他の記事を読む

イランとサウジアラビアの対立激化

2011年4月4日   田中 宇

 中東各地で、イランとサウジアラビアの対立が激しくなっている。あまり顕在化していない部分も大きいが、バーレーン、イラク、レバノン、イエメン、クウェート、エジプトなどで、イランが支援する勢力が台頭し、サウジが支援する勢力が減退している。その大きな要因の一つは、サウジの後ろ盾となってきた米国の影響力が中東全域で低下するとともに、イラク侵攻以来の反米感情の高まりが、イランにとって追い風になっていることだ。 (Proxy war in the Middle East

 イランは、シーア派の歴史的なネットワークを活用した隠然とした影響力行使を好み、直接的な軍事介入をしない。サウジも、オイルマネーを支援金として与える裏工作を好むので、こちらもバーレーン以外の地域では軍事介入になっていない。イランとサウジの対立は、各地の政治勢力に対する影響力行使のせめぎ合いの形をとっているため、顕在的な武力対立になりにくく、両国間の直接の戦争にはなりそうもない。だがこの対立は、米国の覇権の減退という長期的・不可逆的な要素が絡んでいるのに加え、1979年のイラン革命(イスラム革命)以来の30年間という息の長い対立構造であり、今後の数十年かそれ以上の長期間の中東の政治状況を左右する決定的なものである。

▼バーレーンとリビアをめぐる米サウジ談合

 今、イランとサウジの対立が最も先鋭化しているのは、サウジと橋でつながる小さな島国バーレーンだ。バーレーンでは、スンニ派で親サウジの王政に対して、国民の大多数を占めるシーア派(心情的に親イラン)が、エジプト革命に影響され「民主化」を求めて2月初旬から決起し、3月中旬にはサウジ軍がバーレーン王室の要請を受けて軍事介入した。バーレーンの政治が完全な民主化をすると、主導権がスンニ派からシーア派に移り、バーレーンはサウジ寄りからイラン寄りに転換してしまう。サウジ軍の介入から2週間がすぎたが、バーレーン国民の民主化要求運動は下火にならず、これに連帯して、中東各地のシーア派がサウジを非難する政治運動を強めている。 (バーレーンの混乱、サウジアラビアの危機

 バーレーンをはじめとするペルシャ湾の南岸地域は、17世紀までイラン(ペルシャ帝国)の影響圏だったが、その後ペルシャが衰退し、一時的なオスマントルコの拡大期を経て、19世紀から英国がイランを含むペルシャ湾全体を支配し、第二次大戦後にイランが独立した後は、米国とサウジがペルシャ湾南岸を支配している。79年のイスラム革命後、イランはバーレーンやイラク、サウジ、クウェートなどペルシャ湾南岸のシーア派を決起させて政権転覆を誘発しようとしたが、これまでは成功しなかった。しかし、今年のエジプト革命を機に、イランにとっての30年に一度の大チャンスが到来し、バーレーンで決起がおきている。 (Bahrain King Claims `Subversive' Foreign Plot Behind Protests

 米政府の中東戦略は従来、エジプトなどイスラエルにとって都合の良い政権を支援し、イランやイラク(サダム・フセイン)などイスラエルに脅威を与える政権を敵視していた。しかしチュニジア革命以降、米政府は、すべての中東諸国の民主化運動を支持する姿勢に転換し、エジプトのムバラクという米イスラエルにとって非常に重要な為政者の失脚を是認(誘発?)した。この新たな原則に沿うなら、米政府はバーレーンに軍事介入したサウジを非難しても不思議でなかった。

 しかしサウジは米政府と取り引きし、サウジがアラブ諸国を率いて米欧の対リビア軍事介入を強く支持する代わりに、米国はサウジがバーレーンに軍事介入して民主化運動を潰すことを黙認するという談合が3月初めに成立した(米サウジ談合について、私は3月17日に独自の推察として分析を書いたが、その後、4月に入って米国でも同じ分析が出ており、今ではかなり確実な見方になっている)。 (3月17日の速報分析

 サウジは3月上旬、アラブの22カ国で構成するアラブ連盟の会合で、欧米のリビア空爆の前提となった国連安保理の飛行禁止区域設定決議を支持することを強く主張して通したが、この会合には22カ国の加盟国のうち11カ国の代表しか出席しておらず、11カ国の中でもシリアとアルジェリアは反対だった。賛成したのは、サウジとその傘下の小国群からなるペルシャ湾岸諸国(GCC)6カ国を中心とする、9カ国だけだった。アラブ連盟は、サウジの強い政治力を受け、22カ国のうち9カ国の賛成のみで、リビア軍事制裁を支持していることにしてしまった。 (Exposed: The US-Saudi Libya deal

▼米マスコミがバーレーン報道を自粛?

 米政府は、サウジなどアラブ諸国に対し、リビア軍事制裁を支持するだけでなく、戦闘機などの軍隊を多国籍軍に派遣して戦闘に参加するよう求めた。これも、米政府がサウジのバーレーン軍事介入を黙認する条件の一つだったのだろう。サウジは、自国が軍隊を派遣すると国内外から非難されかねないので、傘下のGCC小国群の一つであるカタールに戦闘機を派遣させた。(イラン革命後の1981年に結成されたGCCは、もともとペルシャ湾南岸へのイランの影響力拡大を阻止するための組織だ)

 サウジとの裏取引の結果、米政府は、サウジなどGCC諸国が決めたバーレーン軍事介入を批判しない態度をとっている。米政府は自国のマスコミにも、バーレーンの事態をあまり報じないように圧力をかけていると指摘されている。英BBCは「イランを含むあらゆる国の介入に反対だ」と述べたバーレーンのシーア派指導者の発言を、すでにイランがバーレーンに介入していると言ったかのように歪曲して報じたと、イランのメディアが指摘している。 ('West media silent on Bahrain atrocities') (BBC twist on Bahraini opposition demands

 サウジのバーレーン軍事介入は、GCCの決議を経て、GCC全体で行う形式を取っている(サウジが1000人、アラブ首長国連邦が500人の部隊を派遣し、クウェートは海軍艦1隻を派遣した)。その後、GCCは議長を交代させ、バーレーンのザヤニ元将軍(Rashid al-Zayani)が新議長に就任した。ザヤニはバーレーンの治安維持責任者を長くつとめた人物で、民主化運動を強く弾圧することに積極的だ。彼は米英に滞在した経験が長く、米英軍と良好な関係にある。サウジは、米英との軍事関係(軍事産業からの武器購入など)を強化し、バーレーンをイランに奪われることを防ごうとしているように見える。 (New GCC Head Zayani Lauds Attacks on Bahraini Protesters

 リビア攻撃の多国籍軍に戦闘機を派遣したカタールは従来、ペルシャ湾岸の二大国であるサウジとイランの両方に気を配る外交姿勢をとっていた。しかし今回の一連の動きを通じ、カタールはサウジの側に引き寄せられ、イランとの敵対を余儀なくされている。カタールは、石油積出港を占拠したリビア反政府派から原油を買い取り、武器を調達する現金を作ってやる役割も担わされている。 (For Qatar, Libyan Intervention May Be a Turning Point

▼亀裂が入りそうな米サウジ談合

 今のところ、サウジのバーレーン介入と、欧米のリビア介入との交換である米サウジ談合は効力を保っている。しかし、それが今後もずっと続くとは限らない。米欧やイスラム諸国などの世論は「なぜ欧米はリビアの国民を弾圧するカダフィを制裁するのに、バーレーンの国民を弾圧するバーレーン王室を制裁しないのか」という疑問を呈している。今後バーレーンでの弾圧が長引くほど、特にイスラム諸国など途上諸国の世論が、サウジ批判に傾くだろう。 (US Struggles to Explain Difference Between Bahrain, Libya) (The West hypocrisy

 米政界では「リビアは欧州にとって(油田があるので)重要な場所だが、米国からは遠いのであまり重要でない。リビア軍事制裁は、米国でなく欧州が主導すべきだ」という主張が、あちこちから出ている。「リビア反政府派の指導者の多くは素性がわからない人物で、アルカイダ関係者の可能性もある。米国は、彼らの素性を把握するまで支援すべきでない」という意見も多い。 (Libya more 'vital' to Europe than US: Obama ex-advisor) (Only a few of Libya opposition's military leaders have been identified publicly

 オバマ政権は「リビアでの空爆は英仏など欧州勢に任せ、米国は後方支援に徹する」と前から言っており、4月3日には、米軍の巡航ミサイルや戦闘機を後方に下がらせる方針を打ち出した。しかし欧州諸国が「もう少し空爆に参加してくれ」と米政府に泣きつき、米軍は1日単位で空爆参加を延長していくことにした。 (US pulling Tomahawk missiles out of Libya combat) (US to Continue Libya Air Strikes at NATO's Request

 今後、もし米国が予定通りリビア攻撃の一線から手を引いて後方支援に徹し、主役が仏英などに移ると、米政府はサウジとの交換条件的な談合に固執する必要が減る。米国のマスコミや政界が「サウジはバーレーンに軍事介入し民主化を弾圧している」と赤裸々に指摘するようになると、サウジに対する国際的な批判が強くなる。サウジ王政は「イランはバーレーン内政に介入している」とイランを非難しているが、米当局は、イランがバーレーンに内政干渉しているという証拠はないと言っている。明示的にバーレーンに介入しているのはイランでなく、サウジ自身の方だ。 (Saudi urges Iran to keep nose out of Gulf

 地政学的な国益から推察すると、イランはバーレーンに対し、政権転覆を目指す長期的視野に立って、シーア派の信者網を通じて隠然と介入し続けていると考えられる。バーレーンなどペルシャ湾の対岸に対する影響力を回復することはイランの歴史的な悲願だ。イランがバーレーンに対して何もしていないはずがない。イスラム革命以来、イランの動きを監視し続けている米当局が、それに気づかないのもおかしい。イランを敵視するふりをして強化する(親イスラエルのふりをした反イスラエルの)米国の隠れた戦略が、ここでも感じられる。

 途上諸国では、ベネズエラのチャベス大統領など、親イランの反米指導者たちが、イランを擁護して米傀儡のサウジ王室に対する批判を強めるだろう。国際圧力を受けてサウジ軍がバーレーンから撤退せざるを得なくなると、バーレーンの王政は転覆され「民主化」されて親イランの国に転換していくだろう。

 サウジ王政に対する批判や政治改革を求める声は自国内でも強くなっている。国民の不満を緩和するため、サウジ王室は巨額の石油収入を使って国民に対する資金のばらまきを続けているが、財源が逼迫し、国際原油価格を1バレルあたり20ドルほど引き上げる必要に迫られているとの指摘もある。ここ数日、原油価格が上がっているが、それと関係があるかもしれない。 (Saudi Government's Break-Even Oil Price Rises $20 In A Year

【続く】



この記事を音声化したものがこちらから聞けます



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ