他の記事を読む

中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ

2017年2月23日   田中 宇

 まず執筆前の予定的要約。最近、北朝鮮をめぐる事態が騒がしい。最重要な出来事は、喧伝されている2月12日のミサイル試射や13日の金正男の暗殺でない。3月上旬に北朝鮮の代表団が5年ぶりに米国を訪問し、米国の元高官らとの交渉を再開することだ。それに呼応して中国が2月18日、北からの石炭輸入を止める制裁を発表した。これらは、2月10日のトランプが大統領として初めて習近平と話した電話会談で、話されたことだろう。米国務省は、まだ北の代表団に米国入国のビザを発給していない。米政権周囲の軍産が反対している感じだ。ビザが発給されると対話開始になる。 (North Korean officials are preparing to come to U.S. for talks with former officials

 北は、きたるべき米中との交渉への準備として、軍事力誇示のミサイル試射や1月末の原子炉再稼働、中国による北政権転覆を抑止するための金正男殺害を挙行した。トランプの対北戦略は、オバマ時代の昨年初めに発表された「ペリー案」に沿っている。核兵器を完全廃棄させるのは無理なので、核を輸出しない、これ以上作らない、実験しないといった「3つのノー」を北に飲ませる。中国も、北も、この線で基本的に不満はない。米朝対話が始まれば、南北の対話も開始されて6カ国協議が再開され、それらが全部成功すると、朝鮮戦争の正式終戦、在韓米軍の撤退まで進む。軍産の妨害が予測されるので、事態がどこまで進むかわからない。要約ここまで。以下本文。 (北朝鮮に核保有を許す米中

▼トランプが、米国覇権の縮小再編のため北と交渉開始する

 核兵器やミサイルをどんどん開発する北朝鮮に対し、近年の米国は、ほとんど実効的な対策をとれず、放置していた。先制攻撃は口だけだったし、経済制裁は米朝間の貿易が全くないのでこれも空論だった。しかし米国は、現実策を何も打ち出していなかったわけでない。オバマ政権下の昨年初め、米民主党の元国防長官だったウィリアム・ペリーが、核を輸出しない、実験しない、開発進展しないという「3つのノー」を条件とする北核問題の「ペリー案」を発表している。私は当時、これを使ってオバマが北との交渉を始めるのでないかと考えて記事を書いたが、事態は動かなかった(金正恩による国内権力の掌握が完了していなかったので北が拒絶したことが考えられる)。 (北朝鮮の政権維持と核廃棄

 オバマは動かなかったが、後継の現大統領になったトランプは、選挙戦中から北と交渉することを表明し、北の脅威が低下した場合に実現する在韓米軍の撤退にも「韓国が米軍駐留費を十分負担しないなら撤退する」という形で言及していた。米単独覇権体制を維持したい軍産複合体は、米朝や南北(韓国と北朝鮮)の敵対が続き、在韓米軍の駐留の維持を企図してきた。トランプは、米覇権や軍産支配を打破する姿勢を選挙戦中からとっている。アジアでの軍産支配を打破するには、北核問題を解決して米朝と南北の敵対を解き、在韓米軍の撤退に道を開くしかない。トランプが北との交渉に入る可能性は高い。 (South Korea Needs to Realize That North Korea Isn't Going to Collapse

 トランプは「北朝鮮の問題解決は中国の責任だ」とも言い続けている。アジアでの軍産支配(米覇権)をやめるには、緊張が緩和した後の朝鮮半島の面倒を中国に見させる(朝鮮半島の覇権を中国に渡す)のが早道だ。米国が北を武力や政治謀略で政権転覆させると、中国は米国を恨み、その後の北の面倒を見たがらず、崩壊後の北の人々の面倒を米国と韓国で見ねばならない。そんなのは米国の誰も望まない。そもそも米国は北を政権転覆できない(できるならすでにやっている)。 (North Korean Nuclear Ambitions to Be Defining Issue for Trump

 中国は、ペリー案のような、北に比較的寛容な核問題の解決方法を望んでいる。ペリー案は、北にこれ以上の核兵器開発や核拡散をやめさせる策であり、北がすでに作った核兵器を隠し持つことを黙認している(ペリー案より前の米国は、北に、核兵器と開発施設の不可逆的な全廃棄を求めるという、非現実的な姿勢だった)。ペリー案なら北も同意できる。ペリーは民主党、トランプは共和党という違いがあるが、トランプは、ペリー案(もしくは類似の案)に沿って、中国の協力を得つつ、北と交渉する可能性が、就任前から高かった。北が核兵器開発したのは、核を使いたいからでなく、政治交渉の道具であり、核開発をやめる見返りに米国に敵視を解いてもらい、国際社会に再受容され、政治安定と経済発展を実現したいからだ、というのがペリー案の考え方だ。 (The Negotiation Option with North Korea

 このような「これまでのおはなし」を踏まえて、いま起きていることを見ると、なるほどと思えることがいくつかある。2月10日の、トランプ就任後初の米中首脳の電話会談で、トランプがそれまでの台湾とのいちゃつきをやめて急に「一つの中国」を承認したのは、まずそれを承認しないと米国の対北戦略に協力しないと、習近平が強く言ったからだろう。トランプは、貿易面で中国から譲歩を引き出すための交渉術として「一つの中国の承認も、無条件ではなく、貿易交渉の結果しだいだ」という態度をとったが、北の問題を解決する(在韓米軍を撤退する)ことは、トランプにとって対中貿易問題よりずっと大事なことだったので、台湾へのトランプのこだわりは吹き飛んだ(台湾はいつもかわいそうだ)。 (North Korea restarts nuclear reactor used to fuel weapons program

 2月10日の米中首脳の初の電話会談の後、北朝鮮は2月12日にミサイルを試射し、13日に金正男を暗殺した。これらはいずれも、トランプ(米中)が北核問題に本格的に取り組みそうなことを受けた、北による準備行動だ。北は1月末、寧辺の原子炉を再稼働しているが、これと2月12日のミサイル発射は、北による「交渉の賭け金つり上げ作戦」だ。原子炉再稼働とミサイル発射により、北は米中に対し「良い条件を出してくれるなら、原子炉を止め、ミサイル発射をやめてもいい」という信号を発したと考えられる。金正男は、中国が北の金正恩政権を謀略で潰す場合、その後の中国傀儡北政権のトップに据えられそうな存在だ。北による正男殺害は、中国による北の政権転覆を事前に抑止する意味がある。 (North Korea's Regime In Jeopardy After China Bans All Coal Imports

 中国政府が2月18日に発表した、北からの石炭輸入の停止は、昨年末に国連が決議した北への経済制裁を中国が履行したものだ。北から中国への輸出額の半分近く(35-45%)を占める石炭輸出の停止は、中国が北に対して切れる経済制裁カードの最強のものだ。中国が、今回のタイミングで最強のカードを切ったことを重視すべきだ。 (Why Is China Stopping All Coal Imports From North Korea?

▼北核問題の解決には米中の協調が不可欠。間抜けな日韓

 中国は昨年4月、北からの石炭輸出を止める制裁をやると発表したが、実際にはその後も北から中国への石炭輸出が続き、昨年の石炭輸出総額は前年比15%増だった。中国が昨春、石炭禁輸をやると言ったのにやらなかった理由は、当時のオバマ政権の周辺がペリー案の作成などをやり、北との交渉再開を検討したのに結局再開しなかったことに連動した感じだ。オバマは昨秋、当選後のトランプと会った時に「自分はイランやキューバと和解した。のこる最大の問題国は北朝鮮だ。北はトランプがやるべき最大の外交問題になる」という趣旨を述べたという。 (Trump’s Muted Tone on North Korea Gives Hope for Nuclear Talks) (North Korea’s young marshal flexes his muscle

 今回、中国が石炭禁輸に踏み切ったことは、米国がトランプになって北との交渉再開に本腰を入れそうな(感触を中国が得ている)ことを意味する。ここ数年、中国が北に関して今回のような大きな動きをする時は、それによって直接に北を動かしたいからでなく、米国の対北政策を変えさせ、米国が北に対して非現実的・無意味な敵視策や無視でなく、米国が北と交渉し、米国が北を動かすよう仕向けたい時だ。北の問題は、米中の両方が動かないと解決できない。日韓などのマスコミは、中国の石炭禁輸は、正男殺害に対する中国の報復制裁だと喧伝するが、韓国の学者(Lee Seong-hyon)は、その手の報道は騒ぐのが目的なだけで間違っており、中国は米国を見ていると書いている。 (CNimp2 Understanding China's behavioral dynamics on N. Korea) (China Message to Trump With North Korea Coal Ban: Let's Deal

 石炭禁輸を長く続けると、北は経済が困窮し、中国が望まない危険事態になりうる。中国は、石炭禁輸を今年末まで続けると定めているが、米朝対話が進展して6か国協議の再開を実現できたら禁輸を解くと考えられる。春から夏にかけて米国側の理由(トランプが軍産に負けるとか)で対話が進展しない場合、中国は今回の交渉機運を失敗とみなし、静かに禁輸を解くかもしれない。中国は交渉開始に賭けたようで、中国の外相は「6か国協議再開の好機だ」と言っている。だが、トランプが北との交渉に踏み切れるかどうか、まだわからない。 (China Cannot Be Expected to Punish North Korea) (China bans coal imports from North Korea) (China sees chance of six-party talks with North Korea

 3月初旬、北の代表団が5年ぶりに訪米し、米国の元高官(カーター政権の国務省の東アジア担当)であるドナルド・ザゴリア(Donald S. Zagoria)と会うことが計画されている。ザゴリアは民間人で、表向き米政府と関係ないが、昨年、北の代表団との会合をマレーシアやドイツ、モンゴルなど米国以外の場所で何度も行っており、事実上の米政府の代理人だ。「北を敵視する」のが表向きの戦略である米政府は、正式な代理人でなく、ザゴリアのような事実上の代理人を使って北側と会っている。ザゴリアに会うためのビザを国務省が北の代表団に発給すると、トランプが北と交渉する気になったことが示される。 (Is China Pushing Trump to Talk to North Korea?

 北との交渉が再開されると、米国と中国との緊張関係も低下する。米中が対立したままでは、北につけ入れられるばかりだからだ。今後も、米国は、空母を南シナ海の周辺でうろうろさせたりして、今にも中国と戦争しそうな対立感を醸成し続けるかもしれない。報復関税などの経済戦争も華々しく行われるかもしれない。しかしそれらは、米議会などの軍産傀儡勢力をだますための目くらましだ。米国が北の問題を解決するには、中国との協調関係が不可欠だ。 (China to seriously implement UN sanctions on North Korea: Chinese Foreign Ministry

 米中首脳が電話会談し、北がミサイルを発射する中で、日本から安倍首相がトランプに会いに訪米した。北のミサイル発射は、まさに安倍とトランプが晩餐会をしている最中だった。トランプは安倍に、北の問題の解決に関してどの程度の話をしたのか。安倍に何か頼んだのか。そのあたりはまだ明らかでない。だが、日本政府が北問題の解決をあまり歓迎していない感じはする。北の問題が解決されていくと、米朝や南北が敵対を解く中で、北朝鮮と韓国とのライバル関係の主たる分野が軍事から政治に転換する。米軍は韓半島から出ていく方向になる。 (KRS South Korea minister says China indirectly retaliating against THAAD

 その場合、日本と韓国が仲良く協調して、ライバルである北朝鮮と対峙することが必要になる。だが、安倍訪米の後も、日韓は竹島問題などでいがみ合ったままで、双方とも和解する気がない。竹島や慰安婦など、日韓を対立させる問題は、日本と韓国が別々に対米従属し続ける構図を維持するために、日韓双方の上層部が扇動して未解決にしている。日韓が仲良くなると、米国が在日・在韓米軍を撤退しやすくなる。日韓ともに政府は軍産の傀儡色が強く、永遠に対米従属していたいので、竹島や慰安婦の問題を好んで扇動する。韓国の反日NGOなども(無自覚のうちに?)軍産の一味になっている。 (Korean minister says 'comfort woman' statue outside Japan mission inappropriate

 昨年末、選挙戦中に北との交渉を約束したトランプが当選し、米国が北の問題を解決していきそうな流れが見え、韓国の朴槿恵大統領が、自分の権限を強化して大統領の再選を可能にする憲法改定などを始めようとしたとたん、韓国政界が反乱を起こし、朴槿恵は弾劾された。これは、韓国上層部の軍産傀儡勢力が、米国(米中)主導の北朝鮮問題の解決への協力を拒み、解決に協力しようとした朴槿恵を弾劾したと考えられる。南北問題が解決していくなら、韓国は大統領の権限強化が必要なのに、韓国の人々は逆方向に動いている。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ