イラク反政府運動の意味2011年2月28日 田中 宇世界各地で起きている反政府運動による政権転覆の試みは、政権が米国と同盟関係にあるエジプトやチュニジアなどでは米国の覇権を減退させる方向の試みだが、政権が米国に敵視・非難されているイランや中国では米国覇権の維持拡大の方向の試みであるという、米国にとって諸刃の剣の状態にある。この図式の中で、イラクで起きている反政府運動を考察すると興味深い。イラクは米国の占領下にあるが、米国の傀儡政権になるはずだったイラク政府(マリキ政権)は、サドル師など、米国の仇敵であるイランの傘下にあるシーア派の組織が牛耳っている。サドル師とマリキ首相は敵対していたはずなのに、反政府運動を抑止することを機に連携を強めている。 (Iraq's Top Shiite Leaders Urge Delay of Protests) イラクでは2週間ほど前から、バグダッドや南部のバスラ、スンニ派の町ファルージャ、北部のクルド人地域など各地で反政府運動が起きている。そこで発せられる要求は、政府の腐敗根絶から治安改善、米軍撤退、クルド人2大政党の権力独占への批判まで非常に多岐にわたっており、この運動が成就するとイラクの何がどうなるのか見えない。しかし、イラク政府の反応は明確だ。反政府運動に対する報道をすべて禁止し、代わりにイラクのマスコミはデモの抑制を試みるマリキ首相、サドル師、システニ師などシーア派指導者の演説を流している。このイラク政府の反応からは、反政府運動がイラクのシーア派主導政権を壊そうとする方向を持っていることが感じられる。そして米政府は、このイラク政府の反応を黙認している。 (What you won't read in the mainstream press regarding Iraq's "National Day of Rage") このイラクの状況からは、私がいつも「隠れ多極主義」と言っている米当局の姿勢がかなり鮮明に見える。米当局は、イラク政府がイラン傘下のシーア派に牛耳られるのを黙認したうえ、イラク政府が反政府運動の決起に見舞われ、報道封鎖によって対応しても、米政府はそれを黙認し、マリキ政権に「反政府運動に対する報道を抑制するな」と圧力をかけたりしない。米政府は、エジプトやバーレーンの親米政府に対してさんざん民主化を容認しろと圧力をかけて困らせたのに、親イランのイラク政府には何の圧力もかけない。財政難の米政府内では、ゲーツ国防長官が「米軍はもう新たな地上戦をすべきでない」と宣言している。米軍はイラクでいざこざに巻き込まれたくない。米政府はこの姿勢を口実に、イラクがイランの傘下に入ることを黙認している。このように見ると、イラクの反政府運動がイスラエルなど、隠れ多極主義を抑止したい英米中心主義の勢力に扇動されたものである可能性が出てくる。 (The Gates Doctrine: Avoid Big Land Wars) 特に、クルド地域ではフセイン政権時代からイスラエルの影響力が強く、当時は北イラクのクルドの二大政党だったPUKとKDPはイスラエルや米国の言うことをよく聞いていた。だが今やクルドの二大政党は、シーア派主導の新生イラク政権である程度の利権を与えられてたらし込まれ、イスラエル側からイラン側に寝返った。北イラクのクルド地域には、野党的な新政党「変革運動(ゴラン)」が作られ、二大政党の腐敗を非難する反政府運動を起こしている。 (Thousands protest in northern Iraq over shooting) イラクを含む中東各地の反政府運動は、運動に参加する地元の人々のあずかりしらないところで、覇権の多極化を推進する勢力と阻止したい勢力との米中枢での暗闘として進行している。「せっかく中東の民衆が命をかけて革命を進めているのに、それを米中枢の暗闘とか言って陰謀論で上から目線で語るな」と怒る読者もいると思う。民衆が独裁者を倒す「勧善懲悪」の構図はかっこいいが、冷静に考えると、エジプト革命は米政府がムバラクを見捨てるという常識外れなことをしなければ成就しなかった。なぜ米政府がムバラクを見捨てたかを考え出すと、隠れ多極主義とか米中枢の暗闘といった仮説が出てこざるを得ない。 中東が革命によって今後どうなるかは、この革命がパレスチナ(ヨルダン、イスラエル、西岸、ガザ)やペルシャ湾岸の南岸地域(サウジアラビア、バーレーン、クウェートなど)に100年前に英国が引いた国境線を壊すところまで行くかどうかにかかっている。バーレーンやヨルダンの現政権が持ちこたえれば、国境線は維持され、中東が米欧に覇権下にある状態は変わりにくいが、持ちこたえず政権転覆になると、サウジアラビアが解体されて大油田がイラン側勢力のものになるとか、イスラエル周辺がすべて敵対的なイスラム主義の地域になってイスラエルを潰しにかかるとか、劇的な展開につながる動きとなる。
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