世界のお荷物になる米英覇権2011年12月29日 田中 宇世界経済にとって、来年は今年よりも大変な1年間になるだろう。ユーロが崩壊するかもしれないし、EUの次に中国に金融危機が波及するかもしれない。私が見るところ、ユーロ危機は、米英の金融界がドルを防衛するためにユーロの国債市場を揺さぶり、危機を引き起こしている。英国政府は、ユーロ崩壊に対する準備を進めているという。ユーロが崩壊したら、欧州大陸は経済・社会の全面で大混乱に陥り、大陸から英国に資金や人々の逃避がなだれ込むので、英国は欧州に対して国境を閉鎖し、ポンドの高騰回避策に終われるという。 (Treasury plans for euro failure) ドル防衛を目的とした、他の基軸通貨候補に対する次なる攻撃として、中国の金融バブル崩壊を利用した中国潰しが待っている。米英のヘッジファンドはすでに今秋、軸足を欧州から中国に移動したといわれている。 (Hedge fund alarm bells are ringing over China) ドルが復活するには、米国自身の経済的な建て直しが必要だ。EUや中国を潰しても、代わりの基軸通貨が消えてドル崩壊が先送りされるだけで、ドルの覇権維持のために世界経済全体を潰していくという、タコが自分の足を食って延命を試みるという俗説の構図であり、ドルの脆弱化に対する根本的な解決策になっていない。 米経済を立て直すのは年々難しくなっている。米議会が政府の財政赤字を急減する合意に達せられないことは、今夏以来の展開で明らかになった。来年以降も財政赤字が増加し、ドルや米国債が持つ潜在的な信用力の低下が続く。米経済は、金融界だけが自走式の債券金融システムによって延命しているが、実体経済は悪く、実質的な失業が増えて中産階級の没落が進んだ結果、米国民の48%が、貧困もしくは準貧困の生活を強いられている。米国の子供の57%が貧困家庭に育っている。 (Census shows 1 in 2 people are poor or low-income) 米金融の多くは不動産を担保にしているが、米国の住宅価格は少なくとも来年いっぱい下落傾向が続く。米経済を立て直せない以上、米国は、投機筋の力でユーロや中国を次々に潰していく金融戦争によってしか、ドルや米国債、米国の覇権体制を維持できない。 米国がこんな弱い状態になったのは、米国の中枢に一勢力として、米英覇権を自滅的に崩壊させ、世界の体制を多極型の覇権体制に転換しようとした多極主義の勢力がいたからだと、私は考えてきた。前ブッシュ政権の、過剰なイスラム敵視による中東戦略の失敗と米軍の力の浪費、サブプライム債券危機をリーマンショックにまで発展させた稚拙な金融政策と、リーマンショック直後に、世界的な経済意志決定機関を、米英主導のG7から多極型のG20に取って代わらせたことなどが、彼らの策略だった。その結果、経済的にBRICが台頭し、国連などでの国際政治でも中露や途上諸国の力が強まり、相対的に米英の力が落ちた。 ▼米英覇権を支えるプロパガンダ技能 しかし、多極化の流れを抑止して米英覇権の持続を画策する勢力は、金融界とプロパガンダの分野を掌握している。米金融界には、ポールソン元財務長官や、元連銀議長のグリーンスパンとボルカーなど、米金融界の力を抑止して多極化に貢献する人々もいて、暗闘状態だ。 だがもう一つのプロパガンダの分野は、マスコミでも学界でも、米英覇権を維持しようとする勢力のちからが、今も圧倒的だ。この分野は、マスコミや学界、教育界など、人々の価値観や歴史観、善悪観を形成し、操作する部門だ。最高権威の学術誌を米英が握っているので、地球温暖化問題に見るように「科学的事実」をねじ曲げることもできる。ホロコーストやアルメニア人虐殺、日本の戦争犯罪など「歴史的事実」も、彼らにとって曲げたり延ばしたりできる存在だ。サダムフセインやアルカイダ、金正日などの「悪」のボリュームアップや、アウンサン・スーチーやダライラマなど、人権侵害と戦う英雄作りも得意技だ。 金融界では、米英中心派の道具(金融兵器)であるヘッジファンドやタックスヘイブンを、トービン税の新設や高頻度取引に対する規制などによって抑止していく動きがある。EUは、ユーロ危機を一段落させることができたら、投機筋の道具である高頻度取引を規制するとともに、金融取引を監視できるトービン税を導入していくだろう。 (High-speed trading rules loom) しかし、金融兵器を潰せても、プロパガンダ兵器を潰すことは非常に困難だ。プロパガンダは国民国家と不可分だからだ。国家のプロパガンダ技能は、18世紀末の国民国家の創設とともに始まり、覇権国となった英国が特にそれを研ぎ澄まし、英国だけが善玉を維持し、ドイツなど敵対国は悪玉におとしめるという、歴史を定着する技能を獲得し、これが今に至るまで、英国を世界最強の国にしている。銀行家とジャーナリストが英国を支えていることになる。英国では、ジャーナリストと外交官とスパイが同じ業界の人である。 中国がいくら金持ちになっても、プロパガンダ技能では英米の足元にも及ばない。人々に「わが国のマスコミはプロパガンダだ」と気づかれている限り、まるで素人である。ドルや米国債が崩壊しても、その後の多極化の過程で、米英覇権を復活しようとする勢力が、あらゆるプロパガンダ機能を使って、事態を逆行ないし遅延させようとするだろう。 米国では、前ブッシュ政権や共和党内のネオコンやタカ派といった隠れ多極主義者たちが頑張って、米国のマスコミを過激な右派の論調に引っ張った挙げ句、イラクやアフガンなどで米国の信頼を失墜させる戦略を展開し、米国内の人々のマスコミ不信を扇動し、米国のプロパガンダ機能を麻痺ないし弱体化させようとした(日本も対米従属なので似た展開となった)。これはかなり成功し、米国でも日本でも、マスコミ不信が強まった。 だが同時に、米イスラエルの諜報筋が政権転覆に使える道具として開発されたフェイスブックやツイッターが世界を席巻している。「マスコミはダメだがフェイスブックはすばらしい」と思っている人が多い。5年前ぐらいまで、マスコミが歪曲していると言うと「歪曲しているのはお前だよ」と軽信派の人々に批判中傷された。今では軽信派の人々もマスコミの歪曲を語りたがる。しかし今は、フェイスブックやツイッターを批判すると、5年前にマスコミの歪曲を指摘したときと良く似た批判中傷を受ける。身近な人々からも良くない扱いをされているうちに、偏屈になっていく。偏屈は私の職業病だ(昔は素直な青年だった)。 話を戻す。ネオコンやブッシュに象徴されるように、米国では共和党に隠れ多極主義が強い。大金持ちに対する減税策の停止に頑強に反対し、米国の国力低下の大きな原因となっている貧富格差の拡大と中産階級の没落を引き起こしたのは共和党だ。米議会で財政赤字を削減するための二大政党間の談合を不可能にしているのも共和党だ(民主党にも責任はあるが)。茶会派など、最近の反政府勢力にも共和党勢が強い。共和党のおかげで、米国は内側から崩壊している。最後の仕上げは、今年、孤立主義者のロン・ポールが共和党の大統領候補になることだろう。 (What if Ron Paul wins Iowa - and New Hampshire, too?) ▼いずれ引導を渡される米英覇権体制 米英のプロパガンダ支配の力と、自走する債券金融システムの力が残っている限り、ドルと米国債と米国の政治覇権は延命しうる。米英は延命策として、EUから中国へと経済的な破壊を拡大していくだろう。世界は不況に陥り、悪い状態が長期化する。 しかし同時に考慮せねばならないのは、世界(米英、米欧)の上層にいる人々は、全体の談合によって、今後の世界の方向性を(ビルダーバーグ的に)決定しているように感じられることだ。上層全体の意志として、世界不況が長期化することが好まれない以上、上層の内部に「世界不況を早く終わらせるために、米英中心の覇権体制の延命をあきらめた方が良い」「多極化やむなし」という意見が強くなるだろう。「多極化やむなし」という意見は、すでにリーマンショックの時に強かった。だからG20がG7に取って代わった。しかし、それでも米英覇権の延命をもくろむ人々はあきらめず、今に至っている。 ユーロがつぶれると、独仏だけでなく、EUに巨額の投資をしてきた米英の金融界も多大な打撃を被る。米英金融界は何とか延命しているだけだから、ユーロが崩壊すると米英も金融危機になる。その崩壊の中で、再びリーマン倒産直後のように「多極化やむなし」という声が世界的に強まり、覇権の不可逆的な転換が起こるかもしれない。そこで転換が起きなければ、世界は長期にわたって不況になる。すでに米英覇権は、世界のお荷物になっている。 (A Very Scary Christmas And An Incredibly Frightening New Year) 米英覇権の危機は前回、1970年代にも起きた。しかし前回は85年の金融自由化とプラザ合意などによって、米英覇権の体制を、それまでの軍事主導の冷戦型から、債券システムを活用した金融主導型に転換した。新体制は、米英が再強化されるが世界も儲かるシステムだったので、世界の上層部全体が納得して合意に至ることができ、米英覇権が維持された。多極化(ヤルタ体制)を阻止していた冷戦を終わらせられるので、多極主義者も反対せず、談合どおり89年に冷戦が終わり、ソ連(ロシア)はG7に入った。 金融覇権という新システムが用意された前回と異なり、今回の覇権危機は、代替案がない。いや、代替案はG20や「BRIC+EU+米国」といった多極型のシステムだ。世界は、米英覇権を延命するための世界不況が延々と続くか、もしくは早期に多極化するかの分岐点のあたりをうろうろしている。 二度の大戦で米英覇権が維持された先例から、今回も米国が世界大戦を起こすだろうと言う人もいる。大戦を起こすなら「米中戦争」や「米欧vs中露」しか意味がない(米イラン戦争は多極化阻止にならない)。だが、米国本土が戦場にならず無傷だった昔の二度の大戦と異なり、今は米国が中露と戦争すると、米本土に核ミサイルが飛来し、中露だけでなく米国の経済も破壊されてしまう。この全面破壊の戦争が起きると、米英覇権どころか人類の存続も危うくなる。 すでに述べたように、90年代以降、米英の覇権の主力は軍事から金融に転換している。イラクやアフガンの戦争が象徴するように、今の米国の戦争は、国力を浪費するために隠れ多極主義者がやらかす詐欺的な事業だ。ネオコンやタカ派は最近、イランとの戦争をさかんに扇動しているが、これは米中戦争の前に米イラン戦争を起こし、米軍を中東に沈め続ける画策とも思える。 「軍事的な大戦争をしないと覇権が移転しない」と考える人は、頭が20世紀のままだ。覇権移転をめぐる大戦争は、軍事でなく、金融の分野ですでに起きている。投機筋がユーロや人民元を潰そうとする金融戦争がそれだ。 ゴールドマンサックスのローチは「ユーロ崩壊の影響で中国がつぶれるなら、その前にインドがつぶれる」と予測している。経常収支が中国は黒字だが、インドは赤字だ。今年秋以降、中国よりインドの経済成長の鈍化の方が激しい。人民元は高値だがルピーは急落した。中国は過剰投資で不動産バブルが崩壊すると言われるが、中国の不動産投資は、固定資産投資全体の20%以下、GDP比だと10以下であり、不動産バブルが崩壊しても中国経済はつぶれないとローチは言う。彼は「EUは政治的に絶対ユーロをつぶさない決意があるので、ユーロは崩壊しにくい。ユーロが崩壊しなければ、中国もインドも経済のハードランディングにならない」とも書いている。 (Why India is Riskier than China) ユーロ危機は来年の上半期が正念場だろう。ユーロが崩壊するならその間だろう。1カ国でもユーロから離脱したら崩壊になる。その間に米英投機筋がユーロをつぶせなければ、危機が中国に転移していく可能性は低い。焦点は米金融界に方に戻っていくだろう。 (Mark Mobius Sees End to Euro Crisis by June: Report)
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