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二番底に向かう世界不況

2009年11月11日   田中 宇

 ドイツのメルケル首相は11月10日、再選後の初めての国会演説の中で「来年は、ひどい経済危機が起きるだろう。特に失業がひどくなる。20年前の東西ドイツ統一以来の難問となる」と述べた。ドイツ経済は、今年はマイナス成長だが、来年は1・2%の成長が予測されている。数字上では、ドイツは不況から脱しつつあるかに見えるが、雇用の面では、今年より来年の方が悪化するとメルケルは言っている。 (Merkel Says Worst Still Ahead in Germany) (Merkel warns of problems before Germany emerges from slump

 見かけ上は不況が終わりつつあることになっているが、失業の状況から見た経済状態は逆に悪化し続けているのは、米国も同じだ。米国は経済成長の指標であるGDPの伸びが3・5%で、この数字だけを見ると、米経済が不況を脱して健全化している感じがする。しかし、先日発表された10月時点の失業率は10・2%で、9月の9・8%から悪化した。10・2%の失業率は史上最悪ではなく、80年代に作られた最悪記録10・8%よりは良い。だが、大きく報じられているのは狭義の失業率である。職につけないまま求職活動をやめてしまった人や、フルタイムで働ける仕事が見つからずパートで我慢している人を含めた広義の失業率では17・5%で、こちらは過去最悪である。カリフォルニアなどいくつかの州では、広義の失業率が20%を超えている。 (Broader Measure of U.S. Unemployment Stands at 17.5%

 米国での生活保護者(フードスタンプ受給者)は3650万人(8月時点)で、これも過去最悪だ。受給者は1カ月で100万人増えた。経済活動の実態を反映すると考えられている米国の鉄道貨物の輸送量も、10月末時点で前年同月比13・7%減で、実体経済の悪化は続いていることがうかがえる。 (Americans on food stamps tops 36 million, new record) (U.S. rail traffic still down sharply: industry group

 経済学者のジョセフ・スティグリッツは「米国のGDP成長率が高いのは、米政府が財政出動による景気テコ入れ策をやっているからであり、もしテコ入れ策がなかったら、経済は悲惨な状態になる。失業や製造業の状況から見ると、不況は全く終わっていない。失業は今後さらに増える」と述べている。「景気は良くなるだろうが、失業は増え、米国民には景気回復が実感されないだろう」という予測は、夏からホワイトハウスの経済顧問のローレンス・サマーズらが示唆していた。 (Stiglitz Says U.S. Recession `Nowhere Near' End After GDP Jump

 各国の平均株価はその国のすべての上場株式の平均でなく、主要株だけの平均だから、当局は、平均株価を構成する株式だけ買う策略をやれば、平均株価をつり上げられ、経済状況を実態よりも良く見せられる。同様に、GDPの増加率で表される経済成長は、政府が、GDPを構成する部門に景気対策の資金を重点的に流し込むことで、実態としてはマイナス成長で失業増なのに、GDP成長をプラスにできる。こうしたトリックの結果、景気回復と失業増が同時に起きているのだろう。 (U.S. economic growth claims are fabricated on more debt spending

▼連銀の腐敗が米金融を壊している

 財政出動による景気テコ入れ策はドイツもやっており、今年はGDPの3・5%にあたる額だったのが、来年は5%に増額される。それでも失業の大幅増は免れないとメルケルは表明した。とはいえ、今回の不況の根元である金融システムの崩壊という点では、ドイツより、米国や英国の方がはるかに状況が悪い。

 ジョージ・ソロスら何人かの著名投資家によると、米国では今、商業不動産市場の大崩壊が始まりつつある。空室率や賃貸料など、不動産のすべての部門が危険な方向に動いている。銀行の融資の多くは、商業不動産の価値を担保にしている。商業不動産市況の崩壊は、実質的に潰れている「幽霊銀行」がすでに増えている米銀行界に、さらなる打撃を与える。ソロスは、商業不動産だけでなく、企業買収ファンド業界も金欠で破綻が相次ぐと予測している。 (Billionaire Wilbur Ross Sees Huge Commercial Real Estate Crash

 米国の銀行界を監督するのは連銀だが、連銀はもともと銀行家が作った中央銀行なので、銀行経営者のために動く傾向が強い。銀行界、特に大手銀行が潰れかけて、分割整理した方が社会的損失が少ない場合でも、連銀は倒産や整理をできるだけ避け「大手銀行を潰すと社会的な損失が大きすぎる」として銀行を温存しようとする。この状況をFT紙は「タイタニック号の沈没を防ぐ対策だといって、船に救命ボートを増設するようなものだ」と書いている。 (Banks should be divided into three parts

 このような不健全に対し、米議会は下院で共和党リバタリアンのロン・ポール議員が、連銀を査察する法案を提案し、すでに大統領による拒否権を無効にできる議員総数の3分の2を超える支持を集めた。しかし先日、ロンポールは連銀査察法案について「最も大事な部分の条項を、議会の銀行委員会が民主党主導で改定してしまい、法案は腑抜けにされた。もうダメだ」と発表した。腐敗した連銀を守ろうとする勢力が、米政界にはまだ多いようだ。ロンポールの敗北後、こんどは上院の銀行委員会で、連銀から銀行監督権を剥奪し、新たな金融監督庁を米政府内に作る法案が超党派で検討されている。 (Federal Reserve Policy Audit Legislation `Gutted,' Paul Says) (Clash Looms on Banks

▼G20をやるごとに上昇する金

 米議会と連銀との暗闘が続いているが、その間にも米金融界の損失は拡大しつつある。連銀はドルの過剰発行によって金融界の救済を続けているが、この動きは最終的に、ドルに対する国際的な信用不安の拡大につながっている。ガイトナー米財務長官は11月1日にテレビで「財政赤字が急増しており問題だが、もっと大事なことは、雇用創設と経済成長である」と述べ、財政赤字を増やして景気対策を続けると表明した。これも、ドルに対する信用不安を増大させている。 (Geithner admits US treasury facing high deficit

 その後、11月3日にスコットランドでG20の財務相・中央銀行総裁会議が開かれたが、ドルの信用不安を和らげるような声明を何も出さなかった。投資家はドルに対する懸念を強め、ドル安と金相場の上昇が起きた。 (G20 leaves door open for fresh pressure on dollar

 インド政府はIMFから200トンの金塊を購入し、ドルに偏重していた外貨準備の中の金を増やしてバランスをとろうとしている。金塊購入を発表したときに、インドの財務相が「欧州や北米は経済崩壊しているが、インド経済は強い」と言ったものだから、ドルは売られ、金が上昇し、金は1オンス1100ドルを史上初めて突破した。この記事を書いている間にも金は上昇し、1115ドルになっている。金相場はG20が開かれるたびに上がっていく感じだ。 (Finance minister points to US and Europe economic `collapse'

 米連銀は金融救済のため、今後も金利を実質ゼロに据え置く方針を掲げている。だが他の国々の中には、価格が高騰している地下資源を輸出する国を中心に、価格高騰が引き起こすインフレへの懸念が強くなり、オーストラリア、カナダ、ノルウェーなどが、すでに金利を再上昇させる局面に入っている。米国と他の国々との金利差が拡大するほど、ドルは投資家に好感を持たれなくなる。 (Norway Europe's first to up rates

 ドル崩壊を歓迎する国はない。米国から目の敵にされてきたロシアでさえ、ドルの急落を歓迎せず、ロシア中央銀行は11月10日、ルーブルの対ドル為替の上昇は良いことではないと発表した。ロシア中銀は10月末には、手持ちの金地金を大量売却する構想をマスコミにリークし、ドル安の反動として起きている金の高騰に冷や水を浴びせようとした(ロシア中銀はその後、金を売る計画などないと発表した)。ロシアの首脳たちは以前から「ドルは崩壊する。通貨制度は多極化すべきだ。ルーブルは多極型世界の基軸通貨の一つになるべきだ」と言っているものの、急速なドル崩壊による混乱は避けたいのだろう。 (Russia aims to cool rouble passion) (Russia considering Gold sale

 米国のマスコミには「ドルは基軸通貨の地位を失いつつあるが、この過程はゆっくりしか進まず、何年もかかる」という論調が出ている。もはや、ドルが崩壊過程に入っていることを誰もが認めざるを得ないので「この過程は何年もかかる」という話にしている。ロシアもそれを望んでいるのだろうが、私から見ると、ドルはすでに非常に危うく、いつ崩壊が加速度的に顕在化してもおかしくない。各国がよっぽどうまくやらないと、ゆるやかな崩壊過程が何年も続く軟着陸にはならない。 (Dollar reserve status seen in slow slide

 来年にかけて、米国の商業不動産市場の崩壊が金融危機の再燃を招き、失業増が消費減につながり(米経済の7割は生産ではなく消費)、米政府が財政赤字を急増して景気テコ入れをしても足りず、米国は再び不況に戻る懸念が増す。これがドイツなど各国の経済難につながるので、冒頭に紹介したメルケルの「来年は今年より悪い」という予測が出てくるのだろう。

▼人民元ドルペッグで棚ぼたの中国

 ロシアと対照的に中国は、ドルの崩壊傾向に対して沈黙している。中国の人民元は事実上ドルにペッグ(為替固定)しているので、人民元はドルと一緒に下落しており、中国は輸出競争力を増大させている。中国にとってドル安は「棚からぼた餅」であり、だから中国政府は黙っている。中国と輸出商品を競っているアジアの他の諸国も、自国通貨の対ドル為替の切り上げを嫌がっている。対照的に、ユーロの対ドル為替が切り上がってしまっているEU諸国は、中国に対して再三にわたり「人民元のドルペッグは世界経済の不均衡を拡大する害悪なのでやめてくれ」と圧力をかけているが、中国に無視されている。 (Europe's industry slams China over currency) (Dollar dying at the hands of a weak renminbi

 今後、ドルの崩壊感が強まってドル安が進むほど、欧州など世界から中国に対する圧力が強まる。この問題の最終的な落としどころがどこにあるのか、中国も欧米も示唆していない。私の推察では、人民元ドルペッグに対する世界からの批判がかなり強まったところで、中国は条件闘争に入る。もしくは、すでに条件闘争に入っているともいえる。人民元の切り上げと引き換えに中国が出す条件とは「国連やIMFなどの国際機関において、欧米と中国の権限が対等になるよう、中国の権限を拡大しろ。欧米が画策することに対して中国が拒否権を行使して潰せるようにせよ」ということである。

 中国は、自国の国際負担を減らすため、新興諸国や発展途上国の全体として欧米と並ぶ権限を持つ体制にすることを好むので、世界は多極型になっていく。すでにこの体制は、世界の経済運営の中心組織がG8からG20に代わり、実現し始めている。中国が覇権を拡大するという条件が達成されたら、人民元の対ドル為替が切り上げられるが、人民元とドルのつながりが切れたら、他の諸通貨の諸国はドルを気にする必要が減り、ドルの基軸通貨としての地位低下が進み、ドルの崩壊に拍車がかかる。多極化とドル崩壊は連動して起きる。

 ジョージ・ソロスは「中国は世界不況から一番に脱している。中国型経済モデルは世界の模範になる。中国型モデルの普及が世界経済を壊滅から脱出させる。世界が中国に頼るようになるのは、遠い将来ではない。間もなく、中国は世界経済の主導者になる。中国主導の新世界秩序は、国連、特に安保理と融合すべきだ」と述べている。ソロスの発言からは、世界の体制が驚くべき速さで転換していることが感じられる。 (George Soros Lauds Chinese Model Of Goverment - Wants Global Governance

▼英国と日本は負け組に

 中国の台頭と対照的に、米国との無理心中的に地位を低下させているのが英国だ。信用格付け会社のフィッチは11月11日、「英国は財政赤字を減らさないとトリプルA(最優良)の格付けを失う」「英国はトリプルAの先進諸国の中で格下げの可能性が最も高い」と警告を発した。英国債は以前からトリプルA格を失うと指摘されながら、今日まで生き延びてきた。 (U.K. Gets Warning on Credit Rating) (ドル崩壊の夏になる?

 英国のブラウン労働党政権は経済対策を批判されて不人気で、来年5-6月には総選挙が行われて保守党政権に交代すると予測されている。保守党は英国をEUに統合していくことに反対だが、EU統合を加速させるリスボン条約の体制は、来春の英選挙の前に確立してしまうだろうから、英国が保守党に代わるころには、英国がEU統合を阻止することが、すでにできなくなっている。英国は孤立を深めそうだ。 (Still wrestling with Europe

 とはいえ英国はしぶとい。スコットランドでのG20会議で、英ブラウン首相は「世界の金融危機を救済する国際基金を作るため、すべての金融国際取引に超低率の課税をする制度(トービン税)を新設すべきだ」と提案した。米国が提案に反対したので、提案の実現は難しくなったが、この提案の隠された意味は「英国の金融危機を救済してくれる新基金を作る。金持ちになるBRICなどに金を出させる」ということだろう。これは地球温暖化を口実に、先進国が新興諸国から金をふんだくる構図と同じである。 (Brown floats idea for global tax on banks

 財政赤字の膨大さでは、米英と並んで日本も危険な状況にある。藤井財務相は11月10日、長期国債の利回りが上昇しているので危険だと指摘した。債券のリスクの高さを示すCDS(破綻保険)の料率も、日本国債は他の先進国より高く「米国より先に日本が財政破綻するだろう」と指摘する記事も英国紙に出た。 (Fujii's fears over Tokyo's rising cost of funding) (It is Japan we should be worrying about, not America

 日本は一昨年からの金融危機の影響をあまり受けておらず(すでに90年代の金融バブル崩壊で懲りていた)その点では、金融崩壊から財政破綻に移行しそうな米英と同じ流れで日本も財政破綻するとは考えにくい。「米英日のどれが最初に破綻するか」を予測した記事でも、英国が一番破綻しやすいと書いている。 (Which big country will default first?

 しかしドイツなどと同様、日本も来年にかけて不況が二番底に陥る懸念が強い。日本でも失業や貧困の増加、消費の減退は避けられないだろう。来年にかけて、先進諸国はすべて厳しい状況になる。



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