中国の人気取り策としての経済取り締まり2014年9月1日 田中 宇中国政府が昨年来、独占禁止法違反を理由に、日本や欧米などの外資企業に次々と罰金を科している。8月20日には、デンソー、住友電工、矢崎総業など日本の自動車部品メーカー12社が、ワイヤーハーネスやベアリングなどの部品の中国での販売について価格つり上げ協定(水平的協定)を結んでいたとして、6年前に独禁法を施行して以来の最高額の罰金(10社合計で12億元)を科すと中国政府が発表した。これに先立って中国当局は、クライスラーやメルセデス、アウディなど米欧系自動車メーカー(米欧勢と中国国有企業の合弁会社)に対しても、販売店など流通業社と組んだ垂直的協定で、新車や修理部品の価格をつり上げていたとして、独禁法違反で罰金を科すことを発表している。 (China Levies Record Antitrust Fine on Japanese Firms) 日本のマスコミはこれらの件を、中国政府による外資を標的にした嫌がらせだと報じている。EU当局も、中国の独禁当局が外資系ばかり狙っていると中国政府を批判した。しかしその一方で、軍産系・反中露的な英国のエコノミスト誌は、この件についてひととおり中国政府を批判する一方で「中国当局は、国内企業に対しても捜査して懲罰しているが、国内案件の多くは公表されないまま非公開で懲罰が行われて終わる」とも指摘し、外資だけでなく国内企業も標的だと書いている。 (Trust-busting in China: Unequal before the law?) FT紙は「中国における高級外車の価格は、米国の2倍になることもある」「ドイツの高級車は、中国で国際価格より8割高で売っている」と書いている。中国では、外車が異様に高価だ。ドイツ車各社は、中国での利益率が50%前後もある。フォルクスワーゲンは、税引き前利益の35%を中国で稼いでいる。高級外車の修理部品価格を新車部品と比べた割高率(プレミアム)は、国際平均が3倍なのに対し、中国では12倍もする。 (China antitrust ruling blunts foreign criticism) 今や外車メーカーにとって中国は世界最大の市場で、しかも急成長し続ける世界で唯一の市場だ。独BMWは10年前、中国で年間1・6万台しか売れず、それを前提に中国での価格や利益率を設定していたが、今では年間39万台も売り、しかも年率20%の売上増だ。そろそろ大幅値下げしても、外車メーカーは中国で十分儲け続けられるだろう。だから値下げしろ、独禁法違反だぞ、というのが中国当局の理屈だ。 中国で外車は法外に高価だが、それでも多くの金持ちが高級な外車を買う。年率20%の売上増が需要の多さを物語っている。需要が多いから高いのか、独禁法違反だから高いのか、法的な判断が難しい。「外資に対する嫌がらせだ」という指摘は、そこを突いている。利幅が減ると外資が中国にいる魅力が減るので「外資を締め出して国内メーカーを保護する策だ」という見方もある。しかし、独禁当局による強制的な値下げ策によって外車が値下がりすることで最も困るのは、外車より性能が低い国産自動車のメーカーだ。これは国内産業保護策でない。 ならばこの策は何のためか。考えられることは、習近平政権による人気取り策である。外国に比べて自動車の値段が高いことは、中国の中産階級が持つ不満の一つだ。独禁法違反の形態をとって自動車メーカーに価格を下げさせれば、中産階級の不満をいくらかでも解消できる。中国は民主主義でなく、共産党の上層部で国家主席など指導者を決めるので、指導者になった習近平らが国民に支持されるには、国民の不満を減らす人気取り策をやる必要がある(一党独裁制でも、政治や社会の安定には、多くの国民が指導層を支持していることが必要だ)。 習近平政権になってから、中国政府は役人の汚職取り締まりを強化したが、これは汚職に対する国民の不満が強かったからだ。独禁法を使って外車価格を下げる政策は、それと同質の人気取り策だろう。当局の取り締まり後、ドイツ車やトヨタは、高級車の新車や修理部品の価格を大きく引き下げた。中国当局は、独禁法の取り締まりによって自動車メーカーが価格を下げたことを強調して発表している。こうしたやり方から、人気取り策であることが感じられる。 (Toyota will slash Lexus spare parts prices in China post antitrust probe) (中国の大都市は、渋滞や駐車場不足がひどい。自動車の値段が高いことは、自家用車の総数の増加に歯止めをかけてきたが、外車など自動車の価格が下がると、自動車の総数が増えて、渋滞や駐車場不足に対する市民の不満が増大する懸念がある) 中国の独禁当局は昨年10月、仏ダノン、フォンテラ(NZ)など、中国市場で粉ミルクを売っている外資系を中心とする6社のメーカーが価格協定の談合をしていたとして、罰金を科した。中国では粉ミルクも、自動車と同様、都会に住む中産階級が購入者の中心だ。この事件も、粉ミルクが高価であることに対する市民の不満を解消する習近平政権の人気取り策と考えられる。自動車でも粉ミルクでも、独禁当局が外資系を狙い撃ちしているが、それは「強欲な外資に果敢に立ち向かう習近平政権」というナショナリズム的な良いイメージを作れることと、国内企業を狙うと共産党上層部との政治的なつながりがあって取り締まりが難しいという理由もありそうだ。 (China's Antitrust Regulator Fines Baby Formula Producers RMB 670 Million for Resale Price Maintenance) 今年7月には、米国の大手食肉加工業のOSIの子会社である「上海福喜食品」が、期限切れの鶏肉や牛肉を、中国国内や日本、東南アジアのファーストフード店などに卸売りしていたことを上海の国営テレビ局が番組で暴露し、当局がOSIなどの職員を逮捕する事件が起きた。ここ数年、中国では食品衛生上の不正事件が頻発し、市民は政府に、食の安全を守ってほしいと強く思っている。上海福喜の事件は、外資が絡んだ食品の不正を中国の政府や国営マスコミがたたいたという、習近平政権の人気取り策になっている。 (OSI Employees Arrested in China) 中国最大の中央テレビも最近、外資系メーカーの各種製品を酷評する番組を好んで流し、外資企業の「不正」を暴く態度を明確にしている。習近平政権になってから、中央テレビの幹部が10人以上更迭され、新政策に合う報道をするための人事入れ替えが行われている。中国政府は、従来の中国を席巻していた「米欧製品は良い」という態度を払拭し、中国が米欧と肩を並べているという新たな態度を中国人に植えつけようとしているようにも見える。 (China reveals media shake-up plan) ITの分野では、セキュリティや国民監視政策の面から、中国政府が米国製品を締めだそうとする姿勢が目立っている。米国のアップルやグーグルは、世界中のスマートフォンの内部データや通話・閲覧履歴、位置情報など、個人データを勝手に自由にすべて盗み見することができ、米当局にデータを渡していると推測されているが、中国政府はこれが気に入らない。中国政府は、自分たちが中国国民のすべての個人データを勝手に盗み見できるシステムを好み、外国の企業や当局が中国国民の個人データを握っていることを好まない。昨年からのNSAスキャンダルで、米政府が世界中のスマートフォンのデータを勝手に盗み見していることが発覚して以来、中国政府はこの分野で米国勢に厳しい態度をとるようになっている。 (全人類の個人情報をネットで把握する米軍諜報部) 中国政府はアップルやグーグルに圧力をかけ、中国で使われているスマートフォンの内部データが、米国でなく中国国内のサーバーにコピーされ、中国当局が勝手にそれを見ることができる体制(米政府が世界的にやっているのぞき見システムの中国版)を作るよう圧力をかけている。アップルが言うことを聞かないので、中国中央テレビは「iフォンは国家の安全を脅かしている」とする番組を作って流し、8月には中国政府が、役所でアップル製品を使うことを禁止した。 (China state TV claims iPhone tracking could expose `state secrets') (China bans federal officials from buying Apple products) アップルは最近、大手電話会社「中国電信」などを通じて売っているiフォンなどの個人データを、アップルの米国サーバーでなく、中国国内のサーバーに蓄積していることを初めて認めた。アップルは「顧客から遠い米国でなく、顧客に近い中国にサーバーを置いた方が反応が早く効率的だから」「顧客のプライバシーを侵害するものでない」と弁明しているが、国民の動きをすべて監視したい中国政府の姿勢から考えて、蓄積した個人データを中国当局が自由に見られるようになっている(米国での状況と同じ)可能性が高い。 (Apple admits storing users' personal data in China) アップルにとって中国は世界の売上高の2割近くを占め、景気が悪い米欧をしり目に、毎年3割前後も売り上げが増える、大儲けできる市場だ(全世界の増加は年率6%)。どうせ米政府も個人データをぜんぶ見ているのだし、中国政府にのぞき見されるのは仕方がないと考えているのだろう。一方、グーグルはいまだに中国でのスマートフォンやgメールの個人情報を米国のサーバーに起き、中国政府の要求に抵抗しているようだ。中国政府は報復として、国家ファイアーウォールの設定によって、中国でグーグルの各国版ウェブサイト(米中港日など)を閲覧できないようにしている。 (Chinese appetite for Apple offsets muted US demand) 米国と中国は今春以来、相手国の諜報機関が自国のサーバーに入り込んでスパイ行為をしていると、相互に非難しあっている。この流れを受け、中国政府は米国製のルーターやノートパソコンなどIT製品の国内使用を制限している。これは中国にとって、米国とのスパイ戦争の意味だけでなく、国内産業育成の意図もある。 (Tech sector caught in war of words over US-China spying claims) 中国政府は以前、マイクロソフト(MS)と仲が良かった。03年に訪中したビル・ゲイツは国賓扱いされ、江沢民と会った。06年に訪米した胡錦涛はゲイツの私邸を訪問した。しかし最近は様子が違う。中国の独禁当局は7月末、中国での販売戦略に問題があるとして、中国国内のMSの事務所を家宅捜索した。MSが、ブラウザやメディアプレーヤー、オフィスなどをウィンドウズと抱き合わせにして、ソフトウェアの競争を阻害しているということらしい(MSはかつて、日本でもウインドウズとオフィスを抱き合わせにして、ライバルのジャストシステムを経営難に陥らせた)。 (Microsoft raid highlights US trade troubles in China) 中国で使われているウインドウズの多くは、MSが販売したものでなく、ほとんど無料の海賊版であり、ウインドウズに関して中国当局がMSを独禁法違反に問うのは馬鹿げていると指摘されている。MSに家宅捜索していやがらせしたのは、中国政府が今年はじめ、国内で多数使われているウインドウズXPについて、いきなりアップデート停止にしないで中国だけ継続使用しやすいようにしてほしいと要請したのに、MSが拒否したからであるとも言われている。中国政府は、ウインドウズ8を「安全性」の視点から、政府の役所で使用禁止にしている。 (China's Microsoft Probe Looks at Media Player, Browser Distribution) MSがXPを事実上「使用禁止」にした理由は、XPに問題があったからでない。それと正反対に、XPが必要十分なOSであるため、後継のウインドウズ7や8の売れ行きが悪く、MSが儲からないため、XPを「使用禁止」にしただけだ。NSAがネットを広範にスパイする前に開発されたXPは、NSA用の裏口がそれほどついていないと考えられるが、ウインドウズ8はNSA用に広々と裏口が設けられている可能性が高い。ウインドウズXPは8より安全だといえる(買い換えた人々は騙された)。しかし、歴史的役割を終えつつあるMSは、儲けたいので、XPの使用を世界的に止めさせ、8に乗り換えさせたい。中国政府は、このあたりのMSの事情を見た上で、お前だけ儲けるのはけしからんと交渉したが拒否されたので、独禁法を使って報復している。 中国は今、世界最大の消費市場へと急速に発展している。昨年の成長鈍化が終わり、ここ数カ月で蘇生しそうな方向に転じた。不動産担保金融の不良債権など不安定要素もあるが、経済全体で見ると、中国は米国、日本、欧州よりも安定している。人民元の国際化も進んでおり、元は2019年までにドル、ユーロに次ぐ(円以上の)国際決済通貨になると予測されている。5年以内に、通貨の面でも日本が中国に追い抜かれることになる。 (China's slowdown on hold) (HSBC: China's renminbi is gaining traction as a global currency) (RMB developing quickly as major world currency) こうした経済発展の流れを背景に、中国政府は強気な態度をとっている。外資系企業は中国で儲け続けたいので、中国政府から無茶な独禁法違反の容疑を突きつけられてもあまり抵抗せず、容疑を認めて罰金を払う。長期的な儲けを考えれば、一時的な罰金は安い。 映画業界では昨年、中国が日本を抜き、米国に次ぐ世界第2英が市場となった。今年の映画「トランスフォーマー(Transformers)」では、中国での興行収入(3億ドル超)が北米(2・3億ドル)を抜き、世界最大の売上となった。大金持ちだけ収入増、中産階級は収入減の米国では昨年、映画の売上高が年率20%の大幅減だったが、中産階級が増加する中国は映画の売上が急増している。2020年には年間興業売上で中国が米国を抜いて世界最大になると予測されている。ハリウッドは、中国人が喜ぶ映画を作らねばならなくなっている。もはや中国を批判する内容の映画を作れない。中国人が悪役の映画は歓迎されない。 (Hollywood transformed) 国際政治の面で米国政府は、まだ中国を敵視する策を続けている。米国は中国包囲網の一環として、海兵隊をオーストラリアに常駐し始めた。米軍は先日、海南島沖の中国領海のすれすれに偵察機を飛ばし、中国の戦闘機が接近してきて接触寸前の事態になった。01年の海南島事件と似た展開だ。米中が非難し合い、米軍は太平洋に2隻目の空母を派遣した。中国は、軍事面の米国の威嚇に対し、以前より強硬に反発・報復するようになっている。この強気も、中国の経済台頭が背景にあるだろうが、米国の方は以前と同じように中国を敵視・威嚇している。 (China Declares Australia a Military Threat Over US Pact) (U.S. Sends Second Carrier to Asia Amid Tensions with China) (`US guards hegemony by warning China') しかし、経済面での中国の急成長が続くほど、軍事面での米国の中国敵視は張り子の虎になる。オバマ政権は表向き中国を非難・敵視するが、それは中国の経済面での本気の報復を招かない程度にしかできない傾向が強まる。中国が経済面で本気で米国勢に報復したら、米国企業の中国での儲けが減る事態になる。独禁政策の運営が間違っているとか、外資ばかり狙い撃ちするのはおかしいと米欧日が批判しても、中国は無視する。貿易紛争で、相手国の経済政策が間違っていると批判することは、先進国間で昔からよくあることだ。中国はそれを真似ているにすぎない。 中国は習近平政権になって、トウ小平(天安門事件)以来の20年あまりの慎重な外交政策を卒業した観がある。中国は今後ずっと強気の戦略を続けるだろう。米国の張り子の虎の中国敵視策がいつまで持つか、それによって、そこにぶら下がっている日本の対米従属・中国敵視がいつまで続けられるかも決まる。
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