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金融界がトランプ政権を乗っ取り米国をTPPに戻す??

2017年3月21日   田中 宇

 トランプ政権内で、貿易戦略のあり方をめぐって内紛が起きている。TPPやNAFTAから離脱し、WTOも無視して米国一国の利益を増大させようとする「経済ナショナリスト」の勢力と、ナショナリストを潰して米国をTPPなど自由貿易重視の以前の姿に戻そうとするゴールドマンサックス(GS)出身の「グローバリスト」の勢力が、最近、激しく対立しているとFTなどが報じている。GSは米金融界の政治面の主導役だ。 (Trump Is Fighting a New Trade War — and This One Is Intramural

 今回の戦いにおいて、ナショナリストは、大統領選挙中からトランプの側近で、これまでのトランプ政権の貿易戦略を主導してきたピーター・ナバロ国家通商会議(NTC)議長やスティーブ・バノン主席戦略官らだ。グローバリストは、ゲイリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長やスティーブ・ムニューチン財務長官らだ。グローバリストがナショナリストを追いだそうとしている。 (White House ciil war breaks out oer trade

 ナショナリストのナバロは、貿易赤字の状態を続けると雇用が失われ、貿易赤字が増えた分、国際収支の反対側として資本収支の黒字つまり海外からの投資の流入増加が起きることが、外国勢に米国の富を奪われる事態になり、防衛産業の技術力の低下など国家安全保障のマイナスにつながると主張し、米国の国家安全を守るため、ドイツや中国や日韓などに対する米国の貿易赤字を減らさねばならないと主張している。トランプの貿易戦略はこれまで、ナバロの理論に沿って進められてきた。 (Why the White House Worries About Trade Deficits By PETER NAVARRO

 これに対し、グローバリストのコーンらは、貿易赤字が多いのは繁栄の象徴であり、ドルが世界で信用され、米国の消費者の購買力が強いことを示しており、悪いことでなく、ナバロは間違っていると反論している。ナバロとコーンの対決は、2月後半から激化し、3月初めには、ナバロの貿易戦略が議会からも批判され始めたことを受け、大統領府(ホワイトハウス)の会議で、両者が真っ向から激突して論争するようになった。 (How to Think About the Trade Deficit

 トランプ自身はナバロの側に立っている。だが、コーンの側近の人数がどんどん増えているのに対し、ナバロの側近の数は少ないままで、大統領府におけるコーンの勢力拡大と、ナバロの勢力縮小が起きている。ナバロは大学教授あがりで、権力闘争に長けていない感じだ。権力闘争のためにGSがトランプ政権に送り込んできた屈強のコーンらに、ナバロは負けてしまうかもしれない。コーンらは、ナバロの職務(NTC議長)を奪い、金融界出身のウィルバー・ロス商務長官に兼務させることを目指していると報じられている。 ("Civil War" Breaks Out At White House Over Trade... And Goldman Is Winning

 ナバロは、米国が対米貿易黒字が多い国々に対し、個別に対米黒字の減少目標を定め、目標に達しない国を制裁することや、米国を貿易赤字にする一因として、TPPやNAFTAといった多国間の自由貿易体制を槍玉に挙げ、それらがトランプのこれまでの戦略になっている。 (Trump adviser calls for deficit talks with Germany) (The European Trade Wars Begin: Trump Trade Advisor Accuses Germany Of Using "Grossly Undervalued" Euro

▼米政権内の戦いでナショナリストが軍産金融複合体に潰されるとTPPに米国が復帰する

 ナバロとコーンとの論争は、表向き、貿易赤字の善悪について理論を戦わせるものだが、その背景にあるのは、コーンらに代表される米金融界が、米国自身の製造業などの発展がないがしろになるように設定して貿易赤字の拡大を放置し、その分の資本収支の黒字つまり世界が米国の債券など金融商品を買ってくれるように仕向け、米国の金融覇権を維持してきたのを、トランプが壊そうとしていることだ。 (トランプの経済ナショナリズム

 米国自身が製造業において世界を席巻してしまうと、製造業も金融(基軸通貨)も米国が強くなり、米国の一人勝ち状態になって、米国以外の諸国の人々は貧しいままで、米国製品を買える世界の人々が育たない。世界の貧しい人々を中産階級へと育てないと、米国も世界も繁栄できない。そこで、米国が覇権国になった第二次大戦後、米国が持っている製造業の技術を無償でドイツや日本、やがて韓国、その後は中国に出すようにして、日独中韓などが製造業で儲けて貧乏人が中産階級になり、世界の消費者として育成された。その分、米国は、製造業が衰退して貿易赤字体質になったが、日独中韓は貯めこんだ貿易黒字の資金を米国債など米国の金融商品に投資し、資金を米国に還流させた。これにより、日独中韓などは製造業主導、米国は金融やサービス業主導で経済が回り、世界経済は成長を続け、米国は経済覇権国(ドルが基軸通貨である状態)を維持してきた。これが既存の米金融覇権体制であり、NAFTAやTPPもこの体制の一部として作られた。

 トランプは、この金融覇権体制を壊そうとしている。その理由はおそらく、金融覇権体制をちからの源泉としつつ、軍産複合体が911以来の好戦的な冷戦型の世界体制(中露敵視、テロ戦争、IS育成、北朝鮮核武装を裏から支援など)を維持しており、それが今や世界の安定や均衡ある発展にとって大きな脅威になっているからだ。トランプが金融覇権体制を崩していくと、いずれドルや米国債の威力が落ち、最終的にリーマン危機以上の金融大崩壊を引き起こす。その前に、世界のできるだけ多くの国を(トランプ流の嫌がらせによって)対米従属から解放し、米国覇権崩壊時の世界への悪影響を減らしつつ、金融覇権もろとも軍産の世界支配体制を壊そうとしているように見える。(たとえばトランプのおかげで、日本はロシアに接近して2+2をやったりしている) (トランプと諜報機関の戦い) (Russia, Japan hold diplomatic, defense talks in Tokyo

 08年のリーマン危機後、米国の金融システムは中央銀行群によるQEなど、金融バブルの膨張によって維持されている。このバブルの次の大崩壊が起きるのが早すぎると、トランプ政権が世界を対米従属から解放しないうちに大崩壊になり、世界が巻き込まれる度合いが強くなる。そのためトランプは、政権内の経済部門の要職のいくつかに、金融界を率いるGSの出身者を入れ、しばらくバブルを延命させ、大崩壊を先延ばしする策をとった。そのためトランプの当選以来、株価が奇妙に上昇傾向を続けている。 ("Forget Russia, Donald Trump Works For Wall Street"

 しかし、トランプが政権中枢に招き入れたGS出身者たちが今回、反逆を開始し、トランプの金融覇権の破壊策を阻止し、ナバロやバノンを追い出して政権の経済戦略の立案を乗っ取り、貿易赤字を放置する以前の戦略に戻し、NAFTA改定やTPP離脱もやめようとする試みを展開している。 (To Reduce Trade Deficit, White House Wants Partners to Buy American

 バノンが経営していたブライトバードによると、コーンはNECの貿易投資担当に、オバマ政権時代にTPPの米国代表の交渉官だったアンドリュー・クイン(Andrew Quinn)を迎え入れている。クインは、トランプ政権が進めている2国間貿易協定に強く反対し、TPPやNAFTAを再推進しようとしている。コーンらGS勢が、政権内の戦いに勝ってナバロやバノンを追い出し、トランプも次々と起こるスキャンダルで弱体化させ、金融界や軍産の言うことを聞くようにしたら、米国がTPPに戻るシナリオが大きく出てくるかもしれない。 (Enemy Within: Top TPP Negotiator Now Part of Trump Administration

 日本の麻生財務省は先日、ムニューチン財務長官に「保護主義の動きを押し返して自由貿易体制を守ってほしい」と要請している。これは見方によっては「トランプ政権内のナバロやバノンの保護主義的な動きを、政権内のGS勢ががんばって押し返してほしい。GS勢がナショナリストを潰してほしい」との要請にも見える。米政権内のGS勢が勝つと、日本が推進していたTPPに米国が戻り、日本は対米従属を続けられる。 (Japan Urges U.S. Treasury Secretary Mnuchin to Push Back Against Protectionism

 先日ウィキリークスが、CIAが盗聴やコンピューターへの潜入をどのようにやっているかについて書いた「第7書庫(Vault 7)」と呼ばれる文書を暴露した。スマートフォンや双方向型の機能がついたテレビのいくつかの機種には、開発製造段階でメーカーが知らないうちにCIAがこっそりつけた裏口がついており、スマホやテレビのスイッチが入っていなくても、持ち主に悟られないまま、遠隔制御でマイクやカメラを機能させ、盗聴や盗撮、持ち主の入力文字列の盗み見ができる。 (WikiLeaks CIA files: The 6 biggest spying secrets revealed by the release of 'Vault 7'

 この機能を使えば、企業幹部や政府要人の会話やメールを傍受できる。企業や政府の重要決定についての検討内容を知ることができ、インサイダー取引をばれずにやって金融市場で大儲けできる。この点で、金融界がCIAなど軍産と結託する理由が出てくる。軍産は経済情報を金融界にわたし、金融界はその情報を使って儲け、その一部を軍産に還元し、軍産はその金で、政府予算をつけられない盗聴など秘密行動をしている。軍産複合体は「軍産金融複合体」だ。 (The Conflict Within The Deep State Just Broke Into Open Warfare

 先日、南米のチリで、米国抜きのTPP加盟諸国会議が開かれた。米国は一応出席したが、通商担当者でなく地元の駐チリ大使(Carol Z. Perez)の出席だった。その一方で、TPPに参加していない中国と韓国の代表が招待されて出席した。オーストラリアは、米国が抜けたTPPに中国を引き入れ、TPPと中国主導の東アジア貿易圏であるRCEPを融合する構想を持っているが、中国韓国の出席は、このTPPとRCEPの融合を思わせる。中国も、通商担当者でなく中南米担当特使が出席しており、米国が抜けたTPPを中国が乗っ取るのでないという雰囲気を醸し出している。 (Trade talks in Chile on continuing TPP without the US) (Latin, Asian Nations Pursue Free Trade Without U.S.

 今後もし、トランプ政権内での通商政策をめぐるたたかいで、TPP離脱を実現したナバロらナショナリストが、グローバリストのGS勢に負けなければ、TPPは米国抜きの状態が定着し、RCEPとの融合が模索される。逆に、ナバロらがGS勢に負けて追い出されると、米国がTPPに戻る動きが始まり、TPPが再び対米従属組織として蘇生するかもしれない。日本は、安倍首相が(対米従属一辺倒の外務省の隠然独裁から逃れるために)最近取り立てている経産省勢力が、豪州と一緒に米国抜きのTPPを形成する流れに前向きのようだが、トランプ政権内でグローバリストが優勢になると、日本でも対米従属のTPPを蘇生しようとする外務省が再台頭することになる。そこで安倍が抵抗すると、スキャンダルで潰される。 (What Does The US’ Withdrawal From TPP Really Mean?) (Trade ministers on TPP rescue mission

 NAFTAの再交渉についても、ナショナリストが徹底的な再交渉を望んでいるのに対し、グローバリストはおざなりの再交渉で終わらせたいと考えている。トランプ政権のNAFTA再交渉の責任者であるロス商務長官は金融界の出身だが、上司のトランプからの命令で、今のところ、徹底的な再交渉を求めている。だが今後GS勢がナショナリストを凌駕して追い出すと、彼もどう変わるかわからない。トランプ政権内の権力闘争は、世界の今後の体制を決めるものになりそうだ。 ("Civil War" Breaks Out At White House Over Trade... And Goldman Is Winning



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