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まもなく米露が戦争する???

2017年1月15日   田中 宇

 今回は短めなので本文だけです。昨秋以来、米軍が欧州に地上軍をどんどん派兵している。バルト三国からブルガリアにかけての対露国境沿いの東欧や、その後背地であるドイツなどに、のべ7万人が派兵された。欧州駐留の米地上軍は、冷戦後の最大規模にふくらんでいる。派兵の名目は「ロシアの脅威拡大に対抗するため」で、軍事演習や訓練が主目的とされている。正月以降も、戦車や装甲車が何百台もドイツに陸揚げされ、東欧に向かっている。米軍に比べると極小だが、ドイツやカナダ、英国などのNATO諸国も、自国軍を、米軍と一緒にロシアの近くへと増派している。 (US armor brigade unloads in Europe to deter Russia) (US tank brigade arrives in Europe to counter Russian aggression

 これはまるで、1月20日に親ロシア的なドナルド・トランプが米大統領に就任する前に、米軍やNATOといった軍産複合体が、できるだけ多くの米軍をロシア国境近くまで前進させ、米露関係の敵対性をできるだけ煽っておきたいかのような動きだ。NATOは、米欧がロシアと恒久対立し、冷戦型の世界体制を保持するための軍事機関なので、米露が和解すると存在意義が薄れ、有名無実化していく。トランプ就任直前の米軍の東進は、NATOの最期のあがきだ。トランプは大統領就任後、対露和解をめざし、いったん対露国境近くまで前進した米軍を、再び米本土に戻していくだろう。大量の米軍が、米本土から対露国境を往復しただけという、費用の無駄遣いになる。それと同時に、NATOの有名無実化、軍産複合体の弱体化が加速する・・・。 (Thousands of US Troops, Tanks Advance Toward Russian Border

 今回の記事の出発点は、そんな簡単に、あっけないトランプ勝利、軍産敗北になるものなのか、軍産は座して死を待つつもりなのか??、もっとしぶといのでないか??、というところだ。NATOは、ロシアと恒久対立するだけであり、米露を実際に戦争させる機関ではない。米露(米ソ)は、この65年間対立しているが、これまで一度も戦闘したことがない。だが、トランプに潰されるぐらいならその前にロシアと本物の戦争を起こし、トランプの米露和解を阻止してやる、とNATO(軍産)が考えることはあり得ないのか??。 (Washington invokes the language of war against Russia

 軍産の一部である米マスコミは、ロシアの脅威を濡れ衣的に誇張して喧伝するが、その一方で、米軍がロシア国境に大量派兵されていることについてあまり報じていない。こっそり大量派兵し、いきなり開戦するつもりでないか、と勘ぐれる。 (Military Press Briefing by US and NATO Generals: We’re Ready for War with Russia…

▼ありえる3つのシナリオ

 この件に関して米国のオルトメディアである「カウンターパンチ」や「ゼロヘッジ」は最近、興味深い分析を載せている。(軍産の一部である)米諜報界が「ロシア政府がネットのハッキングで米大統領選挙の結果をねじ曲げてトランプを勝たせた」と、ロシアハック説を無根拠で拙速に主張しているのは、トランプ就任前に急いで米露戦争を起こすための準備(開戦理由の捏造)であるからだ、という内容だ。 (US Intel Agencies Try to Strong-Arm Trump into War With Russia) (Is This The Coup In America? "U.S. Troops On Russian Border" To Start War Before Inauguration

 軍産が、1月20日のトランプ就任までにロシアと戦争することを先に決め、その後でロシアハック説を開戦理由として捏造したという仮説的な分析だ。この仮説か正しいなら、まもなく米軍はNATOを率いて、軍事演習を遂行するふりをしてロシアに戦争を仕掛け、史上初の米露交戦が起きる。大統領交代後も、トランプが政府や軍を完全に掌握するまでの数十日間は、軍産が意図的に事態を混乱させた上で対露開戦してしまうことが可能だ。03年のイラク侵攻と同様、ウソの理由をでっち上げて開戦したことが後で公式にばれるだろうが、そのころには米露関係が改善不能になっているか、下手をすると米露核戦争で世界が破壊されている。軍事演習のふりをして侵攻するのは、90年イラクとの湾岸戦争と同じだ。 (Trump’s Enemies Pushing Him Toward Conflict With Russia

 トランプは、自分が決めた閣僚人事を、ロシア敵視が強い米議会にうまく承認してもらうため「民主党サーバー攻撃については、ロシアハック説が正しいかもしれない」と言い出すなど、数日前から米議会のロシア敵視に同調するような姿勢を見せ始めている。 (Trump on DNC hacking: ‘I think it was Russia’) (Secretary of State nominee Tillerson veers fromそれる Trump on key issues

 米議会の承認を得るための公聴会に出席した国務長官候補のレックス・ティラーソンは、ロシアだけでなく中国、イランなどを敵視する発言を行い、トランプと方針が違ってもかまわない、対露政策についてトランプと詰めた話をしていないといった発言を行い、多数を占める好戦派の議員を喜ばせている。国防長官候補のジェームズ・マティスも「米国にとって最大の脅威はロシアだ」と、軍産っぽい発言を議会で行なっている。 (Tillerson Disagrees With Trump on Nearly Everything) (Some Trump Cabinet picks are testifying they’ve never spoken to him about their top issues

 これらの、軍産と戦うために当選してきたトランプ陣営として意外な発言は、議会に閣僚人事を承認させるためのウソ(方便)であり、政権交代して一段落したら姿勢を再修正して元に戻すつもりだと予測される。逆に見ると、トランプ陣営がウソでロシア敵視を言っている間に、軍産NATOが対露開戦してしまえば、トランプ陣営が対露協調姿勢に再転換しにくくなる。今後しばらくが開戦する好機だ。いったん開戦したら、ペンス副大統領ら陣営内の軍産系の勢力が、トランプを裏切ってロシア敵視を本気で叫び出すかもしれない。 (How Mike Pence could instigate the removal of Donald Trump from office

 ここまで、トランプ就任前後の米露開戦の可能性について、両極な2つの可能性を描いた。1)何も起こらない。政権交代後、米露和解が進み、米軍がしずかに東欧から米本土に撤退していく。2)戦争発生。トランプにも統制不能になる。下手をすると核戦争・・・の2つだ。しかし、可能性はこれだけでなく、3つ目がある。

 3つ目は、トランプ陣営が、軍産の対露開戦の策謀をすでに察知し、プーチン政権と連絡しつつ進行を黙認し、最初の軍事衝突が起きた後、米露協調で戦争の進展を防ぎ、返す刀で不正な戦争の策謀を手がけた軍産(米諜報界、好戦派議員、マスコミ)を取り締まり、軍産を弱体化するという「おとり捜査」的なシナリオだ。オバマが軍産の拙速なトランプ・プーチン敵視を表向き煽りつつ、実は軍産を退治する口実をトランプに与えているという、オバマに関する仮説的な分析を考えると、3つ目のシナリオが出てくる。どのシナリオが現実になるか、まもなく見えてくるだろう。



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