危機深まる今年の世界経済2011年1月3日 田中 宇米国の州や市町といった地方政府が、連鎖的な財政破綻の危機に瀕している。全米50州の中では、カリフォルニア州とイリノイ州が競うように財政危機を深めている。イリノイは年初以降の公的年金支払いの財源見通しがつかず、州債の下落に拍車がかかっている。法律上、米国の州は債務不履行を宣言できず、債務再編が困難だ。 (Illinois Default Insurance Cost Rises as Weak States Punished: Muni Credit) 両州のほか、ニューヨーク州とニュージャージ州も財政難がひどい。4州は、CDS(債券保険)が示す財政難のリスクが全米各州の中で特に高い。4州の頭文字をとった「CINNs」が、米地方財政の危機を示す言葉として使われ始めている。欧州のユーロ圏諸国の中で国債危機に見舞われて財政破綻しそうなポルトガルやギリシャなどの頭文字を並べて「PIIGS」と呼ばれているが、同じ発想の米国版である。欧米どちらが先に崩壊するかという感じだ。 (Europe has the PIIGS, now the US has the CINNs ... California, Illinois, New York, and New Jersey) ($2 Trillion Dollars In Debt Threatens 100 US Cities) 米国は州だけでなく市町も財政危機で、全米で100以上の市町が今年財政破綻してもおかしくない状況にあると報じられている。特に、衰退する自動車産業を抱えるミシガン州では、今年3月にかけて財政破綻しそうなハムトラック(Hamtramck)という町が実際に破綻した場合、デトロイトを含む州内の30の市町が連鎖的に破綻する可能性があるという。市町は州の許可があれば債務不履行を宣言できるので、一つが宣言を許されると、他の町々も宣言しかねない。 (US cities at risk of bankruptcy) (Michigan Town Is Left Pleading for Bankruptcy) すでに投資家たちは昨年末の段階で、米国の地方債を急いで売り払う局面に入っており、14年に一度の大量の売りが出ている。多くの投資家が、米国の州や市の財政難が悪化して地方債がもっと下がると予測している。地方債が売れなくなり、州や市が自前で資金調達できなくなると、代わりに連邦政府が負担してやらねばならないが、米連邦政府も財政赤字が増えており、地方を助けるのは難しい。地方債が売れなくなっていくと、次は連邦政府の米国債が売れなくなる可能性もある。 (Investors Attempting to Dump Bonds Push Bid Index Near Record: Muni Credit) ニューヨーク、サンディエゴ、サンノゼ、シンシナチ、ホノルル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ワシントンDC、デトロイト、シカゴなど16の都市が今年、財政破綻する可能性があるという指摘も出ている。現時点では「まさか」という感じだが、地方債市場から資金が逃げ出している現状を見ると、この先16都市の一部が破綻を宣言することがありうる。 (16 U.S. Cities Could Face Bankruptcy in 2011) 地方政府の財政難がひどくなると、福祉など行政サービスが低下し、貧困層に対する救済機能が失われていき、貧しい人ほど大きな打撃を受ける。連邦政府も財政難なので、政府から州に配分されていた貧困救済資金が底をつき、今年から救済金が15%減ることになった。米国民の6%が食うに困る「極貧」の状態にある。その数は増加しており、中産階級が貧困層に没落していく過程にある。米国の市民生活はひどく悪化しているのに、暴動や不満の爆発は少ない。不満が政府に向かわないよう、911の「テロ」事件以来、日本以上にプロパガンダ漬けにされている。 (Federal Government Cuts Off Recession Relief Money To States) 米国の地方政府の財政難の一因は、日本の地方自治体と同様に「ハコモノ行政」の失敗だ。会議場や運動場など大規模施設の建設のために公債を発行し、施設の運用利益で債務を返済していくつもりが失敗して行き詰まるケースが、地方債全体の10-15%を占めている。 (Default `red flags' in US muni projects) 米政府は財政難だが、アフガンとイラクの占領を抱える軍事費は今年度7250億ドルとなり、人類史上最高額を更新することが決まった。昨年11月の中間選挙を受け、元旦から米議会は軍産複合体と関係が深い共和党の主導に転換した。軍事費はますます削りにくくなる。米国では、国内の行政サービスや貧困救済機能が財政難で低下するのを尻目に軍事費が増えている。 (House Overwhelmingly Approves New $725 Billion Military Spending Bill) ▼米不動産市況の悪化で債券市場の危機再び 米国の財政難は地方から連邦へと波及していきそうだ。米連銀は、量的緩和策(QE2)で過剰発行したドルで米国債を買い支えているが、これが逆に市場の不信感を招き、12月中旬には米長期国債が下落(長期金利が上昇)する事態となった。すでにQE2の効き目が落ちている。米国債の金利はすべての債務の金利の基準だから、長期金利の上昇は、ローン金利を上昇させ、米住宅市況の悪化や、不良債権増による米金融界の危機につながる。 (The Beta Trade) 住宅市況の悪化は、国債、地方債と並ぶ、もう一つの債券であるジャンク債(社債)を危険にする。ジャンク債の主流は、銀行による不動産担保融資の債権を債券化したものだからだ。最新データである昨年10月分の米住宅相場は、年率換算で10%の下落となった。主要な米住宅指標である「シラー係数」を作ったイエール大学のロバート・シラー教授は、この下落幅が続くと米経済に大打撃を与えかねないと警告している。住宅市況が悪化すると、米国のジャンク債の担保割れが増える。これは、07年夏に「サブプライム危機」を引き起こした現象である。 (ROBERT SHILLER: If House Prices Keep Falling This Fast, The Economy Is Screwed) 米国の不動産危機はこの2年半、住宅市場の危機だったが、今年は危機が住宅から商業地に飛び火するかもしれないとFT紙が報じている。債券市場の不振で金利上昇、資金繰り悪化と空室増、商業不動産の不良化などが起きうる。連銀の緩和策で銀行を救済して悪化の顕在化を防ぐ延命策が行われているが、これがいつまで持つかわからない。米商業不動産市況は回復しても根本的でない。 (Commercial property loans pose new threat) 今のところジャンク債市場は活況だ。経営難に陥った企業でも起債できるので、資金調達によって倒産が回避され、米国で倒産(Chapter 11)が減少している。資産10億ドル以上の企業倒産は、一昨年に45件あったが、昨年は15件に減った。「影の銀行システム」は根強く生きている。だが、ジャンク債市場の活況は金融バブル拡大と同義である。住宅や商業不動産の市況悪化が続くと、いずれ再びサブプライム危機からリーマンショックにかけてのバブル崩壊が再演される。 (Why Chapter 11 Cases Are Shrinking) (影の銀行システムの行方) 米国の株価はこの数ヶ月間、上昇傾向にあるが、これも連銀のQE2と、投資銀行などがジャンク債を発行して作った巨額資金が株式市場に流入している結果だ。連銀は、景気対策や雇用拡大のためにQE2をやっていると言っているが、実際には景気や雇用にほとんど役立っておらず、唯一の役割は米国株価を上昇させることだと、米国の金融専門家の多くが考えているという調査結果が出ている。 (Fed Has Aided Stocks, Not Rates or Jobs: CNBC Survey) 昨年の1年間で、米株式市場から810億ドルの資金が流出し、新興市場などに再投資されている。米企業関係者(インサイダー)は自社株を売っている。しかし、平均株価は上昇した。一般の投資家は米国株を売り続けているが、連銀が大手銀行にゼロ金利で融資して株を買わせて株高を演出していると指摘されている。 (The U.S. stock market is rigged) 今後もしばらくは、連銀やジャンク債による資金で米国株が上がり続けるかもしれないが、それは長期的傾向ではない。米国の財政危機は拡大している。ジャンク債市場のバブルもいずれ崩壊する。投資をする人は、短期で儲けて再崩壊前に引きあげる覚悟が必要だ。ただし、いつ再崩壊が起きるか予測は困難だ。株高の現状は、2000年のIT株バブル崩壊前の株高と似た様相だという指摘もある。 (10 Reasons to be Cautious for the 2011 Market Outlook) 債券投資機関ピムコのビル・グロスは、米国の財政危機を受け、ドル建て債券を売り払えと投資家に忠告している。代わりに、政府財政が良いカナダやメキシコ、ブラジルの債券を買えと勧めている。米ドル以外で価値のあるものなら何でも良いから買ってドルから逃げろと言っている。こうした発言からは、今年中に米国で何らかの金融崩壊が起きても不思議でないと感じられる。 (Gross Says Buy Canadian, Mexican Bonds Over Dollar-Based Debt) ▼ユーロは解体か強化かの二者択一 分析者の間では、米国よりEUの方が財政金融的に危険だという見方が強い。たしかにギリシャからアイルランド、スペインに飛び火しそうなユーロ圏の国債危機は、周縁諸国がユーロ圏から脱落してEUが崩壊していく方向に進みかねない。だが半面、EUの危機は、EUが各国から国債発行権を奪って集中させ、財政統合を成し遂げれば解決できる。財政統合すれば、EUは今よりもっと強くなる。かつて通貨統合によって欧州各国の通貨は、最強だったドイツマルクと同じ強さまで引き上げられた。同様に財政統合は、ギリシャなどにドイツの強さを持たせる効果がある(その分ギリシャなどは国権を制限される)。今のユーロの混乱は、米英の投機筋などがドル防衛のために債権先物市場でユーロつぶしを画策しているために起きている。財政統合が成功すると、攻撃されにくくなる。 (The eurozone deserves a common bond) EUは、周辺諸国が脱落して弱体化するか、逆に財政統合して強くなるかの二者択一だ。たぶんドイツの国内政治が、EUをどちらの方向に進めるかを決める鍵を握っている。具体的には、今年7回行われるドイツの選挙(地方選挙)でメルケル首相の与党が惨敗を続けたら、ドイツ国内のEU統合反対派(対米従属派)が強くなり、EUの財政統合は進まず、崩壊の方に進む。メルケルが勝てば、独仏が組んでEUの財政統合を進める可能性が増す。 (Merkel Braces for Election Debacles in 2011) (A Survival Strategy for the Eurozone) このようにEUは弱体化か強化かの二者択一だが、米国はそうではない。米国の金融財政危機には、米国を強化して復活させる問題解決の道が存在しない(今のところ全く見えない)。まもなく崩壊するか、しばらく延命するかという、後ろ向きの二者択一しかない。構造的に、欧州より米国の方が危険な状態にある。 (Fresh Crises Loom in Europe and the U.S.) EUが財政統合に失敗した場合、欧州と米国の両方が崩壊感を強めていくことになる。欧米しか見ていない日本人的には「欧州も米国も破綻したら世界はおしまいだ」となるが、実際はそうでない。中国などBRICの新興市場諸国がかなり経済的に強くなっており、内需も拡大している。欧米が弱体化する分、IMFや国連などの国際社会でBRICの発言力が強まり、新興諸国の成長力が世界経済の牽引役になる事態が前倒しされる。欧米両方が破綻を強めると、世界の多極化が進む。日本は経済的に中国への依存を強めており、それが加速する。大嫌いな中国に依存する哀れが増す。 中国は、EUで財政破綻しそうなギリシャやイタリアなどの国債やインフラ事業を買収し、EUを買い支えている。日米などG7諸国がEUを助け(られ)ない分、中国がEUを助けている。日米などの「専門家」は「中国はギリシャ国債を買って大損する。ざまみろ」と冷笑する傾向があるが、中国の救済でEUが助かって復活したら、EUは対米従属からBRICの側に寝返りかねない。冷笑している人は浅薄である。 (China extends help to tackle euro crisis) ▼新興市場のインフレ激化はドル弱体化の裏面 中国など新興市場諸国や発展途上諸国では、インフレがひどくなっている。食料品が高騰して危険な水準まで達しており、貧困層は収入の半分以上を食費にあてている。穀物だけでなく、原油や鉄鉱石、金地金など商品(コモディティ)全般の国際価格が高騰している。このままだと食糧危機によって惨事や暴動が世界的に起きる可能性がある、その要素の多くがそろっていると、ニューヨークタイムスが指摘している。FT紙は、商品相場の高騰が世界経済の足を引っ張り、成長が鈍化しかねないと懸念している。これらの指摘からは「欧米だけでなくBRICだって危ないじゃないか」という反論が出てきうる。 (Global Food Prices in 2011 Face Perilous Rise) (Commodities surge still gathering pace) だが、国際商品相場の高騰は、相場が米ドル建てになっていることに起因している。投資家や各国政府機関がドル保有のリスクを高く見積もるようになり、ドルで国際商品を買いだめする傾向が強まっているので、商品相場が上がっている。本質は、商品高騰でなくドル安だ。新興市場や発展途上諸国の通貨の多くはドルを意識した為替体制になっており、中国などは事実上、通貨をドルに連動(ペッグ)している。従来、新興市場諸国は米国など先進国市場に工業品などを輸出して経済成長してきたため、貿易の通貨であるドルに自国通貨を連動させる為替体制が望ましかった。 現在、新興市場は自前の国内消費市場が急拡大しており、通貨のドル連動は以前より重要でなくなっている。だが、為替のドル連動を外すと、米英系の投機筋に為替を乱高下させられる「金融兵器」を発動されかねないので、中国などはドル連動を外したがらない。とはいえ、このまま為替のドル連動を続けると、新興市場諸国はインフレが悪化するばかりだ。金利を上げてインフレを抑えようとすると、ゼロ金利を続ける米国との金利差が投機資金の流入を招いてしまう。 このような板ばさみの中で、中国など新興市場諸国がとっている対策は、新興諸国間の貿易取引でドルを使わず、相互の自国通貨を使うことで、全体的なドル離れを加速し、対ドル為替が重要でない新世界秩序を作ることである。各国通貨と並んで金地金も重要な備蓄通貨として再び重視されている。市場では、中国政府がドル離れの一策として、帳簿外で金地金備蓄を急増しているとの推測が飛んでいる。国際市場で直接買い付けると目立つので、国内民間市場で金を買って備蓄しているようだという。公式発表では、中国政府の金保有は3年間で75%増えて1054トンになったが、それよりもっと多くを備蓄している可能性がある。中国政府は、未発表の別の金地金口座を持っていて、国内から金地金を買って備蓄にあてることで国際的な衝撃を与えない戦略をとりつつ、追加で金を保管しているのではないかと推測されている。中国の民間市場の金需要が急増しているが、ひそかな政府の買いがその一因かもしれない。ドル備蓄を減らして金備蓄が増えれば、ドルが崩壊しても大して困らなくなる。 (China Central Bank absorbing substantial amounts of Gold without disrupting market) 中国は金地金だけでなく、世界各地の油田の採掘権を買うかたちで石油備蓄も増やしている。米英系の石油ガス会社が資産売却を加速し、この2年で900億ドルの売買があったが、その最大の買い手は中国の国有企業だ。日本人は「米英が中国に屑を高値買いさせている」と思いたいだろうが、たぶん違う。米英は中国にお宝をあげてしまっており、エネルギー覇権の移転が起きている。 (Oil and gas assets flood on to market) ▼予想と予報 米国が、これまで見せなかったような全く新たな蘇生のメカニズムを顕在化させない限り、ドルの国際基軸性は数年内ぐらいの間に失われていくだろう。米国には、ゆっくり破綻と急いで破綻という2つの選択肢があるが、連銀のバーナンキ議長らの近視眼的な対策を見ていると、急いで破綻していくように思える。ユーロが解体を免れるかどうか微妙だが、どちらにしても、ドルの威力が落ちた後のEUは、米国より中露など新興諸国を重視し、覇権の多極化に参加する傾向を強めそうだ。 今年、こうした流れがどのくらいの速さで進むかは、確定的でない。重要なことは「いつ起きるか」ではない。国際的な政治経済の流れの全体像をとらえ、それがどのような方向に変化していくか、いくつかのシナリオを想起しながら考えていくことの方が重要だ。「今年中に何が起きるか」という変化の速さを考えるのは、変化の方向性を考えた後の話だ。速さを予測するのは、方向性を分析することより難しく、現実的でない。 英語では、未来のことについて「いつ何が起きるか」を言い当てようとすることを predictions(予想。プレディクション)と呼ぶ一方、現状の構造を分析した上で、未来へのシナリオを複数考え、そのうちのどれになりそうかを考えることを forecasts(予報。フォーキャスト)と呼ぶという指摘を読んだ。未来が必然的に持つ不確定さを勘案すると「予想」はほとんど当てにならないものであり、どんな予想であれ「茶飲み話」の域を出ないものだという。 (My One Prediction for 2011) 年初にあたり、無数の人々がまじめくさった顔をして「今年の予想」を発表しているが、それらは本質的にすべて「与太話」である。重要なのは予想の作業ではなく、現状を分析した上で未来について複数のシナリオを想起する予報の作業である。今年中にドルの崩壊感がどのぐらいまで強まるかは予想しきれないが、ドルや米国の覇権が崩壊過程にあるという現状分析は、ほぼ間違いのないものだ。そして米国の覇権が表層的な延命でなく本質的な蘇生をしているという兆候がないので、米国蘇生のシナリオは描きにくい。予報的には、米国の覇権崩壊と多極化の傾向が続くだろう。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |