バノン辞任と米国内紛の激化2017年8月21日 田中 宇米国トランプ政権の首席戦略官だったスティーブ・バノンが、8月18日に辞任した。バノンは、トランプ政権の「米国第一主義」(経済ナショナリズム、覇権放棄、軍産独裁解体)の戦略を作った人で、トランプにとって最重要な側近だった。トランプは昨年の選挙戦で、共和党内の主流派・軍産エスタブ勢力と折り合うため、政権内に、ペンス副大統領を筆頭に、軍産系の勢力を入れざるを得ず、今年1月の就任後、政権内ではバノンら「ナショナリスト」と、ペンスやマクマスター(安保担当大統領補佐官、元軍人)ら軍産の「グローバリスト」との戦いが続いてきた。 (Bannon: 'The Trump Presidency That We Fought For, and Won, Is Over.') (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ) 軍産系は、マスコミと組んで「ロシアのスパイ」スキャンダルを針小棒大にでっち上げ、フリン(前安保担当大統領補佐官、2月辞任)、プリーバス(前首席補佐官、7月末辞任)など、ナショナリスト陣営の側近たちを辞めさせていった。バノンも4月に、世界戦略を決める重要なNSC(国家安保会議)の常任メンバーから外されたが、それでもトランプ自身がナショナリスト側であるため、人事で負けても、政権として打ち出す政策は、バノンが決めた線が維持されてきた。ただし、大統領権限でやれる外交や貿易は、トランプ・バノン流でやれたが、国内の税制改革や財政出動策、移民抑止策などは、議会や裁判所に阻止され、ほとんど進んでいない。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) (Which Way for the Trump Administration? Author: Justin Raimondo) にらみ合いの中、経済政策が進まないため、就任当初はトランプを支持していた財界人たちが、議会や軍産を支持する傾向を強め、反トランプの圧力が強まり、7月下旬に、大統領首席補佐官がバノン派のプリーバスから軍産系のジョン・ケリー(元将軍)に交代させられた。ケリーはマクマスターと組み、NSC内でイランとの核協定を破棄したがる(過激で無茶なイラン敵視によって、欧州や中露とイランを結束させ米国自身を孤立させる隠れ多極主義な)バノン派を立て続けに3人(Ezra Cohen-Watnick, Derek Harvey, Rich Higgins)を辞めさせ、トランプのツイートも規制しようとした。対抗してトランプは、ケリーの目が届かない休暇中に、好き放題にマスゴミや民主党を非難するツイートを発信して報復した。だがその後、トランプはしだいに抵抗しにくくなった。 (Inside the McMaster-Bannon War) (Kelly Loses Control As "Vacationing" Trump Unleashes Angriest Tweetstorm Yet) ケリーは政権内の軍産系を結束し、トランプに圧力をかけてバノンの解雇を了承させた。8月18日に、政権のアフガニスタン占領政策の今後を決める重要な会議があり、その会議の前に、アフガンへの米軍増派を望む軍産としては、アフガンからの撤退を主張するバノンを追放したかった。ちょうど8月11日に、バージニア州シャーロッツビルで、南北戦争時代の南軍のリー将軍の銅像撤去に反対する「極右」(白人至上主義、KKKなど)の集会と、銅像撤去に賛成する「リベラル過激派」の集会が衝突し、極右青年がリベラルの集会に車を突っ込んで死傷させる事件が起きた。 (Kelly’s Rules for Trump’s West Wing: Stop Bickering, Get in Early, Make an Appointment) (Trump Continues to Resist Pressure for Afghan Escalation) この事件を機に、以前からバノンを極右の仲間(オルト・ライト、新右翼)と批判してきた軍産マスコミは、バノンへの辞任要求を強めた。考え方がバノンと近いトランプも、極右を非難したがらず、右翼の中にも良い奴がいるとか、喧嘩両成敗的な発言を行ったため、トランプの顧問団をしていた財界人や文化人ら、自分の名声を重視せねばならない人々が、顧問をやめる表明を相次いで出し、トランプへの非難も強まった。バノンとトランプへの猛攻撃のなか、トランプはバノンの更迭(解雇)を了承した。 (Trump’s arts team disbands over Charlottesville remarks) ▼バノン辞任で経済政策での共和党の妨害をやめさせ、バブルと政権を延命したいトランプ バノンが辞めた後、トランプは、貿易と外交軍事の分野で、相次いでバノンの策を放棄し、軍産・共和党主流派に譲歩している。トランプは、アフガン占領に関して、軍産が求める最低限である4千人の米軍増派を認めそうだ(8月22日にテレビ発表する)。バノンが立てた、日中やカナダからの鉄鋼輸入に報復関税をかける案や、中国と貿易戦争する策も、棚上げされると報じられた。隠れ多極主義策として中国を敵視するバノンがやめた途端、中国政府がトランプに、年内に訪中してほしいと招待してきた。 (Trump targets tax reform to reconnect with Republicans) (Xi: China welcomes Trump's visit by year end) トランプは、バノンが立てた戦略を放棄することにして、バノンを辞めさせたのか。そうではないだろう。覇権放棄と経済ナショナリズムを組み合わせた米国第一主義によって、米国と世界の軍産支配を壊しつつ、リベラル主義の席巻で政治的に疎外されてきた、大都会でなく地方に住む、中産階級や貧困層の白人の支持を集めて政治力を維持するバノンの戦略を、トランプはまだ必要としている。覇権放棄・軍産退治・反リベラルは、16年夏にバノンを起用する前からのトランプの姿勢だった。 (Why Steve Bannon isn’t going anywhere) (Steve Bannon's Departure Won't Change Donald Trump) トランプが、盟友であるバノンを辞めさせ、バノンが立てた策を棚上げした理由は、そうしないと税制改革(減税)やインフラ整備の財政出動、財政赤字上限の引き上げ、来年度政府予算の編成などが共和党の主流派や茶会派に阻まれたままになり、株価の急落、赤字上限引き上げ失敗による政府閉鎖や、米国債の利払い不能(デフォルト)が起きてしまうからだろう。財政赤字上限は、夏休み明けの米議会再開から12日後の9月29日までに引き上げる必要がある。審議時間が少ない。赤字上限の引き上げ失敗は、株価の急落につながると、議会予算局(CBO)の元局長らが警告している。FT紙も最近、米国の株価は高すぎるので買わない方が良いと明確に書いている。 (Former CBO Director: The Fall Will Be "Very Scary", Expect A Market Crash) (Investors should be wary of overvalued US stocks) 共和党主流派は、米国の金融界や大企業、金持ちの代理人であり、金融財政の混乱を好まない。トランプ自身、大金持ちの財界人の一人だ。トランプがバノンを辞めさせる代わりに、共和党が赤字上限の引き上げや税制改革などを議会で通すという合意が交わされた可能性がある。バノンは、金融界や大企業による支配を敵視している(彼も元ゴールドマンサックスだが)。しかしその一方でバノンは、トランプが政権を維持し、覇権放棄や軍産退治を進めることも願っており、辞任に応じることにしたのだろう。 (Goldman Sees 50% Chance Of A Government Shutdown) (Don’t fall for the White House spin on Stephen Bannon’s ouster) バノンは、辞任する数週間前から、大統領府(ホワイトハウス)に居続けるより、古巣のブライトバードに戻り、政府外で、軍産リベラルやエリート、マスコミなどトランプの敵と戦った方がやりやすいと、周囲に漏らしていたという。トランプ政権が始まって半年経ち、トランプは政権運営の技能をかなり高めた。バノンの助力がなくても、トランプはやっていける。半面、バノンは大統領府にいる限り、軍産マスコミの標的にされ、動きを妨害され、封じ込められ続ける。このあたりで辞任して、外からトランプの軍産との格闘や再選を支援した方が良いと、バノン自身が考えたとしても不思議でない。 (Steve Bannon is ousted as the president’s chief strategist) ▼南北戦争の対立構造の復活、米国社会の分裂、トランプ支持基盤の維持と多極化 バノンが、大統領府の外にいた方がやりやすいトランプ支援策として最近新たに出てきたのが、南北戦争で負けた南軍を記念する、全米各地にある1500ほどある将軍や兵士の銅像や記念碑を、撤去していこうとするリベラル派(北軍の思想を継承)と、撤去を阻止しようとする右派との対立が、急速に激化しつつあり、これがそのまま反トランプと親トランプの戦いになっている構図だ。 (Oliver Stone: "1984 Is Here") (Here are 1,500 symbols of the Confederacy in the US) この対立は、2015年6月に、サウスカロライナ州チャールストンの黒人が集まるキリスト教会で、黒人を敵視する右派青年が銃を乱射した事件に始まった。犯人の青年が南軍の旗を好んでいたことから、全米の州議会などで、南軍の旗や銅像を人種差別を助長するものとみなして撤去する動きが広がった。これに対し、右派の市民運動が撤去反対を強め、それまでバラバラだった全米の各種の右翼や保守派が、南軍像撤去反対で結束するようになった。そして今回、8月11日にバージニア州シャーロッツビルで起きた、南軍像の撤去をめぐる左右両極の衝突事件で、再び全米的な議論になっている。 (Poll: Majority of Republicans Agree with Trump’s Response to Charlottesville Violence) (Charlottesville, Trump and “Angry White Males”) マスコミと、そこに出る著名人の多くはリベラル側なので、撤去反対派は、人種差別主義者・KKK・ネオナチなどのレッテルを貼られている。たしかに撤去反対派の中には、KKKやネオナチへの支持を表明する者たちもいる。チャールストン乱射事件もシャーロッツビル事件も、右派が、黒人やリベラルを殺害しており、その点でも撤去反対派=悪である。だがシャーロッツビルの衝突後、南軍像の撤去に反対する勢力は、人種差別主義を超えて、これまでの米国の社会でのリベラル主義の席巻・いきすぎによって、政治的に疎外されてきた地方の中産や貧困層の白人が、自分たちの尊厳を取り戻そうとする動きへと発展し始めている。 (Steve Bannon's work is done. Donald Trump doesn't need him now) ("The Entire Dynamic Has Changed" Far-Right Groups Becoming Increasingly Visible On Campus) これは、リベラル=ヒラリー・クリントンと、反・非リベラル=トランプが戦い、トランプが勝った昨年の大統領選挙の構図と同じである。この問題が全米的な話題であり続けるほど、撤去反対派は、KKKやネオナチを離れ、リベラル(軍産マスコミ)のいきすぎを是正すべきだと考える人々を吸収していく。それは、再選を狙うトランプの支持基盤の拡大になる。だからトランプは、シャーロッツビル事件に関して、自動車突っ込みの加害者となった右派(撤去反対派)を非難したがらず、喧嘩両成敗的なことを言い続けた。右派メディアのブライトバードの主催者に戻ったバノンは、再び盛り上がっていくリベラルvs右派の対立軸の中で、親トランプな右派の旗振り役となり、リベラル軍産・マスコミ・民主党との戦いという、彼が最も好む戦場で活躍できる。 (Ousted Steve Bannon pledges to turn fire on Donald Trump’s White House) (Steve Bannon: 'I'm leaving the White House and going to war') 南北戦争の構図が復活するほど、米国社会は分裂がひどくなり、国家として統一した意思決定が困難になっていく。すでに右派のトランプ政権の就任後、リベラルや軍産が席巻する議会との対立で、国家的な意思決定ができない状態だ。トランプは大統領令を乱発し、覇権放棄をやっている。リベラルが強いカリフォルニア州では、トランプが権力を持つ米連邦からの分離独立を問う住民投票を行う政治運動が拡大している。米国内が分裂するほど、欧州など同盟国が米国に見切りをつけて中露を敵視しなくなり、米単独覇権が崩れて多極化が進む。 (Pat Buchanan Asks "In This Second American Civil War - Whose Side Are You On?") (Californians are talking about trying to leave the United States in a 'Calexit') トランプ政権は、(1)貿易や外交の分野での覇権放棄・貿易圏潰し、(2)国内経済のテコ入れ、政権維持策としてのバブル延命、(3)米国社会を分裂させて支持基盤を拡大、の3つの戦線をたたかっている。今回は、共和党に阻止されている(2)を進めるためバノンが辞任し、バノンは政府外に戻って(3)の推進に注力することにした。(1)は、バノンがいなくても進められる。(2)が失敗して今秋、米政府閉鎖や金融危機が起きると、トランプの人気は下がるが、米国覇権の衰退に拍車がかかり、トランプやバノンの目標である米覇権の解体が進む。 (多極型世界の始まり)
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