロシアを隠然と強化する多極化・米覇権放棄策」かもしれないと思えてくる。 (英スクリパリ事件と米イラン協定離脱の関係) トランプは5月8日のイラン核協定離脱により、独仏EUとロシアが協力して米国抜きのイラン核協定を維持していく新世界秩序の形成を扇動している。それまで米国のロシア敵視につきあっていた独仏EUは、しだいに米国を見放し、ロシアとの協調を強めている。それと同期して米国は、合同捜査班を構成するオランダなど親米諸国をけしかけて、MH17撃墜事件の捜査でロシアに濡れ衣をかけて犯人扱いする策略を進めている。オランダやベルギーの後ろには独仏EUがいる。 (End Of Unipolar World Looms As 'New World Order' Responds To US Demands On Iran) (トランプがイラン核協定を離脱する意味) 独仏EUはこれまで、対米従属なので米国のロシア敵視策につきあいながら、できるだけロシアとの関係を悪化させないようにしてきた。合同捜査班は「ブークを使ったMH17撃墜には、約百人が関与した」と断定しているが、その百人が誰なのか発表していない。捜査班は、ロシア軍のブークがMH17を撃墜したと結論づけているのだから、百人の犯人はロシア軍の兵士ということになるはずだ。だが、怪しい濡れ衣のままロシアが犯人だと断定すると、オランダや背後の独仏EUがロシアから報復されかねないので、捜査班はロシア犯人説を採りながら、ロシア軍が犯人だとする明言を避けてきた。 (Dutch Joint Investigation Team Presents First Results of MH17 Crash Probe) だが合同捜査班は、おそらく米国の圧力を受け、しだいに強くロシアを敵視して犯人扱いする傾向をとらされている。だがその一方で、イランだけでなくシリアやリビア、パレスチナ、アフガニスタンなど多くの国際紛争に関して、しだいにロシアの影響力が強くなっている。ロシアや、その仲間である中国の意向を無視して、国際問題を解決できなくなっている。それと反比例して、米国の影響力が低下している(これらはトランプの覇権放棄策の「成果」だ)。オランダや独仏EUなどは今後、ロシアを敵視しろと米国からけしかけられても無視する傾向が強くなる。米国がロシア敵視を強めるほど、独仏EUなどが米国を見放し、ロシアの肩を持つようになる。 (イラン・シリア・イスラエル問題の連動) 私の説は「だからこそ、米覇権放棄と多極化を狙うトランプは、ここぞとばかりにロシア敵視を強めている」というものだ。トランプの米国が、イラン核協定離脱後、合同捜査班に圧力をかけてロシア敵視を強めさせているのは、欧州諸国に「早く米国に愛想を尽かせ」とけしかける策略だ。今後しだいに、プロパガンダのつじつまが合わなくなり、合同捜査班の主張の矛盾点が露呈し、ロシア犯人説をとり続けられなくなっていくだろう。 (米覇権の転覆策を加速するトランプ) (好戦策のふりした覇権放棄戦略) 米国は、シリアでも似たようなことをやっている。米国は以前から「シリアのアサド政権の政府軍が化学兵器で自国民を殺した」と非難し続けている。以前の記事に書いたが、内戦期のシリアにおける化学兵器使用は、すべて反政府勢力の仕業である可能性が高い。アサド犯人説は濡れ衣だ。米国は、国連系の化学兵器の調査機関であるOPCWに圧力をかけ、アサド犯人説に立脚した報告書を書かせてきた。OPCWには、アサドの後ろ盾となったロシアも参加しており、以前のOPCWは犯人を断定せず曖昧な結論の報告書を出していた。 (シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?) だが一昨年ごろから、米国からOPCWへの圧力が強まり、OPCWはロシアの反論を無視してアサド犯人説の報告書を出すようになった。最近は、その傾向さらに強まり、誰が見てもアサド軍が犯人でない4月の東グータのドゥーマでの化学兵器使用に対して、米政府や軍産系マスコミがアサド犯人説を喧伝し、ロシアは濡れ衣のアサド犯人説を壊すべく現場の証拠保全に動き、米露のはざまでOPCWは報告書をまとめられない状況に陥っている。 (シリアで「北朝鮮方式」を試みるトランプ) トランプの米国が濡れ衣の敵視策を過激にやり、濡れ衣の被害者であるロシアの言い分の方がどうみても正しい状態になり、米国覇権下の国際捜査機関がまともな報告書を書けなくなり、米国への信用が低下し、欧州などの対米自立が扇動されている。ウクライナでもシリアでも、イラン核問題でも、同様の傾向が拡大している。
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