他の記事を読む

北朝鮮が核を持ったまま恒久和平

2018年4月23日   田中 宇

 北朝鮮が4月20日、核兵器と中・長距離ミサイルの開発を中止し、核開発の中止を世界に示すため、プンゲリ核実験場を閉鎖すると発表した。米国などから挑発されない限り、核ミサイルの開発を再開しないとも約束し、これからは核ミサイル開発に割いていた資金や労力を人々の生活を向上させる経済建設にふり向けると表明した。この発表と前後して韓国政府は、最近の南北間交渉において、北が「本気で朝鮮半島の完全な非核化をやる」と言っていると発表した。北はこれまで、在韓米軍が撤退しない限り核廃棄しないと言い続けてきた。だが北は最近、米国が北への敵視をやめて北の国家安全を保障してくれるなら、在韓米軍が撤退しなくても「完全な非核化」をやるとも言い出している。 (North Korea to Close Nuclear Testing Site) (North Korea wants total denuclearisation, says Seoul

 4月20日には、南北首脳間のホットラインも開通した。4月27日には南北の首脳会談が行われる。南北は、朝鮮戦争の終結宣言や和平条約の締結を視野に入れている。北の金正恩は、先日の訪中時にも、中国側に対して「朝鮮半島の非核化をやる」と表明している。韓国には米軍のものも含めて核兵器がないことになっているので、朝鮮半島の非核化とは、北の非核化のことだ。米国のトランプは、北の核ミサイル開発凍結宣言を高く評価し「世界と北自身にとって、とても良いことだ」とツイートした。北が核ミサイルの開発を凍結し、6月にかけて南北と米朝が首脳会談して和解し、朝鮮半島の和平が実現し、完全非核化まで進む・・・といったイメージが拡散されている。(米朝会談は6月9日のG7終了後の6月中旬、スイスかスウェーデンで行われそう) (Is North Korea ready to scrap its nuclear weapons?

 だが、すでに皆さんご承知のように、このイメージは現実と正反対の幻想だ。北の核ミサイル開発の中止は、朝鮮半島の非核化につながらない。4月20日の北の宣言は「すでに核兵器と長距離ミサイルの開発が完了したので、もう核実験や長距離ミサイルの試射を行う必要がなくなった。だから核実験場を閉鎖する」という趣旨だ。米国などからは「プンゲリ実験場は、度重なる核爆発のせいで山が崩れ、もう使い物にならないので閉鎖するのだ」という説も出ている。 (North Korea’s Kim Strikes Milder Tone on Nuclear Tests, Detainees

「非核化」つまり北が持っている核兵器をすべて解体することは、全く行われない。北は20日の宣言で「核ミサイルの開発は5年間の計画だったが、もっと短期間に前倒しして完成した。大成功だ」と言っている。北は「我が国は核ミサイルを持っている」と宣言したわけだ。その上で北は「他国(=米国)が脅してこない限り、我が国は核兵器を使わないし、核開発も再開しない」という趣旨のことを言っている。これは、北が今後もずっと核兵器を保有し続けることを意味している。今後ふたたび米国が北を脅せば、北は米国に核ミサイルをぶち込むと脅し返しつつ、核実験を再開する。 (Kim Jong-un says North Korea will suspend ALL missile tests and shut down its nuclear test site ahead of landmark talks with Trump as President hails move as 'big progress'

 ミサイルの試射は、人工衛星(打ち上げ用ロケット)の発射と違いがない(先端に何を搭載するかの違いだけ)ので、北は今回の宣言に違反しないかたちで、人工衛星だと言ってミサイルの試射を続けられる。また北は今回、米国を標的とする長距離ミサイルの発射(試射)を凍結したが、日本や韓国を標的としうるもっと短い射程のミサイルの発射については、何も言っていない。 (North Korea To Halt Nuclear, ICBM Tests; Dismantle Test Site; Pursue Peace

 つまり北は今回、米国や韓国、日本などが北を敵視するのをやめて、経済制裁を解除し、和解や国交正常化に向けて動いている限り、核兵器の性能向上のための開発を棚上げするとだけ宣言した。すでに持っている核兵器は1発も手放さいないし、何発持っているかも言わない。今回の北の宣言は「朝鮮半島の非核化」でなく逆方向の「北の核保有の固定化」を示すものだ。

 韓米が北と和解しても、日本が拉致問題にこだわって北への経済制裁を続ければ、北はいずれ日本だけが敵対をやめないとみなし、日本を標的にした(核)ミサイル試射を再開しうる。日本にとって事態は、トランプ就任前より悪くなっている。日本は米国に「北に圧力をかけ、日本が射程に入る短・中距離のミサイルの発射もやめさせてほしい」と頼んだが、米国側(ポンペオ)に断られた。国際的な慣行で、短距離ミサイルの保有が世界各国に認められていることが理由なのかもしれないが、米国は自国の安全だけ守り、日本を蚊帳(傘)の外に置いた感じだ(安倍は訪朝して和平しようとしたが北に無視された)。 (Japan’s Abe to Meet Trump, With North Korea Testing Their Ties

▼トランプに誘われ「口だけ完全非核化音頭」を上手に踊りだした金正恩

 4月20日の北の核開発終了宣言は、米朝和解を進めたい米国のトランプ、南北和解を進めたい韓国の文在寅、それらを支持する中国の習近平、ロシアのプーチンといった米韓中露の動きと同期している。いまの米韓中露と北は全員が、口だけ「朝鮮半島の完全な非核化をやる」と言いつつ、実のところ、非核化が意味するところの「北の完全な核廃棄」でなく、北が核兵器(の一部)を隠し持つことを黙認したうえで米朝や南北が和解して朝鮮半島問題が解決される道筋を好んでいる。 (North Korea No Longer Demands US Troops Be Removed From South Korea

 いまの米韓中露が北の完全核廃棄を目標にしないのは、それを実現するのが不可能だからだ。北が核弾頭を何発持っていて、それらをどこに保管しているか、北の最上層部以外、誰も知らない。かつてイラクがやられたように、北を政権転覆して米国などが長期占領して捜索しない限り、北の完全核廃棄はできない。米国では主流派の軍産複合体(タカ派)が、完全核廃棄(完全なC、検証可能Vで不可逆的Iな武装解除D、CVID)が達成されない限り北を許さないと言い続けてきたが、これも口だけだ。CVIDは北の政権転覆・米国による長期占領につながる。イラク占領の大失敗の教訓から、米政界は政権転覆・長期占領などやりたくない。 (Is ‘Denuclearization’ the Answer to the North Korea Nuclear Problem?

 CVIDは、在韓米軍の恒久駐留(=韓国に対する米国の永久支配と、米政界に対する軍産の永久支配)を望む軍産が、北と和解せず朝鮮半島問題の解決を永遠に先送りするための方策だった。米国の軍産支配を破壊したいトランプのいまの米国、対米自立したい左派の文在寅の韓国、米国(軍産)の好戦的な世界支配を終わらせたい中露は、いずれもCVIDを無視して米朝・南北の和解を進めたい。米韓中露と北は「完全非核化が目標だ」と宣言し続け、これを言葉通りに解釈すると、北が核ミサイル実験を自粛するだけでは目標に届かず、和解も制裁解除もされないことになる。だが実際にはおそらく今後、南北と米朝の首脳会談を経て、北が核ミサイル実験を自粛するだけで、和解と制裁解除が始まる。 (North Korea Tones Down Anti-US Rhetoric as New South Korea Hotline Opens

 軍産の一部である米議会やマスコミは、こうした流れに反対する。だが、すでに軍産から1年間以上の猛攻撃に耐えて優勢なトランプは、議会やマスコミの反対など屁でもない。トランプは最近までの1年間、北を先制攻撃すると言い続けてきた。米国が北を先制攻撃したら朝鮮戦争が再発し、韓国が国家崩壊する。軍産はトランプの先制攻撃に反対した。軍産は従来、北と和解したい勢力を潰すために先制攻撃を言ってきた。トランプは、逆のルートを取り、軍産が嫌うほどの好戦論を吐き続けて軍産に反対させ、自ら好戦論を無力化した上で、米朝会談・和解の方向に大転換した。トランプにとって、すでに軍産は脅威でない。軍産・反トランプの象徴であるCNNなどは今回、北の核開発自粛宣言に対し「悪くないかも」とか「ああでもない、こうでもない」的な、トランプに流される方向の報道が目立つ。 (Kim Jong Un: North Korea no longer needs nuclear tests

 軍産系のカーネギー研究所は、CVIDは北に拒否されるのでもはや現実的な策でないと今ごろになって現実論を言い出し、まず北にこれ以上の核開発をさせない状態を作り(=4月20日の北の宣言)、非核化は後回しにして、いずれ時機がきたらやれば良いと言い出している。永久に時機などこないことを知りつつ、こんな風に書いているのだろう。 (When Trump Meets Kim Jong Un: A Realistic Option for Negotiating With North Korea

 国務長官になる、トランプ腹心のマイク・ポンペオCIA長官が3月末、米朝会談の準備のため北朝鮮を秘密訪問して金正恩に会っていた。ポンペオは、これから国務長官になるというのに、米国の外交担当官庁である国務省に訪朝を言わず、米朝会談の準備から国務省を完全に外している。これはトランプの意志だろう。国務省(や日本外務省)は軍産の一部であり、トランプの敵だ。国務省に任せている限り、米朝は和解できない。ポンペオの訪朝後、北が米韓中露とグルになる傾向が強まり、今回の核実験終了宣言につながった。国務省はポンペオのもとで、さらに無力化されていくだろう。外交万歳。 (North Korea’s Kim Strikes Milder Tone on Nuclear Tests, Detainees

 いまや金正恩も、トランプの軍産潰し・覇権放棄・隠れ多極主義的な悪だくみを理解して「口だけ完全非核化音頭」を上手に踊り始めている。そんな中、いまや誰も口ずさまなくなった時代遅れの「CVID音頭」をいまだに独演しているのが、軍産のクソまじめな忠臣である、わが日本だ。米韓北中露が朝鮮半島の和解だと騒ぐ中、日本だけは「でもCVIDが実現しないと和解できないですよね」「慎重に考えた方が良い」と、流れに逆らっている。これに対し先日、中国外相として8年ぶりの訪日をした王毅は「たしかにCVIDが大事です。一緒に頑張りましょう」と言って帰った。中国が北の政権転覆・中朝国境の大混乱につながるCVIDをやりたいはずがない。 (China and Japan Vow Cooperation to Get North Korea to Quit Nukes

 ずっと中韓敵視だった日本はトランプのせいで弱体化し、5月に急いで日中韓サミットを東京でやりたがるなど、負け組入り・孤立化を防ぐため中韓にすりよっている。中国は、そんな日本のメンツを立て、CVIDに話だけ合わせた。トランプが軍産を潰していくなかで、対軍産従属一本槍だった日本は、外交的な影響力が大幅に低下している。先の大戦で日本を打ち負かした米軍産に恒久従属すれば、もう敗戦しなくてすむと70年前に思ったのだろうが、今や軍産が負け、日本は再び無条件降伏な敗戦国である(日本人のほとんどは、自分たちの大敗北にすら気づいてないが)。先の大戦で、勝ち組でも負け組でもない「第三国」に入れられてしまった韓国と北朝鮮は今回、堂々の戦勝国だ。 (S.Korean, Chinese, Japanese Experts Meet in Tokyo) (China, Japan Vow North Korea Cooperation, Plan High-Level Visits

 トランプは「北の出方によっては破談だ」などと演技的な息巻きをしているが、ポンペオを訪朝させたことから考えて、トランプは6月の米朝首脳会談後に「成功」を宣言するつもりだろう。今後、6月にかけて、朝鮮半島の和解ムードの醸成がさらに進みそうだ。米朝会談の成功後、米国は平壌に初めて外交代表部(準大使館)を設置することを検討している。国連安保理では、北への制裁解除が可決されるだろう(今はまだ予測できない別の展開になるかもしれないが)。南北が和解すると、北が在韓米軍の撤退を要求しなくても、韓国で在韓米軍不要論が高まる。トランプも米軍を撤退させたがってきた。 (With Pompeo to Pyongyang, the U.S. Launches Diplomacy with North Korea) (US Considers Opening Embassy in Pyongyang

 トランプは今回の北の核開発終了宣言について「世界と北朝鮮にとって良いことだ」とツイートした。今回の記事を踏まえて考えると、核武装したまま米韓と和解できる北朝鮮にとって、今の流れはとても良いことだ。世界にとってはどうか。「米覇権体制(軍産支配、対米従属型)の世界」にとっては、良いことでない。逆に「多極型の世界」にとっては良いことだ。トランプは、世界を米覇権体制から多極型に転換させており、北朝鮮問題の解決はその一環だ。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ