台湾中国への米国の態度の表と裏2011年9月26日 田中 宇9月15日、ファイナンシャル・タイムス紙(FT)が、訪米中だった台湾の民進党の蔡英文党首と会った米政府の匿名の高官が「彼女(蔡)は、最近の安定した台中関係を維持する意志と能力があるのかどうか、大きな疑問を感じる」と述べたと報道した。台湾では来年1月に大統領(総統)選挙が予定されており、蔡は民進党の候補になる予定だ。 (US concerned about Taiwan candidate) (US debate gathers pace over Taiwan role) 台湾では、与党である国民党の馬英九政権が、中国との経済交流を活発化する政策を続けている。馬英九は1月の総統選挙に立候補し、続投するつもりだ。対照的に、蔡を党首とする野党の民進党は、中国との経済関係を強化すると台湾の市場を中国企業に席巻され、経済の面から台湾が中国に取り込まれてしまうと主張する。蔡は、自分が総統になったら中国との経済交流を減速させると言っている。 (Taiwan's Tsai Stresses Slower Track for China Ties) 1月の総統選挙は接戦になると予測されている。米政府の高官が、蔡を批判するコメントを放ったことは、総統選挙で馬を有利に、蔡を不利にする効果をもたらしている。中国政府は、台中の経済交流を活発化している馬を隠然と応援し、蔡を嫌っている。米高官の発言は事実上、中国を応援してしまっている。 (Taiwan: What China boost?) 米政府は従来、台湾の内政に干渉しない姿勢を表明してきた。今回も、FTの報道が騒ぎを巻き起こした後、国務省が、米国は台湾の内政に干渉しないと明言した。匿名の米高官の蔡批判は、異例のことだった。 (Ma's party seizes on US official's Taiwan comments) (とはいえ国務省は、9月11日から米国バージニア州で開かれた米台の防衛産業の年次総会に、この10年間の同会合の歴史上初めて、省としての代表を一人も送らず、台湾側を落胆させた。米政府の方針は、しだいに台湾軽視・中国重視を強めている) (State Department to skip Taiwan event for first time) 民進党系の英字新聞である台北タイムスによると、FTが報じた匿名の高官は、ホワイトハウス(大統領府)のオバマの側近だ。わざわざ高官の方からFTに電話し、蔡に対する批判のコメントを述べたとする関係者の指摘を、同紙が報じた。米政府内では、台湾と中国に対する方針をめぐる長い対立があり、国務省は台中に対して中立な立場をとりたがるのに対し、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)は中国寄りの姿勢をとることがあるという。今回も蔡と会ったNSCの担当者が、上司にあたるオバマ側近の高官に蔡との会談の様子を報告し、高官がそれをもとに批判的なコメントをFTに流したという経緯を、同紙は報じている。国務省は、今回の蔡批判に関与していないという。 (`FT' source said to be from White House) FTが蔡批判を報じる前日の9月14日、蔡は米議会を訪問し、民主・共和両党の上下院の親台湾派の議員約20人や国防総省、国務省などの関係者から大歓迎を受けた。議員らは「台湾支援こそ米国の国益」という趣旨で蔡に米国旗を贈呈した。蔡と会った議員らは、蔡の話のうまさに感銘を受け、蔡が中国を不用意に挑発することはないと判断したという。FTが報じた匿名高官のコメントとは正反対の印象である。 (Tsai holds closed meeting with powerbrokers in US) 台湾の民進党では、前総統だった陳水扁が、あえて中国と敵対しても、台湾の中国からの独立戦略を言明する比較的強硬な姿勢をとっていた。対照的に蔡英文は、学者出身で静かな言い方をする人であり、陳水扁よりも穏健的な姿勢をとっている。蔡は、李登輝の「二国論」や、陳水扁政権の対中国戦略を練った人で、もともとは台湾独立の志向が強い。だが、08年までの陳水扁政権の時代に比べ、今は中国が国際的にずっと強くなり、台湾の外交力が低下している。今の蔡は、中国に対し、総統時代の陳よりも穏健な姿勢をとっている。その点でも、FTが報じた米高官の蔡批判は実態からずれている。 (Tsai Ing-wen From Wikipedia) 蔡は、米議会を訪問した翌日の9月15日、ボストン郊外のハーバード大学で講演した。ここでも、米政府内の対立と同質の政治劇が展開された。蔡は同日の午後4時から、ハーバードのアジア研究所である燕京図書館(Yenching library)で講演したが、そこから300メートルほど離れた同大学のケネディ行政大学院では、午後2時から蔡の対立候補である馬英九の選挙参謀をしている金溥聰が講演した。ケネディ大学院は台中問題に関して中国寄りで知られ、中国から多数の若手エリート共産党員の留学生を受け入れ、アジア勢の中で日本より中国を重視する姿勢を持っている。ケネディ大学院が、蔡の講演と同じ日に金の講演を入れたのは、中国や馬英九政権に対する政治的な配慮の結果だろう。 (Tsai believes US will remain impartial during upcoming presidential elections) 米高官から「疑問を感じる」と言われてしまった蔡は、9月16日にニューヨークで行った講演で「自分は、中国との統一に前向きだ」と、民進党の従来の方針から大きく逸脱する方向の発言を行い、中国寄りの姿勢をとるホワイトハウスに同調してみせた。 (Taiwan opposition chief open to China unification) 台湾に帰った後、党内などから蔡の発言を問題にされた民進党の事務局は「あれは(国民党寄りの新聞である)中国時報が、蔡の発言を勝手に拡大解釈したものだ」と弁明し、中国との統一に前向きな姿勢を打ち消した。 (Tsai clarifies `unification' comments) ▼中国へのリップサービスとしての蔡英文批判 蔡英文の訪米をめぐる、これらの政治劇を見て感じるのは、今回の騒動の発火点となった、ホワイトハウスの匿名高官がFT紙に電話して蔡批判を展開したことが、なぜ行われたのかという疑問だ。蔡自身の姿勢を見ると、批判は不自然だし、米政府の総意でもなく、匿名による一過性のものだった。真の意図が、蔡を批判することとは別のところにある感じだ。 それは何かと考え始めると、すぐにぶち当たる問題が存在している。それは、台湾政府が米政府に新型のF16戦闘機(C/D)を66機売ってくれと頼んでいたのに対し、米政府が新型を売らず、代わりに台湾が保有する140機の旧型のF16(A/B)に改良を加えることにのみ同意した件だ。 中国は空軍力を増強し、台湾の劣勢がひどくなっている。台湾は前ブッシュ政権時代の06年から、米国に対し、F16C/Dを売ってほしいと要請し続けていた。だが中国政府は、米国が台湾に新型F16を売ることに強く反対した。ブッシュは中国の拒否を受け入れ、台湾の要請を無視したまま政権を去り、現オバマ政権も要請を無視し続けてきた。 (Taipei ends interest in F-16 deal (July 19, 2008)) 状況が変わったのは今年7月、F16を製造するロッキード・マーチン社の工場があるテキサス州選出の共和党のジョン・コーニー上院議員(John Cornyn)らが、79年に制定した台湾関係法に基づき、米政府が新型戦闘機を台湾に売る義務があることを米議会で決議(立法)しようと動き出してからだ。 (Taiwan F-16 sale may be taken up by US Congress) 米国では、1年後の来年秋に大統領選挙が行われる。米国防総省の傘下では、米国の総人口の1%にあたる320万人が働いている。国防総省は米国最大の雇用主だ。彼らは政治的な結束力も強く、選挙の際の大きな票田である(主に共和党支持)。人々が大統領選を意識し始める今の時期、オバマが「民主主義」の台湾に対する兵器輸出に関して「一党独裁」の中国の言いなりであるというイメージを米国民に持たれることは、オバマにとってマイナスだ。米国では、民主党支持の労働組合も「中国に雇用を奪われている」と言って反中国の姿勢であり、米国の候補者にとって「親中国」のレッテルは悪いものであることが多い。 (Department of Defense employs 1 percent of Americans) 今年7月、台湾に新型F16を売らないオバマに、共和党議員が「親中国」のレッテルを貼ろうと動き出したため、オバマは9月末までに台湾のF16問題に決着をつけると発表した。しかしその一方で、過大な財政赤字を抱える今の米政府は、海外で最大の米国債保有者である中国の強い拒絶を無視することが難しい。 (U.S. to rule on Taiwan F-16 sale by Oct. 1) 共産党機関紙の人民日報は、米国が台湾に兵器を売り続けるのなら、中国は(米国債売却という)金融兵器で米国に仕返しすべきだ、とする主張を掲載した。アフガン・パキスタン問題、北朝鮮問題、イラン核開発問題、EU国債危機など、米国が関与する多くの国際問題についても、中国の影響力が増している。米国は中国に対し、ある程度協調的な姿勢をとらざるを得なくなっている。 (Taiwan in the Lurch) 板ばさみの中で、オバマ政権は結局、台湾にF16C/Dを売ることを見送った。だが同時に、台湾の空軍力が中国に差をつけられる状況に対して何もしないことは、米国内でのオバマのイメージ悪化につながるので、台湾が保有するF16A/Bに改良を加えることで、部分的に新型に近い性能を持たせることにした。台湾のF16を改良してやることは、米議会がオバマに求めていた最低線だった。 (Analysis: US-Taiwan F-16 sale aims at compromise) オバマがここまで譲歩しても、中国政府は不満を抱き続けていた。そのため、中国に対するリップサービスとして、ホワイトハウスの高官がFTに電話し、中国が嫌っている蔡英文を来年の台湾総統選挙において不利にするような蔡批判のコメントを発したのでないか。私はそのように推測している。 台湾に新型を売らず、旧型F16を改良することで決着をつけたホワイトハウスは、オバマ政権が台湾に対して前ブッシュ政権(共和党)よりもずっと多くの兵器を、より短期間の検討のみで売り続けており、オバマが中国に譲歩しすぎだと共和党から言われる筋合いはないと反論した。 (US agrees $5.9bn arms deal with Taiwan) ▼日本にとっての教訓 台湾に対する中国の軍事的優勢は拡大する一方だ。中国は戦闘機を2300機持っているが、台湾は400機以下だ。米国が最新鋭のF35を大量に台湾に売るというならまだしも、66機のF16C/Dは、中国軍にとって決定的な問題でない。それなのに、中国の胡錦涛政権が米国から台湾への新型F16売却に強く反対し続けたのは、中国も来年、共産党の最高指導者が胡錦涛から習近平に交代するという、10年に一度の政権交代(世代交代)があるからだ。 世代交代に際しては、保守派、改革派など、共産党上層部の諸派閥が、自分たちの権力を拡大しようとしのぎを削る。胡錦涛は、この重要な時期に「台湾に対して甘い」「米国に威圧されて屈している」というレッテルを保守派など党の上層部で貼られると、次世代の指導部の中に自分の子飼いの勢力を多く入れることが難しくなる。オバマが国内で「中国に弱腰」と言われたくないのと同様、胡錦涛も国内で「米国に弱腰」と言われたくない。だから中国は、F16C/Dは絶対ダメだと言い続けた。そして、米国が最終的に旧型F16の改良まで譲歩したのに、胡錦涛政権は、米国との軍事交流を(しばらく)凍結すると宣言してみせた。 (Why Taiwan still rattles Beijing and Washington) すでに述べたように、来年は台湾も大統領(総統)選挙だ。もし米国が中国の言いなりになって、台湾の旧型F16の改良すら断ってしまうと、それは台湾の政界で、中国と親しい国民党の馬英九が、蔡英文ら反中国的な民進党から「馬が無能なので米国から何も得られなかった」と言われることにつながり、馬の選挙に不利になる。馬を勝たせたい中国としては、台湾が旧型F16の改良を受けられるようにしてやる必要があった。 米国は建前として、民主主義の台湾を仲間として重視し、共産主義で独裁の中国を脅威として敵視・警戒している。だが実際のところ、米国はしだいに中国を重視している。ホワイトハウスの高官が、中国との関係を悪化させないため、台湾の次期大統領候補の蔡を不当に批判したことに象徴されるように、台湾は軽視されている。台湾に兵器を売って儲けたい米国の軍産複合体(マスコミは傘下)が「台湾は仲間で中国は敵」という米国の建前を維持している。だが現実を見ると、世界に対する米国の影響力が落ちていく中で、米国は世界の運営において中国に頼る面がしだいに大きくなっており、建前との乖離が大きくなっている。 中国は、台湾が、東南アジアのASEAN諸国と自由貿易協定(FTA)を結ぶことを容認している。中国は、台湾が世界的に国家として認められることを全力で阻止する一方で、台湾がASEAN+3という「大中華圏」においてFTA締結など、国家的な行動をとることを容認している。これは多極化(世界が、米国の単独覇権体制から、地域ごとの集団安保体制で安定する新世界秩序に移行すること)を意識した中国の台湾戦略である。米国はいずれ、台湾に対するこのような中国のやり方を容認していくだろう。 (◆東アジア共同体と中国覇権) 台湾は冷戦時代から、米国の軍産複合体と組んでうまく立ち回り、米国が中国との対立を深めて台湾との同盟関係を強化する方向に動かす戦略を続けてきた。台湾と米軍産複合体との協力関係は、第2次大戦中に蒋介石の妻だった宋美齢が訪米して米議会で演説し、米側から絶賛されて「中華民国を助け、日本を倒そう」という戦時プロパガンダにつながって以来の長いものだ。しかし今、米国に対する台湾の戦略は失敗色を強めている。 この教訓は、日本にとって重要だ。日本では、日本がうまく立ち回ることで、米国と中国との対立を深め、日米同盟(日本の対米従属)を強化する「戦略」がよく語られる(どうやるとうまく立ち回ることになるのかという具体論が少ないが)。しかしここ数年、うまく立ち回って米中対立を激化する戦略の大先輩である台湾が失敗し、米国が中国重視を強めているのを見ると、台湾の中国人(中華民国。戦勝国)よりも対米工作で劣る「敗戦国」の日本人が、今からうまく立ち回って米中対立を扇動するのは、ほとんど無理だと思わざるを得ない。 逆に今後の日本は、米国との同盟関係を強化できない可能性が大きい。オバマは、野田首相に「普天間基地の辺野古移設を、最優先課題にして早くやれ」と強く求めたが、沖縄の人々の強い反対から見て、辺野古移設は無理だ。来年は米国で、辺野古移設をやれない日本を当てにならないと批判する論調が増えそうだ。すでに「野田の最優先課題は辺野古移設でなく、震災復興や国内景気だ」とする論調がCFRから出ている。 (Prime Minister Noda Outlines His Priorities in New York) 日本は6カ国協議に消極的で、米国は北朝鮮問題の解決を日韓でなく中国に任せざるを得ない。中国の権力中枢は10年に一度しか交代しないので、4−8年在任し続ける米国の権力中枢と長い関係を構築できる。それに比べ、日本は小泉純一郎より後、政権が毎年のように代わり、権力者どうしの安定した関係を築きにくい(政権の頻繁な交代は、対米従属の国是をめぐる動揺の反映なので、これはこれで意味があるのだが)。ウォールストリート・ジャーナルは、日本の首相がころころ変わり、そのたびに米政府は「即興お見合い大会」をしなければならない、と日本を皮肉る記事を出している。 (Speed Dating With Japan's Leaders) 日本が逆境を脱して日米同盟を再強化したければ、まず米中関係がどんな状態にあるかを仔細に分析するところから始めねばならない。米国が中国を重視していると言うと「貴殿は中国寄りだ」という反応が大勢を占める今の日本は、「米国は強い。日本は戦争に負けそうだ」と言うと非国民扱いされた昭和19年ごろと変わっていない。
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