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ニクソンショックから40年のドル興亡

2011年8月17日   田中 宇

 今年の8月15日は、ニクソンショックから40周年だった。1971年8月15日、米国のニクソン大統領は、それまで1オンス=35ドルで米当局が金地金と米ドルとの交換を保証していた政策を停止し、1944年のブレトンウッズ会議で確立し、戦後世界の通貨体制の基盤となっていたドルの金本位制を廃止した。 (Time to question the dollar's role as reserve

 米国は戦後、1950年代に経済発展したものの、60年代にベトナム戦争の戦費の急拡大と、ジョンソン政権の「偉大な社会」(Great Society)など社会福祉や公共事業の大盤振る舞いの結果、財政難に陥った。米政府は、金本位制を守るために一定以上のドルの増刷をしてはならなかったが、60年代後半から支出増加に合わせてドルを増刷し、金本位制が潜在的に崩れだした。ドルの過剰増刷は、70年のニクソンの大統領後ひどくなり、69年末に米当局が保有する金地金総量の約2倍だったドル発行残高は、70年末には約5倍にまでふくらんだ。 (Nixon Shock From Wikipedia

 ドルの過剰発行によって世界的なインフレが起こった。米政府は、ドルを守るため欧州各国に通貨の対ドル為替の切り下げを求めたが、各国は通貨を切り下げるとインフレがひどくなるため渋り、特に戦前の超インフレの苦い経験がある西ドイツが71年5月に切り下げを拒否し、ブレトンウッズ体制から離脱した。

 これ以降、米国が財政赤字増とドル過剰発行をやめないのを見て、欧州各国は手持ちのドルを米政府に持ち込んで金地金に交換する動きを加速した。71年8月に入って米政府がドルの追加切り下げを試みたが、欧州側で拒否する動きが広がり、行き詰ったニクソンは8月15日、唐突に金ドル交換停止を発表した。その後、ドルを切り下げて金本位制を復活させる試みが行われたが失敗し、76年に世界は正式に変動相場制に移行した。70年代は、米国の経済難の時代となった。

▼ドルの蘇生とバブル再崩壊の40年史

 ニクソンショックをめぐる話の重要点は、金ドル交換停止が行われる過程よりも、金ドル交換が停止され、裏づけのない通貨(幽霊通貨。fiat money)となったドルが1980年代末から金融自由化と債券金融システムの拡大によって蘇生し、その後20年間の米経済が発展した後、再び2006年(サブプライム危機)から債券金融システムのバブル崩壊によってドルの潜在危機が拡大しているという、40年間の歴史の方にある。

 裏づけのない通貨になったことは当初、ドルにとって弱体化だったが、85年の米英同時の金融自由化以後、弱さが強さに転換した。裏づけがないことを逆に活用し、複雑で裏のある債券金融システム(影の銀行システム)が、ドルを裏で支える仕掛けとして作られた。85年の金融自由化後、債券金融システムが拡大するまで、米国は他の先進諸国(G7)の協力を得て為替市場に介入し、ドルが下がらないようにする表の政治的な仕掛けを必要とした。

 しかし90年代に債券金融システムが米国を中心に急拡大すると、米金融界は、社債発行によって作った資金を傘下のヘッジファンドなどにオフショア市場で持たせ、必要に応じてその資金が、ドルや米国債の安定を含む金融システムの安定化に使われるようになった。オフショアに、金融界の簿外に作られた巨額の勘定は、幽霊的にドルの安定を下支えした。この資金は、表の実体経済の発展にも使われ、米英経済は90年代以降、10年以上もマイナス成長を経験せずにすんだ。 (◆タックスヘイブンを使った世界支配とその終焉

 債券金融システムを使った米経済の拡大基調は、06年のサブプライム危機を皮切りに崩れている。08年のリーマンショックを経由して、今も構造的に続く金融危機は、米国の債券の担保となっている住宅価格が下落し、トリプルA格を与えられていた不動産担保債券のいくつかが破綻したため、債券全体への信用が急落した結果、発生した。債券の発行や流通がとどこおり、金融機関が連鎖破綻し、債券金融システムそのものが元凶だという主張が米政界で強まり、債券システムを規制する金融規制法が作られた。しかし、金融規制の強化は、米政界の論争の挙げ句、かなり骨抜きにされた上での法制化であり、今も債券金融システムは強い機能として生きている。

 今回、米議会で財政赤字上限引き上げ議論のもつれを受けてS&Pが米国債を格下げし、ついに米国債金利の高騰が起きて、ドルの幽霊通貨システムも終わるのかと思われたが、そうはならなかった。株式の急落によっていったん資金を米国債の方に集め、米国債の金利高騰(価値下落)を回避した後、株価が少しずつ戻るよう金融界から資金が再注入され、債券金融システムは壊れず、株価も結局もとに戻った。 (◆格下げされても減価しない米国債

 3大格付け機関のうちS&Pは米国債を格下げしたが、ムーディーズはトリプルAを維持すると何度も表明し、8月16日には意見を保留していたフィッチがトリプルAを維持すると表明した。米国債の格下げは、S&Pだけが「現実を見誤って勝手に行ったこと」という色彩が強まった。米国債の格付けをめぐる政争はS&Pの敗北に終わりそうだ。 (Fitch maintains US's triple A rating

▼40年前と今夏は似ているが・・・

 40年前の金ドル交換停止の夏と、今年の米国債格下げの夏で、状況が似ている部分がある。両方とも、財政赤字を急増させるばかりで減らせない米政府に、世界が危機感を持ち、ドルや米国債に対して危機感を募らせた。40年前も今夏も、世界に危機感を持たせるようなことをしたのは米共和党の(先進国以外の諸国を経済発展させたい)隠れ多極主義的な勢力だ。ニクソンはキッシンジャーと組んで、中国との関係を改善し、英国や軍産複合体が作った冷戦構造に風穴を開け、中国がその後の40年間の経済発展の方向に進む先鞭をつけた。今夏、米国債の格下げにつながる赤字削減不能性を作ったのは、共和党の「孤立主義者」集団である茶会派だ。彼らは、世界に対する米国の関与を劇的に減らそうとしている。 (隠れ多極主義の歴史

 しかし、40年前と今では決定的に違う状況がある。40年前は金本位制であり、ドルを破壊するには、米国の財政支出を急増させ、ドルを過剰発行して、欧州諸国などがドルを見限って金地金を買いあさるよう仕向ければ良いだけだった。今回、すでに米国の財政支出は急増し、ドルも過剰発行されている。金に対する世界的な買いあさりも起きている。だが、米金融界は40年前と異なり、債券金融システムとして巨額の簿外資金を隠し金的に持っている。それを絆創膏のように危機になりかけた箇所に貼り付けることで、今回の米国債格下げのショックを吸収できたように、ドルの崩壊を対症療法的に先送りしている。

 米金融界が持つこの「金融兵器」的な機能を失効させるには、金融商品や債券市場に対する強い規制が必要だ。リーマンショック後、米国では金融規制が進んでいるが、それでも金融兵器は生きている。少しぐらいの規制では、この機能は失われない。金融界は米政界に強い影響力を持っており、金融規制強化の論議を骨抜きにできる。

 だが同時に、米経済の状況は悪化し続けている。住宅価格の下落が今後も続くと予測され、銀行は不良化した住宅ローンを隠して棚上げすることを許されているが、この延命策がいつまで続けられるかわからない。次はバンカメが危ない。 (大手銀行で次に倒れるのはバンカメ?

 米国の実体経済の悪化も続いている。金融界のみ良好で、経済の残りの部分は50%以上の確率で不況に向かいそうだと指摘されている。金融だけ良くて残りの経済が悪いのに「米経済は復活している」と言われるのは、20年以上前からの米経済の傾向だ。今に始まったことでないが、ここ数年の米国の中産階級の没落はひどく、米経済は金融界の機能だけで動いているといえる。元財務官の榊原英資は、西洋の失墜を指摘している。 (Yen to Reach Record Amid `Downfall' of West, Sakakibara Says

 今後、いずれかの時点で米国債金利が高騰し、ドルの崩壊が起きた場合、リーマンショック後にG20で検討されたような基軸通貨体制の多極化が再び議論される。今後、国際政治で大きな力をもつであろうBRIC諸国は、米英覇権を守るために隠然と使われてきた金融兵器(米債券金融システム)を無力化したいはずだ。だから、ドルがいったん崩壊すると、その後、ドル(米英覇権)の力の裏づけだった債券金融システムが縮小されていき、ドルや米英覇権の再生を不可能にしようとする力が動くだろう。



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