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債券危機と米連銀ツイスト作戦

2011年9月24日   田中 宇

 9月21日、米連銀(FRB)が月例の政策会議(FOMC)を開き、来年6月までの期間に4千億ドルの短期米国債を売って同額の長期米国債に買い換える「ツイスト作戦(オペレーション・ツイスト)」を行うと決めた。この作戦は1961年に初めて行われ、今回が2度目だ。60年代に米国で流行したダンス「ツイスト」から名前をとった。ツイストは「ねじる」という意味があり、短期債を売って短期金利を上げ、長期債を買って長期金利を下げることで、短期と長期を結んだグラフの金利曲線を都合の良い方向にねじり、長期金利の上昇(長期債の下落)を防ぐのが作戦の目的だ。 (Fed launches $400bn `Operation Twist'

 連銀は今年6月までの半年間、ドルを増刷して長期米国債を買い支える6千億ドル規模の量的緩和策(QE2)をやっていた。これは表向き、資金を市場に供給する景気対策として行われていたが、実際のところ、米国の銀行界はリスクをおそれて貸し渋りを続け、景気に効果がある米国の市民や中小企業への融資を増やさないため、QE2は景気への効果がほとんどなかった。その代わりQE2は、米国債からジャンク債までの債券市場と、株式市場に資金を供給し、債券高と株高を演出していた。「株高が、米国の景気が良くなりそうな状況を示している」と喧伝されていた。 (◆バーナンキ演説の空騒ぎ

 QE2が終わった後、市場やマスコミでは「QE3」への待望論が続いたが、結局、今回行われたのはQE3でなかった。QE3は、ドル増刷によって連銀の勘定(バランスシート)が拡大して不健全さ(ドル過剰発行の事態)が増すため、連銀内で反対が強かった。そのため、ドル増刷をともなわない保有国債の期間変更だけのツイスト作戦にせざるを得なかった。 (5 Reasons Why QE3 Has Slim Chances - FOMC Preview

 ツイスト作戦でさえ、9月21日の政策会議では、連銀の10人の理事のうち3人が反対した。3人も反対が出るのは、連銀として異例のことだ。「ツイスト作戦はQE3と同じ効果だ」と報じられているが、ツイスト作戦によって、QE3をやれない連銀の限界が露呈しており、両者の意味は異なる。連銀はQE2の終了後、満期がきた米国債を償還して得た資金で再び長期米国債を買う「QE2ライト」を続けており、ツイスト作戦は、このQE2ライトを拡大したものだ。 (GOLDMAN: Wake Up, This Was Full-On QE3 That We Just Got

 連銀は、米国債を支えると同時に、米政府系の住宅金融公社(ファニーメイ、フレディマックなど)の債券の償還で得られた資金で、再び住宅金融公社の債券を買う政策も行う。米国では住宅価格の下落が止まらず、住宅ローンの破綻が高水準で続いている。米国の住宅ローンのほとんどに対して債務保証をしている住宅金融公社の債券(長期債)が、信用を失って利回り上昇しかねないので、連銀が買い支えて利回りを抑える。連銀の新政策は、米国債と住宅金融公社債の2つの長期金利をねじまげる「ダブルツイスト」だと評されている。 (Fed surprises the mortgage market

 連銀が今月のタイミングで新たな債券利回り上昇抑止策を開始した原因は、米経済が不況に逆戻りしそうなこと、バンカメの苦境に象徴される住宅金融市場の悪化が止まらないことに加え、8月以来、債券金融システムを支えるジャンク債に対する信頼がじわじわと失われていることがある。

 1990年代後半以来の米国経済は、投資家がジャンク債のリスクを軽視する傾向が続いてきた。米国債とジャンク債との金利差(リスク・プレミアム)が縮み、つぶれそうな企業でも比較的低利回りでジャンク債を発行して資金調達でき、倒産件数が激減し、不況知らずの状態が10年以上続いた。08年のリーマンショック後、この構図がいったん崩れたが、その後、何とか持ち直していた。 (US: Air of risk aversion raises fears of tighter credit

 だが7月後半以降、景気と住宅市況の悪化、S&Pの米国債格下げなどが加わり、再び金利差が拡大している。今のジャンク債市場は「嵐の前の静けさ」と評されている。これを放置すると、再びリーマンショック的な事態になる。リーマンショック時は、まだ米政府の財政赤字が少なく、米国債は健全で、悪いのはジャンク債の方だけだった。だがその後、財政赤字を急増してジャンク債市場を救済したため、今では米国債からジャンク債まですべての債券が悪い状態にある。次の危機は、リーマンショックよりひどい事態になると予測されている。連銀は、QE3をやれないまでも、それに準じるツイスト作戦をやらざるを得なくなった。 (3 High-Yield Funds Rekindling the Flame

 連銀がツイスト作戦を発表したのと同じ9月21日、債券格付け機関のムーディーズは、バンカメ、ウェルズファーゴ、シティという米3大銀行の債券を格下げした。今後3行が危機に陥っても、米政府が3行を救済する可能性が減っており、救済が見込めない分、3行が持つリスクが高まったと判断した。ムーディーズは、連銀の新政策発表に合わせて3行を格下げすることで、格下げが金融システムに与える悪影響を、連銀の新政策による良い影響によって打ち消す意図があったとも思える。米銀行界がしだいに危険な状態になっていることが感じられる。 (Moody's downgrades Bank of America Corp. to Baa1/P-2

 連銀がツイスト作戦を発表した後、米国の株価が急落した。ツイスト作戦が、米国の景気や雇用の回復につながりそうもないという悲観的な見方から、株が売られたと指摘されている。(株価の急落は、ツイスト作戦に対する反応でなく、同時に起きているユーロ危機を懸念したものだとか、連銀が発した景気に対する悲観的な見通しに反応したなどという指摘もある。だが、これらには「ツイスト作戦は株式市場に好感されるべきもの」という怪しい前提が感じられる) (Markets reveal limits to Fed's $400bn `twist'

 連銀のグリーンスパン前議長は、ツイスト作戦が発表される2週間前、この作戦が開始されても、銀行の貸し渋りが改善されない限り、景気回復に効果をもたらすかどうか疑問だと指摘した。米共和党も、連銀のバーナンキ議長に対し、米国債の買い支えをやっても景気に効果がないのでやめた方が良いと書簡を送っている。 (Greenspan Questions Benefits Of Fed Treasury Note Purchases) (U.S. Republicans Urge Bernanke to Refrain From Further Stimulus

 今回の株価の急落について私自身は、資金を債券市場に集中させ、債券利回りの下落を引き起こすため、連銀の新政策発表に合わせ、金融界が株式市場から資金を一気に引き上げ、あえて株価を急落させて、株式市場から債券市場への大きな資金移動を誘発したと考えている。株式だけでなく、金地金や原油などの商品市場からも資金が流出し、債券市場に向かった。私が見るところ、これと同じ仕掛けの株価の急落が、8月5日にS&Pが米国債を格下げした直後にも起きている。 (格下げされても減価しない米国債

 米国債格下げ直後の株価の急落は、債券市場にとって防衛的な意味があったが、今回のツイスト作戦に合わせた株価の急落は、作戦の効果を高める能動的な意味がありそうだ。連銀は、事前に米銀行界の上層部に作戦発動を教え、協力してもらったのだろう。

 ここ2カ月ほど、米国債の利回りは低下傾向にあり、米国債は安定していると評価されている。米国債の利回りが上がると債券金融システムの再崩壊につながるので、連銀や米銀行界が、全力で利回りの上昇を抑止している。連銀や銀行界が抑止しきれなくなると、長期金利が上昇し、米国の金融システムが再崩壊する。米国の金融システムは危険な状態だ。米国が危険だからこそ、米英投機筋がユーロつぶしの画策を続け、ユーロ圏の危機を誘発している。本質的に、ユーロ圏より米国の方が危ないと私は見ている。



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