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否決されても中東を変質させるパレスチナ国連加盟申請

2011年9月22日   田中 宇

 9月23日、ニューヨークの国連本部で行われている国連総会で、パレスチナ国家の政府にあたるパレスチナ自治政府(PA)のマハムード・アッバース議長が、パレスチナ国家を国連の正式な加盟国にしてほしいと加盟申請する。バン・キムン国連事務総長は、加盟申請を受けたら、その件を安全保障理事会に付託する予定だ。もし安保理がパレスチナの加盟申請を可決したら、それは国連総会に戻され、そこでの3分の2以上の賛成を経た上で、パレスチナの加盟が決まるという手続きになっている。実際には安保理で、常任理事国の一つである米国が、拒否権を発動すると表明しており、パレスチナの加盟申請は安保理で否決され、実現しない見通しだ。 (UN General Assembly 2011: Palestinian Statehood Bid Explained

 米国の拒否権発動でパレスチナの国連加盟が否決された場合、中東における米国の影響力が減退することが予測される。米国は、この20年以上の間、パレスチナとイスラエルとの和平交渉を仲裁してきたが、ずっと失敗に終わっている。米政府は、イスラエルから受ける政治圧力に屈しており、すでに中東諸国やその他の国々は、米国にこの問題を仲裁する力がなくなっていると見ている。米国が拒否権を発動すると、中東問題における米国の信頼失墜がひどくなり、パレスチナ和平交渉の枠組みは瓦解した感じが強くなる。 (Palestinian statehood: plan emerges to avoid UN showdown

 そこで米政府は、この1カ月ほど、何とかして自国の拒否権発動を避けつつ、同時に、パレスチナ国家を国連が認める事態を避けようとしてきた。しかし、安保理では15カ国のうち過半数にあたる9カ国がパレスチナの加盟申請に賛成する意向で、米国以外の常任理事国も反対しそうもない。国連総会でも、この間の米国のロビー活動にもかかわらず、加盟国(193カ国)の3分の2を占める126カ国以上が、パレスチナ加盟に賛成する姿勢だ。安保理での米国の拒否権発動しか、加盟を阻止する方法がない。 (Takes Lonely Path In Opposing All Forms Of Palestinian Recognition

 この米国にとっての窮地を受け、各国間の土壇場での交渉が展開している。シナリオの一つは、フランスのサルコジ大統領らが提起しているもので、アッバースが国連総会で演説して加盟申請書をバン・キムンに手渡す直前か直後に、米国のオバマ大統領が、国連総会に対し、1年間の期限を切った新たなパレスチナ・イスラエル和平交渉を提案する。サルコジは、1カ月以内に交渉再開、半年以内にパレスチナ・イスラエル間の国境画定、1年以内の正式調印という日程を提起した。これまでの和平交渉は、期限があってないようなもので、それが交渉のなしくずし的な失敗につながっていた。今回は、1年間の交渉でイスラエルとの和平を経たパレスチナ国家の創設ができない場合、来年の国連総会でパレスチナ国家の国連加盟を認めるといった事実上の条件がつく可能性がある。 (Sarkozy advocates Palestinian observer status at UN

 もう一つのシナリオは、一つ目のシナリオと組み合わせて行うもので、パレスチナ(PA)に国連の正式加盟国でなくオブザーバーの資格を与え、国連加盟国としての権利の一部をPAが享受できるようにする。パレスチナ側が望んでいるのは、国際司法裁判所にイスラエルによる人権侵害の行為を提訴することだ。提訴の権限は国家(国連加盟国)のみが持っている。パレスチナを国連オブザーバーにする場合、国際司法裁判所に提訴できる権限を付与するかどうか、すでにEUなどで議論されている。EUはイスラエルからの圧力を受け、提訴権のないオブザーバー資格しか与えないことを検討してきた。これがそのまま提起されても、パレスチナ側が了承するかどうか疑問だ。 (Palestinian Statehood? A Litany of Diplomatic Failures in US and Europe

 オバマは昨年の国連総会での演説で「これからの1年間でパレスチナ和平を成功させ、来年の総会までにパレスチナ国家を国連に迎え入れることができるだろう」と豪語していた。それが全く実現せず、しびれを切らしたパレスチナ人が国連に加盟申請したところ、昨年と同じ「これからの1年間でパレスチナ和平を成功させたいので、それまで待ってくれ」と言われる事態になっている。パレスチナ人は、こうした茶番的な繰り返しを、この20年以上のパレスチナ和平交渉の中で、何度となく見せられてきた。今回また1年待って、これからの1年間が茶番でなくて本当の和平交渉になるとは、誰も思っていないだろう。 (Obama is stuck between a veto and a hard place

▼米国の拒否権発動は和平交渉を葬り去る

 土壇場の回避策がうまくいかず、米国が拒否権を発動するかたちでパレスチナの国連加盟申請が否決された場合、パレスチナ和平の計画は歴史的な遺物として葬り去られ、米国とアラブなど中東諸国の間に、外交的な大きな亀裂が入り、中東の国際政治の枠組みが不可逆的に変質すると、英国の中東専門記者ロバート・フィスクが書いている。 (Pale MECOC Robert Fisk: Why the Middle East will never be the same again

 具体的にありそうなのは、すでに親米親イスラエルの立場を捨て、中東での影響力を拡大する人気取り戦略としてイスラエル非難を繰り返しているトルコのエルドアン政権が、パレスチナ人に代わってイスラエルを国際司法裁判所に提訴することだ。昨年、パレスチナのガザに向かったトルコの支援船がイスラエル軍に襲撃された事件で、トルコはイスラエルを提訴する構えを見せている。エルドアンは先日エジプトを訪問し、エジプト人にイスラエルを非難するよう呼びかけている。エルドアンの煽動は十分に効果を発揮し、エジプト人がカイロのイスラエル大使館を襲撃し、大使館を閉鎖に追い込んだ。エジプトは1979年にイスラエルと外交を持ち、ムバラク政権はイスラエルの傀儡として機能してきたが、ムバラクの失脚後、エジプトは反イスラエルの方向に急速に動いている。 (Egyptians have their new hero called Erdogan

 トルコとエジプトという中東の2大国が、以前の親イスラエル姿勢を捨て、パレスチナの独立支援を含むイスラエル非難の急先鋒になっている。ここに、昔から米イスラエルに敵視されてきたイランを含めると、中東の4大国のうちサウジアラビア以外の3カ国が反イスラエルで結束する方向になっている。サウジのトルキー王子は、米国がパレスチナの国連加盟について拒否権を発動したら、米サウジ関係が決定的に悪化すると警告した。サウジ王室は、米国の傀儡色が強いが、同時にアラブの盟主も自認している。パレスチナの国連加盟の否決を看過すると、エジプトやトルコの転換ですでに下がっているサウジの権威が、ますます低下してしまう。 (Saudi Official: US Veto for Palestinian State Will Cost Saudi Alliance

 イスラエルの新聞ハアレツは「米国はパレスチナの国連加盟を認めるべきだ」と書いている。パレスチナが国連加盟国になるマイナスより、米国が拒否権を発動して中東での影響力を低下させてしまうことの方が、イスラエルにとって悪影響が大きいとハアレツの記事は分析している。 (U.S. should recognize Palestinian state



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