米国債政治デフォルトの危機(2)2011年5月26日 田中 宇この記事は「米国債政治デフォルトの危機」の続きです。 米国の国債金利は、史上最低に近い水準にある。債券の金利が低いのは買い手が多いことを示すので、米国債のリスクは今、とても低いことになる。しかし米国債は、現在のリスクを示す利回りが低いのだが、将来のリスクを示すCDSの価格(債券の破綻に備える保険の料率)が5月17日から急上昇し、6営業日の間に価格が3倍になった。5月25日現在、CDSが示す「米国債が今後1年間に破綻する可能性」は、インドネシアやスロベニアの国債より高くなっている。 (US default `more likely than in Indonesia') 米国債のCDSが急上昇し始めた5月17日は、米国の財政赤字が法定上限に達した5月16日の翌日だ。米議会では、共和党が増税に反対して社会保障費の削減を求め、民主党が社会保障費(メディケアなど)の削減に反対して高所得層の増税を求めて対立が解けず、米国債の追加発行に必要な財政赤字の法定上限の引き上げができない。このまま7月末まで上限引き上げができないと、8月はじめに米国債が前代未聞のデフォルト(債務不履行)に陥りかねない。市場では投資家が米国債の先行きを懸念し、米国債のCDSが急上昇した。 赤字削減策との抱き合わせでない赤字上限の引き上げに特に強く反対しているのは、大統領府を民主党にとられている共和党だ。下院で多数派を占める共和党のベイナー議長は「米国債がデフォルトすることによる(短期的)被害より、財政赤字が増え続けることによる(長期的)被害の方が大きい」と表明した。共和党内では、数日間ぐらい米国債がデフォルトした方が、民主党の譲歩を引き出せて好都合だという意見まで出ている。 数日間でもデフォルトしたら、米国債の信頼は失墜し、世界の金融に大損害を与えると予測されるのに、そんなリスクは全く無視されている。政治家が危険な火遊びを続けているのを見て、投資家は懸念を募らせ、米国債CDSが買われてつり上がっている。ヘッジファンドの中にはベイナーを支持する者もいる。彼らはCDSの上昇を見越した投機で儲けようとしているのかもしれない。 共和党は「デフォルトも辞さず」という姿勢の動きをまだまだ続ける気だ。世論調査によると、米国民の大半は、米国債デフォルトより財政赤字増の方が問題だと考えている。実際には、短期間でもデフォルトは大変な悪影響となる。米国民の多くは国債デフォルトの意味を把握していないだろう。世論調査は「赤字増よりデフォルトの方がましだ」という「世論」を引き出す目的で設問の仕方などを工夫して実施しているのではないか。 (Poll: More Americans fear higher national debt than default) 共和党はこの「世論」を背景に「デフォルトしたっていいから財政赤字を減らすんだ」と主張している。下院の共和党は来週、世論を意識した政治ショーとして、財政赤字の上限引き上げに反対する決議を行う計画を立てている。この手の決議によって、米国の民意は共和党支持が強まるかもしれないが、債券市場は米国債の下落やCDSが示すリスク上昇に拍車がかかる可能性が高い。 (Not A Surprise: GOP Plans Vote On Debt Ceiling Bill Next Week) 私自身は「米国債は世界金融の頂点であり、それがデフォルトすると、リーマン倒産以上の世界的大惨事になる」という、JPモルガン会長が発した予測が正しいと感じている。 (JPMorgan CEO Jamie Dimon: U.S. Debt Default Would Be A 'Moral Disaster') ▼QE2終了と重なってどうなる? 6月末は、連銀の米国債買い支え策(QE2)も終了する予定だ。連銀内ではQE2の延長を求める声がまだ出ているが、連銀の勘定は史上最大の規模(メイデンレーンなど「飛ばし」の別勘定を含まない表の勘定が2兆7420億ドル)に膨れ上がっている。QEをこれ以上やると不健全さが増すので、継続は難しい。そもそもQE2は景気対策として非常に効率が悪い。6000億ドルのQE2によって70万人の雇用が創設されたというが、これは一人の雇用増あたり85万ドル(約7千万円)もかかったことになる。 (Two top Fed officials say easy money still needed) (Fed balance sheet hits another record) QE2が終わると金融市場がどうなるか、市場関係者の予測は「株安」「コモディティ安」「ドル安」「ドル高」などに分裂している。「最近の金相場の上昇はQE2の資金が流入した結果だから、QE2の終わりは金の大幅下落などコモディティ安になる」という予測がある。 (QE2 was a bust, Economic data is worse than before) (Investors wary of post-QE2 bear trap for dollar) 私の従来からの分析は「QE2は、連銀が資金注入によってドルと米国債、金融界(債券市場と銀行)を救済し、株高を演出して米経済が回復しているかのような装いを作るためにやった」というものだ。QE2の資金は、投資銀行系のヘッジファンドなどを通じ、株高のための先物買いと、金相場などの先物売りによるドル救済に使われている。新規の別の代替要因が働かない場合、QE2の終了は米株安とコモディティ高につながる。ゴールドマンサックスは「5月初旬からのコモディティの急落は終わり、これから原油や銅が反騰する」との予測を出している。 (Goldman says Brent crude will hit $130) 欧州では、債券格付け機関がイタリアやスペイン、ベルギーなどの国債を格下げし、ギリシャ発のユーロ国債危機がいよいよ拡大している。EU当局が対策を打っても短期的な効き目が現れず、危機の感染ばかりが煽られている。これも、ドル防衛のため米英の投機筋がギリシャを皮切りにユーロ潰しを画策しているという、私の従来からの見方に即して考えると、ドルや米国債の潜在危機が増すほどユーロの国債危機が拡大する構図が納得できるものに見える。日本政府も、ここぞとばかりに円高防止策的な「わが国は余震と放射能にまみれているので、円に投資しない方が良いですよ」というメッセージを発し続けている。 (Euro contagion fears hit Spain and Italy) 財政上限の引き上げをめぐる米政界の民主・共和両党間の議論は、少なくとも期限が迫る7月中旬まで妥結しない可能性が高い。その間に来週、再来週、その先と、米国債や、他の金融市場の混乱が拡大していくかもしれない。この件は、今後も継続的に書いていくつもりだ。
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