遠くに見えてきたユーロ危機の打開策2011年10月18日 田中 宇9月28日、欧州議会(EUの議会)が、EU加盟諸国に、単年度の財政赤字をGDPの3%以下、累積赤字をGDPの60%以下にすることを、罰則規定つきで義務づける規則を可決した。この規制により、来年からEU加盟諸国は、政府が次年度の予算案を決めたら、議会が審議に入る前に、欧州委員会(EUの政策を執行する、政府にあたる機関)と欧州議会に予算案を提出することを義務づけられる。EUの委員会と議会で各国の予算案を調べ、財政赤字がGDPの3%を超えていた場合、EUは、その予算案を加盟国の議会が審議することを禁止できる。各国は、EUの禁止命令に従わない場合、GDPの0・01ー0・05%を罰金として支払わねばならない。 (A Coup in the European Union?) この新規制は、EUの財政統合を進める歴史的に非常に重要なものだ。新規制は、財政とマクロ経済の6つの法令を一括で審議可決したため「6パック」(six-pack)と呼ばれている。6パックは、この1年近く欧州委員会で審議して決定した後、欧州議会にはかって可決された。 (On the way to agreement on the "six-pack") EUは、通貨や市場の統合という経済統合をすでに実施しているが、各国の政治的な国家主権を侵害することになる財政面の統合をほとんど進めてこなかった。国家予算の決定は、各国の議会が持つ国家主権の重要な部分である。EUが、各国の政府首脳を丸め込み、財政統合の重要性を認めさせて条約を締結したとしても、各国の議会に自分たちの主権の一部をEUに譲渡する条約の批准をさせ、財政統合を正面切ったやり方で進めるのは難しい。 今回の6パックは、各国の財政決定権を、正面切ったやり方でなく、1992年に締結されている「マーストリヒト条約」(欧州連合条約)に盛り込まれている、単年度GDP比3%以下、累積60%以下という、財政赤字上限の規則をきちんと実施するための手続き面の新規則という主旨でとらえている。このため、新たな条約の締結・批准をともなわず、大きな報道も行われず、EU加盟国の国民がほとんど知らない間に、財政面の各国の主権を剥奪する画期的な制度変更が実施された。 (European parliament backs `six pack' legislation) 欧州は、情報公開がよく行われ、民主主義や市民の権利を重視する社会というイメージがある。しかし実際には、各国の予算編成権の一部を剥奪してEUに集中させる今回の歴史的な法案が、意図的に目立たないようなかたちで、ほとんど審議もされず、決定されている。民主的な先進国でも、本当に重要なことは、詭弁的なやり方で、こっそり決まることが多い。今回のは、その一例だ。 民主主義を重視する市民運動などは、EUが今回のような非民主的なやり方で各国の主権を剥奪する政治統合を進めていくことに反対している。民主主義の観点からすると、この批判は正しい。しかし欧州は、第二次大戦後ずっと米国(米英)の覇権下にあり、対米従属を強いられてきた。欧州の人々の主権が、米英によって制限・剥奪されている状態だった。欧州各国が統合されて欧州全体としての政治経済力が増す欧州統合は、欧州が対米従属を脱却できる数少ない方法の一つだ。EUは、欧州が地域(多国が構成する広域)としての主権を再獲得する道である。 「ならば、EUが欧州の人々にそれを丁寧に説明して理解してもらい、過半数の支持を集めた上で正々堂々と民主的な手法をとって政治統合を進めるべきだ」という正論がありうる。しかし実際のところ、人々に説明を行うマスコミは、ドイツなど多くの国で、対米従属のプロパガンダ機能の側面があり、正々堂々とやると、欧州統合はたぶん失敗する。正論は、詭弁的な架空のものでしかない。 6パックの新規制は、来年から実施される。来年末までにEU各国は、来年度予算を決める際、財政赤字をGDPの3%以上に増やせなくなる。EU各国の財政は健全化されていき、昨今のギリシャ危機のような、米英の投機筋が国債市場を揺さぶってユーロを危機に陥れることが難しくなる。「来年末までにうまくいけば」という条件つきの、はるか遠くにであるが、ユーロ危機を打開する出口が見えてきた感じだ。 (Change EU treaty to stabilise bloc, says Trichet) とはいえ、ユーロの危機が今後確実に解消されていくかどうかは、まだわからない。6パックの新規制が施行されても、欧州各国がうまく財政緊縮を進めていけるとは限らない。罰金を科せば財政緊縮を確実にやれるというものではない。しかも、新規制がうまく機能する前に、米英投機筋によるユーロ破壊が進み、独仏が結束しても破壊に対抗する救済をやり切れず、ギリシャを皮切りに国債のデフォルトが相次ぎ、ユーロが不可逆的に壊されていく可能性もある。米国のウォール街占拠運動の波及で、反政府デモがイタリアなどで拡大しており、政治混乱が続いている。(占拠運動は、米国ではドルの崩壊を引き起しうるものだが、欧州ではユーロの崩壊を引き起こしうるものであり、反対方向の効果をもたらしている) (Violence in Rome as protests go global) 来年の前半までは、ユーロは気が抜けない状態が続きそうだ。しかし、それを乗り越え、財政緊縮だけでなく、EUがユーロ圏の共通国債の発行までこぎつけることができれば、EUは危機を解消していくことができる。EUが危機を乗り越えれば、危機の焦点は、延命している米国の金融システムに戻る。
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