米国に頼れずロシアと組むイスラエル2018年2月18日 田中 宇
この記事は「中東の覇権国になったロシア(1)」の続きです。 2月5日、イスラエル諜報機関系の情報サイトであるデブカファイルが「(これまでイスラエルの敵だった)シリアのアサド大統領と、レバノンの(ヒズボラと親しい)アウン大統領が、相次いで、イスラエルのネタニヤフ首相あてに、自分たちはの方から戦争を起こすつもりはないし、外国軍(イラン系軍勢)にイスラエルとの国境防衛を任せることもしない」と書いた不可侵宣言の書簡を、欧州の外交官経由で送ってきた」と報道した。アウンは「レバノンに(イスラエル攻撃用の)イランのミサイル組立工場があるという報道は間違い。ミサイル工場は存在しません」とも書いているという。イスラエルと敵対してきたシリアとレバノンの首脳の不可侵宣言は、事実であるなら画期的だ。 (Assad in rare message to Israel: We won’t start war or let foreign forces control our borders) 他の報道機関はこれを報じておらず、デブカの記事は信憑性が十分でない。だが、私がこの話をありうると思ったのは、ネタニヤフが1月29日にロシアを訪問してプーチン大統領に会い、シリアに駐留するイラン系軍勢(シーア派民兵団、ヒズボラ)の脅威について話し合ったことと関係しそうだからだ。プーチンはネタニヤフに、イラン系勢力のシリアでの台頭を防ぐことを約束したという。ネタニヤフが表明した懸念を和らげるため、プーチンがアサドとアウンに連絡し、不可侵の宣言を書いてネタニヤフあてに送らせたと考えると、この話は全体として辻褄が合う。 (Information Blackout Follows Putin-Netanyahu Meeting) デブカの別の記事によると、プーチンは訪露したネタニヤフに対し「今後シリアで民主的な選挙をやる。国民の過半数を占めるスンニ派が与党になり、アラウィ派のアサドによる独裁政権が終わりになるだろうから、イスラエルが敵視するアサドの独裁は終わる」「新政権になれば、ヒズボラなどイラン系の軍勢力もシリアから追い出される。アサドに忠誠を誓っていたシリア軍も刷新される」「シリアの今後は(イスラエルと親しい)サウジやエジプトにも相談して決める」などと説明した。いずれもイスラエルを安心させるための話法だ。 (Putin plans to end Alawite hegemony in Damascus and evict pro-Iranian Shiite militias including Hizballah) たしかに、シリア国民の過半数はスンニ派アラブ人だが、今のシリアにはスンニ派をまとめる国民的な指導者がいない。アサドには、内戦に勝ってシリアの亡国を防いだという功績がある。内戦後のシリアで選挙をすると、スンニ派から何人もの候補が立って票が分裂し、アサドが漁夫の利を得て勝ち、権力を維持する可能性が高い。アサドが権力を持つ限り、イラン系も駐留し続ける。プーチンもネタニヤフも、そうした展開を予測しているはずだが、「民主的な選挙で決める」という建前論を出されると、ネタニヤフは反対できない。プーチンがネタニヤフに実質的に約束したのは、アサドやイラン系を追放するのは無理っぽいが、イスラエルにとっての脅威が増えないようにするから安心しろ、ということだろう。 (Vladimir Putin PLEAS with Israel's Netanyahu not go to WAR with Iran as conflict escalates) その約束の一環として、シリアとレバノンの大統領が、不可侵を約束する親書をネタニヤフ宛てに書き、シリア・レバノンとイスラエルの間の緊張が緩和していきそうに見えた。だが、イスラエルをめぐる話としていつものことだが、そうは問屋がおろさなかった。親書が送られてから一週間あまり経った2月10日、シリアとイスラエルの間で画期的な戦闘が起きた。この日、シリアに駐留するイラン軍(革命防衛隊)が飛ばしたとされる無人偵察機がイスラエル領空を侵犯し、イスラエル側に撃墜された。報復としてイスラエルのF16戦闘機の編隊がシリアを領空侵犯して空爆したところ、シリア政府軍が地帯空迎撃ミサイルを発射し、F16の1機を撃墜した。 ("Major Escalation": Israel Carries Out "Large Scale Attack" On Syria After Israeli F-16 Shot Down) シリアがイスラエルの戦闘機を撃墜したのは30年ぶりで、この点が画期的だ。シリア軍がイスラエル軍機を迎撃できたのは偶然でない。ロシアの助けがあったから迎撃できた。シリアにはロシア軍が駐留し、シリア全土の上空をレーダーで監視し、制空権を持っている。イスラエル軍機のシリアへの領空侵犯は、まずロシアが察知し、ロシア軍からの通報を受けたシリア軍が迎撃ミサイルを発射して撃墜した。ロシアの協力がなければ、シリアはイスラエル軍機を迎撃できなかった。ロシア軍は、今回の件の一部始終を見ていた。ロシアは、シリア軍による迎撃を正当防衛と考えて許したのだろう。ロシア軍はシリア領内で基地を増強しており、それがシリア軍の迎撃力の向上につながった可能性がある。 (Tension Rises Between Israel and Iran After Syria Clash) (Israel Launches Large-Scale Attack on Syria After F-16 Crashes) ロシアのおかげでシリア軍の迎撃能力が向上し、しかもロシアはシリアへのイスラエル軍の領空侵犯を不当とみなし、シリア軍に正当防衛の迎撃を許している。このことから言えるのは、イスラエルが今後、シリアを領空侵犯しにくくなるだろう(もう領空侵犯しないかもしれない)ということだ。これまでシリアは迎撃力が弱く、イスラエルは何十年も前から、何十回もシリアを領空侵犯している。だがイスラエルは今後、従来のようなやりたい放題ができなくなる。領空侵犯をやりすぎると、シリア軍だけでなく、ロシア軍から迎撃される恐れすらある。よっぽどの覚悟がないと、イスラエルは今後、シリアに手出しできない。今回の件を受け、長年イスラエルと対峙してきたレバノンのヒズボラは「イスラエルは、シリアやヒズボラに勝てない状態になった。時代が変わった。イスラエルは今後、攻撃してこなくなるだろう」と宣言している。 (Downing of Israeli F-16 warplane marks start of new strategic phase: Hezbollah) ('Israel helpless before Hezbollah power') ▼「イランが無人機で領空侵犯」はイスラエル右派によるでっち上げかも イスラエルは「武力解決」が無理なら、外交で解決するしかない。すでに書いたように、デブカによると、シリアのアサドは、すでにイスラエルに不可侵を約束している。ロシアの仲裁でイスラエルとシリアが和解する可能性が、以前より増している。シリアには、ヒズボラ(レバノン出身)などイラン系(シーア派)民兵団や、イラン軍(革命防衛隊)の軍事顧問団もいる。イスラエルがシリアと和解(密約、停戦協定)を結ぶなら、イランやヒズボラとの和解も同時にやらねばならない。ロシアは、イランやヒズボラとも親しい。 (Russia Can Keep the Peace Between Israel and Iran) 今回の交戦との関係で不可解なのは、なぜこのタイミングでイランが無人偵察機をイスラエル領空に送り込んだのか、ということだ。イランは、無人機を送り込んでいないと言っている。ロシアとイスラエルが首脳会談し、シリアとレバノンがイスラエルに不可侵を約束して、イスラエルとシリア・イラン・レバノン(ヒズボラ)がロシアの仲裁で和解(密約、停戦)する可能性が高まっている時に、イランがイスラエルに無人機を送り込んで挑発したのは不可解だ。 (Iran's Revolutionary Guard Vows "Hell To The Zionists" As Putin Warns Netanyahu) イスラエル側は「イランは、シリア領内のパルミラに設けた基地からイスラエルに向けて無人機を飛ばした」と言っており、その報復として2月10日にパルミラのイラン系の基地も空爆している。だが、イラン側はイスラエル軍機に反撃しなかった。反撃(迎撃)したのは、領空侵犯の戦闘機への迎撃が国際法で認められているシリア政府だった。イランは、イスラエルと戦争する気がないことを示した。この点からも、イランがわざわざ今回のタイミングで無人機をイスラエルに飛ばしたと考えにくいと感じられる。 (Israel squares off for showdown with Iran in Syria) イランとイスラエルは両方とも、相互に戦争したくない。両国間の戦争は「中東大戦争」になる。イスラエルは核兵器を使いうる。それでもイランを倒せない。イランは、イスラエルとの戦争を避けつつ、シリアやレバノンへの影響力を維持したい。ロシアの仲裁で、シリアやレバノンがイスラエルに不可侵を約束し、和解が始まりそうなことは、イランも大歓迎のはずだ。無人機を送り込むことは考えにくい。イラン自身も否定している。 (As tensions rise, neither Iran nor Israel want war) (The open war with Iran has begun) イスラエルは「イランの無人機を撃墜した」と発表したが、根拠を全く示していない。私が探した限りでは、撃墜現場の写真も報道されていない(同日シリアで撃墜されたイスラエル軍機の写真がたくさん報じられているのと対照的だ)。無人機は、撃墜されても誰が飛ばしたかわからないように作られている可能性が高い。もし無人機にイラン製の部品が含まれていたとしても、飛ばしたのがイラン軍だとは限らない。イランに動機がないことから考えて、イスラエルが勝手に「イランがやった」と決めつけている可能性がある。そもそもこの日、無人機が本当に領空侵犯したのかどうかも怪しい。イスラエルは戦争プロパガンダに長けた国だ。 (Russian troops were involved in Iranian-Syrian clash with Israel) イスラエルのネタニヤフの側近(Michael Oren、副大臣、元駐米大使)は、シリア側との交戦から2日後の2月12日に「シリアに関して米国はまったく影響力がなくなっている。そのためイスラエルはやむを得ずロシアに頼ってシリアとの問題を解決せざるを得ない」と述べている。米国は昔からイスラエルに対して大量の武器をわたし、シリアやレバノン、イランを攻撃して軍事的に問題解決することをそそのかしてきた。対照的にロシアはイスラエルに対し、話し合いでシリアやレバノン、イランと和解するよう提案している。 (Israel Says It’s Counting on Putin in Syria, U.S. Isn’t in the ‘Game’) ネタニヤフ政権が米国でなくロシアを頼ると表明したことは、米国からもらった武器でシリアを軍事的に潰すのでなく(それはもはや不可能だ)、ロシアの仲裁でシリア(やイラン、レバノン)と和解する道を選んだと表明したことになる。ネタニヤフ政権は、イランに濡れ衣をかけて攻撃することをやりたいと思ってない感じだ。イスラエルの上層部は、今回の件より前から、シリア側の迎撃能力の向上を察知していたはずだ。イランに領空侵犯の濡れ衣をきせて戦争を起こすのは自滅的だ。 (Official: US has no leverage in Syria, Israel turning to Russia) ネタニヤフ政権でないなら、誰が自滅的なシリア側との戦争を画策したのか。答えはおそらく「右派・入植者集団」である。イスラエルでは、主に米国から移住してきてイスラエルの軍や諜報界に入り込み、中東和平を破壊するために西岸入植地の拡大に精を出す右派・入植者集団がいる。彼らはイスラエルを熱愛するふりをしつつ、実のところ米国の右派と組み、中東和平をつぶしたり、ヒズボラとの戦争を06年に引き起こしたりして、イスラエルを自滅させようとしている。今回、イスラエル上層部に、イランに無人機侵攻の濡れ衣をかぶせてシリア側との戦闘を引き起こした勢力がいたとしたら、右派(入植者集団)である可能性が高い。彼らはネタニヤフ政権にも、閣僚や次官などとして入り込んでいる。 (入植地を撤去できないイスラエル) (世界を揺るがすイスラエル入植者) ネタニヤフ政権が「米国は役に立たないのでロシアと組んでシリアの問題に対処する」と2月12日に宣言し、好戦的な米国の傘下から現実的なロシアの傘下に乗り移る傾向を加速する感じを見せたとたん、2月14日にイスラエルの捜査当局がネタニヤフを贈収賄容疑で起訴すべきだと宣言した。この容疑(2種類)は、何年も前からネタニヤフを苛んでいる。これは、イスラエル政界内の右派・入植者集団が、ネタニヤフをスキャンダルで潰し、イスラエルのロシア側への乗り換えを阻止するための政治謀略だろう。かつて日本でも田中角栄が、隠れ多極主義のニクソンに頼まれて対米自立・日中友好を画策したところ、米国発の情報でロッキード事件を起こされて潰されたことを思い起こさせる。とはいえ、ネタニヤフは潰されない可能性が今のところ高い。 (Israeli Police Recommend Netanyahu Be Indicted For Bribery) (The Two Things That Will Determine Netanyahu's Fate) ロシア仲裁の和解気運を潰そうとするかのように戦闘が起きたものの、イスラエルは勝てず、今後は戦闘が起きにくい状況になった。今後、ロシアの仲裁でイスラエルとシリア・イラン・レバノン側が和解(相互不可侵の密約)できれば、中東におけるロシアの覇権が確立していき、米国の覇権が喪失する。その次は、ロシアや中国、EUなどの国際協調体が、トランプの米国が放棄したパレスチナ和平をどう再開できるかという話になる。米国でなくロシアなどが中東和平を成功させると、ロシアの中東覇権がますます強くなる。パレスチナ自治政府はプーチンに仲裁役を頼みに行った。 (Palestinian Abbas turns to Moscow in search for new Mideast mediator) こうした中にあって、日本は最近、パレスチナ自治政府を国家承認する方向に動き出している。日本は、米国が支援を半減させた国連のパレスチナ難民支援機関UNRWAへの支援も増やすと宣言している。これは、日本が、米国でなく、ロシアや中国などと協力して中東和平に力を使うことを意味する。安倍政権の日本が、対米自立しつつあることを示している。 (Japan to Boost Financial, Political Support for Palestine) (PA: Japan to recognise Palestine state, increase aid) (安倍とネタニヤフの傀儡を演じたトランプの覇権放棄策) トランプの米国はこれまでイスラエルべったりだったが、最近、イスラエルの入植地拡大への批判を強めている。ティラーソン国務長官はレバノンを訪問し、ヒズボラを正当な政治勢力として初めて認めた。いずれも、イスラエルに対するいやがらせだ。ロシアがイスラエルを批判せず気づかいつつ、シリアやイランなどとの和解に誘導しようとしているのと対照的だ。トランプは、イスラエルをロシアの傘下に押しやる隠れ多極主義をここでもやっている。 (Netanyahu’s Annexation Claim Sparks First Real Crisis With Trump) (Tillerson: Hezbollah 'part of political process' in Lebanon)
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