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頼れなくなる米国との同盟

2013年12月2日   田中 宇

この記事は「米国が中国を怒らせるほどドルが危なくなる」(田中宇プラス)の続きです。

 11月23日に中国が、尖閣諸島を含む東シナ海の空域を、進入前に中国への事前通告を必要とする「防衛識別圏」に設定した。日本政府は強く抗議し、米国も中国を批判しつつ、日本の実効支配下にある尖閣諸島が日米安保条約の対象地であると、あらためて表明した。11月25日には、米軍の戦闘機2機が、中国をあなどるかのように、事前通告なしに、中国が新設した識別圏のなかを飛行した。中国は、これに対する戦闘機の緊急発進をしなかった。けしからん中国に米国が一発かましてやったと、喜んだ人が多かったかもしない。尖閣問題で中国と対立することで日米同盟(対米従属)を強化するという、尖閣国有化以来の日本政府の策略が結実した(ように見えた)瞬間だった。 (Playing Chicken in the East China Sea

 しかし、日本にとって有利な状況は一週間も持たなかった。米国務省は11月29日「米国の民間航空会社が、中国の防空識別圏の設定に従うことを望む」という趣旨の発表をおこなった。米国務省は、この表明によって中国の識別圏が尖閣諸島を含んでいることを容認したわけでなく、中国が尖閣を含む識別圏を設定したことは問題だと言いつつも、米国の民間航空機が中国の識別圏の設定を遵守して、進入前に中国に飛行計画を提出するよう求めた。 (US urges airlines to comply with China air rules

 すでにシンガポール航空や、オーストラリアのカンタス航空は、中国の識別圏設定を守ることを表明している。韓国は、中国の識別圏設定に弱々しいながら反対を表明したが、大韓航空は、中国の設定を遵守することを決めたと報じられている。遵守しないと宣言しているのは、日本政府の要請を受けた日本航空と全日空だけになっている。 (US carriers urged to comply with China air zone rules

 日米など景気が悪い先進国の航空市場がふるわないのと対照的に、中国は、空港や国内線・国際線の航空路を増やしている。日米豪韓などの、アジアを重視する航空会社にとって、中国市場でうまくやっていくこと、中国当局と関係を良くしておくことは、利益の増減に直結する重要事項だ。中国の識別圏設定をけしからん、容認できない、と非難・威嚇するのが策である政府間の防衛・外交の関係と対照的に、航空業界から見た経済関係では、中国が設定した新規則に喜んで従うのが良いことになる。 (Japan to take up spat over China air zone with US

 米政府は近年、米国の大企業からの圧力・要請にとても弱くなっている。米大企業群の言いなりで、米議会も知らない秘密会議で貿易協定の内容が決まるTPPがその象徴だ。米国の連銀や財務省が金融界を救済するためにドルや米国債の過剰発行をやめられない量的緩和策(QE)もその一つだ。中国路線の拡大に積極的なアメリカン、デルタ、ユナイテッドなどの経営者が、オバマ政権の中枢に電話して、中国が米航空界に意地悪したくなる事態にしないでくれと要請したのでないか。連邦航空局(FAA)は、日本外務省からの問い合わせに対し、中国の識別圏を守れと米航空界に要請していないと答えたそうだが、中国の規則を守りたい(中国を怒らせたくない)のはFAAなど米当局より、米航空業界の方である。 (貿易協定と国家統合

 日本航空と全日空も、中国路線の拡充に力を入れてきた。だから、中国が識別圏を設定したら2社はすぐ遵守することを決めた。しかしその後、日本政府が2社に要請(事実上命令)して、2社は中国の識別圏を無視することになった。米国は政府より大企業が強いが、日本は官僚独裁だから、大企業より政府が強い。米政府は日本政府より強いから、強い順に並べると、米企業、米政府、日本政府、日本企業の順番になる。今後、日本の日航と全日空は、中国でのビジネスがやりにくくなる。中国に連絡せずに中国に向かって飛ぶ2社の旅客機が、中国の戦闘機に追尾されるかもしれない。乗客は恐怖を味わい、2社の中国線に乗る人が減るかもしれない。その穴を埋めるのは、米国や豪韓など、さっさと中国の識別圏設定を遵守した航空会社だろう。中国との戦いは、軍事や政治でなく、経済で勝敗が決まる。

 米政府は、中国の識別圏を無視する威嚇的な戦闘機の飛行をやったのに、その後、自国の航空界に識別圏を遵守させるところまで腰が引け、譲歩してしまった。今夏のシリア空爆問題などと同様、米オバマ政権は、当初の強硬姿勢を後から崩す優柔不断さを世界に露呈している。地元の同盟国が、米国の当初の強硬姿勢に迎合して自国も強硬姿勢をとると、あとで米国にはしごを外されてひどい目に遭い、米国を信用できなくなる。シリアやイランの問題では、サウジアラビアとイスラエルがそのような目にあった。サウジ王政は対米従属戦略の見直しを表明し、イスラエルも裏で方向転換しているふしがある。 (米国を見限ったサウジアラビア) (サウジとイスラエルの米国離れで起きたエジプト政変

 尖閣問題では、日本が、サウジやイスラエルの位置にいる。今回、日本の右派からは、日本政府がせっかく自国の航空会社に識別圏無視のリスクをとらせたのに、その数日後に米政府が自国の航空会社に識別圏遵守を求めたので、中国に対する国際的な厳しい態度が崩れてしまったと、米国の優柔不断さ、態度のゆらぎを批判する声が出ている。対中関係での米国の優柔不断は、経済面で親中国が良いが、軍事政治面で反中国が良いという矛盾から発している。中国が内需拡大策に転じて成長し、米国の実体経済の悪化が進むほど、経政の矛盾がひどくなり、米国は優柔不断を増すだろう。

 サウジやイスラエルの先例が示すように、対米従属(あるいは逆に、イスラエルのように米国の戦略を牛耳って自国の力にする策)は、国家戦略としてリスクが高くなっている。リスクを軽減するには、対米従属を国是から外していくしかない。「米国はけしからん」という主張は「対米従属をやめよう」という主張と紙一重の差に見える。しかし今の日本では、対米従属をやめようという主張が大きな声にならない。右からの米国批判が出てもすぐ消される(左からの主張は誰も聞かない)。日本の右派は戦後ずっと米国の傘下の反共産主義の道具であり、世論の拡声器機能であるマスコミも、対米従属を固持する官僚機構の配下にある。米国が「お上」の地位にある限り、官僚は「米国の意を受けて動く人々」として政治家(国会)より上位にあり、隠然とした官僚独裁体制を維持できる。

 今後、米国の覇権が低下して中国などBRICSの多極型覇権が台頭する傾向がさらに進むだろうから、米国と連携して動く外交軍事戦略を持つことのリスクはますます高まる。日本は、いつまで対米従属を続けるか。中国が日本に対して強硬姿勢に出たら、米国は弱体化する中で、どう対応するのか。中国は、そのあたりを見極めようとして、尖閣問題で日本に売られた喧嘩を倍返しにするようなことを連発している。 (China media identifies Japan as 'prime target' of Beijing's air zone

 欧州では、EUがウクライナ、アルメニア、グルジア、モルドバといったロシア近傍の国々と経済協力関係を強化して取り込もうとした矢先、ロシアが各国に圧力をかけてEUとの関係強化を阻み、逆にロシアを中心とする関税同盟に入れと圧力をかけている。アルメニアは、すでに9月にEUとの関係強化をやめてロシアとの関税同盟に入ると表明した。最近では、ウクライナも同様の決定をしている。これらの動きの背景にあるのも、米国の覇権の衰退だ。 (Ukraine serves Putin a foreign policy triumph

 EUは東欧諸国に対し、経済発展を加速できるEUとの関係強化の見返りに、民主化や人権重視、欧米型の経済規範を取り入れよという条件を出してきた。これらの条件は、いずれも米国の覇権体制が重視してきたもので、EUは米覇権の一部として、東欧を取り込もうとしてきた。しかし今、EUの後ろ盾としての米国の覇権力が弱まり、経済の面でも、米欧とつき合うより中露などBRICSとつき合った方が儲かる事態になっている。米国の後ろ盾を失うと、東欧から見たEUの魅力は半減する。ロシアは、中東で米国の影響力が弱くなり、自国の政治力が強まった流れに乗って自信をつけ、EUを妨害して近傍諸国を自国に取り込む動きを強めている。ロシアがウクライナなどを取り込もうとする動きと、中国が尖閣問題の強硬姿勢で日米同盟の強さを試す動きは、米国の覇権弱体化を受けた動きとして同根だ。



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