他の記事を読む

トランプの経済政策でバブルの延命

2017年9月14日   田中 宇

 米議会の夏休み明けの8月後半から9月初めにかけて、米国のメディアでは、トランプ政権がこの秋、財政や経済政策でうまくいかず、米政府が資金難に陥って政府が閉鎖されたり、金融市場の急落が起きそうだという予測が席巻していた。トランプ大統領は、1月の就任以来、与党共和党内の茶会派などの反対によって、公約していた経済政策をほとんど進められない状態が続いてきた。今秋、この行き詰まりが悪化して金融危機に発展すると予測されていた。 (トランプの苦戦) (Federal Reserve’s Powell Warns About Failure to Raise Debt Ceiling

 だが、ふたをあけてみると、トランプは、2大政党制の垣根を破って民主党と組むことで、米政府の財政を延命させて政府閉鎖を回避した。さらには、これまで不可能と思われてきた税制改革(法人と中産階級への減税)まで実現できるかもしれない事態になっている。これまでトランプは、夏前の健康保険制度(オバマケア)の「改革」や、違法移民への規制強化など経済政策の法制化を目指した際、共和党をまとめて賛成させるやり方で法制化を実現しようとして、失敗を重ねてきた。共和党は、米議会の上下院と大統領府という、ワシントンDCの政界のすべてを握っている。だが、議会の取りまとめ役のライアン下院議長がいくら調整しても、財政の縮小をめざす茶会派(自由会派)の賛成が得られなかった。 (Trump Wants To End The Debt Ceiling, Schumer Agrees) (QEで進む金融市場の荒廃

 もともと米支配層(軍産エスタブ)が作った政治制度を好まないトランプが今回、共和党の枠を捨てて民主党に接近したのは、自然な流れだったといえる。トランプは90年代まで民主党を支持しており、今でもイヴァンカとクシュナーの娘夫婦らは、政権内のライバルから「隠れ民主党」と揶揄されている。 (Republican leaders annoyed over Ivanka's visit during meeting) (For Better or Worse, Trump and the GOP Need Each Other

 今回トランプが民主党と組んで米政府の財政赤字上限を棚上げしたことで、米政府は来年の春か夏まで国債発行を続けられることになった。米政府の財政は赤字で国債発行に頼っているが、赤字総額に法的な上限が設けられ、米政府の赤字は今年3月に上限に達し、それ以後は「へそくり」的な隠し予算でやりくりしてきたが、それも9月末で底をつくことになっていた。 (House To Vote On Harvey Aid Bill Wednesday, Senate To Combine With Debt Limit Extension) (米財政赤字上限問題の再燃

 今回は、赤字上限の引き上げでなく、赤字上限を定めた法律の効力を3か月とめることで民主党側と合意し、可決した。ハリケーン被害への救済金の法案と抱き合わせにすることで、反対派の矛先を鈍らせた。米政府は、12月までに「へそくり」を再び積み増し、来年の春か夏まで持たせる予定だ。米政府の財政はずっと前から、議会内の対立により、数か月分の暫定予算しか組めない綱渡り状態だが、今年はうまく混乱を先送りした。 (Senate Passes Debt Ceiling/Govt Funding Deal: Here's What Happens Next) (Trump’s Surprise Deal With Democrats Sets Up Christmas Showdown

 トランプが9月7日に民主党と組んで赤字上限問題を先送りできる見通しがたった後、株価の上昇や、金相場の反落が起きている。財政赤字問題の噴出が、株や債券の大幅下落や金地金の高騰、金融危機に結びつくという、今秋起きると懸念されていた事態は、とりあえず去った感じだ。 (‘Things Have Been Going Up For Too Long’ – Goldman CEO

▼民主党と組んだことで政治的な拘束を解かれて自由になったトランプ

 トランプが民主党と組んだことに対し、共和党内からは反発が出ている。だがトランプが、共和党との連携のみにとらわれていたら、今後もずっと経済政策を実現できず、財政と金融の危機を引き起こしていただろう。今回、必要なら共和党との連携を振り切って民主党とも組む姿勢を見せ、それによって財政危機を乗り越えたことで、もともと共和党と深い縁があるわけでないトランプは、政党の縛りから解かれ「無所属」的にふるまえる強みを得た。彼は今後も、必要に応じて2大政党のどちらとも組みうるという、今回新たに得た政治武器を使っていきそうだ。 (ZAISEI The Pelosi-Schumer-Trump Congress) ("Worst Possible Choice For US Economy" - Peter Schiff Slams Plan To Repeal Debt-Ceiling

 米国(や英国カナダなど)の2大政党制の本質は、どちらが勝っても軍産エスタブが支配する「2党独裁」だ。エスタブ支配を壊すことを目標に大統領になったトランプとしては、無所属的にふるまえる自由を持った方が、エスタブ支配を破壊するための優位を得られる。 (White House Watch: Is Trump Changing the Republican Party, or Leaving It?

 トランプ政権では、8月18日に軍産エスタブとの戦いの立案者であるスティーブ・バノン(首席戦略官)が軍産系側近との政争によって追放され、トランプは軍産系のそ側近に包囲され難渋している感じになった。大統領府の会議で、トランプが、軍産系の側近たちに対し、お前らの勝手にやれると思うなよと息巻いたという報道も出ている。 (バノン辞任と米国内紛の激化) (Trump's Honeymoon is Over) (Did Trump Just Intentionally Snub Gary Cohn?

 トランプは大統領府で軍産に包囲されたものの、軍産の言いなりになるのでなく、むしろティラーソン国務長官やコーン経済担当補佐官ら、トランプをなだめて丸め込もうとする側近たちとの対立を強め、彼らをクビにしようとする素振りさえ見せている。また最近、バノン自身が明らかにしたところによると、トランプとバノンは2-3日おきに連絡をとっており、電話で1時間話すこともあるという。これが事実だとしたら、バノンは軍産との戦いの戦略上、大統領府を去ったものの、彼がトランプの知恵袋である状態は変わっていないことになる(大統領府の報道官は、2人の間の連絡がそんな高い頻度でないと言っている)。 (Steve Bannon Says He Talks to Donald Trump Every Two to Three Days) (Donald Trump and Rex Tillerson : testing times for a critical relationship

▼利上げや勘定縮小をトランプに阻止される米連銀

 米政府内で最近動きがあるもうひとつの高官人事は、米連銀(FRB)をめぐるものだ。現在、米連銀の政策決定メンバーのうち5人をトランプか選びうる立場にいる。イエレン議長の任期も来年2月までだ(再任可)。 (Central Bankers Can’t Savor Their Stimulus Success) (How Will Trump Remake the Federal Reserve Board?

 トランプは、米連銀に、低金利の状態と、金融界の規制緩和の維持をやってもらいたい。連銀は、QEとゼロ金利の状態から脱して、金利を上げ、勘定(バランスシート)を縮小していく局面にあるが、トランプは、利上げや勘定縮小をやってほしくない。また米議会と連銀は、08年のリーマン危機後、銀行が高リスクな金融投資をすることを抑制する「ドッド・フランク条項」を制定したが、トランプは、この条項を撤廃したい。利上げせず、ドッドフランク撤廃に反対しない人を、連銀の議長や理事(各地の連銀総裁)に据えたい。 (So Trump Wants to Repeal Dodd-Frank…) (How Much Have Banks Really Cut Their Risks?

 利上げを続ける連銀は、リーマン危機後に続けたQEやゼロ金利といった、危機で死んだ金融システムに巨額資金を注入して延命させる政策から早く脱し、健全な状態に戻したい。トランプは逆に、連銀にバブル膨張政策を続けさせ、株や債券の相場上昇を延長することで、自らの人気の保持につなげたい。トランプは、自分たちだけ健全な状態に戻ろうとする連銀の利上げ・勘定縮小の政策を支持していない。 ("There's A Bubble" And "It's The Federal Reserve's Fault") (米連銀の健全化計画にひそむ危険性

 米議会では、ドッドフランクを無効にする「チョイス法案」が審議され、可決に向かっている。トランプのバブル再膨張策は、着々と進んでいる。連銀内では、こうしたトランプの策に反対し、利上げ傾向やドッドフランクの維持を主張する声が強い。8月中旬には、フィッシャー副議長が、講演で、ドッドフランクの廃止への反対を表明した。フィッシャーはその後、任期途中での辞任を表明している。フィッシャーの辞任は、連銀がトランプに抵抗しきれないことを示している。 (Rolling Back Banking Regulations “Very Dangerous,” Says Fed Vice Chairman) (Fed Vice Chair, Stanley Fischer...Exit Stage Left: "This One's Gonna Hurt"

 フィッシャーだけでなく、イエレン議長も、最近の講演で、ドッドフランクの銀行規制が良い効果をもたらしていることを力説している。このことから予測されるのは、イエレンが来年2月に任期を更新されず、議長を辞めていくことだ。米マスコミは、まだイエレンが続投させてもらえる可能性もあるという感じで報道しているが、イエレンが続投するとしたら、表向き連銀内の反トランプ的な意見を代弁しつつ、実質的な政策としてトランプの言いなりになるシナリオだ。 (Central bank to Trump: Keep your tiny hands off Dodd-Frank) (Our Political Central Bankers

 トランプの経済担当補佐官をしているコーン(元ゴールドマンサックス)が、イエレンの後任の連銀議長になるという下馬評もある。だが同時に、最近、トランプはコーンを嫌うようになったとか、コーンが連銀議長になることはないといった報道も出ている。コーンは、バノンと敵対していた側近の一人だ。 (Cohn Solidifies Lead in Race to Replace Yellen, Economists Say) (Trump anger at Cohn raises doubts about his White House tenure: sources

 今回トランプが民主党と組んで財政問題を解決したことからは、トランプが依然として大きな権限を持っており、軍産エスタブに負けていないと感じられる。トランプは、財政と税制において好きなようにやった後、連銀の政策も自分好みにねじ曲げていくだろう。ドッドフランクは無効にされ、連銀の利上げや勘定縮小は棚上げ状態になる。銀行は高リスクな投資に走らされ、株や債券の相場は上昇し、引き続きバブル膨張を続ける。日銀やECBは、なかなかQEをやめないだろう。 (The ECB shouldn't rush to end stimulus - no matter what Germany says

 QEによるバブル膨張は来年にかけて続きそうだが、その先もずっと続くわけではない。すでに異様に肥大化しているバブルは、維持が困難になっている。いずれ巨大なバブル崩壊が起きる。それがいつどのように起きるかは、まだ見えていない。トランプは、経済面でバブルの維持によって自分の人気を保持して再選を目指しつつ、国際政治面で米国覇権の放棄と、世界の覇権構造の多極型への転換を進めていくつもりだろう。 (トランプの相場テコ入れ策) ("We're Now Seeing Bubbles Everywhere" - Deutsche Bank Boss Urges End To "Era Of Cheap Money"



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ