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日本経済を自滅にみちびく対米従属

2013年1月29日   田中 宇

 教員など公務員の退職金が引き下げられることになり、担任学級の生徒をほったらかしにして引き下げ前に駆け込みで退職する教師の「強欲」と「無責任」が、マスコミでやり玉に挙がっている。地方公務員の給与も、今夏から引き下げられることになった。「国家公務員に比べて地方公務員の給料が高すぎるので引き下げは当然だ。文句を言う地方公務員は傲慢だ」というマスコミの論説が目立つ。

 たしかに、公務員は大して働かずぬくぬくと良い給料をもらっているかもしれない。どこの企業の正社員にもなれず、不安定で低収入のアルバイトしかない若者や中高年が増えて「小役人」をうらやましいと思う気持ちが世間に広がっている。しかし、なぜこのような、民間に勤める人々の、役人に対する怒りを掻き立てるような報道が出るのかを考えてみると、本当の問題が公務員の給料でないと感じられてくる。 (Japan to cut reliance on bond sales

 公務員の給与や退職金を引き下げるのは、政府支出を減らすためだ。政府支出を減らさないと国債発行・財政赤字を増やさねばならない。国債発行をこれ以上急増すると、日本国債に対する信頼が失われ、国債金利が急上昇し、政府の国債利払いの負担が拡大するとともに、インフレがひどくなる。「悪しきデフレをなくせるのでインフレは歓迎だ」と考える人がいるだろうが、国債の信頼が失われると、インフレが目標値の2%をはるかに超え、管理不能な状態で上昇する。日中関係の悪化で中国との経済関係を急減させていることもあり、日本企業の不振が拡大している。税収は増加しにくい。安倍政権は、公務員への支払いなどを減らして政府支出の増加に歯止めをかけ、国債の新規発行を減らす必要に迫られている。 (Japan records its largest trade deficit

 日本の大都市圏は民間企業の活動が活発だが、地方は民間が弱く、公共工事や公務員の給与といった公的支出が経済を支えている。公務員の給与や退職金を削減すると、地方経済の打撃がひどくなる。地方交付税交付金の減額と合わせ、日本の地方は貧しさが加速しそうだ。日本は経済力が低下して地方を下支えする余力が失われ、地方の切り捨てが進んでいる。安倍政権は日本経済の再生をめざしているが、人々の所得が減って消費力が落ちる中で、経済の再活性化は困難だ。日銀の円増刷によって株価は上がるが、これとて、外国人投資家の間では「日本株の上昇は長続きしない。いつでも売り逃げできるようにしておいた方が良い」と言われている。 (Japan: the big easing - investors should keep close to the exit

 その一方で日本政府は、尖閣諸島の土地国有化などで中国との軍事対立を煽動した結果、米国からの輸入を中心に、兵器購入を急増「させねばならない」状況になっている。公務員給与や国民生活の行政サービスを低下させねばならない一方で、軍事費は従来の1%上限を突破して急増せねばならない。米国の軍産複合体は喜び、日本は、何より大事な対米従属を続けられるという官僚機構にとっての利点があるものの、それは国民の生活苦の加速の上に成り立っている。加えて日本政府は、2月から米国産牛肉の狂牛病に関する輸入制限を緩和するなど、貿易面の対米従属感もあらわにしている。

▼米国債の揺らぎに負けぬよう日本国債を揺るがす

 日本の財政緊縮と国債の関係については、別の見方もできる。日本国債の91%は、政府の言いつけを聞かざるを得ない日本の金融機関など国内勢が買っている。日本国債の信用は失墜しにくい。財政赤字がGDPの2倍でも、政策運営が下手でなければ、日本国債は急落しない。それなのに国債急落(信用失墜)が起こりそうなのは、日本政府が野田政権の末期から、巨額な財政赤字に上乗せして経済対策と称する国債大増発を加速したり、政府が日銀に圧力をかけて国債の買い支えを迫ったりして、国債の過剰発行感を煽っている部分があるからだ。財政運営が非常に下手だというよりも、米国債の揺らぎに負けないよう日本国債をわざと揺るがせている感じだ。(国債大量発行の結果、日本国債の外国人保有率が5%から9%へと急増し、日本政府に義理立てる必要がない外国勢が売り放ちによって金利上昇を起こしかねない部分もある) (Foreign holdings of JGBs hit record

 経済建て直しのために財政赤字を急増し、中央銀行が国債を買い支え、通貨を大量発行して為替を安値に誘導するとともに、市場を資金過剰にして資金を株や債券などに流入させて株価など金融相場をテコ入れして経済が発展しているように見せかける。これらはリーマンショック後、米当局が行ってきたことだが、昨年秋に米連銀がドル大量発行と米国債買い支え(QE3)を加速した後、日本の当局も米国に追随するようになった。日銀はいやがっているが、日本政府は、経済面の対米従属を加速している。財政難解消のために、公務員給与や教育関連費など国民生活に直結する支出を削減する一方で軍事費を増やすやり方も、米国が先行している。政府が「財政破綻」をちらつかせるやり方も、日本が米国の真似をした感じだ。 (Fears of Japan budget disaster overblown

 財政赤字の拡大そのものや、不動産担保債権バブルの崩壊などに関しては、日本の方が「先輩」だ。日本は1990年代から財政赤字の拡大が問題になったが、この時期、米国は債券金融の急拡大をテコに財政赤字を急減させた。日本は70-80年代に米経済をしのぐ発展をして、日本が経済面で米国を抜きそうになった。だが日本は、米国を抜いてしまうと対米従属が続けられなくなる。米国は70年代初頭以降、在日米軍の撤退案など、日本に自立を迫っていた。

 そのため日本の官僚機構は、80年代末の不動産担保債権のバブル崩壊を長引かせて「失われた20年」の状態を作り出し、日本が米国を抜かないようにして、対米従属を維持した。日本人はもともと質素倹約の国民性を持つ。それが日本人の自慢でもある。官僚がその気になれば、この国民性を活かし、黒字財政を維持できたはずだ。だが冷戦終結までの米国は、まるで英国からもらった覇権を捨てたいかのように、財政の大盤振る舞いによって常に自滅的に財政赤字に悩み続けた。もし日本が、質素倹約の国民性に沿って黒字を増やし、隆々と発展を続けていたら、米国はアジアの地域覇権を日本に押しつける態度を強め、日本は対米従属を続けられなくなっていた。 (米国を真似て財政破綻したがる日本

 それは困るので、日本の官僚機構は、90年代初めの金融バブル崩壊を長引かせるとともに、経済再建のためと称して財政赤字を急拡大させ、GDPの200%という先進諸国で最悪の財政状況にした。日本国債や円の格付けを意図的に引き下げ、米国から覇権を押しつけられないようにした。その上で、口だけ「財政の健全化が必要だ」と言っていた。米国は、アジアの地域覇権を日本に譲渡することをあきらめ、代わりに中国に与えることにした。中国は譲渡を受け入れ、昨今の中国の台頭として具現化している。こうした流れは「覇権のババ抜き」とでも呼ぶべきものだ。 (行き詰まる覇権のババ抜き) (アジアでも米中の覇権のババ抜き

 このような流れの延長に、今の安倍政権の動きがある。米国は2001年以降、イラク侵攻やリーマンショックといった自ら誘発した大失敗を引き起こし、ブッシュ前政権がセットした軍事費やメディケアなどの大盤振る舞いの構造によって財政が黒字から大赤字に転落し、米議会の二大政党が財政議論で延々と対立して財政再建を阻止し、米連銀が景気対策と称してドルの大量発行と米国債買い支えを拡大し、金融相場で測った上っ面の経済状態は良いが実体経済は悪化している。米国は全体として覇権の自滅に向かっている。日本が何もしなければ、米国より日本(や中国)の経済が注目されるようになり、円高(というよりドル安)にもなり、米国は日本に再び自立を迫るようになる。 (米金融界が米国をつぶす

 しかし、日本政府(官僚機構)は、米国側の自滅的傾向に合わせて自国の自滅的傾向を強めている。円高はエネルギーなど輸入価格の下落という良い面もあるのに、円高を悪と決めつける「経済専門家」が横行している。最近の日本は、企業の開発力が落ちて円安の輸出メリットが減るとともに、エネルギー輸入の赤字増によって過去最大の貿易赤字になっているのに、まだ円高は悪だとしか言われていない。

 工業製品の生産拠点が中国など低賃金諸国に移ったことによる価格低下(価格破壊)が進んでいるのに、それを「専門家」たちは「悪しきデフレ」と言い募り、デフレ解消のための通貨増刷が望ましいと言う。これらは対米従属を維持するための、ドル高や、弱まる米国よりさらに弱い日本を作るための策なのだが、それを指摘する言説を「素人」扱いして排除・無視する構図も用意されている(経済学は英国で発祥した時点から、政治目的に沿った詭弁で世論を動かすためのものだ。経済学を、純粋学問とか科学だと思っている人は政治感覚が鈍い)。日本国債の信用失墜による金利高騰とインフレ激化という惨事が懸念されるので、これ以上の国債発行ができず、公務員給与の削減などの支出削減をせねばならない事態なのに、そうした危険な現状は無視され「インフレにするのは良いことだ」という主張が広く信じられている。

 こんな状況下だが、円の番人である日銀は、円をドルより先に自滅させることで対米従属を維持しようとする官僚機構(財務省など)に、弱いながらも抵抗をしている。日銀は、政府からの圧力を受け、来春から毎月13兆円ずつ短期国債を買い支えることになった。国債買い支えは、国債と通貨の両方にとって非常に不健全だ。日銀は、最大限の抵抗として、買い支えの(明示的な)開始を来年春まで伸ばした。わずか1年の延長だが、ひょっとすると、これが日本を破滅から救うかもしれない。というのは、米国の金融財政も、いつ崩壊してもおかしくない状態が続いているからだ。

 米政界では今、財政の崖と財政赤字上限という2つの問題がある。「財政の崖」は、2011年に米議会とオバマ大統領が結んだ「議会が議論しても財政赤字を減らせないなら、自動的・強制的に支出削減と増税を発動する」という約束に基づき、支出削減と増税の発動を行うもので、元旦に予定されていたが2カ月延期された。延期期間が終わる3月2日に発動されるか、再延期される。「財政赤字上限」の問題は、昨年末に米政府の財政赤字額が法定上限の16・4兆ドルに達し、共和党が上限引き上げに反対しているので、米政府は緊急のへそくりで運営されているが、これが2月に切れそうなことだ(米政府はこれまで2-3年ごとに赤字上限に達し、そのたびに議会で財政緊縮議論が紛糾しつつも上限が引き上げられてきた)。 (House passes short-term debt-limit extension

 1月23日、米議会下院の共和党が、それまで反対してきた財政赤字上限の3カ月分の引き上げに応じることを決定し、赤字上限問題の期限は今年5月まで延期された。これで米財政の問題はとりあえず解決したと感じられたが、実はそうでなく、もう一つの財政の崖が3月にやってくる。これも再延期されるのかもしれないが、2-3カ月ずつの再延期を繰り返していくことは、米財政が不健全な状態にあることを米内外に告知する効果があり、延期もまた財政金融の危機を招いている。今は相場的に絶好調な債券市場が急落に転じる懸念が続いている(リーマンショックの元凶であるサブプライム危機の時も、直前まで債券相場は絶好調だった)。 (US faces fresh financial shock

 米国の金融財政危機は、米議会や連銀などが人為的に起こしている部分が大きい。来年春までの間に、大きな危機が再発する可能性はある。もし日本の財政崩壊より先に米国のドルや金融市場が壊れれば、全体の状況が変わり、対米従属維持のために米国より先に日本を自滅させようとする従来の日本のやり方が通用しなくなり、日本は政策転換を迫られるかもしれない(米国が崩壊しても日本は姿勢を転換しないかもしれないが)。

 日本の現状を見ると、国内から国策の転換をはかる動きは期待できない。官僚とその傘下の学界、マスコミなどは、対米従属を維持する方向の言論で強く固まっており、それ以外の方向性が出てくる兆しが見えない。末法的な状況だ。他力本願ではあるが、日本の崩壊を回避するには、米国に先に崩壊してもらうしかない。

 今の日本の不調そのものは米国の責任でない。勝手に自滅しようとしている米国のやり方を、対米従属し続けようとする日本が勝手に真似て自滅しようとしているだけだ。米国を敵視するつもりはない。しかし日本の崩壊はいやだ。官僚独裁が延々と続く日本の「国家」を支持する気持ちは失われているが、日本の人々と風土と自然をこよなく愛する者として、米国が先に破綻してくれることを、八百万の神仏に祈願するばかりだ。



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