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第2の正念場を迎えた福島原発事故

2011年3月31日  田中 宇

この記事は「福島原発事故をめぐる考察」の続編です。

 福島第1原発から40キロはなれた福島県の飯舘村で、基準上限値の2倍の放射性物質が土壌や雑草から見つかり、国連の国際原子力機関(IAEA)が日本政府に対し、飯舘村の住民に対して避難勧告を出すよう要請した。すでに日本側の調査でも、飯館村と、その東隣にある川俣町(原発から45キロ)で、高濃度のセシウム137など放射性物質が見つかっている。日本政府は、高濃度が持続的に観測されれば避難指示を出すが、今のところ、20キロ圏内が避難指示、30キロ圏内が屋内退避という決定を拡大するつもりがないと言っている。

 福島原発からの放射性物質の拡散は、風と雨によるものだ。福島原発では3月12日から16日までに起きた水素や水蒸気の爆発、蒸気の排出などがあり、炉内や使用済み核燃料プールにあった放射性物質(放射能)が空中に大量放出された。それが風に乗って遠くに運ばれ、降雨のかたちで浄水場や畑に降り注いだことと考えられる。原発での放出時の風や、その後の数日の降雨の状況によって、原発からかなり離れた一つの場所に高い濃度の放射性物質がたまる時がある。3月17日以降は、爆発や蒸気排出など、原発から空中への放射性物質の放出は行われていない。放出がなければ拡散もないわけで、17日以降、飯舘村や川俣町への放射性物質の新たな蓄積は減っていると考えられる。それが「今のところ避難指示を拡大しない」という政府決定の理由だろう。 (村覆う見えない恐怖 放射能に揺れる福島・飯舘

 原発事故の発生後、米国政府が福島原発から80キロ(50マイル)以内にいる米国人に避難を求めたため「日本政府の20キロという避難指示対象圏は狭すぎる」という批判が日本国内で出た。今回のIAEAの要請を受け、再び同様の批判が出るだろう。米国は、国土が広く人口が密集していない場所が多いので、80キロの避難でも比較的難しくないだろう。このように書くと「上から目線でものを言うな」という批判が読者から来るとは思うが、人口が密集している日本で、しかも大震災の直後で交通が困難に直面し、地震と津波で被災して避難場所を求める人々も多い現状では、原発事故の避難指示圏を拡大するのが、米国に比べて難しいとも考えられる。

 被災直後の3月12日から16日までは、原子炉の制御が困難で、水素や水蒸気の爆発が起きたり、高まった原子炉の圧力を下げるため放射性物質を含んだ蒸気の排出(ベント)を行わねばならなかった。使用済み核燃料を貯蔵したプールの水位が下がって燃料の上部が空気にさらされて高温になり、再臨界の可能性もある危険な状態だった。空中に排出された放射性物質が、風と降雨によって、畑や浄水場に降り注ぎ、農作物や水道水に被害が出た。これが、福島原発事故の「第1の正念場」だった。

 その後、非常用電源や消防車などの注水機能が確保されて原子炉の冷却機能が安定に向かった。爆発は起きていないし、炉内から外気への蒸気の大量排出も行われていない。使用済み核燃料プールへの注水も行われている。今後、福島原発で水素などの爆発が起こらず、蒸気排出も必要なければ、原発から空気中への新たな放射性物質の大量放出は起きず、浄水場や畑に放射能が降り注ぐこともない。土壌にたまった放射性物質は放射線を出し尽くして安定し、被害は縮小していく。今後、原子炉や使用済み核燃料プールが冷却できない制御不能に再び陥ると、再び汚染の被害が起こりうるが、そうした不測の事態が起こらない限り、心配事は減る傾向にある。

 政府や東京電力が重大な事態を隠しているのではないかと懸念する人も多いが、私が見るところでは、これまでのところ、政府は東電の尻をたたいてできるだけの情報を発表させ、重大な事実の隠匿はないように思える。原発で爆発が起きると、政府や東電が隠す前にテレビで放映される。各自治体や市民運動などが各地で放射線量を計測しており、政府や東電が放射性物質の増加を隠蔽することは困難だ。東電が放射線量を間違って発表して政府に叱られたが、その間違いの方向は「隠蔽(過小評価)」ではなく、物質の誤認による「過大評価」だった。

▼汚染冷却水の問題

 福島第1原発は、まだ大きな問題を抱えている。それは2号機と3号機で、圧力容器と格納容器のどこかに穴(亀裂?)が開いたままになっていることだ。その穴から高濃度の放射性物質を含んだ冷却水が漏れ、建屋内のいくつかの場所にたまっている。汚染された水の一部は原発前面の海域に流れ込み、数日前から周辺海域の放射線の濃度が上っている。格納容器は放射線量が高く、接近して調査することが困難なため、東電は穴の場所を特定できていない。東電は、近くの高圧電線から電気を引っ張ってきて原発の建屋につなぎ、通常の電力を回復してポンプなど平時の制御機能を回復し、非常用電源や消防車に頼っている非常事態から脱しようとしている。しかし、電線を建屋までつないだものの、その先の配線の復旧作業が、汚染水の存在によって阻止されている。

 原子炉は、燃料棒(ペレットと被覆管)、圧力容器、格納容器、建屋という「五重の防御壁」がある。通常は、密封された圧力容器の中と、外にある冷却用の復水器との間で冷却水を循環させ、その水(蒸気)で燃料棒を冷やして暴走(高温化)を防いでいる。燃料棒の間に制御棒を入れて核分裂を止めても、その後3−6年は冷却を続けないと、燃料棒は高温になって溶融してしまう。今回の事故では、地震直後に核分裂を止めたが、一時すべてポンプが止まって冷却水の循環が止まり、2号機と3号機で、燃料棒の一部(または全部)が高温になって溶融し、圧力容器の底にたまっている。さらには、1−3号機のすべてで、圧力容器の下の方が破損し(制御棒を入れる穴が抜けたか、穴の周りの溶接部が破損)、圧力容器に水を入れて冷やそうとしても、その一部が破損したところから水蒸気として格納容器の方に漏れ出てしまい、炉内の水位が上りにくくなっている。もれ出た水は、高濃度に放射能汚染されている。溶融したウラン燃料が圧力容器から漏れ出し、格納容器の底にたまっている可能性もある。

 格納容器に汚染水がたまっても、本来は、容器外部には漏れ出ないことになっていた。しかし実際には、水素もしくは水蒸気の爆発によって、格納容器の下の方(圧力制御室?)に穴が開き、そこから冷却水が漏れ出している。2号機と3号機では、原子炉内の放射能を封じ込めていた圧力容器と格納容器という、割れないはずの2つのお釜が、両方とも割れてしまっている。1号機も燃料棒が溶融し、圧力容器も2号機や3号機ほどではないものの損傷していると発表されている。(4−6号機は定期点検中で、燃料棒が炉内になかった)

 お釜が割れていても、お釜にどんどん水を入れて冷却しないと、燃料棒が高温になって危険になる。お釜が割れているので、格納容器の外側の貯水槽などにどんどん汚染水がたまり、放置するとあふれて海に流れ込み、海を汚染する。燃料棒があまり熱を出さなくなるまで、3−6年は冷却を続けねばならない。お釜のどこが割れているかも、まだ特定できていない。割れ目を特定し、ふさぐ作業を終えるまで、貯水槽に汚染水がたまり続けるが、ふさぐ作業は難しい。水の汚染を取り除く施設も原発内にあるが、被災して使えないようだ。巨大なタンカーを調達し、そこに汚染水をためる構想も出ている。

 1−3号機では、圧力容器からの水の漏洩状況が把握しにくく、炉内の燃料棒の溶融状況も確定できない二重の非常事態で、圧力容器にどの程度の冷却水を入れ続ければよいか、手探り状態の原子炉運転が続いている。通常電源の配線が復旧して通常のポンプを動かせるまで、かなりの時間がかかりそうだし、通常の冷却水循環機能を回復する際には、切り替えの難しさがある。その後の手探り状態の運転が安定してから、さらに何年も冷却水の循環を続け、炉心を冷やしてから廃炉の作業に入ることになる。こうした「冷やす水」の対策とは別に、圧力容器からの汚染された「漏れる水」の対策も続けねばならない。これらの「第2の正念場」の工程の中で大きな失敗があると、炉内が再び高温になって、大気への大量の放射能漏れという「第1の正念場」の危険に戻りかねない。しかし、そうした不測の事態がなければ、事態は沈静化していく傾向にある。

 福島原発事故の事態は、空中の汚染から海中の汚染に問題が移っているが、海の中では、地上よりはるかに早く放射性物質が希釈されていく。排出時は高濃度でも、すぐに大きく希釈されて問題ない濃度になる。魚介類に放射能が蓄積される懸念はないと政府が発表したが、それは正しいと考えられる。海を放射能汚染することは悪いことに違いなく、魚介類に対する風評被害もひどいだろうが、空中に大量放出され、風や雨の具合によってどこの地域が汚染されるかわからない状況よりは、人々にとっての被害が少ない。これから復興していく三陸など東北の漁業を、風評被害の犠牲者にしてはならない。

 汚染水の問題に解決のめどが立ち、炉心の冷却体制も安定していくと、第2の正念場も峠を越える。原発の事態が安定した後、周辺の放射性物質の除去が行われ、避難していた人々が家に戻り、田畑や牧草地が生産を続けられるかどうかの放射線量の測定が行われる。長期化しそうな東日本の計画停電の問題、経済面の補償の話と、東電の経営問題などもある。まだまだ難題がいくつもあるが、一つずつ乗り越えていくしかない。政府や東電を批判するのでなく、節電しつつ、おつかれさまですと言って応援したい。



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