イラン・シリア・イスラエル問題の連動2018年5月20日 田中 宇米トランプ大統領が手がけている中東の3つの問題・・(1)イラン核協定からの離脱、(2)シリアで露イランアサドを敵視しつつも彼らが内戦を平定していくのを黙認していること、(3)駐イスラエル米大使館のエルサレム移転・・は、それぞれ別々に進んでいるように見えて、実はかなり深く連動している。欧州が、対米従属から離れ、露イランと協調する側に転じていきそうなことが、連動性のひとつの要素だ。 (The True Consequences of America's Withdrawal from the Iran Deal) (The US And Europe To Go Separate Ways Pursuing Divergent Goals) (1)イラン。米国はイラン核協定を離脱したが、残されたEU露中とイランは、協定を維持することをすでに決めている。EUは、米国抜きのイラン核協定を運営していくために、これまで米国に従属して敵視してきたロシアやイランとの関係を、協調に転じる必要がある。ロシアとイランに対し、米国は敵視をやめないのと対照的に、EUは協調を強めている。米国はEUへの嫌がらせ(制裁的行為)を拡大し、欧米間の亀裂が急拡大している。トランプはここぞとばかりに、NATOへの軍事費支出が足りないと言ってドイツなどEU諸国を非難している。 (How Europe Can Block Trump) (Europe Is Seeking "Practical Solution" To Salvage Iran Deal) EUの盟主であるドイツは、ロシアからドイツに天然ガスを運ぶ海底パイプライン「ノルドストリーム2」の建設を、米国の反対を押し切って開始した。エネルギー面の欧露結束が進んでいる。またEUは、米国の対イラン制裁を迂回するため、イランとの貿易決済でのドル使用をやめてユーロを使う計画だ。これらにより、EUの対米自立・米覇権離脱・多極型世界への参加が進んでいる。EUはもともと対米自立のための組織として冷戦終結時に作られたが、主導役のドイツが敗戦以来(日本同様)意気地なしなので、EUはその後も対米従属を続けてきた。EUは創設以来30年近くたった今、トランプの覇権放棄謀略の一環であるイラン協定離脱とともに、ようやく対米自立・多極側への転換を加速している。 (EU unveils 'statute' to protect Iran trade against US sanctions) (EU Launches Rebellion Against Trump's Iran Sanctions, Bans European Companies From Complying) (2)シリア内戦をめぐっては従来、米国がISアルカイダを支援してアサド政権を打倒しようとしてきた半面、露イランはアサドを支援しISカイダを退治しようとしてきた。対米従属だった従来のEUは、アサド打倒の側だった。仏英は、トランプのシリアへのお門違いなミサイル攻撃にも参加した。EUは、アサド打倒を求める一方で、シリア内戦を軍事的に解決することはできない(アサドと反政府派の政治交渉による解決しかない)とも表明するという、矛盾した姿勢になっていた。今後、EUがイラン協定維持のため対米自立・露イラン協調を強めると、シリア問題でも、軍事解決を言い続ける米国と一線を画し、アサド容認・政治解決を求める露イランの側に寄っていくだろう。 (Syria's Assad flies to Russia for talks with Putin: Kremlin) (シリアで「北朝鮮方式」を試みるトランプ) すでに露イランアサドによるISカイダ退治が一段落し、現実的にも、露イランが描く(選挙を経た)アサド続投のシナリオが唯一の解決策になっている。アサドが5月17日に訪露し、プーチンと会談した。2人は会談後、シリア内戦の軍事的な局面が終わり、政治交渉で内戦終結・憲法改定・国家再建の段階に入っていくのが良いと発表した。EUがシリア問題で米側から露イラン側に転向するのは理にかなっている。 (Assad in surprise Sochi visit as Russia continues Iran-Israel mediation) 今後EUが露イランに協力するのと同期して、おそらく米国はシリア問題の政治解決プロセスからそっぽを向く。米国はアサドを拒否し続け、今後のシリアへの影響力を完全に失う。米軍の現場(中央軍司令部)は、シリアから撤退したがっている。それらが進むほど、その反動として、EUの対米自立・露イラン協調が加速する。EUではフランス軍が、米軍の肩代わりとして北シリアに進出している。仏軍はいずれ、米軍とでなく、露アサド軍と協調するようになるだろう。 (Trump’s Plan for Iran: Put Terrorists in Charge by Ron Paul) (3)米国の駐イスラエル大使館の移転は、米国とイスラエルの同盟関係の絶頂を示すもので、トランプがイスラエルの傀儡であることを象徴する出来事であるかのように見える。だが、トランプの米国は、中東における敵対関係を激化しつつ、中東における米国の影響力(覇権)を急速に低めている。イスラエルは、米国が扇動する敵対構造から離脱できないまま、米国抜きで敵対に向かい合わねばならない。実のところ、トランプと親密になるほど、イスラエルの国家安全は危機になる。 (米国に頼れずロシアと組むイスラエル) イスラエルにとって今の最大の危機は、イランやヒズボラといった仇敵がシリアを席巻していることだ。シリアに関して、米国は頼りにならない。イスラエル単独で、シリアにいるイランやヒズボラを打ち負かすことはできない。イスラエルは、ロシアに仲裁を頼むしかない。ロシアは基本的に、イランやアサドと結託している。イスラエルは、露イラン敵視を続ける米国に調子を合わせているが、現実面では、シリアにおいて露イランと何らかの協定・暗黙合意を結んでいかざるを得ない。イスラエルは表向き、米国のイラン協定離脱を支持・絶賛しているが、イスラエルの国家安全を考えると、離脱を支持すべきでない。 (Syria Russian heavy Golan-1000 rocket launchers for Assad, Kalibr cruise missiles off shore) (トランプがイラン核協定を離脱する意味) 米国のイラン協定離脱後、中東の問題解決の主導役は、ロシア、イラン、トルコ、中国、それから対米自立していくEUが担う。それらの国々の多くは、パレスチナ問題に関して、米国よりもはるかにイスラエルに批判的だ。米国がパレスチナ問題の「なんちゃって仲裁役」(仲裁するふりしてイスラエルの言いなりを続ける策)だった従来の構図の方が、他の諸大国は米国に任せきりで、イスラエルにとって好都合だった。トランプは大使館移転によってこの構図を破壊した。米国は中東和平の公正な仲裁役でなくなった。占領地のパレスチナ人は今後も増え続ける。パレスチナ問題は、いずれ解決せざるを得ない。イスラエルは、イスラエルを非難する米国以外の諸大国に、中東和平の仲裁を頼まざるを得ない。すでにネタニヤフは頻繁にプーチンに会っている。 (Russia’s Relationship With Israel And The S-300 Controversy) 米議会下院は、イスラエルがシリアから奪って占領してきたゴラン高原を、正式にイスラエル領として認める法改定を検討している。これが通ると、米国はゴラン高原問題でもイスラエルべったりとなり、中東和平だけでなく、シリアとイスラエルの仲裁もできなくなる。イスラエルは、ますますロシアに頼るしかなくなる。 (Congress to Consider Recognition of Israeli Sovereignty Over Golan Heights) ▼トランプのイラン協定離脱は欧州を反米で結束させ強化する ここからは、上記の流れを示すものとして最近具体的に起きた出来事を紹介していく。 (Trump Forbids Russian Pipeline. Europe Pushes Back) まず(1)のイラン協定について。トランプのイラン協定離脱から10日後の5月18日、EUは、米国の今後のイラン制裁がEU諸国の企業に波及することを阻止する法律(1996 blocking statute)を発効(キューバ対策で作った既存法をイラン向けに再発効)した。同法は、EU諸国の企業に対し、米政府のイラン制裁に服従してイランでの事業をやめることを禁じている。EUの企業が米政府の制裁措置で損害を受けた場合は、米政府を相手取り、欧州の裁判所に提訴して勝訴できる。EUは、域内企業のイランでの事業をテコ入れするための資金も作る。仏トタルや独シーメンスは、イランでの事業縮小を決めたが、それを撤回し、米国のイラン制裁と戦わざるを得なくなった。 (EU Will Block US Sanctions Against Iran Starting Friday) (Energy giant Total pulls out of gas development project in Iran) この法制は、欧州人の反米意識を扇動する。これまで「EUナショナリズム」抜きで進められてきた欧州統合は、ここにきて、トランプの扇動のおかげで、反米主義のナショナリズムによって結束が強化されようとしている。トランプはEUを強化している。 (In Europe, Standing Up to America Is Now Patriotic) 同じく5月18日、ドイツのメルケル首相がロシアのソチを訪問してプーチン大統領と会い、イラン核協定やノルドストリーム2のガスパイプライン建設、ウクライナ問題について話し合った。ドイツは、すでにパイプライン建設に着工しているが、その一方でロシアに対し、パイプラインができた後もウクライナ経由の石油ガスの送付をやめないでほしい(ウクライナにパイプライン使用料が入り続けるようにしてほしい)と言って、ドイツがウクライナに気を使った。同日、米国から国務省幹部(Sandra Oudkirk)がドイツを訪問し、パイプラインを作るなと改めて要求したが、ほとんど無視された。 (Putin, Merkel Hold Talks In Sochi On Iran, Ukraine, Nord Stream 2) (Trump Gives Merkel An Ultimatum: Drop Russian Gas Pipeline Or Trade War Begins) 私の見立てでは、今後、ドイツとロシアが仲良くなっていくと、それを見計らって、トランプの米国が、ウクライナへの軍事支援を強化して、ウクライナ内戦を扇動し、ロシアとの対立を高める。ドイツにも、ロシアを敵視しろと圧力をかける。だがドイツは米国を無視し、ロシアと協力してウクライナ内戦の終結を仲裁しようとする。最終的に、ウクライナ政府はドイツの説得に応じ、独露の仲裁でウクライナ内戦が終わり、米国はこの地域での影響力を失う。イランやシリアと似たような非米的・多極化的な展開になる。これは私の予測であり、はずれる(発生時期が後になる)かもしれない。 (What Does America Gain by Arming Ukraine?) メルケルが訪露した5月18日、トランプがドイツを名指しして、NATOに対する軍事費の貢献が少なすぎると非難した。ドイツなど欧州側がNATOへの支出を増やさない場合、それなりの対処をせざるを得なくなると脅した。これは、イラン協定を離脱した米国に対する怒りが強まっているドイツを、ますます対米自立の方向に押しやる。NATOなど時代遅れだと言明していたトランプは、米欧間に亀裂を入れる新たな方法で、NATO潰しを進めている。 (Donald Trump warns Nato members will be ‘dealt with’ if they refuse to pay more for military alliance) (Trump vows to ‘deal with’ Germany & other NATO allies ‘not contributing enough’) トランプが今後イランを再制裁すると、再制裁を不当とみなす国際社会は、ドル以外の通貨を使ってイランの石油ガスを輸入し始める。ユーロも使われるが、最も使用が拡大しそうなのが中国人民元だ。中国政府は折よく3月から上海で人民元建ての石油先物市場を開設しており、人民元建ての原油の国際取引のお膳立てがすでに整っている。ドルの国際基軸性がそのぶん低下する。中国は、世界最大の石油消費国で、イランの石油輸出の25%が中国向けだ。これは、中国の国内消費の8%にあたる。トランプは通貨の多極化を扇動している。 (China Oil Futures "Thundering Into Action" After Trump Exits Iran Deal) (EU plans to ditch dollar for Iran oil payments: Report) (2)シリア内戦。アサド大統領はこれまで、1月に露イラントルコと国連が創設した、シリア憲法の改定草案を作るシリア諸派による委員会に反対していた。5月17日に訪露してプーチンと会った際、アサドは初めて憲法委員会に賛成し、政府代表を委員会に送ると表明した。今後、シリアの改憲、出直し選挙、国家再建に向けた動きが加速していく。 (Putin & Assad hold ‘extensive’ talks in Sochi, discuss political settlement – Kremlin) シリアやイラン、イスラエルをめぐるトランプの戦略は、中東における米国の負担を軽減し、米国第一主義を具現化しているので、うまいこと成功しているとみなすべきだとする論文を、米共和党系シンクタンクのナショナルインテレストが載せた。シリア内戦への対応で苦労しているのは米国でなくロシアだ。イラク協定からの離脱も、イラン問題に対処して苦労する役目を欧露に押しつけた。エルサレムへの米大使館移転で、永遠に解決しない中東和平の仲介役をする面倒も放棄できた。覇権放棄と多極化は、米国の負担軽減だから良いことなんだ、とこの論文は主張している。覇権放棄は、米国が世界経済の儲かる中心でなくなり、ドルの基軸性も喪失して金融破綻して貧乏になることを意味するのだが、そのことはこの論文に書いていない。 (Trump's Strategy for the Middle East Is Working) (A Russian View on America’s Withdrawal from the Iran Deal) (The Price for Peace in Syria Is Cooperation with Assad) (3)イスラエル関係。5月10-11日、イスラエルと、シリアに駐留するイラン系軍勢が交戦(相互に攻撃)したと報じられた。私は、イスラエルが勝手にシリア・イラン側を攻撃しただけで、イラン側がイスラエルを攻撃したという話はイスラエルのでっち上げだろうと書いた。この私の見方は正しかったようで、その後、NYタイムスが、イスラエルの方がシリア・イラン側を攻撃しただけで、イラン側が先に手を出したのでなく、反撃もしていないことを認めた。イスラエルの攻撃を迎撃したのはシリア政府軍であり、イラン系でなかった。 (トランプのイランと北朝鮮への戦略は同根) (Israel Now Faces New Rules Of Engagement In Syria) (Russia’s Relationship With Israel And The S-300 Controversy) 5月18日、イスラム諸国会議(OIC)サミットの傍らで、イランとヨルダンの国家元首どうしが15年ぶりに会談した。ヨルダン国王は、東エルサレム(パレスチナ側)のイスラム聖地「神殿の丘」の守護者だ。ヨルダンは従来、政治的に米イスラエルの側に立ち、サウジからの経済支援に依存する、米イスラエルサウジの傀儡国だった。だが、米国が大使館のエルサレム移転によって中東和平を放棄し、アラブの盟主だったサウジアラビアも米イスラエルにすり寄ってパレスチナ人を見捨てたため、ヨルダンは、米イスラエルサウジにだけ依存していると、神殿の丘を放棄させられかねない。困ったヨルダン国王は、パレスチナ問題の解決を求め続けているイランの存在を見直し、接近することにした。米サウジが中東和平の仲裁者を降りたため、ヨルダンなどアラブ諸国は、仲裁役を露イランに頼まざるを得なくなっている。 (Rouhani, Jordan's king meet for 1st time in 15 years) (Donald Trump is playing with matches in the Middle East) 独裁的な政権を維持するためポピュリズムに頼るトルコのエルドアン大統領が、さかんにイスラエル非難中傷を繰り返し、同じくポピュリズムに頼るイスラエルのネタニヤフ首相と相互に攻撃しあう外交的な喧嘩を展開している。以前からイスラエルを批判していた国連人権理事会も、5月14日のガザ虐殺に関してイスラエル非難決議を可決した。トランプが米国の覇権を弱体化させつつ、悪者な感じでイスラエルべったりを演出するほど、非米色を強める国際社会の中で、イスラエルは非難しやすい存在になっていく。この傾向がさらに進むと、今は全く見えないパレスチナ問題の解決への道(非米諸国の仲裁にイスラエルが乗る方向)が、やがて見えてくるかもしれない。 (Turkey urges Islamic world to unite against Israel, calls summit) (Can Israeli-Turkish rift be mended?)
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