ウイグルと漢族の板挟みになる中国政府2009年9月14日 田中 宇中国の西域、新疆ウイグル自治区の省都ウルムチ市は人口260万人の町だが、市民の75%は漢民族(漢族)で、ウイグル人は13%しかいない(自治区全体では1930万人のうちウイグル人45%、漢族41%)。漢族は、中共建国後の西域開発の政策下で東方諸省から新疆の都市部に移住してきた。新疆は中共建国後の1955年に自治区となり、建前的にウイグル人に自治権が与えられているが、実権は漢族の共産党幹部が握っている。 (Urumqi From Wikipedia) 実権は漢族が持っているのだが、ウルムチの漢族市民は、自治区や市の当局がウイグル人に気を使いすぎて漢族の生活を危険にさらしていると怒っている。ウルムチ市内では8月中旬から、注射針を通行人に刺して怪我をさせる連続的な通り魔事件が起こり、100人以上の市民が当局から被害者として認定されている(自称被害者を入れると500人以上)。 (China sacks Xinjiang party boss) (烏魯木斉市検察機関起訴第二批針刺案件犯罪嫌疑人) 漢族は、注射針通り魔の犯人はウイグル人だと主張し、7月5日にウルムチで起きた暴動以来、当局がウイグル人に気を使いすぎて取り締まりを怠り、通り魔が野放しにされていると怒っている。9月3日には、ウルムチ市内で数万人の漢族市民がデモ行進し、市内のウイグル人地区に入ろうとして、それを阻止しようとする治安部隊と衝突し、5人が死亡した。 ▼ウイグル人失業対策が裏目に そもそも、現在のウルムチの混乱の始まりとなった7月5日のウルムチ暴動の原因も、中国政府がウイグル人の歴史的な不満を鎮めるために行った政策が裏目に出た側面がある。7月5日の暴動は最初、6月25日に広東省の工場で起きたウイグル人と漢族との衝突事件(ウイグル人2人死亡)に対する当局の対応が不十分だとするウイグル人のデモ行進から始まっている。 (韶関玩具厂厳重群殴 118人受傷2人死) 中国では、新疆を含む内陸各省の人々が、広東省など沿岸各省の工場や建設現場などに出稼ぎに行く流れがあるが、世界不況のあおりで中国でも工業生産が減り、工場に出稼ぎに行っていた内陸の人々が解雇されたり、1年の期限が来た後に再雇用されない事態が増加した。新疆のウイグル人の中にも、出稼ぎで生計を立てている家庭が多いので、この事態を放置するとウイグル人の不満が高まると考えた中国政府は、広東省などの工場に補助金を出し、ウイグル人が食事つきで無料で住める工員用の寮を作らせ、できるだけ多くのウイグル人が出稼ぎを続けられるよう取り計らった。 (Ghost of Marx haunts China's riots) しかし、この政策に対し、ウイグル人のような特別扱いを受けていない漢族の出稼ぎ労働者や地元の人々から不満が出た。広東省韶関市では、ウイグル人と漢族の対立が激化し、2人のウイグル人女性工員が漢族の男に強姦されたという事実でないうわさ話から両者が激昂して6月25日に大規模な喧嘩が起こり、2人のウイグル人工員が死亡した。 (June 2009 Shaoguan incident From Wikipedia) 当局は、この事件を政治的な「民族紛争」ではなく、刑事犯的な「労働者どうしの喧嘩」として、政治的配慮を加えず喧嘩両成敗的に処理したため、ウイグル人の間に不満が起こり、7月5日にウルムチ市街で政府の対応を非難するウイグル人のデモ行進が起きた。デモ行進は2-3時間のうちに暴徒化し、市街地の漢族商店や駐車中の車両を焼き討ちし、漢族通行人を襲撃する事態に発展した。当局は厳戒態勢を敷いたが、2日後には、ウイグル人の暴徒に殺されたり店を焼かれたことに激怒した漢族の側がデモ行進を行い、武器を持って市内のウイグル人居住地区に突入しようとして、それを阻止する治安部隊と衝突した。 当局発表によると、一連の暴動で184人が死んだが、そのうち137人が漢族で、ウイグル人は46人だった。在米亡命ウイグル人組織は「ウイグル人はもっと死んでいる」と言っているが、英国のタイムスとテレグラフ紙は現地を取材し、死者の大半は漢族のようだと書いている。市内の病院の記録でも、手当を受けた負傷者の3分の2は漢族だった。 (July 2009 Urumqi riots From Wikipedia) ▼安定回復を急ぐあまり漢族を怒らす この事件の後、ウルムチでは8月に入って爆弾テロも起きたものの、治安はしだいに安定した。8月22日から25日には、最高権力者の胡錦涛もウルムチや新疆各地を視察した。中国では伝統的に、地方で反乱が起きた場合、当局の鎮圧によって事態が再び安定してから皇帝が現地を視察し、その視察をもって反乱鎮圧の完了と安定が回復されたことを意味するという政治象徴の制度があった。胡錦涛の新疆視察は、昔の皇帝の視察と同様、7月5日からのウルムチ暴動の問題が解決し、安定が回復したことを中共政府が宣言する意味があった。 (視頻:胡錦涛在新疆考察 哀悼7-5事件遇難群衆) しかし、実際にはウルムチの治安は回復していなかった。胡錦涛の巡察前の8月17日から、ウルムチでは注射針を通行人に刺す連続通り魔事件が起きており、事件は胡錦涛が新疆にいる間も起きていた。だが、この事件に対して当局が大きな対応をすると、いつまでもウルムチの治安が安定しないと見なされることになり、自治区の党幹部の責任が問われる。 当局がウイグル人に対して大規模な捜査を行えば、今度はウイグル人の怒りを煽り、ウイグル人と漢族の衝突が再発しかねない。板挟みとなった省当局は、注射針通り魔事件をあえて連続犯と見なさないことで小さく扱い、北京の党中央には省内の安定を回復したと報告し、胡錦涛の視察が実施された。 (Beijing scrambles to find scapegoats) 胡錦涛が帰った後も注射針通り魔事件は続いたが、当局は本格的な取り締まりを行わなかった。そのためウルムチの漢族は怒り、9月3日に自治区政府を非難するデモ行進が行われ、王楽泉省党書記に対する辞任要求が声高に叫ばれた。王党書記の一族が私腹を肥やしているという批判も以前からあった。王は、漢族デモ隊の前に登場して説得を試みたが、デモ隊は王に罵声を浴びせ、ペットボトルを投げつけた。 しかし王党書記は、最高権力者である胡錦涛と同様、共産党青年団の出身で、胡錦涛の忠実な部下である。党中央としては、王を辞めさせるわけにはいかない。党中央は、これは新疆の自治区全体の問題ではなくウルムチ市の問題であるとして、ウルムチ市の党書記である栗智を引責辞任させ、尻ぬぐいとした。 (新疆免去栗智烏魯木斉市委書記職務) 中国政府は今年7月から、住民に不満を持たれ大規模な抗議行動を起こされた地方党幹部を更迭する規則を新設した。中国共産党は、ウイグル人ばかりでなく漢族にも気をつかうようになっており、ある種の民主化が進行している。しかし、この新政策はむしろ、漢族とウイグル人の両方のウルムチ市民が当局への抗議行動を強めることにつながっている。 ▼後から近代化する国を人権問題で蹴落とす 中国共産党政府がウイグル人に気を使いすぎているという構図は、冷戦以来、中共を「少数民族を弾圧する独裁政府」という図式で批判的に見ることが定着している米欧日の人々の「常識」とは正反対である。たしかに、新疆ウイグル自治区の最高権力者として党書記を15年もつとめてきた王楽泉は、15年間に、ウイグル語の学校教育を減らして漢語(中国語)を強化し、ウイグル人の公務員が髭を生やしたりヘジャブ(スカーフ)をしたり、職場で礼拝したりといったイスラムの生活習慣を、近代化の名のもとに制限してきた。 (Wang Lequan From Wikipedia) しかし、王楽泉は同時に、新疆の道路や通信網などのインフラを整備し、油田開発や、カザフスタンとのパイプライン結節も行い、新疆に高度経済成長をもたらした。ウイグル人は「成長の果実はすべて漢族に取られている」と言っているが、たとえばウイグル独立運動の指導者をつとめるようになった「ウイグルの母」ラビア・カーディルは、この高度成長の中で貿易や不動産業、百貨店経営などで大成功していた実業家であり、彼女の成功例自体が、ウイグル人でも才覚があれば成功できることを物語っている(カーディルは、一時は共産党と親密な実業家だったが、民族行政批判をしすぎて共産党から非難され、スパイ扱いされて米国に亡命した)。 (問答神州2008-02-09 対話新疆自治区党委) (Beijing accuses exile in US) 中共が新疆で採った政策は、戦前の日本や、戦後の韓国や台湾がやってきた「開発独裁」である。私たち日本人は、今でこそ中国の少数民族弾圧を非難するが、明治から昭和にかけては、国内の辺境に住む沖縄人やアイヌなどに対して、近代化の名のもとに「標準語」(日本語)を強要したり、民族的生活様式を制限する政策を続けていた。経済発展の開始が日本より数十年遅れた中国では、最近になって少数民族に対する「近代化」政策が行われている。近現代の国際社会には国家間の競争があり、各国は自国の力を最大にするため、国語や習慣、思考様式の統合を行ってきた。 先に近代化した米欧日など先進国は、後から近代化してくる中国などに対し、特に冷戦後、英国主導で、新たな罠を仕掛けた。それは「人権」や「民主」を重視し、人権侵害する国を経済制裁すべきだという国際的な思考様式である。辺境の人々や理想主義者にとって、近代化の名のもとに行われる同化政策は人権侵害である。先に近代化した国々は、後から近代化する国々に、人権侵害のレッテルを貼って経済制裁することで、後進国が追いついてくることを抑止できる。しかも、人権や民主化の運動にたずさわる人々の多くはそんな策略に気づかず、無償で英米中心体制維持のために全力で働いてくれる。中国は1989年の天安門事件で制裁され、国際的な罠にはめられた。チベット人やウイグル人の分離独立運動も続いている。 ▼テロ戦争と抵触してしまうウイグル人の運動 天安門事件後、中国政府は2方向の対策をとっている。その一つは、チベットやウイグル人の生活が向上するような辺境地域の経済開発を続けることで、ラサへの鉄道敷設や、世界不況中のウイグル人の失業対策としての広東省への出稼ぎ先の確保策は、これに含まれる。 とはいえ、伝統的な商業民族である漢族は、チベット人やウイグル人より金儲けの才覚がある。少数民族の人々は、開発現場で使われる漢語(中国語)も得意でないことが多く、就職に不利である。辺境の地域開発の恩恵は、移住してきた漢族の方に行ってしまいがちだ。これを見て、独立運動にたずさわる人々は「中国政府の辺境開発は、漢族のために存在している」と非難し、英米中心主義に誘導される欧米日のマスコミもそう喧伝する。 中国政府のもう一つの対策は、天安門事件以来、欧米が中国の人権問題を批判するのは中国敵対策の一環であるということを中国国内で宣伝し、チベット人やウイグル人の反乱を「欧米に支援された、ダライラマや東トルキスタン独立運動などの分離独立派が計画して起こしたものだ」と批判する報道を、中国のマスコミに行わせることである。中国政府は7月5日以来のウルムチの暴動も、亡命ウイグル人が指揮していると主張している。中国政府はチベット暴動に関しても、すべてダライラマの謀略だと言い続けている。 たしかに、米政府系の民主化支援組織である「National Endowment for Democracy」は、亡命ウイグル人組織(世界ウイグル人会議)に毎年20万ドルの資金援助をしている。また、国際覇権体制の多極化を何とか阻止したい英国が、MI6を使って中国を混乱させ、できれば瓦解させたいと考えても不思議ではない。 (Washinton is Playing a Deeper Game with China) しかし、ウイグル人が「中国による文化侵略を受けている」というとき、守るべきウイグル人の文化とはイスラム教に根ざしたものであり、髭やヘジャブ、礼拝の自由を守れという、イスラム主義的な要求である。911事件以来、イスラム主義との恒久的な戦いを「テロ戦争」として行っている米国としては、ウイグル人の分離独立運動を支持しすぎると、テロ戦争と矛盾する。チベットは仏教で、テロ戦争と関係ないし、欧米でのヨガへの人気と相まって、ダライラマ支持は欧米政治家にとって問題ないが、イスラムであるウイグルは違う。 加えて、米国の「隠れ多極主義」の戦略が結実の傾向を強めた結果、中国は世界での地位を上昇させている。米国は、経済面で中国に米国債を買ってもらい、外交面でも国連安保理などで中国の賛同を得ることが重要になっている。多極化が進んでしまった今、ウイグル独立運動が米国政府の支援を得ることは難しく、ウイグル決起は遅すぎた。 ▼ガス抜きとしての板挟み ウルムチ暴動の経緯から感じられるのは、中国政府が、漢族とウイグル人の両方から批判され、板挟みになっていることだ。しかし同時に、中国政府はむしろ板挟みになることを望んでいるようにも思える。中国ではここ10年ほど、人々が行政に対する不満を爆発させ、役所の前などに群衆が集まって抗議行動を展開し、時に暴動に発展することが多くなっている。欧米日のマスコミなどは、これを中国の混乱拡大や崩壊への道であると考えがちだが、私はそう思わない。 抗議行動や暴動は、人々が不満を爆発させても当局が徹底弾圧しないため増えている。中国政府は、不満の噴出を容認している面がある。中国では選挙によって民意を計る仕組みがないので、当局が不満を抑圧しすぎると、やがて体制転覆につながる大きな不満爆発が起こりかねない。そのため、むしろ日常的に人々の不満の噴出をある程度容認し、政策変更が必要なことを示す危険信号や、人々の不満のガス抜きとして使っている。市民に抗議行動を起こされると市党書記や市長の首が飛ぶ仕掛けは、その一環である。 新疆やチベット、内モンゴルなどでは、先住者である少数民族と、後から移住してきて商業などの利権を取った漢族の間で、昔から対立がある。少数民族の中でも、東北(旧満州)に住む朝鮮族は、漢族に負けずに商才があるので、朝鮮族と漢族の間には、対立が少ない。また少数民族どうしでも、商才のある回族は、チベット人などと対立がある。 この伝統の上に、少数民族の自決権や人権の概念が入ってきて、ウイグル人やチベット人の反政府・反漢族の感情になっている。だが同時に、中国政府による近年の民意爆発容認政策は、漢族が、ウイグル人やチベット人の怒りを「不当なねたみ」と考えて対抗的な怒りの爆発を行うことをも生み出している。漢族が少数民族を抑圧支配しているという観点に立つなら、漢族の激怒は「不当な逆切れ」となる。だが漢族の立場に立つなら、少数民族は商才がない分、大学受験や家族計画などの面で優遇されており、漢族に対する少数民族の怒りは正当ではないことになる。 中国政府が少数民族問題を重視するのは、中国への国際的な評価に関係してくるからでもある。特に、イスラム教徒であるウイグル人をめぐる問題は、少数民族問題での中国批判を中国敵視策として使っている米欧日だけでなく、イスラム諸国からの反発もかってしまう。7月のウルムチ暴動に対しては、イスラム諸国会議(OIC)や、トルコ系民族であるウイグル人を同胞とみなすトルコの政府が中国を非難した。アルジェリアの「アルカイダ」は、中国人をテロの標的にすると宣言した。 (World sympathy lies with Tibet, not Xinjiang) (China and Chinese are al-Qaedas new target) しかしその一方で、OICが非難決議を出した直後には、イスラム諸国も多く加盟する非同盟諸国会議が、イスラム教国であるエジプトで開かれ、そこでは、欧米中心体制ではない世界を作るため、国際問題の解決に際して中国との関係を強化することが必要だと決議された。中国は、非同盟諸国会議の加盟国ではなく、オブザーバーである。イスラム世界は、OICとしてはイスラム主義者の感情を重視して中国を批判する一方、非同盟諸国会議では現実路線に立って中国とともに多極型の世界を作っていくと決議することで、バランスをとった観がある。 (In Egypt, Non-Aligned nations focus on meltdown)
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