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李明博の竹島訪問と南北関係

2012年8月11日   田中 宇

 韓国の李明博大統領が8月10日、韓国大統領として初めて竹島を訪問した。訪問に際し韓国軍は、大統領の身の安全を守るためと称し、高度の警戒体制を敷いた。まるで、日本側が、竹島訪問中の李明博を殺害しようと攻めてくるのでないかと疑っているかのようだ。韓国政府は事前に、日本政府に李明博の訪問予定を伝えてあった。 (Military conducts security operation amid Pres. Lee`s Dokdo visit

 韓国軍は今月中に、竹島周辺で「島を防衛するため」の軍事演習を行う予定だ。この演習の仮想敵も日本だろう。韓国にとって日本は、親しい国から敵国に急転した。日本は駐韓国大使を召還し、日韓関係は劇的に悪化している。 (Korea to conduct defense drills near Dokdo

 この時期に李明博が竹島を訪問したのは、韓国で日本の植民地支配から解放されたことを記念する光復節になっている8月15日を数日後に控えているからだろう(五輪サッカー3位決定戦前日の人気取りとの見方もあるが)。08年からの李明博政権は、ブッシュ政権以来強硬姿勢になった米国への同調を強め、米韓関係を強化することを目的に、北朝鮮との敵対を煽る国家戦略をとった。李明博はこの戦略の一部として、日本との関係を悪化させない姿勢をとり、韓国の世論が竹島(独島)問題で日本敵視を強めても、韓国政府はそれに乗らないようにしていた。李明博の竹島訪問は、韓国政府が国家戦略を大きく転換することにしたことを示している。 (米中のはざまで揺れる韓国

 韓国の大統領は任期5年で再任が認められない。李明博の任期はあと7カ月で終わる。李明博が竹島を訪問し、日韓関係を悪化させることにしたのは、おそらく、彼が属してきたセヌリ党(旧ハンナラ党)の次期大統領候補になるだろう朴槿恵(パク・クネ)が用意している次政権の国家戦略と関係している。今年12月の大統領選挙で与野党のどちらが勝っても、来年、韓国が次の政権になったら、韓国の対北朝鮮戦略は、敵対扇動から対話重視に転換するだろう。 (Japan recalls envoy over island dispute

 北朝鮮とも日本とも米国とも中国とも仲良くする国家戦略が可能なら、それに越したことはないが、今まで北朝鮮を敵視し、それを国民の政府批判をかわすはけ口にしてきた韓国政府は、今後もし北と仲直りするなら、どこかに別の敵を作らねばならない。米国は衰退しているものの覇権国で、中国は次のアジアの覇権国なので、米中とは関係を悪化できない。残るは日本だ。日本は衰退しているし鎖国傾向を強めており、日韓関係の悪化は日本にとっても好都合だ。李明博が竹島を訪問したら、日本は韓国の思惑どおり激怒してくれて、羽田国交相が韓国への報復として靖国神社に訪問する姿勢を見せるなど、韓国に好都合な展開になっている。 (Pres. Lee`s visit to Dokdo

 日本は、尖閣問題では「政府買い上げ」で中国との対立を扇動している。北方領土問題では、日本が消極姿勢をとっているうちにロシアの方から喧嘩を買ってくれて、メドベージェフ首相が7月初旬に国後島を再訪した。「対米従属がダメなら鎖国」という国家戦略であるらしい日本の官僚機構にとって、うってつけの展開となっている。 (Russia-Japan territorial row flares up

 北朝鮮は従来、竹島問題で日本と韓国の両方を批判する態度だった。だが今回、日本政府が先週発表した防衛白書で竹島の領有権を明記した(05年から明記)したことについて、北朝鮮の国営マスコミが「日本は独島(竹島)を乗っ取って朝鮮半島再占領への足がかりに使おうとしている」と批判した。韓国が北敵視・対日協調から日本敵視・対北協調へと転換しそうな流れに、北朝鮮が乗っている感じだ。尖閣諸島が、台湾と中国にとって日本を共通の敵にしうる問題であるのと同じ構図だ。日本が新国是として鎖国を進めていることが、日本を共通の敵にして韓国北朝鮮や中国台湾が接近することにつながっている。 (South Korean President Visits Disputed Islets

 日韓は今年、史上初の防衛協定を結ぶことを検討していたが、調印前の6月、韓国側が締結を棚上げすることを決めた。今にして思えば、これが今回の李明博の竹島訪問につながる、韓国の対日協調から敵視への転換の最初の動きだった。協定棚上げは、韓国で従軍慰安婦問題が再燃して世論の日本敵視が強まり、日本と協定を結ぶなという圧力が李明博政権にかかったからとされている。慰安婦問題の再燃も、対日政策を協調から敵視に転換するために、韓国内のいずれかの勢力が世論を扇動したと推測できる。 (SKorean president makes surprising visit to disputed islets, draws quick protest from Japan

(このように書くと、それを「悪」とみなし、君は自国の戦争責任をどう思っているんだと噛みつく人がいるが、そのような姿勢こそ、戦争責任問題が政治的・恣意的に取り決められた善悪観に基づいているという、国際政治を見る際に不可欠な視点を潰し、日韓双方の人々を思考停止に追いやっている点で「悪」である。日本の右翼は対米従属の傀儡だが、実は左翼も、国際政治に対する日本人の能力を低いままにしておく点で、対米従属の維持にとても役立ってきた。だからこそ、米国の支配下にあった戦後の日本で、役所も教育界も市民運動も、すべて左翼が席巻できたのかもしれない)

 米国当局は、日韓に防衛協定を結ばせて協調を強めさすことで、これまで日本と韓国がバラバラに対米従属していたハブ&スポーク型の東アジアの国際関係(覇権体制)を、少しずつ多極型に軟着陸させようとしていた。日韓ともに対米従属に固執していたので、日韓は何の防衛協定もないままやってきた。6月末の日韓の協定交渉の破談で、話が振り出しにもどった観もあるが、逆の見方もできる。韓国が今後、日本を敵視する代わりに北朝鮮と対話していくなら、それは南北和解、在韓米軍の撤収、東アジア多国間安保体制の確立へと進む道であり、韓国は対米従属を離脱していくからだ。日本も対米従属を続けられなくなり、日韓は防衛協定を締結するだろう。

 北朝鮮では、中国式の経済自由化を進めたい張成沢・金敬姫の権力夫妻(金正恩の摂政役)が、韓国との敵対維持が不可欠な軍部を権力の座から追い落としている。軍の最高位だった李英鎬・参謀総長が更迭され、鉱物資源の輸出政策など、これまで軍が仕切ってきた利権的な経済運営の権限が内閣に移管された。これら一連の動きは、昨年末に金正日が死去したことで始まっている。この動きが出てきたのを受けて、韓国は、対北戦略を敵視から協調に転換したのだろう。 (North Korea Said to Remove Military's Lucrative Export Privilege) (◆経済自由化路線に戻る北朝鮮

 北朝鮮は今後、中国からの経済的影響が大きくなるだろう。韓国が従前どおりの対北敵視・経済関係縮小の姿勢を続けていると、韓国が得られそうだった北朝鮮の経済利権がどんどん中国に奪われる。中国は強くなる一方で、韓国が失った利権を取り戻すのは困難だ。韓国は、対北戦略を早く協調方向に転換する必要がある。だから来年、北核問題の6カ国協議が進展する可能性がある。

 もし今後、韓国と北朝鮮、米朝が敵対をやめていくとしたら、東アジアの国際構造が劇的に変化し、新たな経済利権や市場が生まれる。対米従属しか見えない日本の上層部は、新たな国際利権や市場などどうでも良いと思っているようだが、旧覇権国として利権の嗅覚が鋭い英国の動きは、日本と対照的だ。英国は、クリントン政権が米朝関係正常化の一歩手前まで進めた直後の2001年から、平壌に大使館を開いている。先日は、英国の外交官が、平壌の新しい遊園地を視察した金正恩と一緒にローラーコースターに乗っている写真が世界に配信され、同盟国の米国が北朝鮮を敵視する中、英国が巧妙に、目立たぬよう「次」に備えていることが確認された。 (UK official joined Kim on fairground ride

 英国の動きからは、裏表のある「ずるい」やり方、善悪観を能動的に歪曲するやり方こそが、国家の繁栄を長続きさせる秘訣であるとわかる。日本人が好む「いさぎよさ」は、その対極にある。日本は、冷戦後の25年間(もしくは米国の衰退が始まった1970年からの45年間)に、対米従属に固執して他の選択肢を排除し続けた結果として今後、長期低落を続けるだろう。朝鮮戦争による冷戦構造の定着の時のような、意外な神風的なことが起こるかもしれないが、神頼みがうまく行って受動的国民性を続けるより、一度どん底まで落ちて能動的に考えるくせを付けた方が、長期的に良い。米英の真似をするなら、能動的に考える点を真似るべきだろう。



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