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米朝会談後、在韓・在日米軍撤退の話に突然なる?

2018年5月24日   田中 宇

 韓国で最近、安保担当の政権高官と元高官が、相次いで「米朝会談が成功したら在韓米軍の縮小・撤退が行われ、米韓軍事同盟も見直される」という趣旨の発言を放ち、騒動になっている。発言者の一人は、文在寅大統領の安保担当顧問をしている文正仁(ムン・チョンイン)だ。彼は5月中旬に「南北対話が成功したら韓米同盟は解体しうる」「韓国は、短中期的に在韓米軍が必要だが、長期的には、米軍駐留以外の方法で自国の安全を確保せねばならない」「(単一的な対米従属でなく)多角的な安保体制に転換していく必要がある」という趣旨を発言した。 (A Top Adviser to the South Korean President Questions the U.S. Alliance

 文正仁は、文在寅大統領と同様、リベラル派の人で、かつて金大中大統領が北朝鮮に提案した融和策「太陽政策」の発案者の一人だ。彼は、文在寅が大統領として言い難いことを代わりに言う人とされている。反米親北的な彼が在韓米軍の撤退を言うのは不思議でない。だが、5月下旬に似たような発言をしたウ・チュンユン(Chun Yung Woo)は保守派で、対米従属を強化した李明博大統領の安保顧問だった。ウ・チュンユンは「韓米同盟に関して譲歩しないと北の核問題は解決できない。在韓米軍は一部撤退せざるを得なくなるかもしれない」と発言した。この発言は「北が核を廃棄しても在韓米軍を撤退すべきでない」と言ってきた韓国の保守派(対米従属派)から強い批判を浴びている。 (Former South Korean National-Security Adviser: The U.S. May Have to Withdraw Some Troops

 これらの報道に接した、私を含めた多くの人々の反応は「驚き」でなく「まあ、そうだろうな」であろう。在韓米軍は、南北・米朝が敵対しているから駐留し続けているのであり、南北・米朝が和解したら、在韓米軍は撤退するのが道理だ。法的にも、在韓米軍は朝鮮戦争を戦う国連軍として駐留しており、南北・米朝が和解して朝鮮戦争が正式に終わると、駐留の法的根拠がなくなる。米朝会談が成功しそうな中、今の韓国で、在韓米軍の撤退が取り沙汰されるのは当然だ。

 ここまで考えて、私が次に思ったのは、今の韓国で、在韓米軍の撤退をめぐる議論がもっと盛んに行われるのが自然なのに、なぜこの程度の発言しか出てこないのか、ということだった。最近、米朝関係が揺らいでいるが、韓国政府筋は「6月12日に予定どおり米朝会談が行われる可能性が99・9%だ」と言っている。会談が行われれば、トランプと金正恩は、自分たちの権威維持のため、ほぼ確実に「大成功」をうたい上げる。

 文在寅大統領は在韓米軍の撤退を望んでいる。覇権放棄屋のトランプも、北の金正恩も、在韓米軍の撤退を望んでいる。米朝会談の成功が予測できるのだから、文在寅自身が、韓国民に向かって「在韓米軍の撤退が始まるぞ」と宣言して世論を盛り立てれば良い。それなのに、大統領本人でなく代弁者の文正仁が「短中期的に在韓米軍が必要だが、長期的には、米軍駐留以外の方法で自国の安全を確保せねばならない」などと、回りくどい発言をするのみだ。トランプ政権も、在韓米軍は撤退しないと言い続けている。金正恩も、在韓米軍が駐留し続けてもかまわないようなことを言っている。全体的に奇妙だ。どうも怪しい。

・・・と、ここまで考えたところで合点がいった。文在寅やトランプには、韓国の対米従属派や(その親分である)米国の軍産複合体という「敵」がいる。文在寅やトランプの敵は、北の金正恩ではない。正恩は、在韓米軍撤退・朝鮮半島の対米自立という目標に向かう、在寅やトランプの「隠れた味方」「同志・トンム」である。3人の敵である軍産は、米韓のマスコミや諜報機関、官僚機構を席巻している。在寅やトランプが正攻法でやろうとすると、必ず足をすくわれる。米朝会談が成功したら在韓米軍の撤退が始まると表明してしまうと、軍産は、戦争偶発など、米朝会談を開催できなくするような仕掛け作りに全力を注いでしまう。

 それを考えると、在寅やトランプは、在韓米軍の撤退にできるだけ言及しない方が良い。正恩トンムにもその状況を伝え、在韓米軍の駐留継続にこだわってないかのような演技をしてもらうのが良い。6月12日に米朝会談が成功裏に終わり、南北と米朝の和解の流れが不可逆的に起動に乗って、軍産が和解を潰せないようになってから、在韓米軍の話が出てくるのが良い。それまで、米韓(や日本)の軍産や対米従属派には「米朝が和解するわけないじゃん。在韓(と在日)米軍は永遠だ」と勘違いさせておくのが良い。

・・・と、ここまで書いて一晩置いたら、翌朝、トランプが米朝会談中止の公開書簡を金正恩に出し、この記事を棚上げせざるを得なくなった。代わりに「米朝会談を中止する気がなく交渉術として中止を宣言したトランプ」を書き始めた。 (米朝会談を中止する気がなく交渉術として中止を宣言したトランプ

その後6月に入り、この記事と似た主旨の記事をあらためて書き出して「在韓米軍も在日米軍も撤退に向かう」として配信した。 (在韓米軍も在日米軍も撤退に向かう



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