ウクライナの対露作戦としてのマレー機撃墜2014年7月28日 田中 宇この記事は「マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国」の続きです。 前回の記事に書いたように、ウクライナ東部でマレーシア航空機MH17を撃墜した「犯人」は、ウクライナ軍である可能性が最も高い。事件発生後、米欧日などのマスコミで、いっせいに「ロシア犯人説」が流布された。しかし米政府は7月22日、諜報担当官が匿名の記者懇談で「ロシアがMH17機の撃墜に何らかの直接関与をしていたと考えられる根拠がない」「ロシアがウクライナ東部の親露勢力にミサイルを渡して撃墜させたと考える根拠がない」と述べ、それまでの「ロシア犯人説」の主張を引っ込めた。 (US: No link to Russian gov't in plane downing) 米政府は「ロシアの責任は、撃墜への直接関与でなく(親露勢力を軍事支援するなど)今回の撃墜につながる状況を(間接的に)作ったことだ」と、それまでより弱い対露非難へと後退した。また米当局者は「ウクライナ東部の親露勢力が(ロシアから与えられたのでなくウクライナ軍から奪うなど独自に入手した)SA11を使って、MH17機をウクライナ軍機と間違えて撃墜した」という新たな説明もしている。 (MH17 likely shot down by mistake by Russian separatists, US intelligence official says) ロシアがウクライナの親露派に命じて撃墜させたという説を米政府が引っ込めたことで、ロシア犯人説は「無根拠な陰謀論」になったといえる。残っているのは、米政府が推定している親露派による誤射での撃墜説と、ロシア政府が主張しているウクライナ軍犯行説の2つだ。この2つの説のうち、私は、ウクライナ軍犯行説の可能性の方が高いと考えている。その根拠は、7月21日にロシア軍高官が記者会見し、当日のレーダー映像を証拠として示しながら、ウクライナ空軍のSU25とみられる戦闘機2機が撃墜直前のMH17を追尾し、撃墜後に現場を旋回した上で飛び去ったと発表したからだ。「ロシアが言うことは全部ウソだ」という印象が報道プロパガンダによって蔓延しているが、今回の撃墜事件に関して最も説得力があった記者会見は、7月21日のロシア軍によるものだ。露政府と対照的に、米政府は説得性がある証拠を何も示していない。 (Ukrainian Su-25 fighter detected in close approach to MH17 before crash - Moscow) 英国BBCテレビのロシア語放送は7月22日、墜落直前のMH17の近くを戦闘機が飛んでいるのを見たという、墜落現場近くの住民の証言を報道した。この放送動画はインターネットのBBCのサイトで公開されたが、その後削除されている。動画をコピーしたものがユーチューブで出回っている。親露派は戦闘機を持っていない。ウクライナ軍の戦闘機がMH17を追尾していた可能性が高い。 (The Video Report Deleted by the BBC - ENG SUBS) (Censorship or error? Internet criticism for BBC removal of MH17 report) ウクライナ軍の戦闘機がMH17を撃墜したと決めつけることはできないが、戦闘機の行動からは、少なくともウクライナ軍はMH17が撃墜されることを事前に知っていた、もしくは誘発した可能性が高い。そうでなければ追尾しない。ここにおいて、撃墜状況の可能性は(1)ウクライナ軍機が空対空ミサイル(R60)で撃墜した。(2)露軍が7月21日の記者会見で発表したように、ウクライナ軍は数日前から現場近くに地対空ミサイルSA11(ブーク)を配備していた。それで撃墜された。(3)ウクライナ軍戦闘機と一緒に飛んでいたMH17を、親露派が、ウクライナ軍輸送機と勘違いし、以前にウクライナ軍から奪って持っていたSA11で撃墜した。・・・の3通りが考えられる。(3)は親露派が犯人だが、戦闘機を間近に飛ばしてMH17をウクライナ軍輸送機に勘違いさせたのはウクライナ軍の謀略である。 (Ukrainian Air Defense Exercises Might be Behind Malaysian Aircraft Crash - Source) (マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国) 撃墜事件以来、米欧などのマスコミがロシア敵視のプロパガンダを過激に展開し、世界的に「ロシアが悪い」「親露派が悪い」という歪曲されたイメージが強くなった。ウクライナ軍は、この反露的な世界の世論を追い風として、ウクライナ東部の親露派の中心地であるドネツクに攻撃をかけ、親露派を一気に潰そうとする作戦を開始している。ウクライナ軍はすでにドネツク郊外の小さな町を次々と侵攻し、ドネツクに対する包囲網を形成している。人口約百万人ドネツクの街には、まだ市民の多数が住んでおり、ウクライナ軍が市街地に侵攻すると、多数の一般市民が殺される。平時なら、ドネツク市民を殺すウクライナ軍に対する国際非難が強まる。 (Ukraine poised to try to reclaim Donetsk, its military says) これまで、ドネツク市民など親露派は、世界的に、あまり「悪者扱い」されていなかった。ウクライナ軍はドネツクを攻略できず、ウクライナ東部の内戦はこう着状態だった。しかし今回の撃墜で親露派が「犯人」扱いされ、親露派のドネツク市民は、MH17に乗っていた「多数の子供たち」を含む無実の乗客たちを殺害した「極悪非道のテロリストの仲間」だ。ウクライナ軍が多数のドネツク市民を殺害しても、国際的な非難は少ない。ウクライナ政府は、ガザの市民を殺害して世界の非難を浴びるイスラエル政府がうらやむような国際プロパガンダの追い風を受けている。ウクライナ軍にとってMH17の撃墜は、ドネツクに侵攻すべきまたとない好機を生み出している。 こうした現状と、ウクライナ軍が撃墜して親露派のせいにしたか、もしくは親露派をだまして撃墜させたという、MH17撃墜をめぐるウクライナ軍の謀略を合わせて考えると、一つの推論が出てくる。ウクライナ軍は、膠着していた内戦を自分たちに有利なように進展させ、ドネツク陥落や内戦勝利に結びつけるために、親露派に濡れ衣を着せる目的で、MH17撃墜の謀略をやったのでないかという推論だ。 7月初め、米国の軍産複合体系のシンクタンク「ランド研究所」が、ウクライナ軍が内戦を本格化して勝つための3段階の戦略を立てていたことが暴露されている。それによると、ウクライナ軍はまずドネツクなど東部で親露派が立てこもっている町を孤立させ、外部との連絡網を完全に遮断し、ドネツクなどに残っている市民は親露反乱軍に加担するものとみなす。次に、町に侵攻し、反抗する市民は殺害し、投降してくる市民を、あらかじめ作っておく強制収容所にいれる。収容所でも、抵抗するものは射殺する。最後に、反乱軍を一掃した後のドネツクなどで、親露市民の土地建物などの資産を没収し、国有化する。この戦略は、平時だと人権侵害として国際的に非難されるが、親露勢力に極悪のレッテルが貼られている今なら、非難をあまり受けずに挙行できる。MH17撃墜も、ランド研が考えた謀略だとしても不思議でない。 (Leaked: `US think-tank plan' on E. Ukraine suggests internment camps, executions) 米英の軍産複合体にとって、MH17撃墜を好機としたウクライナ軍のドネツク侵攻は、ロシアをウクライナの内戦の泥沼に引っ張り込める利点がある。米国などは「ロシアがウクライナに介入し、親露派に武器や戦争技能を供給している」と非難しているが、ロシアは国際政治的に優位を保つため、親露派に武器や技能を供給しないようにしている。米政府は「全部ロシアが悪い」と声高に言うが、国際世論は、途上諸国を中心に、しだいにロシアの肩を持ち、米国を信用しないようになっている。この裏に、ロシアがウクライナ内戦に介入を控えている現実がある。 (US says Russia fired artillery into Ukraine) しかし今後、ウクライナ軍がドネツクに侵攻して多くの親露派市民が殺され、米欧マスコミがそれを看過する事態になると、ロシアはウクライナ内戦に介入し、親露派を公式に支援せざるを得なくなる。そうなると「ロシアがウクライナに介入して内戦を激化させている」という米国の主張が、事後的にだが、正しいものになる。この展開は、ロシアを不利にする。 こうした事態との関係が不明だが、ロシアのプーチン大統領は7月23日、ウクライナ情勢について話し合うため、夏休み中の議会を緊急招集した。 (Putin Recalls State Duma From Vacation, "Planning Something" On Ukraine Situation) 米国は、こうした事態を先取りするかのように、MH17が撃墜されたのと同じ7月17日にウクライナ、グルジア、モルドバの3カ国を、NATOに準じる同盟国に格上げすることを決定した。オバマ政権は、ロシア近傍の東欧諸国に米国の核兵器を配備することを検討している。米国防総省は、冷戦時代のロシア敵視策を復活してウクライナに適用すると表明した。MH17撃墜を機に、米国は、撃墜に対するロシアの直接関与がないと認める一方で、ロシア敵視策を強めている。MH17撃墜の謀略立案に、米国も加担していた感じだ。 (Obama Leads Republicans' War Against Russia) (Gen. Dempsey: We're Pulling Out Our Cold War Military Plans over Ukraine) MH17の墜落現場では、犯人を特定するための現場検証が始まろうとしているが、ここでも政治謀略がうごめいている。事故後、撃墜で194人の自国民が死んだオランダなどの当局者たちが撃墜現場を訪れようとして、ウクライナの首都キエフまでやってきたが、キエフから現場まで行こうとするたびに、現場の手前の地域でウクライナ軍と親露派の戦闘が起こり、キエフに引き返さざるを得ない事態が何日も続いた。東部の親露派がオランダの調査隊に語ったところによると、戦闘を起こしているのは多くの場合、ウクライナ軍の方だという。 マスコミは「現場に行こうとする調査隊を親露派が阻止した」「親露派がフライトレコーダーを盗んだ。破壊した」などと喧伝したが、実のところ、フライトレコーダーは無傷で保管されていた。各国の調査隊が現場に着くまでの数日間、毎日の最高気温が30度を超える猛暑で死臭が漂う中、親露派の人々は、国際調査団から依頼されたとおり、墜落現場で遺体を捜索してマーキングする作業を続けた。猛暑で遺体が腐敗するのを防ぐため、親露派は、支配地域で破壊されずに残っている冷凍貨物列車を現場近くまで移動し、そこに遺体を移動して保管した。オランダの調査隊は、これらの親露派の努力を絶賛し、感謝の意を述べている。この間、国際マスコミは「親露派が遺体を冷凍貨車に乗せて盗み出す?」などと喧伝していた。 (Dutch forensics inspectors praise DLPR workers) 事件後、初めて海外マスコミが墜落現場を訪れて写真や動画を撮影した時、現場で報道陣を案内した武装した親露派司令官が、搭乗者の遺品が集められた場所で、説明の途中で「見てください。これの持ち主も撃墜されたんです」と言って、子供の搭乗者の機内持ち込み品とみられるサルのぬいぐるみを取り上げた。司令官は、自分がぬいぐるみを持っているところをカメラマンたちに撮影させた後、ぬいぐるみをそっともとの場所に戻し、帽子をぬいで十字を切った。キリスト教徒であろう司令官は、ぬいぐるみの持ち主である子供に哀悼の意を示した。 (Наблюдатели ОБСЕ на месте крушения малайзийского ≪Боинга≫) ところが米欧では、親露派司令官がぬいぐるみを持っている写真が「MH17を撃墜した残虐な親露派が、子供の遺品を戦利品のように持って自慢している」という論調で伝えられた。親露派は、米国に後押しされた政権転覆で2月にできたウクライナの極右政権に、母語であるロシア語の使用を禁止され、自治を剥奪される流れになったため、自治の回復を求めて中央政府派遣の当局者を追い出し、自分たちの町に立てこもったのであり、残虐でも極悪でもない。高度1万メートルで破壊し落下したMH17の残骸や遺体は、約10キロにわたって散乱している。国際調査団がなかなか来ない中、親露派の人々は、その広大な地域で遺体や遺品を調査したり集めたりして、オランダ当局に感謝されている。そんな努力をしたのに、親露派は犯人扱いされ、極悪だと言われている。極悪なのは、マレー機墜落の謀略を行ったウクライナ政府や、意図的な歪曲情報をいまだに流すマスコミや米政府の方だ。 (Perverted truth: How rebel mourning MH17 victims was turned into looter with trophy) 事件から10日がすぎ、国際調査隊がいよいよ墜落現場に行こうとすると、ウクライナ政府は新たな妨害工作を行った。国際調査団の中に、オランダの非武装の警察隊40人が含まれていた。ウクライナ政府は、外国の警察を自国領内に入れるための法的な措置が必要で、その議会承認に5日かかると言い出した。オランダ政府などにとって、それは初耳だった。 (Effort to Secure Malaysia Airline Crash Site Falters in Eastern Ukraine) 27人の自国民がMH17に搭乗して死んだオーストラリアの政府は、撃墜現場での調査を安全なものにするとの理由で、ウクライナ東部に、190人の武装警察官と、人数は未確定だが豪軍兵士も派兵することを検討している。豪政府はすでにウクライナ政府と、警官派遣で協定を結んでいる。ドイツなど欧州の当局者の中には、豪州の派兵に「ウクライナ内戦を悪化させるつもりか」と強く反対する声が出ている。 (Australia risks inflaming Ukraine conflict by sending armed police to MH17 site: analysts) 撃墜現場は、親露派とウクライナ軍の対峙や戦闘が起きているウクライナ東部の2大都市であるドネツクとルハンスクからそれぞれ50−60キロ離れた郊外で、すでに周辺で砲撃が行われている。今後、2都市で内戦が本格化すると、墜落現場の地域でも戦闘が激化する。その中で豪州の武装警察や軍隊が現地調査隊警護のために駐留していると、戦闘に巻き込まれ、内戦に参戦することになりかねない。豪州は米国の同盟国であり、好戦的なプロパガンダも米国同様、反露・親ウクライナの傾向だ。内戦が巻き込まれたら、豪州はウクライナの側に立ち、ロシアを敵にすることになる。豪軍がウクライナ内戦に巻き込まれてロシアと戦ってくれると、米軍を痛めず戦争を激化でき、米国の軍産複合体やネオコンにとってうれしいことだろう。 逆に、米国の同盟国だがロシアと敵対したくないドイツなどEUにとって、豪州の派兵は迷惑千万だ。EUでは、MH11撃墜で自国民が194人死んだオランダが警察隊を派遣したが、非武装武装だ。オランダは海兵隊の派兵も一時検討したが、ロシアとの関係を考えて見送った。 (Dutch, Australians ready MH17 troops amid Ukraine deadly fighting) MH17撃墜の謀略が成功してウクライナ政府側が内戦に勝ち、ロシアが不利になる流れが始まったかと思いきや、それと逆の動きも出てきた。IMFがウクライナ政府に財政緊縮を約束どおりすぐに開始しろと圧力をかけ、ウクライナの4党連立政権が、IMFの要求に従おうとするヤツニュク首相らの2党と、財政緊縮を実施すると国民に貧困を押しつけることになるので拒否すべきと主張するスボボダ(極右政党)など2党が分裂し、7月24日にスボボダなど2党が離脱して連立が崩壊し、ヤツニュク首相が議会に辞表を提出した。 (Obama's Ukrainian Ploy Collapses; Ukraine Now Seeks Direct U.S. Bailout) ウクライナ議会は夏休みに入っており、ヤツニュク首相の辞表は議会に受理されていない。30日以内に新政権を組閣できない場合、議会が解散され総選挙になる。ウクライナでは今年5月の選挙で新大統領になったが、議会は2012年から総選挙が行われていない。早く総選挙をやるべきだという世論が強く、このまま総選挙に突入する可能性が強い。 (Poroshenko's risky power play) ウクライナの政界は04−06年にも、親露派が追い出されてナショナリストが政権を取った後、新政権内の派閥争いがひどくなり、親露派が政権を奪回する展開になった。今回も、今年2月に米国の後ろ盾で極右らナショナリストが親露派を追い出して政権をとったものの、5カ月後の今、政権崩壊が起きている。ウクライナは、政界が分裂してまとまらない中、東部で親露派を潰す内戦を激化して勝てるのかどうか、不確定さが増している。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) IMFは、BRICSの突き上げが強いものの、一応まだ米国の支配下にある。米国がIMFを動かし、ウクライナ政府に財政緊縮の早期開始の圧力をかけるのをしばらく延期することもできたはずだが、米国はそれをしなかった。IMFは今年2月にウクライナに親米反露の極右政権ができた当初から、ウクライナに融資する見返りに、ほとんど実行不可能な厳しい緊縮財政を求めてきた。米政府はウクライナの反露政権を支援するが、米国が支配しているはずのIMFは反露政権に厳しい要求を突きつけて政権崩壊させてしまうという、矛盾した構造になっている。
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