福島原発事故・長期化の深刻2011年4月6日 田中 宇3月11日の大震災とともにおきた福島第1原発の事故は、短期的に状況がどんどん悪化していく最初の数日間の事態が、その後、とりあえずおさまっている。再臨界の懸念が減り、炉心は不安定ながら、安定に向けて冷却の作業が続けられている。しかし、1−3号機において、本来は炉心から出る放射性物質(放射能)を全く漏洩させない構造になっているはずの原子炉の格納容器のどこかに破損(亀裂または穴)があり、高濃度の放射性物質が外部に漏洩する状況が続いている。 (第2の正念場を迎えた福島原発事故) 燃料棒が熱を出し続けるため、冷却は今後、数年間にわたって続けねばならない。原子炉に水を注入し続ける必要があるが、入れた水の一部が、炉内の放射性物質を含んだかたちで漏洩し続ける。漏れた水を建屋の外に全く出さずに臨時の貯水施設に貯め続け、満水になる前に貯めた汚染水をどこかで処理して浄化できれば、環境への悪影響は少なく抑えられる。しかし、すでに高濃度の放射性物質を含んだ水が海に流れ込んでいる。原子炉の漏洩場所箇所も特定できておらず、一カ所での流出を止めても、その後別の場所から汚染水があふれ出る危険がある。汚染水の垂れ流し(もしくは蒸発)は、震災後の数日間に行われた大気中への放射性物質を含んだ蒸気の大量放出(爆発やベント)に比べると、比較の問題として、環境への悪影響が少ないと考えられる。大気への放出は風と降雨によって広範な地域に放射性物質をばらまくが、汚染水の海への流出は、海水によって急速に薄められる。 しかし半面、時間的な長さで考えると、汚染水の排出もかなり深刻な問題になっていく可能性がある。大気中への放出は今までのところ、最初の数日に限定されている。だが汚染水の排出は、漏洩場所と流出経路の特定、既存の貯水施設が満杯になった後の貯水場所の確保など、問題の解決までにかなりの時間がかかる。汚染源は液体の水だけでない。格納容器から漏洩する汚染水が水蒸気である可能性も高く、壊れた建屋の隙間を抜けて大気中に拡散しているかもしれない。格納容器の近くは放射線量が高く、漏洩を止める作業が難しい。格納容器の破損が一つの原子炉だけでなく、1−3号機という3機で起きていることも事態を重大にしている。今後、短くても数カ月、下手をすると何年間も、放射性物質を含んだ水や蒸気が3機のすべてから放出され続ける。 ▼事故が長引くと累積被曝量が増加 汚染された水は蒸発し、汚染された水蒸気とともに大気中に拡散し、降雨で周辺地域の土壌を汚染する。1日あたりの汚染の濃度が低くても、漏洩による放出が何カ月も続くと、原発周辺の30キロ圏内や50キロ圏内(もしくはそのさらに外側)に住む人々の累積の被曝線量が増えていく。健康被害が起きるかどうかは、1回(短期間)の被曝線量でなく、累積被曝線量をもとに考える必要がある。 (福島は足し算、大阪はそのまま) すでに文部科学省は4月4日、福島第1原発から30キロ離れた福島県浪江町の国道399線沿いで、3月23日から4月3日までの累積放射線量が、屋内退避の目安となる10ミリシーベルト(人工被曝の年間限度である1ミリシーベルトの10倍)を越えたと発表した。 (浪江町で屋内退避の目安超え 累積放射線量) この発表には、隠蔽の懸念がある。福島原発から大気中に大量の放射性物質が放出されたのは3月12日から16日の間で、放射性物質は数日後の3月22日ぐらいまでかけて原発周辺の地域に拡散したと考えられる。文部科学省が発表した浪江町の累積放射線量は、毎日の放射線量が多かったと推測される3月12日から22日までの間を外し、その後の3月23日からの累積値として発表されている。毎日の放射線が、より多かったと考えられる3月11−22日の分をこれに加算すると、すでに浪江町の問題の場所の累積放射線量は、対策が屋内退避ですむ目安をかなり越えていると推測できる。 発表値に3月11−22日の分が加算されていないのは、何らかの妥当な理由があるのかもしれない。だが、そうではなくて、政府が屋内退避や避難勧告の範囲を広げたくないがために、意図的に23日以降の分に限定して発表したのであれば、大きな問題だ。今後、放射性物質を含んだ汚染水が福島第1原発から排出され続けると、その分だけ、地域住民の累積被曝量が今後も増え続ける。 日々の放射線量は減っても、原発事故が長引くほど、累積量は増え続ける。たとえば原発から51キロ離れている福島市では、4月5日の段階で1時間あたり2マイクロシーベルトを観測しているが、仮にこの状態が何日も持続すると、1日あたり約50マイクロシーベルトとなり、20日間で政府(国際機関ICRP)が定めている、公衆にとっての1年間の被曝量の上限である1ミリシーベルトに達する。何カ月もこの状態が続くと、上限をはるかに上回る。 (福島・放射能情報 福島市、微減傾向(4月5日午後)) 健康被害が起きることが確認されているのは、100ミリシーベルト以上の被曝だ。1時間あたり2マイクロシーベルトの福島市の例でいうと、約5年(2000日)被曝し続けないと、この量に達しない。しかし半面、人々は、大気中に存在する放射性物質が体の表面に付着して起きる外部被曝とは別に、呼吸や、汚染された食物を食べることで起きる内部被曝の影響も受ける。内部被曝を加算的に勘案する必要がある。 (被曝 wikipedia) 4月6日、政府は住民の年間の被曝限度量について、従来の1ミリシーベルトから引き上げる検討をしていると発表した。上限量は、短期的な被曝増加を想定したもので長期の被曝を想定したものでなく、原発からの放射性物質の排出が長期化しそうな中、より現実的な上限値を再設定するのだという。この検討が適切なものなのか、それとも政府が屋内退避や避難指示の地域を拡大したくないがゆえに上限を緩和する(この場合、後になって健康被害が出る可能性がある)つもりなのか、疑念が残る。 (年間被ばく限度、引き上げ検討=原発事故の長期化想定―官房長官) チェルノブイリ事故など過去の事例では、放射線被曝の人体への悪影響が住民の健康被害として顕在化したのが、実際に放射線を浴びてからかなり経ってからのことだ。被曝の被害への対策は、顕在化してからでは遅すぎる。もし隠蔽の意図があるのなら、取り返しのつかないことになる前に、政府は対応を修正して事態を正確に発表し、必要に応じて避難地域の拡大などの対策をこうじる必要がある。
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