中国経済の弱さと強さ2011年10月12日 田中 宇米国もEUも金融が危機的な状態で、日本は不況と原発事故の被害を受けている。米欧日すべての経済が悪い中、中国が世界経済を支える度合いを増している。ロシアからは、大統領への返り咲きが内定したプーチン首相が北京を訪問し、中露でユーラシア諸国のインフラ事業などに共同で投資する政府系投資機関の設立を決めるとともに、ロシアの天然ガスを中国に売るための価格交渉の詰めを行った。これまで主に欧州に天然ガスを売ってきたロシアは、新たに中国にガスを売ることで「君らが買わないなら中国に売る」言えるようにして、欧州との価格交渉で優位に立とうとしている。この分野でも中国の存在感が増している。 (Putin Courts China as Russia Seeks to Bridge Gas Gap in `Landmark' Visit) とはいえ、中国経済は安泰でない。これまで中国経済を支えてきた住宅やインフラ設備の建設事業が今夏以降、バブル崩壊的に悪化している。株価も下落傾向だ。これまで8%以上だった経済成長が、今後5%前後まで下がるかもしれないとの予測もある。高度成長が前提の中国では、経済成長が5%程度に下がると、社会的・政治的な不安定が増すなど「ハードランディング」の状態になると、米英の分析者が指摘している。 (Want to Short China Now? It's Not Too Soon, But Too Late) 中国政府は08年のリーマンショック後、政府系の4大銀行から金融市場や地方政府などへの融資や投資を増加させ、住宅やインフラの建設によって経済成長を拡大した。米国型の債券金融システムが崩壊して実体経済に悪影響を与え、世界不況が起きる中で、中国経済は輸出産業が不振な分、住宅やインフラへの投資増で成長を補い、高度成長を維持した。先進諸国の経済悪化を、中国の発展が補完して世界経済を回していく構図が、ここから始まった。だが資金の大量供給は、食糧品を中心とするインフレを激化した。豚肉は、今年7月までの1年間で57%も値上がりした。 (Pigs at front line in China inflation battle) 加えて、金余りの影響で、中国の大都市の住宅市場が高騰してバブル化した。このため、中国当局は昨年末から金融引き締めに転じ、インフレと住宅市場を抑制する策に入った。今夏以降、この効果が出てきて、インフレがやや緩和され、大都市の住宅市場も下落傾向に転じた。 (China Announces Shift to 'Prudent' Monetary Policy) (China house price inflation slows in June) だが、金融が引き締められたため、中国の株価も8月から下落傾向に転じた。住宅相場と株価の下落は「中国もバブル崩壊だ」「ハードランディングだ」と、欧米や香港のマスコミで喧伝されるようになった。 (China: The Risks of a Hard Landing Are Growing) 同時に、リーマンショック後、中国政府が政策として地方政府にやらせていたインフラ事業に対する投資の多くが、事業の非効率や不成功の末に不良債権と化しているとの指摘が出ている。地方政府の多くは、公式な財政勘定と別にインフラ事業への投資を行っており、その総額は中国全体でGDPの4分の1にあたる11兆元(1・6兆ドル)になっている。中国政府も、地方政府のインフラ投資の中に不良債権が多いことを認めている。米国では政府が金融界の不良債権8000億ドルを公金(TARP)で買い取ったが、中国の地方政府の不良債権はその2倍もあると欧米メディアで騒がれた。 (Extent of local debts in China laid bare) しかし、これらの問題に対し、あまり重篤な危機でないとの指摘も米欧分析者から出ている。北京の中央政府の政策として地方政府にインフラ整備に投資させたのだから、不良債権の面倒は中央政府が見る。中央政府はGDPの15倍の資産を持っていると概算されている。少なくとも2013年に権力中枢の世代交代(胡錦涛から習近平へ)が終わるまで、問題の悪化は抑止されるだろう。米国は、対外勘定も政府も地方も家計も大きな赤字だが、中国は逆で、すべて黒字だ。中国の銀行界はおしなべて不良債権が少ない。中国は全体的に、不良債権を償却する能力が高い。 今後、中国の経済成長率が5%以下になるとしたら、それはバブル崩壊や不良債権増といった国内的な原因でなく、ユーロ危機がひどくなって米国の債券金融システムが再崩壊してリーマンショック的な事態が再来し、世界不況になって世界の需要が減退し、中国の輸出産業が不振になるという国際的な要因からになると、WSJ紙が書いている。 (Reading the China Risk) 中国の地方政府が、簿外融資の不良債権化で破綻しそうになった最近の例は、浙江省の温州市で起きた。中国の民間企業の発祥の地といわれる温州市には中小企業が多い。今春以降、中国政府が金融を引き締めたため、政府系の銀行が中小企業に金を貸さなくなる貸し渋りが起きた。温州市は、銀行が表から貸さない分、別勘定の裏ルートを使って中小企業に融資したが、これが温州市の簿外の不良債権を増やし、香港のメディアなどがそれを大きく取り上げ、騒ぎになった。騒ぎを沈静化するため、温家宝首相が温州を訪問し、中小企業への融資を重視する政策を発表した。騒動は峠を越したと言われている。 (Worst of China Lending Panic May Be Over: UBS) 株価の下落に対しては、10月に入り、中国政府系の投資機関である中央匯金が、4大銀行の株価を買い増すことを発表した。中国当局は、4大銀行の資本を強化するとともに、金融株を中心に株価を反発させようとしている。中央匯金は4大銀行の大株主で、表向きは民営化している4大銀行を実質的な政府傘下に置いておくための機能だ。 (China's Banks Rally as State Investor Buys Shares After Valuations Slump) 米国では今夏、政府の財政赤字をどうやって減らすかをめぐって2大政党が議会で厳しく対立し、米国債の格下げにまで至っている(金融相場の操作で悪影響を糊塗した)。EUでも、ギリシャ救済をめぐって各国政界で議論が紛糾している。この点、中国は共産党の独裁体制なので、どこの金をどこに動かして不良債権を埋めるかという問題で、論争が顕在化することがない。皮肉にも中国は、独裁であるがゆえに、当局が柔軟に対応でき、信用不安を起こさず金融財政問題を解決できる体制を持っている。 中国の大都市の住宅バブルの崩壊についても、欧米や日本のバブル崩壊と同等に考えない方が良いとの指摘がある。中国では、農村から都会への人口流動(出稼ぎ者の都会定住)が続いており、この傾向は今後も続く。同時に、都会に出てきた貧しい出稼ぎ労働者が、仕事を続けて中産階級に成長していく過程が起きている。全国民のうち大都市に住んでいる人の割合は、先進国の多くが8割以上なのに対し、中国はまだ5割だ。今は大都市の住宅が供給過剰でも、何年か経つうちに、貧民から中産階級に成長してこれらの住宅を買う人が出てくる。日本や米国の住宅バブル崩壊は、経済が成熟してから起きたが、中国の住宅バブル崩壊は高度成長の段階で起きている。 (China Record Boosts Confidence This Is No Bubble: Daniel Arbess) 米ブルームバーグ通信は「中国経済の先行きに関する議論は、多くが表層的な内容しかなく、しかも無根拠に楽観的か、馬鹿げて悲観的かのどちらかに二極分化している。もちろん現実は、もっと微妙なものであることが多い」と書いている。日本では、対米従属の裏返しとしてのプロパガンダ的な中国敵視が席巻し「中国経済はいずれ破綻する」という論旨が繰り返されている。戦争中の「神風が吹いて鬼畜米英を退治してくれる」という言説と何やら似ている。 (China Record Boosts Confidence This Is No Bubble: Daniel Arbess) 中国分析が容易でない点は、ほかにもある。中国は政府の統計が信用できない。それも、政府が自国経済を過大評価するとは限らない。中国の消費は年率15-20%で伸びているのに、中国政府は30年前の計算方法のままでやり、政府発表は年率8-9%に据え置かれている。中国では、GDPも30%ほど過小評価され、個人の所得は20%以上過小評価されている。これらは統計手法の稚拙さによるものかもしれないが、うがって考えると、あえて過小評価を放置することで、自国の力を弱めに見せ、米欧から「責任ある大国になれ」と要求されることを防いでいるのかもしれない。 (Misinterpreting China's Economy)
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