入植地を撤去できないイスラエル2011年10月11日 田中 宇ヨルダン川西岸地域には、イスラエル人の5%を占める30万人が住んでいる。西岸は、1947年の国連決議でパレスチナ人国家の建設予定地として認定されたが、イスラエルが68年の第三次中東戦争で西岸を占領した後、西岸がユダヤ人の土地であると旧約聖書に書いてあると主張する右派ユダヤ教徒がイスラエル政府内で強くなり、西岸で入植地の建設が拡大した。入植地の多くは、所有者が明確でない土地に作られたが、中にはパレスチナ人の所有地に勝手に作られた違法入植地もかなりある。それらは主要な道路を見下ろす丘の上など要衝の地に作られた小規模な「前哨基地」だ。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) 前哨基地に陣取るのは、入植者(大半は入植地の住宅の安い家賃にひかれて移ってきた)の中でも過激な人々で、パレスチナ人との対立をあえて扇動し、暴力によって入植地を拡大したいと考えてきた。パレスチナ和平を進展させたいイスラエルの左派などは、西岸入植地の存在がパレスチナ人との和解を阻止していると考え、イスラエルの裁判所に違法入植地の撤去を求める裁判をいくつも起こし、勝訴している。しかし右派の影響力が強い歴代のイスラエル政府は、裁判所が判決を出した入植地撤去の命令に対し、執行の延期を求めて受け入れられている。その結果、違法入植地の撤去は進まなかった。 (State's failure to act encourages illegal construction') イスラエルはこれまでパレスチナとの和平を進めたいと言いつつ実は進める気がなく、米政府の親イスラエル高官と共謀して和平を失敗させ、失敗したのはパレスチナ人のせいだと非難する策をやり続けてきた。しかし、9月下旬にパレスチナ自治政府のアッバス大統領が国連に加盟申請を行い、多くの国がパレスチナ人に同情を示す中で、この問題をめぐる状況が変わりつつある。 (Arab League says will fund Palestinians after U.S. cuts aid) (◆否決されても中東を変質させるパレスチナ国連加盟申請) 米国は、これまで毎年60億ドルをイスラエルに、5億ドルをパレスチナに支援してきたが、財政難の中で、しだいに双方への支援金を出しにくくなっている。パレスチナに対しては、米国に代わってサウジアラビアなどアラブ諸国が支援することになった。だがイスラエルは、唯一の後ろ盾だった米国の政治力、経済力がかげって立場が悪化している。 (Palestinian Bid at UN Could Mark Shift in Peace Process) パレスチナ問題の仲介役は、米国から国連に移っている。国連安保理では、先日、米国が提案するシリア制裁に対し、中露が3年ぶりのダブル拒否権を発動するなど、覇権が多極化し、米国が勝手にやることができなくなっている。このような転換の中、イスラエルは、立場が悪化した今になってパレスチナの側との対立を解いていかねばならない状況に追い込まれている。 (The Education of Susan Rice) イスラエル政府は、これまでの違法入植地に対する黙認をやめて、裁判所が判決を出した違法入植地の撤去を執行し始めている。先日はイスラエル軍が、ラマラ(パレスチナ自治政府がある町)の周辺にあるマイグロンなどの違法入植地の撤去作業を行った。入植者たちは徹底抗戦する構えで、西岸の基地から入植地に行こうとするイスラエル軍部隊の通り道にバリケードを作って阻止したりしている。 (Settlers vow to resist future evictions) 右派勢力はイスラエル軍内に入り込み、強い影響力を持っている。西岸では従来、軍と入植者が結託してパレスチナ人を弾圧してきた。だから、イスラエル軍が違法入植地の撤去作業に行くことを決めると、事前にその情報が入植者に漏洩し、入植者の側が対策をとってしまう。この問題を回避するため、イスラエル軍は入植地の撤去作業に、西岸の部隊を使わず、対エジプト国境など西岸から遠い地域の担当の部隊を投入し、情報の漏洩を防いでいる。 (IDF steps up efforts to keep West Bank outposts raids under wraps) 過激派の入植者は、イスラエル軍と対立するだけでなく、パレスチナ人との対立を扇動している。入植地の近隣のパレスチナ人の村の農園のオリーブを引っこ抜いたり焼いたり、モスクを焼き討ちしたり、自動車をひっくり返したり、パレスチナ人を襲撃して負傷させたりしている。和平交渉による問題解決でなく、パレスチナ人を激怒させて戦争を起こそうとしている。イスラエル軍が、和平交渉の前提となる入植地の撤去を進めるほど、入植者は報復措置として、パレスチナ人との対立を扇動している。 (Amid Statehood Bid, Tensions Simmer in West Bank) 最近ウィキリークスにより、米オバマ政権下のCIAが09年に「中東で今のような政治の傾向が続くと、イスラエルは20年以内に消滅するかもしれない。イスラエルが西岸入植地の件で譲歩して和平を進めることはなさそうだ」とする報告書をまとめていたことが暴露された。イスラエル右派の在米ロビー団体AIPACがこの報告書を見つけ、厳重抗議して回収させたという。 (Panetta to Netanyahu:" Israel May not Survive the Current Arab/Islamic Awakening") 来年は米大統領選挙なので、オバマは政治力があるイスラエル右派の言いなりにならざるを得ない。だがオバマが好戦的な右派の言いなりになるほど、米国は中東和平を仲介する国際信用力を失い、米国の代わりにロシアやトルコ、中国などが影響力を増し、イスラエルとパレスチナが対等に扱われる傾向が増し、イスラエルにとって不利になっていく。米国は「パレスチナを懲罰する」といって、パレスチナに対する経済援助をやめようとしているが、その分、アラブや中露などがパレスチナを援助するようになる。 (US in push to cut off aid to Palestinians) 米国の覇権下で邪険にされてきたパレスチナは、多極化の中で力をつけていくが、イスラエルは逆に、多極化の中で不利になっていく。右派は親イスラエルのふりをした反イスラエルであり、本心ではイスラエルを潰そうとしている。イスラエルの中道派は、破滅への道を進むことに抵抗しているものの、右派の策略を乗り切って和平を進めることもできない状態だ。20年後にイスラエルという国家が存在し続けているかどうか、微妙なところだ。
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