トランプの苦戦2017年8月31日 田中 宇米国のトランプ大統領は、8月18日に最重要の側近だった「米国第一(覇権放棄)主義」のスティーブ・バノンを辞任させ、8月21日には、アフガニスタンへの米軍の増派を発表し、米軍総撤退の公約を反故にした。トランプを支持してきた反戦右派の人々の間に、トランプは、覇権放棄の策を捨て、軍産エスタブの覇権維持派へと寝返ったとする失望感や後悔が広がっている。 (What Happened to Making America Great Again?) (Neocons Love Trump's New Afghanistan Plan, Blackwater Calls It "Obama-Lite") 私は、トランプがバノンを辞めさせたり、アフガン撤退を棚上げした理由について、根本的な転向・戦略転換でなく、トランプの覇権放棄策に反対している米議会の共和党主流派との敵対を緩和するための、暫定的でうわべだけの方策だろうと考えてきた。減税や財政出動策、健康保険改革など、トランプの経済政策は、議会に次々と否決され、ほとんど実現していない。このままだと株価の急落や景気の悪化を引き起こす。それを回避する策として、トランプは7月末、4か月間の約束で、軍産・覇権派の代理人であるジョン・ケリーを大統領首席補佐官に就任させた。それ以来、ケリーは、マクマスター安保担当補佐官、ティラーソン国務長官、コーン経済担当補佐官ら、政権内の覇権派(軍産や金融界出身者)と結束し、バノンら覇権放棄派を政権から追い出し、アフガン撤退やイラン核協定離脱などの覇権放棄派の策を阻止してきた。 (バノン辞任と米国内紛の激化) (トランプの軍産傀儡的アフガン新戦略の深層) こうした私の見立ては、楽観的すぎないだろうか。米マスコミは、トランプを正常な人間とみなさず、トランプの政策を理にかなったものとみていない(日本のマスコミは米マスコミの鵜呑み)。私から見ると、それはマスコミが軍産・覇権派の一部なので、公正な報道をせず、トランプ敵視に変更しているからなのだが、同時にいえるのは、報道が信用できないため、政治の動向について正確な見立てが難しくなっていることだ。今回は、最近のトランプ政権をめぐる動きの意味を、再度、分析してみる。 (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ) (金融界がトランプ政権を乗っ取り米国をTPPに戻す??) ▼トランプは過激なツイートをしている限り潰されてない まず、トランプ政権内で、覇権維持派(軍産エスタブ・金融界)と覇権放棄派(バノンらナショナリスト)が激しい暗闘を続けてきたという、私の見立ての可否を再検討する。トランプは、選挙期間中から、NATOは時代遅れだとか、日韓がこれ以上米軍の駐留費を負担したくないなら、独自の核武装をして対米自立することを認めるとか、アフガンから米軍を撤退させるとか、ロシアと和解するとか発言し、米国が軍事安保的に世界を運営(支配)する覇権構造の放棄(米国第一主義)を言い続けてきた。就任演説では、ワシントンDCのエリート支配を壊せと、米国民に檄を飛ばしている。この手の扇動や、覇権放棄の方針は、バノンが掲げてきたものと同じだ。トランプはバノンと組み、軍産エスタブの支配を壊そうとしたことがうかがえる。 (世界と日本を変えるトランプ) (トランプ革命の檄文としての就任演説) トランプは就任後、まずTPPを離脱した(改定要求でない点が重要)。NAFTAも、米国が損をしている部分を改定する策をとっている。中国にも、不公正な貿易をしていると言って制裁しようとしている。これらは、米国が世界の自由貿易体制を主導する経済覇権体制を放棄することを意味する。これらもバノンが立案し、米国民が被る経済損失を解消する「経済ナショナリズム」と称している。だがこの政策の実際の最大の効果は、米国民救済でなく、世界経済に対する米国の支配力の低下だ。従来の米政府は、自由貿易体制を拡大して米国の覇権を維持しつつ、同盟諸国に厳しいことを言って米企業の利益を拡大する策によって、自由貿易に伴う米国の経済損失を減らしてきた。対照的にトランプ政権は、自由貿易体制自体を破壊しており、覇権放棄が前面に出ている。 (Donald Trump reportedly considering starting global trade war, despite Cabinet's concerns) (米国民を裏切るが世界を転換するトランプ) 同様に、従来の米政府は、日韓や欧州を米国の安保の傘に入れ続ける一方で、同盟国の安保タダ乗りを批判し、同盟国により多くの負担金(思いやり予算など)を払わせる策だった。NATO廃止や日韓核武装容認に言及し、G7の協調を重視しないトランプは、従来の米政府よりも、覇権放棄の指向が強い。 (理不尽な敵視策で覇権放棄を狙うトランプ) ロシア(ソ連)敵視は、軍産・覇権派にとって重要な戦略だ。トランプは、プーチンと和解し、この覇権戦略を壊そうとした。軍産(米諜報界)は、それを阻止するため、対露和解を担当していたフリン安保補佐官(バノン派)に、針小棒大な微罪のスキャンダルを吹っかけて2月に辞めさせ、代わりに覇権派のマクマスターを据えさせた。その後も、非覇権派の側近に対するスキャンダル吹きつけが相次ぎ、トランプは対露和解の構想を放棄した。それ以来、トランプとバノンの、覇権派に対する敗北傾向が拡大していき、8月18日のバノン自身の辞任にまで発展した。 (フリン辞任めぐるトランプの深謀) トランプは、米政界を支配してきた覇権派を無力化することを目標に、覇権放棄の戦略を持って大統領になったが、政界からの大きな圧力を受けて側近群の中に覇権派を入れざるを得ず、政権中枢は覇権派と放棄派の激しい政争となり、放棄派が劣勢になっている。トランプは苦戦している。ここまでは事実と考えていいだろう。次に思いつく疑問は、トランプはバノンを切ることで、放棄派から覇権派に転向したのでないかというものだ。私は、トランプが転向したのでなく、放棄派としてやりたいことの一部をあきらめて維持派に対して(時限的に)譲歩することで、妨害されている経済政策の推進をはかる「取引」をしたとみている。 トランプが転向したのでないことは、相変わらずツイッターで勝手に発信しまくっていることからうかがえる。覇権派を強化するため7月末に首席補佐官になったケリーは、トランプのツイッター利用を制限し、大統領府からの情報発信を、覇権派の検閲のもとで一元化しようとした。もしトランプが転向したのなら、ツイッターの発信が減り、公式論のつまらないツイートしか出てこなくなる。トランプが相変わらず吠えている限り、トランプは転向していない。 (White House Watch: Trump Picks a Fight With Congressional Republicans) (Kelly Loses Control As "Vacationing" Trump Unleashes Angriest Tweetstorm Yet) 米国社会で強まるリベラルと右派の対立の中で、トランプは右派を擁護する姿勢をツイートしている。バノンは右派の指導者の一人であり、トランプとバノンとの親近感も切れていないことがうかがえる。トランプは直情型の人で、転向したのに目くらましで過激なツイートを続けるという隠微な芸当をやるとは考えにくい。トランプのツイッターは、覇権派による大統領府の乗っ取りを防ぐための重要なゲリラ戦法の道具となっている。 (Trump retweets claim that 'true' source of violence is from anti-fascists and not the right) トランプがバノンの策を廃棄せず踏襲しているもう一つの点は、中国との貿易関係についてだ。トランプは依然として、中国が鉄鋼などを米国に安すぎる価格で輸出しているので制裁すると言っている。覇権派の側近群たちは、このトランプの策を「やりすぎ」だとして反対し、米国の要請で中国が改善策を出してきたので、それで手を打つべきだとトランプに進言した。だがトランプは、この進言を拒否し、貿易面での過剰な中国敵視に固執している。 (His advisors supported it, but Trump reportedly declined Chinese proposal to cut steel overcapacity) (Trump Reportedly Slams Administration's Globalists, Demands "Bring Me China Tariffs") 米国が中国と貿易戦争をすると、世界最大の市場である中国に米企業が参入しにくくなり、長期的に米国の損になる。中国は、これまでWTOなど米国覇権体制の傘下で経済拡大を試みてきたが、米国から貿易戦争を仕掛けられるほど、米覇権とは別の国際経済体制を構築する方向に進み、世界の覇権構造が多極化する。安保面で、米国がロシアやイランを敵視するほど、露イランは米国に頼らない国際体制の構築を急ぎ、多極化が進むのと同じ流れだ。 (Trump Seems to Genuinely Want a Trade War With China) トランプは「合意形成」よりも「取引」を重視する。大きな組織を信用していないので、孤立を恐れない。従来正しいとされきた常識よりも、自分の直感を重視し、自分が正しいと思えば、非難されても喧嘩腰で押し通す。誇りが高く、自尊心が強い。軍産・外交界(=覇権派)という巨大組織に包囲されて圧力をかけられるほど、トランプは闘志を燃やす。取引の結果、いったんは譲歩もするが、敗北は受け入れない。元世銀総裁で隠れ覇権放棄派(親中派)のロバート・ゼーリックは、トランプを、そんな感じで評している。 (The conflict at the heart of Donald Trump’s foreign policy by: Robert Zoellick) 結論として言えるのは、トランプは転向しておらず、やはり、覇権勢力と取引しているということだ。今のところ、トランプを弾劾する罪も見当たらないので、彼が辞めさせられることはない。覇権派との闘いはまだ続く。今後、議会の共和党がトランプの経済政策を通すようになると、今回の取引はトランプにとってうまくいったことになる。たが逆に、10月になっても何も議会を通っていない場合、トランプと覇権勢力の関係が、また荒れることになる。トランプは、覇権派の側近たちを辞めさせるかもしれない。財政赤字上限到達による米政府の閉鎖、金融相場の急落などが起きる可能性も高くなる。 (Report: President Trump Growing Increasingly Frustrated With Secretary of State Tillerson) ▼ネオコンに加勢してほしかったトランプ ここからは、やや難解な、国際政治オタク好みの話になる。今回、覇権派が全力でバノンらを追い出そうとした理由は、バノンが、ネオコンのジョン・ボルトンに、03年のイラク戦争前の「大量破壊兵器」の時のような諜報の捏造をやってもらい、それを使ってイランと米欧などが結んでいる核協定を破棄しようと動き出したからだったようだ。 ('Strong indications' Trump won't recertify Iran nuclear deal) イラク戦争の開戦事由が、捏造された大量破壊兵器情報だったことは、米国の諜報機関と軍に対する世界からの信用を失墜させた。あれをやったネオコンは、軍事による政権転覆など、覇権派の主張を振りまきつつ、実のところ米国の覇権を自滅させる「隠れ覇権放棄派」(隠れ多極主義者)である。覇権派つまり諜報機関や軍産と戦うトランプは、捏造した諜報によってイラン核協定を破棄することを画策し、覇権派に大損害を与えようとしたと考えられる。 (Trump era continues to work out just great for Iran) 8月28日、ブッシュ政権で国務副長官や国連大使を歴任したネオコンのジョン・ボルトンが、保守派の雑誌サイトであるナショナルレビューに「イラン核協定の離脱方法」と題する文書を掲載した。イラン核協定は、2015年にオバマ政権の米国が主導し、英仏独露中と国連も参加してイランと結んだ協定で、イランが平和利用を含む核開発を制限する見返りに、国際社会がイラン制裁を解除する骨子だ。 (How to get out of the Iran nuclear deal - John Bolton) トランプ大統領は選挙戦時から、オバマが作ったこの協定を、イランを甘やかすだけの最悪の協定と批判し、自分が大統領になったら廃棄すると公約していた。だがトランプは就任後、覇権派の側近に反対され、就任半年後の今も、しかたなく協定を保持している。米政府(大統領府)は、90日ごとに、イランが核協定を順守しているかを調査し、議会に報告する規定になっている。ボルトンの論文によると、7月中旬に、この報告を行うに際し、トランプやバノンは、イランが協定を順守していないという報告書を出し、核協定破棄への一歩としようとした。 (Trump puts Iran nuclear deal in jeopardy) これに対し、覇権派の側近たちは、イランが協定に違反した事実はないし、米国が破棄しても他の諸国が協定を維持するので米国の孤立にしかならないと主張した。激しい議論の末、報告書にはイランの協定順守を書くことにする一方、核開発でなく、ミサイル開発や人権侵害など、他の要素を使った米国独自の新たなイラン制裁法を議会に提案し、核協定破棄に代わるイラン敵視策とすることを決めた。米議会は7月下旬、圧倒的多数でイラン制裁新法を可決した。 (The Danger of Trump's Shifting Strategy on the Iran Nuclear Deal) (Here’s how Trump can drop Iran deal) この一件の後、バノンは7月末にボルトンに対し、米国がイラン核協定を破棄する方法はないかと相談してきた。トランプは就任前からボルトンを好み、一時は国務長官に据えることも検討した(覇権派の反対で潰された)。就任後も、トランプはボルトンと何度も会っている。バノンの依頼を受け、ボルトンは5ページの報告書を書いた。だが、書き上がった時には、すでにバノンが辞めさせられ、それまで頻繁に会ってくれていたトランプも、ボルトンの面会要請を拒否するようになっていた。しかたなくボルトンは、自分が書いた報告書を、ナショナルレビューに投稿して公開した。 (How to get out of the Iran nuclear deal - John Bolton) (Bolton writes in op-ed he can't get in to see Trump anymore) このボルトンの報告書公開を機に、トランプやバノンが、諜報機関に、イランが核兵器開発を再開しているという捏造の諜報をでっち上げさせようとしていたという指摘が、諜報界から出てきた。 (US Intel Officials Resist Trump’s Push to Claim Iran ‘Violates’ Nuclear Deal) (White House 'pressuring' intelligence officials to find Iran in violation of nuclear deal) 「バノン辞任と米国内紛の激化」にも書いたが、最近の記事7月末にケリーがトランプの首席補佐官になってから、8月18日にバノンが辞任させられるまでの間に、トランプ政権の安保戦略を立案するNSC(安全保障会議)で、戦略立案を担当していた3人のスタッフが、マクマスターによって相次いで解任されている(Ezra Cohen-Watnick、Derek Harvey、Rich Higgins)。3人とも、イランとの核協定を破棄すべきだと主張し、バノンと親しくしていた。3人は、イランがこっそり核兵器開発を続けていることを示す証拠となる捏造された諜報を流布しようとしていたので、マクマスターに解任され、その親玉であるバノンも、この筋で辞めさせられた可能性がある。 (バノン辞任と米国内紛の激化) (McMaster Fires Iran Hawk From NSC) 捏造諜報の流布は、犯罪にならないのだろうか。イラク戦争前に「フセイン政権がニジェールからウランを買って核兵器にしようとしていた」とする捏造の契約書などが出回り、米軍イラク侵攻の大義がでっち上げられたことが、事後に発覚したが、この件では、誰も罪に問われていない。契約書の捏造者が不明で、契約書を流布した人々も「捏造と気づかなかった」と主張すれば無罪だからだ。ネオコンが発案したと考えられる、この諜報捏造の手法を、トランプやバノンがやっても、ネオコン同様にうまくやれば、罪にならない。トランプやバノンは、そのあたりをボルトンに相談していたのだろうが、一連の策略は、マクマスターら覇権派の察知するところとなり、バノンは辞めさせられ、トランプも覇権派側近群に包囲され、幽閉状態に置かれている。 (諜報戦争の闇) (ホワイトハウス・スキャンダルの深層) ネオコンは「米国は世界を率いる特別な国なので、独裁政権を軍事力で転覆し、強制的に民主化するのが任務だ」という、選民思想を借用した、軍事偏重の国際主義を掲げ、90年代に共和党内で影響力を拡大した。冷戦後、米国の支配層(安保外交界、議会、金融界、財界、マスコミ)は、米国の覇権を維持するための新たな建前を渇望していたので、ネオコンの考え方を歓迎した。だが、イラクやアフガニスタン、リビアなどで政権転覆後の国家建設が失敗し、イラクの捏造諜報も問題になり、ネオコンの戦略は、最初からうまくいくはずのない詐欺的なものだったことが、ほぼ確定している。 トランプやバノンは、ネオコンが米国の世界支配を失敗させた後の、米国の厭戦機運や反覇権的な心情を利用して台頭してきた。国際介入主義・覇権主義のネオコンと対照的に、トランプやバノンは、孤立主義的な米国第一主義を掲げ、NATOや自由貿易体制といった米国中心の覇権体制を嫌悪している。覇権主義のネオコンは支配層との親和性が良かったが、反覇権主義のトランプやバノンは、支配層から敵視されている。トランプやバノンは、厭戦機運が強まる草の根の人々の支持を集め、支配層と草の根、右派と左派の対立を扇動するポピュリズムによって大統領の地位を得た。 覇権主義のネオコンは当初、反覇権のトランプの当選を阻止するための組織「ネバートランプ」を結成していた。だがトランプは就任後、政権内に取り込んだ覇権派との対立に苦戦した挙句、ネオコンの手法のうち、覇権主義的な敵視策を、諜報の捏造が後からばれるようにするなどの稚拙なやり方によって(未必の故意的に)失敗させ、覇権主義を自滅させるというやり方を採用したいと考えた。トランプやバノンはネオコンに接近し、ボルトンと親しくなったが、ネオコン的な策略を完遂する前に、政権内の覇権派に見つかり、排除された。 トランプはバノン辞任後も、イラン敵視策を何とか続けようともがいている。貿易面の中国敵視策も、側近の反対を押し切って続けている。トランプの動きを、今後さらに注目していく。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |