カタロニア独立を可能にするEUの多段階統合2017年10月9日 田中 宇10月1日に、スペインからの分離独立を問う住民投票を実施したカタロニア州は、製造業などの産業が集まっている。スペイン全体に占めるカタロニアの割合は、人口でみると16%だが、経済規模でみると20%、輸出額でみると25%であり、スペインの諸地域の中で稼ぎ頭だ。それなのにカタロニアは、スペイン政府財政の11%しか受け取っていない。この不公平感が、カタロニアの人々を、スペインからの分離独立に駆り立てている。 (In Catalonia: A Spanish Tiananmen Square?) EUの中で、ドイツや北欧諸国は政府の財政赤字が少ないが、スペインやイタリア、ギリシャなど南欧諸国は財政赤字が多い。EUは、加盟諸国から国家主権を召し上げてEUに集中させる「欧州統合」の超国家化を進めているが、財政を統合する際、南欧諸国に赤字財政=ムダ使いをやめてもらわないと、統合後に不公平な状態になる。国家統合していく欧州の中で、財政赤字をやめられないスペインやイタリアは「劣等生」で、EUはスペインなどに厳しい財政緊縮を義務づけている。 この状態をカタロニアから見ると、スペインの中で、カタロニアは優等生なのに、スペインの他の地域がムダ使いをやめられない劣等生なので、カタロニアがスペイン国家の中にとどまっている限り、カタロニアは劣等生扱いだ。だが、カタロニアがスペインから分離し、独立国としてEUに入れば、優等生として扱ってもらえる。EUが国家統合を進めるほど、要領の悪い劣等なスペインを見捨てて分離独立した方が良いと考えるカタロニア人が増える。イタリアの北部地域でも、イタリアからの分離独立を求める政治運動が続いているが、これも同じ動機だ。 (Catalonia’s road towards secession has complex roots) カタロニアで、スペインからの分離独立運動がさかんになったのは06年ごろからで、これは欧州統合が加速した時期と重なっている。02年から新通貨ユーロの発行が始まり、07年末にはEUの基本法となるリスボン条約が締結されている。財政、通貨、立法、軍事外交などの国家的な権限が、スペインなど加盟諸国からEUに吸い上げられていくと、カタロニアのような経済的に自立できる地域は、分離独立して直接にEUの参加に入った方が効率が良くなる。カタロニアには、スペインに対する歴史的な不信感もある。 (Catalan independence Wikipedia) (カタロニアでは近代初期の1920-30年代にも、スペインからの分離独立運動が起き、この時は結局、自治州としてスペインの中にとどまる道を選んだ。だがその後、1939-75年のフランコ独裁政権時代に、カタロニアは自治を剥奪されて抑圧された。75年のフランコの死後、カタロニアは自治を取り戻した。当時の人々は自治で満足し、分離独立までは望まなかった。スペインの現ラホイ首相は右派で「ミニフランコ」と呼ばれている) (Catalan Nationalism Means More European Division) ▼独立投票はぎりぎりの可決でしかないが、対立煽動で後戻りできない 10月1日の住民投票では、分離独立に賛成した人が90%だった。しかし、投票率は42%しかない(有権者数530万、投票者数226万)。カタロニア、特に州都のバルセロナでは、50年代以来の工業化の中で、スペインの他の地域から引っ越してきて工場などに就職した人がかなりいる。彼らはカタロニア語を話さず、スペイン人と異なるカタロニア人としての意識もないので、分離独立に賛成しておらず、住民投票に行かず棄権した。 (Catalonia - Wikipedia) カタロニアでは14年11月にも分離独立を問う住民投票が行われたが、この時も、投票率35%、支持率80%だった。今回は、投票率、支持率ともに、14年よりも高まったが、それでも、棄権者の多くが独立に反対していると考えると、州民の過半数が独立に賛成しているとはいえない。州都バルセロナでは、分離独立に反対する35万人の集会も開かれている。 (Catalan independence Wikipedia) (Catalonia independence: Huge Spain unity rally in Barcelona) 今回の投票では、スペイン政府の命令を受けて中央から派遣された警察隊が投票所を襲撃して投票箱を没収し、77万票が失われたとカタロニア政府が発表している。この分を加えると、投票率は57%となる。賛成率を90%とし、棄権者全員が独立に反対していると考えると、州民の51%が賛成していることになり、かろうじて過半数を超える。だがそれでも、9月25日のイラククルドの独立投票(投票率76%、賛成93%)のような、州民の「圧倒的多数」が独立支持だとはいえない。 (Escobar: The Future Of The EU Is At Stake In Catalonia) このように「ぎりぎり可決」的な投票結果からみると、カタロニアの独立が十分に正当性のある行為とは言えない。だが、スペイン政府が4千人の国家警察をカタロニアに派遣して投票を妨害し、投票しようとする多数の市民を暴行したこと、スペイン政府がカタロニア政府との話し合いを拒否し、EUなどによる仲裁の申し出も拒否していることは、カタロニアの独立派を強硬姿勢に駆り立てるとともに、世界の世論がカタロニアの側に味方する傾向を強めてしまった。 (Before the violence, Catalonia already had a mandate for independence) (Catalonia’s Bid for Independence Sows Deep Divisions Among Family, Friends) カタロニアの政府と議会は、10月10日に独立宣言を発する予定だ。これに対してスペインの中央政府は、憲法違反を犯した自治州の自治権を中央政府が剥奪できる憲法155条を初めて発動し、カタロニア州の自治権剥奪を宣言する可能性がある。古今東西、自治権の剥奪が、内戦を勃発させた事例が多い。89年のコソボ紛争は、セルビアがコソボの自治権を剥奪したことから始まっている。(セルビア政府は今回、カタロニアの独立に反対を表明しつつ、コソボの独立はすぐ認めたくせにカタロニアの独立は認めないのかとEUを批判している。セルビアは、スラブ人で親露的なのでEUや米国に意地悪された) (Catalonia to ‘declare independence on Tuesday’ as officials apologise to protesters) (Could Spain Go the Way of Yugoslavia?) カタロニアではすでに、独立を支持する州の自治警察と、中央政府が派遣してきた国家警察との間で対立が起きている。中央政府がカタロニアの自治剥奪を宣言し、カタロニアの政府と議会が独立への動きを強め、自治警察と国家警察が衝突・戦闘し始めると、事態は内戦になる。 (Catalonia defies Madrid’s attempt to take over local police, as chief refuses to comply) (In Catalonia Independence Push, Policing Becomes Politicized) スペイン国家は、17の自治地域と2つの自治都市から成り立っている。スペイン政府が、カタロニアの独立を認めるか、もしくは逆に155条を発動して自治を剥奪し、内戦になった場合、スペイン国家の体制そのものが危うくなる。カタロニア側が独立要求を引っ込める可能性は、今のところ低い。 (Autonomous communities of Spain - Wikipedia) (Catalonia 'civil war' warning as independence declaration fears grow) ▼EU統合の多段階体制への移行でカタロニアも英国も入れるように EU当局や、欧州の他の諸国は、今回の問題を、スペインの内政問題と考える傾向が強い。中央政府とカタロニア政府との話し合いを仲裁したいという申し出を、中央政府が拒否している限り、EUや周辺諸国は、それ以上のことができない。 (Spain Rules Out Mediation With Catalonia) (What an independent Catalonia could look like: debt crisis, closed borders, and immigrants fleeing the country) その一方で、カタロニアが独立宣言すると、同じくスペインから独立したいバスク地方、英国から独立したいスコットランド、イタリアから独立したいベネトなど北部地域、フランスから独立したいコルシカ島、オランダから独立したいフランドルなど、欧州各地の独立運動が扇動され、あちこちで独立が宣言され、EUの結束が崩れて国家統合どころでなくなるとの見方が、マスコミで流布されている。 (The Catalan crisis poses a threat to the European order) (Catalonia's cry for independence is the inevitable response to 'European identity') カタロニアは、スペインから独立したうえでEUに加盟しようとしているが、EU当局や、スペインをはじめとする周辺諸国は、カタロニアのEU加盟を認めないだろう。認めてしまうと、EU内で分離独立を求める諸地域が、うちも分離独立してEUに入れてもらおうと考えることを煽ってしまう。だから、カタロニアが独立しても、当面はEUに入れてもらえないが、ずっと入れない状態が続くのも現実的でない。いずれカタロニアはEUに入れるだろうが、分離独立が増えるほど、全会一致を原則とするEUの運営が困難になる。 (Catalonia: Violence is another crisis caused by the EU) (MEP Paet: Not one country would recognize Catalonian independence right now) このような、EUの行き詰まりを予測する見方を、ドイツの主導が強まるEUを嫌う英国や、その傘下のマスコミ(=軍産英)が喧伝している。その一方で、軍産英と対立する立場にいるロシアの報道機関スプートニクは「カタロニアが独立しても、欧州で既存国家からの分離独立を求める他の諸地域が、すぐに独立に動くことはない。分離独立を問う住民投票を近いうちに行うと決めている地域はない。カタロニア独立問題は、EUにとってそれほど大きな問題ではない」というノルウェーの学者(Kristian Steinnes)の見方を載せている。 (Catalan Crisis 'Not a Big Challenge' to the EU) ('Everyone will leave!' Macron's EU plan will cause many more Brexits, historian warns) 加えてEUは、全会一致で単一的な国家統合を推進していくこれまでの体制をあらため、EUの中に、国家統合を早く進める諸国だけが集まる枠組みと、そこに入らずゆっくり統合を進めていく諸国の枠組みとを別々に作る「多段階統合」の体制に移行していくことを、すでに決めている。今年3月、独仏伊西のEU主要4か国の首脳が集まって多段階統合体制への移行に賛成することを決め、その後のフランスとドイツの選挙を経て、仏マクロン大統領が9月26日に、多段階統合体制への転換を進めて「欧州合衆国」を作ることを提案している。 (In Versailles, EU’s big 4 back multispeed Europe) (Macron’s European Dream) 欧州統合が多段階方式に移行した場合、国家統合を早く進める独仏主導の諸国(A組)への仲間入りは厳しい条件が多くて大変だが、統合をゆっくり進める諸国(B組、C組?)への仲間入りは条件がゆるく、比較的簡単になる。スペインは、カタロニア問題をうまく解決できればA組に入り、うまく解決できない場合はスペインとカタロニアが別々にB組に入り、しばらくして事態が安定してカタロニアの方が優等生ならカタロニアだけA組に移るといったことが可能になる。また、マクロンも提案したとおり、旧体制の厳しい条件枠だったEUを嫌気して離脱した英国は、いったん離脱した後、EUのB組やC組に入り直すことが可能になる。 (Emmanuel Macron says Britain could return to 'reformed, simplified' EU) (The Plan to Save Europe) (A multi-speed formula will shape Europe’s future) もともと、体制が単一で、しかも全会一致の決定が原則という、硬直で失敗しやすい従来のEUの体制を推奨したのは、EUに参加しつつ内側からEUを壊す国家戦略をとってきた英国だった。EU参加に無理がある東欧諸国をどんどんEUに入れ、独仏と東欧諸国との対立をひどくしてEUを失敗に追い込んだのも英国だった。英国が自滅的にEU離脱を決めた後、独仏がEUを、より柔軟で維持しやすい多段階統合の体制に転換させたのは当然の流れだった。 (英国が火をつけた「欧米の春」) (In defense of a multispeed Europe) ポーランドなどの東欧諸国は、英国のおかげで甘い条件でEUに入り、経済援助などを享受しつつ、独仏の主導性に楯突く英国の傀儡として機能してきた(ポーランドは、ナチスを挑発して第2次大戦を起こしたころから英国の傀儡だった)。だが東欧諸国は、EU統合が多段階の体制に移行すると、従来のような利得を得られなくなるので、多段階化に反対を表明している。ポーランドはドイツに喧嘩を売り、EUをやめてやると息巻いている。 (Polish Foreign Minister Demands Germany Pay $1 Trillion In Reparations) (Leaders of Romania, Croatia want a one-speed Europe) 今のところEUはまだ、重要事項の決定が全会一致の原則なので、独仏が主導するEU当局が、東欧諸国の反対を押し切って明示的に多段階体制に移行していくことはできない。だがEU当局は、具体的なひとつずつの統合政策において、多段階体制を用意したうえで、東欧諸国に対し「無理しなくていいですよ、B組的なゆるい政策導入の枠組みを用意したので、そちらに入ってください」と誘導し、いつのまにか多段階体制に移行していく隠然戦略をとっている。 (Commission offers softer rules to Hungary, Poland to sweeten EU prosecutor deal) 今後、マクロン提案に沿って、ユーロ圏諸国だけで統合した財務相を置いたり、第2欧州議会的なものを作ると、多段階体制への移行が顕在化する。そのころには、カタロニアの独立問題も英国のEU離脱も、着地点が見えてきているのでないか。 (Merkel backs Macron’s call for multi-speed EU, ‘small’ eurozone budget) マクロンやメルケルは、EU統合の多段階体制への移行を支持しているが、EU大統領(欧州委員会・委員長)のジャン・クロード・ユンケルは、9月13日の政策提案(年頭教書演説)で、多段階でなく、一枚岩的な従来のEU統合への道筋にこだわり、EUの全加盟国がユーロを導入すべきだと主張している。これを見ると、EU当局と独仏との間に意見の対立があると感じられるが、ユンケルは熱烈な欧州統合推進論者だ。従来の一枚岩方式が行き詰まっており、多段階体制に移行しないと欧州統合を推進できないとわかった上で、東欧諸国など反対派諸国を引きつけておくための目くらましの役割を演じていると考えられる。 (Juncker to oppose multispeed Europe) (Juncker Unveils Grand Vision For A United States Of Europe)
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