バーナンキ演説の空騒ぎ2011年8月27日 田中 宇8月26日、米連銀のバーナンキ議長が、連銀定例のジャクソンホール経済会議で講演した。この経済会議は、毎年8月末の夏休みの終わりに、連銀やその他の経済政策立案者がロッキー山脈のリゾート地である米ワイオミング州ジャクソンホールに集まり、今後の経済政策について話し合う。昨年の会議では、バーナンキが、連銀による米国債の買い支えを中心とする金融緩和策(QE2)を発表し、これがその後の1年間の株価や債券市場を下支えする効果を持った。QE2は今年6月末に終わり、その後また米金融が不安定になっている。市場関係者は、今年のジャクソンホール会議でバーナンキが追加の金融緩和策(QE3)の発動を示唆ないし発表するのでないかと期待した。 (Bernanke's Jackson Hole Speech - Full Text & Highlights) 8月5日のS&Pによる米国債の格下げ後の株価急落の中で、市場では「バーナンキがジャクソンホールでQE3の発動を示唆するに違いない」といった事前の思惑が飛び交い、株価の下落を抑止する力として働いていた。その一方で、連銀はすでに巨額の債券を買い支えて余力が少なく、QE2も株価を一時的に押し上げただけで長期的な経済効果が薄く失敗だったので、QE3は発動されないだろうし、発動されたとしても長期的な効果が期待できないという分析も、事前に流れていた。連銀の通貨政策は開始してから効果が出るまで1年以上かかるので、今の経済難に対してQE3をやっても効果が期待できないという見方もあった。 (Bernanke Not Seen Pledging New Fed Action) (Fed forced to consider fresh stimulus) 結局のところ、バーナンキは今年の演説の中で、QE3の発動を示唆する言葉を一つも発しなかった。その代わり「米経済が悪化する様相を見せた場合、9月の連銀理事会の時に経済てこ入れのためにできるだけのことをする準備がある」という趣旨の表明した。これを聞いて、連銀がQE3もしくはその他の経済てこ入れ策をやる気があると考えた金融関係者も多く、依然として「連銀が米経済を救済してくれるはずだ」という憶測(思い込み)が市場に残ることになった。バーナンキは「今後に期待してね」と、投資家の楽観的な思い込みに付け込むかのような、気を持たせるような発言をしただけなのだが、これに対して「連銀が、何かをやる準備をしていると言った時には、すでに何かを始めていることが多い」といった、楽観的な分析が流されている。 (Bernanke to Markets: Stay Tuned) バーナンキは演説で、自分が米経済についてどう考えているかということを長く述べた。米経済には多様な底力があり、長期的に繁栄を取り戻すに違いないが、経済回復に思ったより時間がかかっている、といった内容だった。しかし、経済回復のために連銀が何をするかという点については、何も具体的なことを話さなかった。バーナンキは、米経済には底力があるという、自分が「信じていること」を述べただけとも言える。 (Bernanke Offers Encouragement, but Little Action) また彼は、6-7月に財政赤字上限問題の議論をこじらせて米国債への信用を自滅的に破壊した、米議会と大統領府を批判した。赤字削減問題の未解決の部分(議会の特別委員会で11月までに決める2兆ドルの削減策)について議論が再びこじれた場合、世界の投資家が米国から投資を引き上げることになりかねないと警告した。米政府が景気対策で必要な政策を講じることを望むとも述べた。米経済が悪化しつつあるのは、連銀でなく、米議会や政府が悪いんだという責任論だ。 (Bernanke urges Obama, Congress to strengthen recovery) 全体的に見て連銀は、もう打つ手を持っていない。金利はゼロまで下げて久しく、これ以上は下げられない。連銀はこの3年間、債券買い支えをやりすぎて資産が肥大化し、QE3の実行は困難だ。仮に実行したとしても一時的な株価の押し上げ効果のみだ。だからバーナンキは、てこ入れ策をやれないのに、やりそうな雰囲気のことを言い続け、投資家の気を引き続ける詐欺的な「やらずぼったくり」をするしかない(そもそも金融に投資する人は、債券や株の金融システム自体がねずみ講的な詐欺であり、詐欺を承知でうまいこと儲けるしかないと自覚して投資すべきなのだが、金融経済を詐欺と対極にある理論的でまともなものと勘違いしている人がほとんどだ)。 オバマ大統領は、9月の夏休み明けに演説し、新たな景気対策を発表する方針と報じられている。しかし、オバマが8月に議会と決めた財政の大緊縮を棚上げしない限り、新たな景気対策をやる資金を作れない。緊縮をやらず赤字増を続けると、米国債に対する信用が再び揺らぎ、「S&Pの間違い」として政治的に何とか葬り去った米国債の格下げ問題が再燃する。バーナンキだけでなく、オバマも打つ手を持たず、口だけにならざるを得ない。 (Here comes more failed stimulus spending) バーナンキも警告したように、11月までに米議会の特別委員会で決める赤字削減問題の未解決の2兆ドル分についても、うまく削減策がまとまらないことが懸念される。軍事費の削減が焦点の一つだが、特別委員に任命された12人の米議員の多くは、ワシントン州、テキサス州など、軍事産業が重点的に展開している州の選出議員で、自分の選挙区の雇用確保のため、彼らは軍事費の削減に強く抵抗すると予測されている。特別委員会の仕掛けには、削減策がまとまらない場合、軍事費の大幅削減を含む、事前に決められた削減策が自動的に発動されるトリガー条項がついている。特別委員会が、どんなごまかしの策を作るかが注目点だ。 (Debt Committee Members Represent Defense-Industry States) 昨今の米国の株や債券の相場は、社債やジャンク債の発行による資金作りによって支えられている。その効果は、米連銀のてこ入れ策よりはるかに大きいかもしれない。しかしWSJ紙によると最近、小口投資家の撤退により、米企業が発行するジャンク債に対する需要が急減している。ジャンク債の価値が下落(金利が上昇)している。この事態が続くと、株や債券を買い支えてきた資金力が減退し、サブプライム危機やリーマンショックの事態が再現されうる。 (High-Yield Bond Market Dries Up in Flight From Risk; Bad News for Buyouts) 米国の雇用状況は、多くの州で、2016-17年まで回復しないという予測も発表された。 (Nevada, Michigan face slow comeback on jobs, forecast says) 米国の著名投資家ウォーレン・バフェットが、バンクオブアメリカ(バンカメ)の危機を沈静化するため、50億ドルをバンカメ株に投資すると発表した。やはりバンカメは、買い支えが必要なほど危機になっており、バンカメから次の金融危機が起きる懸念があるといえる。バーナンキの発言や、バフェットの株購入は、金融危機の再来を何とか防ごうとするものだとも指摘されている。夏休みが終わって9月になると、米金融界は再び荒れた感じが増しそうだ。 (Bernanke and Buffett try the feel-better approach) (Buffett to invest $5bn in Bank of America)
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