プーチンをめざすアハマディネジャド2011年6月12日 田中 宇中東のイランは、1979年のイスラム革命でイスラム聖職者のホメイニ師が権力を取って以来、聖職者集団がすべての権力を握る「イスラム共和体制」だ。聖職者集団(専門家会議)が選出する「最高指導者」が最高権力者で、大統領はその下の行政の責任者でしかない。しかし、外交面で米国と敵対する戦略が成功し、内政面で補助金縮小による財政立て直しに成功しているアハマディネジャド大統領は、自分を任命したハメネイ最高指導者から権力を奪取することをもくろみ、イランの上層部で権力闘争を引き起こしている。 (Ahmadinejad fights to stay relevant) イラン大統領の任期は、2期8年が限度と憲法で決められている。アハマディネジャドの任期は2013年までだ。しかしアハマディネジャドは、自分の娘の夫で官房長官のイスファンディアル・マシャイエを、次期大統領選挙に当選させ、マシャイエに1期4年の大統領をやらせた後、17年から再び自分が大統領に返り咲こうと目論んでいる。 (Analysis: Deep echoes of Iran political tremors) このやり方は、ロシアのプーチン首相から学んだことだ。ロシアの大統領も任期の上限は2期8年だが、プーチンは大統領を8年やった後、子分のメドベージェフに1期4年の大統領をやらせ、来年の選挙で再び大統領に返り咲こうとしている。メドベージェフは最近、嫌々ながら、次期大統領選挙に出ないことを認めた。 (Putin eclipses Medvedev in run-up to 2012 election) ロシアの聖職者は、百年前の革命で権威を剥奪された。敵のいない権力者であるプーチンは、自分の権力の設計図を自由に描いて実行できる。対照的に、イランは30年前の革命で聖職者独裁の国になった。アハマディネジャドがプーチンになるには、聖職者独裁を壊さねばならない。聖職者集団は、アハマディネジャドの意図を早くから見抜き、09年に再選を果たした彼がマシャイエを副大統領の一人として据えようとした時、その人事を拒否している。アハマディネジャドはしかたなく、マシャイエを官房長官(政策顧問)にした。 (Inside Iran's Fight for Supremacy) アハマディネジャドは4月中旬、マシャイエを諜報大臣に就任させようとして、それまで諜報大臣をしていたモスレヒ(Heidar Moslehi)を罷免した。多民族で多様なイランのような国では、国家を統治する際に諜報が非常に重要な部門だ。アハマディネジャドは、マシャイエを次期大統領に据える前に諜報大臣を経験させ、諜報分野の権限を、聖職者集団の傘下組織である革命防衛隊から奪取しようとしたのだろう。 (Reports: Iran intelligence chief in political vise) ハメネイはモスレヒの罷免を認めないと宣告した。だがアハマディネジャドはハメネイの指示を無視し、モスレヒを呼ばずに閣議を開いた。ハメネイは怒り、モスレヒを出席させて閣議を開くよう、アハマディネジャドに強く求めた。モスレヒが出席して閣議が開かれたが、こんどはアハマディネジャドが欠席していた。4月後半、アハマディネジャドは閣議を2回欠席し、ハメネイに抗議の意志を示した。 (Iran's Ahmadinejad in growing rift with top cleric) 聖職者独裁のイランで、ハメネイに逆らう者は国賊だ。有力な聖職者たちが相次いでアハマディネジャドを非難し、軍より強い力を持つ革命防衛隊もハメネイを支持した。アハマディネジャドは四面楚歌状態となったが、国際社会で孤立するほど声高に反米主義を唱え続けた彼は、かなりの頑固者らしく、大してひるまなかった。 (Power Struggle in Iran Enters the Mosque) 5月に入ると、彼は今度は石油相を罷免し、自分が石油相のポストを兼務しようとした。6月初めにOPEC総会が開かれ、今年はイランが議長国だった。OPEC総会では、原油の生産余力があるサウジアラビアが増産を提唱し、増産に反対するイランやベネズエラなどと対立しそうだった。米国のドル過剰発行を受けて、原油や穀物、金地金などに価格高騰の兆しが続いており、特に原油が高騰すると、インフレや金利上昇、世界経済の成長鈍化、ドル下落などにつながりかねず、米国覇権の持続を望むサウジは増産を求め、逆に米国覇権の凋落を望むイランやベネズエラは増産に反対していた。アハマディネジャドは自らOPEC総会の議長をつとめることで、サウジとの徹底的な対立をやって勝ち、それで国内での自分の権威を高め、ハメネイに対抗しようとしたようだ。 (Iran sets stage for tense Opec meeting) ハメネイは石油相の罷免を認めず、議会は石油相の罷免を違憲として裁判に持ち込もうとした。裁判所は聖職者の傘下にあり、すでにアハマディネジャド側近の副大統領の一人に違法行為があったとして訴追するなど、権力闘争に参加していた。 (Iran's Parliament Takes Ahmadinejad to Court in Growing Power Struggle) (Iran bans Ahmadinejad ally from office: Fars) 議会などによる反対を受け、アハマディネジャドは次善の策として、側近の一人であるアリアバディ(Mohammad Aliabadi)を後任の石油相に据えた。議会は「アリアバディは最悪の人事だ」と批判したものの、それ以上の妨害をせず、そのままOPEC総会が開かれた。サウジアラビアなど3カ国が増産を主張したが、イランはベネズエラ、リビアなど5カ国で増産に反対し、増産案を葬り去った。それまでOPECは、サウジが絶対的な力を持ち、サウジの背後にいる米国の言いなりで政策を決めていたが、その構図が久々に崩れた。 ('Aliabadi worst choice for oil minister') (Oil leaps as Opec descends into acrimony) 6月に入るとアハマディネジャドは、イラン政府の運輸省、住宅省、都市開発省という3つの省庁を合体してインフラ省を新設すると発表した。それに対し、聖職者らで構成する護憲評議会が、合併は違憲だとして差し止めを命じ、新たな権力闘争となっている。アハマディネジャドが聖職者独裁を壊そうとする権力闘争はまだ続きそうだ。アハマディネジャドが勝つ見込みは今のところ薄いが、彼が聖職者に対してしつこく喧嘩を売るのは、何らかの勝算があってのことかもしれない。 (Iran's Guardian Council Votes Down Ministry Merger) ハメネイら、今のイランの聖職者集団の主流派は、米イスラエルの覇権体制と対峙する方針を持っており、この点はアハマディネジャドと同じだ。しかし、OPEC総会を前にした石油相の人事抗争などを見ると、アハマディネジャドの方が、積極的に反米主義をやって世界の多極化の流れに乗ってイランを中東の地域覇権国にしていこうと考えているように見える(ハメネイら聖職者集団が、この点についてどんな戦略を持っているか見えてこない)。 6月15日からは、上海協力機構の年次総会が開かれ、アハマディネジャドは中国やロシアの首脳と会談することになっている。イランは今、上海機構のオブザーバーでしかないが、これが正式加盟に昇格すると、米国とイランの対立構造の中で、イランは中露を自分の側により強く引っぱり込めるようになる。 (Forthcoming SCO summit to be of "historic significance": Chinese FM ) 今年、発足10周年を迎える上海機構の年次総会は、同じくオブザーバーであるインドが正式加盟するかどうかも含め、注目される。インドが正式参加すると、印中間の和解にも拍車がかかる。
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