プーチンが米国とイランを和解させる?2013年9月17日 田中 宇米軍系の新聞であるミリタリータイムスが先週、現役米軍兵士750人強に聞き取り調査をしたところ、75%がシリアに対する軍事攻撃に反対していることがわかった。また80%が、シリア内戦に介入しても米国の国益にならないと考えている。米軍は財政難で防衛費が足りないのだから、無益なシリア空爆などしない方が良いというのが米軍の総意だ。 (Troops oppose strikes on Syria by 3-1 margin) 米国の一般市民を対象にした別の世論調査によると、シリア空爆に反対している米国民は64%なので、米軍の要員は、米国の一般市民より多くの割合で、シリア空爆に反対していることになる。米軍は、制服組最高位の統合参謀本部長から兵卒までの多くがシリア空爆に反対している。私が日々読んでいる英文情報の中には、今回のシリア空爆騒動が始まった当初から、米軍内で空爆に反対する声が多いと指摘するものがあり、私はそれを最近の有料記事に書いたが、今回のように軍内の反対を具体的に示した情報は初めてだ。米国で大統領が計画する戦争行為に対し、開始前から米軍が反対するのは前代未聞だ。大変に異例な事態が米国で起きている。 (シリア空爆策の崩壊) 米議会下院で空爆への強い反対論もあり、オバマ政権は、9月14日にロシアのプーチンの提案を受諾し、シリアを空爆する計画を引っ込め、米露協調でシリアの化学兵器を撤去していく計画に移行している。オバマ政権は「ロシアが意外に良い案を提案してきたので、やらせることにした」という態度で「まだシリアを空爆する選択肢は消えていない。必要なら空爆する」と強がりを言っている。しかし実際のところ、米軍の上から下まで、これだけ強く反対しているとなると、そもそも現実的に、シリア空爆は困難だった。シリア軍が反攻するだろうから、空爆が当初の計画どおり2−3日で終わる可能性は低く、戦争が長期になり、米軍内の反対によって停戦せざるを得なくなっていただろう。 (Obama welcomes Syria chemical weapons deal but retains strikes option) 米国がロシア案に乗ることになったので、シリアの首都ダマスカスでは、安堵感が広がっているという。米国はまだ空爆の選択肢に言及しているが、実質的に空爆の可能性は遠のいた。シリア政府が国連の計画どおり化学兵器を廃棄していくなら、次は内戦を終わらせる和平会議となる。 (Syria Relief, hope in Damascus after US-Russia deal) 国連のロシア案では、来年半ばまでにシリアの化学兵器をすべて撤去することになっている。内戦が続くシリアで、1年以内に化学兵器を撤去するのは困難だ。撤去要員を反政府勢力の攻撃や強奪から守るため、国連(米露?)が7万人の地上軍を派遣する必要があるとの説も出ている。これについてレバノン・シリアに詳しい英記者ロバート・フィスクは「シリア政府は、反政府派に強奪されるのを防ぐため、すでに以前に化学兵器をシリア国内のロシア軍基地に置いているのではないか。だから1年以内という短期間で化学兵器の廃棄ができるという計画なのでないか」という趣旨の考察をしている。 (There is something deeply cynical about this chemical weapons `timetable') (US-Russia deal demands many ground troops in Syria. Here's why) 全体として、オバマの今回のシリア空爆策を裏の思惑のないまっとうな戦略と考えると、あまりに稚拙なものと言わざるを得ない。オバマは、国連調査団が調査を終える前に空爆を強行しようとした。この無茶のせいで、米議会の多くの議員が空爆反対に回った。米国の諜報界が、化学兵器の使用者がシリア政府軍であると言い切れないという報告書を出してきたのに、オバマはそれを無視し、シリア政府軍の犯行と結論づける報告書を発表した。オバマが空爆によって助けようとしていたシリア反政府派の軍事的な主力はアルカイダで、オバマは仇敵のはずのアルカイダに味方してしまった。そして加えて、米軍の強い空爆反対があった。 8月末の最初のタイミングで1−2日間の空爆を挙行していたら、別の展開になっていたかもしれないが、まだ夏休みだった議会に諮ることにするなど、時間をかけてしまったので、シリア空爆策は失策になった。後になるほど、米国にとって不利な情報が暴露される。たとえば軍事分析企業のジェーンズは9月15日に「シリア反政府派の武装勢力は10万人で、1千ほどの小集団にわかれており、アルカイダ直系(Jabhat al-Nusra)が1万人、それ以外のアルカイダ(聖戦士)が3万−5万人、その他のイスラム過激派が3万人、のこる1万−3万人が世俗派(イスラム主義意外の勢力)」とする報告書を発表した。反政府勢力が世俗派中心なら、米国の支援に意味があると主張しうるが、イスラム過激派が過半となると、むしろ米国の敵である。 (Jane's Report: About Half of Syria Rebels Are Jihadists) オバマは賢い人であるはずなのに、これだけやり方が稚拙だと、シリア空爆策に裏の意図があったのでないかと考えてみる必要が出てくる。「軍産複合体が武器消費を狙ったから」とか「カタールの天然ガスを地中海に運ぶためのパイプラインをシリアに通したかったから」といった、空爆の実行と成功を前提としたよくある裏読みでなく、最初から空爆しないつもりで稚拙な空爆策を出したとしたら目的は何か、という分析だ。 (It's not about the chemical weapons, it's about the Syrian pipeline) 空爆をやめてロシア案を遂行することになった後、オバマは「シリアに化学兵器開発をやめさせる策を、ロシアにやらせる(下請けする)ことにした」という態度をとっている。さらには、シリアの化学兵器問題の解決を皮切りに、中東の諸問題を外交解決していく勢いを増加させ、ロシアが主導してイランの核問題を解決していくとか、米国とイランが外交交渉を再開するとか、イスラエルの化学兵器と核兵器も廃棄の俎上に乗せるといった構想が相次いで飛び出してきている。 (Obama invites Rouhani to join great game) オバマは、自分のシリア空爆策の失敗をロシアが防いでくれたという、ばつの悪そうな態度ではなく、最初からシリアの化学兵器やイランの核兵器の問題を解決するために動いていたかのような態度をとっている。これは単に、オバマが自らの面子を保つため、その場しのぎの都合の良い態度を連続的にとっているだけと考えることも可能だ。しかし、シリアやイラン、イスラエルの大量破壊兵器の除去、中東の内戦や相互敵対の解消といった、シリア空爆策のロシア案への転換によって急速に見えてきた中東外交の新たな地平は、国際社会が何十年も(建前上)求めて実現できなかった中東の安定化である。 「オバマは意図せず、無意識のうちに、中東を長期的に安定化しそうだ」と分析する記事も出ているが、シリアだけでなく、イランやイスラエルに関するいくつもの安定化策が一気に噴出していることから考えて、単なる偶然の結果として出現したものとは考えにくい。オバマは、シリア政府に化学兵器使用の濡れ衣をかけて空爆する策をぎりぎりまで進めつつ、実際のところ要所要所で譲歩し、好戦派が牛耳ってきた米議会で反戦派を台頭させ、国連で米英案に反対するばかりだったロシアや中国が実質的な中東安定化策で動き出すよう押し出し、シリアやイランが譲歩しやすい政治環境を作るという、裏の戦略を持っていた可能性がある。 (Obama Might Unwittingly Lead U.S. to a Decade of Peace) 連邦議会など米政界では、共和党を中心に席巻していた好戦的なタカ派やネオコンの力が衰えている。2011年の総選挙以来、米議会の共和党では、政府権限の縮小を求めるリバタリアンが増加し、旧来の保守派(パレオコン)も反戦的になり、今では民主党より共和党の方が戦争に反対する傾向が強い。オバマのシリア空爆策が意図的な失策であるとしたら、米政界に残っていた好戦派を稚拙な戦争計画で誘い出した挙げ句、タイミングの悪い譲歩によって好戦派の信用を失墜させて無力化したことになる。 (The War Party No Longer? Neoconservative Influence on Republicans Declining) 最近「オバマは09年にもらったノーベル平和賞を、空爆回避策を出したロシアのプーチンに譲り渡すべきだ」という主張が米国の反戦派などから出ている。しかし、もしオバマが最初からシリアを空爆しないつもりで、反戦派や露中を台頭させて中東を安定化し、好戦派を潰す隠れた意図によって空爆策を出してきたのなら、オバマはノーベル平和賞に値する。 (Give to President Putin the Nobel Peace Prize Mr. Obama was given in 2009) オバマより一つ前の米民主党政権である90年代のクリントン政権は、米国の覇権を維持しつつ、国際協調主義を拡張し、ロシアや中国にも覇権運営に参加させようとしたが、米国内の好戦派に阻止され、次のブッシュ政権の単独覇権主義につながった。ブッシュがイラク侵攻やリーマン危機で米国の覇権を大幅に浪費した後、オバマ政権が尻ぬぐい的な建て直しや延命策をやっているが、好戦派による妨害が多い。好戦派はマスコミを握っており、オバマは「世界に対して寛容になれ」といったような直截的な協調主義の言い回しを使えない(弱腰と言われてしまう)。オバマがクリントンの戦略を継承するなら、好戦策を過剰にやって崩すしかない。 ロシアや中国は、オバマの裏の作戦を知っているかのようだ。国連がシリアに派遣した化学兵器調査団は「8月21日にシリアで化学兵器を搭載した地対地ミサイルが発射されたのは確かだ」とする報告書を発表したが、誰が化学兵器を使ったのかは明らかにしていない。報告書は、人々が最も知りたい点が抜けている。安保理常任理事国である露中は、この曖昧な報告書に対して書き直しを要求できたのに、それをしなかった。露中は「シリア政府軍の犯行だ」と主張したこぶしをおろせないオバマの面子を立ててやったとしか考えられない。 (UN says `clear' evidence of chemical weapons use in Syria attack) シリア内戦を外交策で解決していけそうな流れを生み出したロシアのプーチン大統領は、次にイラン核問題を外交策で解決しようと動き出している。プーチンは9月14日、中央アジアのキルギスタンで開かれた上海協力機構の年次サミットで、サミットに出席したイランのロハニ大統領と会談し、近くプーチンがイランを訪問するなど、イラン核問題の解決について話し合った。 (Report: Putin to travel to Iran for nuclear strategy talks) イラン核問題は、マスコミが報じるような「イランが核兵器を開発しようとしているのを国際社会が止める」問題でなく「イランは核兵器を開発していないのに、米国がイランに核兵器開発の濡れ衣を着せて侵攻しようとしているので、国際社会が米国につき合っている」問題だ。問題の解決には、イランでなく米国の方針転換が必要だ。 (イラン制裁継続の裏側) (イラン危機が多極化を加速する) イランでは8月に政権が、過激な発言のアハマディネジャドから穏健的なロハニに代わった。ロハニは9月24日に国連総会で演説するため、間もなく訪米する。この訪米時に、オバマとロハニが会談するのでないかという話が出ている。米大統領府は「会談の予定はない」と発表している。だが2人の会合は、会談でなく、国連本部の廊下で2人が偶然にすれ違い、せっかくだからと言いつつ近くの部屋で短時間の話し合いを持ったという形式になるだろうから、大統領府が「会談の予定」を否定しても、会談が行われる可能性は残っている。米イランの首脳が会うとしたら、それは1977年のイラン革命前にシャーとカーターが会って以来のことだ。 (Iran's Rouhani may meet Obama at UN after American president reaches out) ('Obama won't meet with Iran president') 最近オバマはテレビのインタビューで、ロハニと手紙でやりとりしていることを認めている。国連総会でオバマとロハニが会わないとしても、米イランが核兵器問題を解消していきそうな感じが増している。地政学的な転換に敏感な英国は、いちはやく、国連総会に来たイランと英国の外相が会談することを決めた。それも、英国がイランに申し入れたのでなく、イランの方がロハニのアカウントでツイッターで「外相会談しても良い」とつぶやき、英国外相がそれにリツイート(つぶやき返し)で応えるという、表側だけ見るとおしゃれな流れになっている。流れはすでに「シリアだけでなく、イラン問題も外交解決」だ。 (Obama 'reaches out' to Iranian president and sets stage for first meeting since 1979 revolution) (Slowly, US and Iran Prepare for Direct Talks) イラン核問題の焦点の一つは、イランが医療用同位体として精製している20%濃縮ウランだ。このウランについてイランは最近、同位体製造用の原子炉の燃料として転換したので、濃縮ウランの在庫量が大幅に減ったと発表した。ロハニが国連総会の演説で、ウラン濃縮の停止を発表する可能性も取り沙汰されている。イランは、シリア問題で米国がロシア案に乗ったことを「米国の合理性が示された」と礼賛し、この合理性に乗ってイランと協調してほしいと米国に提案している。 (Iran Reduces Enriched Uranium Stockpile) (Israel is ignoring the neighborly hand extended by Iran) (Iran Praises US on Syria Deal, Calls for `Mutual Trust') これらの米イランの歩み寄りは、シリア対策を皮切りとするプーチンの外交策と同期している。米国のケリー国務長官は、シリア空爆騒動の前から頻繁にロシアを訪問しており、表のシリアやイラン問題の話し合いだけでなく、何らかの「裏」の話し合いがあった可能性もある。だが表向き、こうした裏のつながりは、まったく存在しないことになっている。米国の宣伝機関は、プーチンが国際的に評価されていることすら、米国民に伝えたがらない。週刊誌「タイム」の9月16日号の主力記事と表紙は、米国以外の全世界で「プーチンの台頭」に関するものだったが、米国だけは「大学スポーツはエンターテインメントだから金を払うべき」だった。 (Time magazine hides Putin's success from US voters) (TIME Cover Story: It's Time to Pay College Athletes)
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