ウクライナから米金融界の危機へ2014年3月17日 田中 宇米国の債券市場のバブルが崩壊しそうだとの懸念が増している。08年のリーマン危機後、債券市場を救済してきた米当局による財政赤字増やドル増刷策(QE)が限界に達し、救済策の縮小とともに、債券市場の不振が再発している。4月から銀行の自己勘定取引を禁じた「ボルカー規制」が開始されるなど、リーマン後の規制強化がようやく本格発動され、米金融界は利益を出しにくくなっている。今のところまだ債券市場は好調で、基準とみなされる10年もの米国債の金利は2・6%台で安定している。しかし債券投資家の投資意欲は減退しており、好調がいつまで続くかわからないと指摘されている。 (Bloated US bond market faces `jerky' adjustments) (Investor support for US bonds on the wane) すでに国際金融機関の債券部門(為替、商品を含む)は、昨年末から利益が急減している。1-3月の利益が最大で昨年の25%以上の減少になりそうで、米金融界でさらなる人員削減が予定されている。2000年のIT株バブル崩壊以来、債券取引は米金融界の利益の大黒柱だっただけに、債券の悪化は米大手銀行の経営危機につながる。 (Engine of Wall Street profits sputters in first quarter) 大手基金の経営者(Seth Klarman)によると、米国内の資金移動だけでこの3年間で債券市場に7000億ドルの資金が流入し、それが相場の上昇で2兆ドルまで時価がふくらんだ。この膨張率は00年に破裂したIT株バブルの規模を超えており、今後の債券バブル崩壊は、IT株バブル崩壊を超える被害になりそうだ。米国の株式市場は昨年、企業収益がほとんど好転していないのにS&Pの平均株価が32%も上昇し、これ自体がバブルだが、債券のバブルは総額が大きいだけに株より危険だという。別の試算では、世界合計の債券市場に5年間に2兆ドルの資金が流入しており、それは株式市場に流入した資金の4倍という。ジャンク債の新規発行額は昨年、史上最高になった。 (In a tech bubble with a twist, the big danger is bonds) ジャンク債の破綻率は1・6%で、史上最低の水準だ。破綻が少ないのだからバブル崩壊などないと考える人がいるかもしれないが、間違いだ。07年のサブプライム債券崩壊で始まったリーマン危機も、その直前までジャンク債の破綻率が史上最低だった。 (Junk Bond Returns Can Plunge Before Default Rate Rises) (Junk Bond 2014 Returns Through February: 2.76%) 債券市場の崩壊はおそらく、ジャンク債の崩壊が米国債まで波及し、10年もの米国債の利回りが3%を大きく超えて高騰(債券価値が下落)することで始まる。何がその引き金を引くかが注目されている。大きな懸念の一つは、米連銀が、ドルの過剰発行で債券を買い支えるQE(量的緩和策)を縮小していることだ。米連銀の理事の一人(Charles Plosser)は、QEとその縮小が「予期せぬ結果」をもたらしそうだと警告している。 (Worried about 'unintended consequences' of QE: Fed's Plosser) そしてもう一つ、今回新たに米国の債券崩壊の引き金をひきそうなのが、ウクライナをめぐる米露対立だ。ロシアの政治家らが、米国債を売り放って米国の債券市場を崩壊させると言っているが、それ自体は大した話でない。ロシアの米国債保有は、100兆ドルといわれる債券発行総額の0・14%にすぎず、ロシアが米国債を売り放っても、それによる債券相場の下落は数日間しか続かないと予測されている。 (The Nuclear Option: Russia's Threat To Dump Treasuries) (Russian Dollar Dump Could Crash Financial System-John Williams) ロシア勢は、すでに米国債を大量に売っている。最近の1週間で、外国勢が米連銀に預けている米国債の総額が1045億ドル減って2・85兆ドルになった。米国の対露経済制裁発動でロシアの企業や大金持ちの在米資産が凍結されるかもしれず、それを恐れたロシア勢が連銀に預けている米国債を米国内の投資家に売った結果の減少とみられている。この動きは、米国債の相場をほとんど動かしていない。 (Foreigners Sell A Record Amount Of Treasurys Held By The Fed In Past Week) (Markets fear Russia has cut US treasury bill holding over Ukraine crisis) ウクライナ危機が米国債やドルの危機につながりそうな点は、上記の最近の出来事によるものでない。もっと長期的で目立たないが本質的な動きによる。 露中などBRICSはこれまで、貿易決済の非ドル化や、外貨準備の中に占めるドルの割合を減らして相互通貨や金地金の比率を高めることなどを、目立たないよう進めてきた。経済覇権上のBRICSの台頭は、リーマン倒産直後に世界経済の最高意志決定機関が、米国中心のG7から、BRICSと米国が対等なG20に移った時に大きく進んだが、その後G20は大したことをしていない。経済面のBRICS台頭と覇権多極化は、目立たず、ゆっくりとしか進んでいないが、進んでいることは確かだ。今後、米国の側が自滅的に経済崩壊すると、BRICSの台頭と覇権多極化が顕在化するだろう。 (Peter Schiff: We're Heading For A Crisis Worse Than 2007) こうした予測されるシナリオの中で、今回のウクライナ危機による米国の濡れ衣的なロシア敵視の強化は、こんご米国が自滅的に経済崩壊する際、BRICSが米国の延命を助けるのでなく、傍観するだけでもなく、隠然と米国が覇権を失ってBRICSの世界支配を強める方向の動きをすることにつながるだろう。これまで、BRICSは米国の崩壊過程を傍観する、もしくは米国の覇権延命に協力する傾向が強かった。中国は米国債を買い増し、人民元の事実上のドルペッグを続け、米国の経済覇権の延命を支えてきた。プーチンも今回の件が起きるまで、米国を敵視していなかった。 (Vladimir Putin, strongman of Russia gambling on western weakness) しかし今後、米国が外交面で強硬姿勢を変えないまま、前回の記事に書いたように、ロシアだけでなく中国やブラジルが対米協調路線からしだいに外れていくと、BRICSの対米姿勢は、協力や傍観から、米国覇権引き倒しの方向に転じる。BRICSは、この姿勢の転換について明言しないだろうし、引き倒しは隠然と行われるだろう。ウクライナ危機は世界体制の大転換につながるだろうが、その動きの本質は、大々的に報じられる表向きの動きの中でなく、ほとんど報じられない、一見ウクライナと関係ない動きの中にある。 中国人民銀行は3月15日、人民元の対ドル為替の1日の変動幅の上限を1%から2%へと拡大すると発表した。これなども、これからの長期的なドルの弱体化に合わせた中国の動きといえる。(短期的には、上昇一本槍を信じる投資家のマインドを壊す策を中国当局がしているので、元の対ドル為替は下落している) (China relaxes controls on exchange rate) (All China's roads lead to a lower renminbi) ウクライナ危機は、国際的なマスコミ報道の歪曲の顕在化、プロパガンダ化をも引き起こしている。国際報道の歪曲は古くから行われ、第二次大戦の「戦争犯罪」の多くも歪曲報道を事実と認定したあたりから起きている。最近では、911やイラク戦争、イランへの核兵器開発の濡れ衣など、この10年あまりで米国の捏造的敵視策に協力して報じる歪曲報道がひどくなった。とくに捏造的敵視策と歪曲報道についてより多くの人が知るようになったのは、昨夏のシリア空爆騒動と対イラン和解の開始あたりからだ。 (Biased US Media Attacks RT `Bias') マスコミが米英に都合の良いように国際政治上の善悪を決める「ジャーナリズム」のシステムは、二度の大戦の期間に米英が作ったものだが、米英覇権の体制が崩れつつある今、この報道システムの歪曲のボリュームも、断末魔のように、一杯まで引き上げられている。その断末魔状態ゆえに、世界の人々はマスコミが歪曲報道をしていることに気づき、歪曲システム自体の存在に気づき始めている。 歪曲報道は、国際政治だけでなく、経済や金融の分野でも激化している。雇用統計など、米国などの政府が発表する経済統計は、しだいに信用できなくなっている。米国の政治面と経済面の覇権を延命させるため、政府の発表とマスコミ報道の歪曲がひどくなっている。米政府の国際戦略は、ブッシュもオバマも、ロシアや中国を有利にするばかりの自滅的な隠れ多極主義なので、いずれ米国の覇権は崩壊し、ドルや米国債、金融システムも崩れるだろうが、その時まで、マスコミ報道の歪曲はひどくなりつつ続くだろう。その後の世界で、どんな報道が行われることになるか、人民日報・新華社的な官制プロパガンダだけが世界を席巻するのか、今のところ予測がつかない。 (揺らぐ経済指標の信頼性) ウクライナの国内情勢は、今後さらに悪化するだろう。米政府は、ウクライナに10億ドルの救済金(債務保証)を出すことを発表したが、米議会が救済金を支出するための決議を可決できていない。米政府は、ウクライナへの救済金支出と、IMFの「改革」を認めてIMFに拠出金を支出することを抱き合わせにした法案を議会に出している。共和党は、ウクライナ救済に賛成だが、IMFの「改革」に反対で、抱き合わせ法案に反対せざるを得ないと言っている。 (Crimea vote adds twist to US spat on IMF) IMFの「改革」とは、これまでIMFで米国が絶対的な決定権を持っていたのをやめて、中国などBRICSや新興諸国に決定権を分散する「多極化」のことだ。ロシアを敵視するウクライナ救済金と、親露的なBRICSに覇権を移譲するIMF「改革」の拠出金が抱き合わせにするのは、ほとんど冗談のような皮肉で、オバマ政権の「隠れ多極主義」性を感じさせる(多極化をこっそり推進した点では先代の共和党ブッシュ政権も同じだったが)。 (`Potemkin money' is the wrong way to help Ukraine) ウクライナ新政権は、米国からの救済金をもらえないまま、ロシア系住民が離反し、しだいにウクライナの統合を維持できない状態になっている。IMFはウクライナ新政権に対し、財政緊縮の一環として、高齢者らに対する公的年金の支給額を半減せよと命じている。IMFの言いなりであるヤツェニュク首相は、公的年金の支給半減をやらざるを得ない。ウクライナの人々の生活は、政権交代によって良くなるどころか、逆に悪化している。新政権への支持はウクライナ系の間でも減っていくだろう。 (Pensions in Ukraine to be halved - sequestration draft) (The Looting Of Ukraine Has Begun) ウクライナはこれまでロシアからエネルギーの安価供給などの経済支援を受けつつ、何とか経済を回してきた。反露的なウクライナ新政権は、ロシアから経済支援を受けられず、天然ガスなどを時価で買わねばならない。米欧がウクライナに経済支援しても、その金の大半はロシアへの代金支払いで消えてしまう。米欧の支援は、ロシアを儲けさせて終わる。 (Why Billions in Bailout Money for Ukraine Could End Up in Russia) 最終的にウクライナが再びロシアの影響下に戻る可能性がしだいに強まっている。米欧がウクライナの極右勢力に政権をとらせてもうまくいかないことは、事前に予測されていた。プーチンは記者会見で「そもそも(親露的な)ヤヌコビッチ大統領も不人気だった。米欧は次の選挙まで待てば、ヤヌコビッチが敗北し、民主的なやり方でもっと親欧米的な政権ができただろうに、なぜか急いで極右を支援して非民主的なやりかたで政権転覆してしまった。馬鹿だ」という趣旨の発言をしている。 (Putin on Ukraine) プーチンは2月中旬までヤヌコビッチ政権を支援していたが、2月下旬にヤヌコビッチの政権運営が下手だという理由で、同政権に対して約束していた150億ドルの経済支援を撤回した。ロシアに見放されたヤヌコビッチの信頼がウクライナ政界で急落し、議会でヤヌコビッチ不信任案が通り、極右政権による政権転覆につながった。プーチンがヤヌコビッチを見捨てなければ政権転覆は起きなかった。ヤヌコビッチは、ロシアに逃げた後の記者会見で、プーチンが政権転覆を容認したのは不可解だと言っている。 (Ousted Ukrainian President Yanukovych Surprised by Putin's Silence) プーチンはなぜヤヌコビッチを見捨てたのか。彼を見捨てたら、代わりにできるのが国際的な信用を得にくい極右ネオナチの政権であることは、当時のプーチンに予測できたはずだ。プーチンは、ヤヌコビッチを見捨てて政権転覆を誘発した方が、国際政治の中で長期的にロシアに有利になると判断したのでないか。米国のネオコンは、表向きプーチンを敵視しているように見えて、実はプーチンを有利にしてやっている。ネオコンが隠れ多極主義者と思えるゆえんだ。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?) 米政府は、中国をロシアから引き離す策と称して、中国への融和策をとる戦略案を持っていると報じられている。40年前のニクソン政権の米国が、中国をロシアから引き離す策と称して米中関係を改善し、台湾(中華民国)が見捨てられた歴史を思い起こさせる。台湾はすでに中国に取り込まれた。次に米国がロシア敵視策と称して中国に宥和する時、見捨てられるのは日本かもしれない。 (Hoping to Isolate Russia, US Woos China on Ukraine)
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