国際金融危機の再燃が近い?2009年4月25日 田中 宇米国で、企業の経営者や取締役、創業一族といった、自社の経営の先行きを最もよく把握している人々(インサイダー)による、自社株売りが急増している。4月の約1カ月間におけるインサイダーによる自社株売りは3億5300万ドルで、自社株買いの8・3倍の金額となっている。 4月に入り、米国の株価は80年ぶりの急な上昇を見せている。この株高の中で、企業インサイダーが自社株売りに精を出していることは、これから米企業の経営が悪化して株価も急落すると、彼ら自身が予測しているからではないかと懸念されている。 企業インサイダーによる自社株売りが、自社株買いを大きく上回る事態は、今回の金融危機が始まった直後の2007年10月にも起きた。その後、米国は不況色を強め、株式相場は17カ月連続の下落となり、株価は半値まで下がった。今回もインサイダーは、自社株の下落を予測しているからこそ、売りを殺到させていると考えられる。 (Insider Selling Jumps to Highest Level Since `07 as Stocks Gain) 米国政府は今週、倒産寸前で政府救済の是非が議論されてきた自動車会社クライスラーに対し、来週までに倒産申請する準備に入れと命じたと報じられている。クライスラーはイタリアのフィアットに買収してもらう交渉をしているが、フィアットが買収する場合は、買収前に債権債務関係を整理するための一時倒産となり、買収話が成就しない場合は、解体清算するための倒産となる。クライスラー倒産は、米国製造業の最終的な瓦解の始まりを感じさせる。 (U.S. Is Said to Push Chrysler to Prepare for Chapter 11) 米国では、5月4日に大手銀行の健全性を測定した「ストレス試験」の結果を発表する予定だが、この結果発表の後、金融界に対する市場の懸念が強まり、金融危機が再燃する可能性がある。米国では、失業増や商業不動産市況の悪化が報じられ、経済全体の状況悪化が続いており、金融危機の再燃はいつ起きるかという時間の問題という観がある。 (Pimco's McCulley Says Commercial Mortgages `Broken') ▼英国の財政破綻懸念も再燃 英国では、再び財政破綻の懸念が強まっている。米国をコピーした金融システムを持つ英国は、今回の金融危機で米国と並んで大きな被害を受けている。英当局は、財政出動や量的緩和によって金融救済と景気対策を行っているため、財政赤字と通貨発行量が急増している。英政府は4月25日に来年度予算を発表し、財政赤字が戦後最高額となる見通しになった。英政府の財政赤字の対GDP比率は、現在の50%から1年で80%へと急騰する。 (Britain's Deficit Deepens; Outlook Grows Gloomier) しかも、英政府は来年度予算の前提として、非常に甘い経済見通しを使っている。英政府の経済成長予測は、今年がマイナス3・5%、来年はプラス1・25%で、英政府はこの数字を前提に来年度の税収を予測しているが、IMFは英経済の成長予測として、今年がマイナス4・1%、来年はプラス0・4%と発表している。英政府はIMFより0・6-0・8%甘い予測だ。もし英政府が不人気を緩和しようと楽観しすぎの経済予測を出し、それで予算を組んだのなら、実際の来年度の英政府の税収入は少なく、財政赤字は多くなる。この点も市場の懸念材料になっている。今週後半、英国債の価格は急落した。 (Gilts fall on growth worries) EUでは、ハンガリーがGDPの70%に相当する財政赤字を抱えた状態でIMFに緊急支援を要請した。英国の来年度の財政赤字は、それ以上の水準になると予測され、英国もハンガリー同様、財政破綻に陥ってIMFに助けを求めるのではないかと懸念されている。 (UK debt sparks alarm for gilt investors) 英国の新聞は、英国債はトリプルA格を失うだろうとも書いている。世界の機関投資家の中には、トリプルA格の金融商品にしか投資できない規則を持つところがかなりあり、英国債がトリプルA格を失うと、その時点で機関投資家がこぞって英国債を投げ売りし、暴落しかねない。債券の下落は金利の上昇を意味するから、英国の市中金利は急騰し、経済難に拍車をかける悪循環になる。 (Borrowing puts UK's AAA rating in danger after Budget 2009) 米国も財政赤字が急増しているが、米国の通貨が「いくら刷っても減価しない」とされるドルなのに対し、英国のポンドはそのような地位にはない。英国が政治的にいくら米国を牛耳っても、ポンドを基軸通貨にすることはできなかった(ケインズは、戦後の基軸通貨体制を決める1944年のブレトンウッズ会議で、英国が牛耳れる世界通貨「バンコール」の発行を主張し、米国に退けられた)。日本も財政赤字が巨額だが、日本国債は主に国内金融機関に買わせており、国内政治によって財政破綻を回避できる。英国債は4割を外国人に買ってもらっており、このトリックが使えない。「英国はG8諸国で最初の国家破綻となる」と予測する記事も出ている。 (G-8's first bankruptcy) (G8諸国の中では、ロシアも経済成長がマイナス9・5%という大不況で、今後、石油価格が下がった場合は、英国より先にロシアが財政破綻するかもしれない) (Russia's economy shrank 9.5% in first quarter - ministry) 07年に金融危機が始まるまで、英国はG8諸国の中で最高の経済成長を続けていた。フランスのサルコジ大統領は、選挙期間中の07年春にロンドンを訪問し、金融主導の英国(アングロサクソン)の経済モデルを大げさに賞賛した。そのサルコジは、先日ロンドンで開かれたG20会議に出席し、アングロサクソン経済モデルの終焉を「ざまあみろ」的に宣言し、英米が世界不況の元凶だと言い放った。 (UK ecomomic downturn ) ▼英財政破綻はスコットランド独立につながる? 英国の国家収入は、金融からの税収のほかに、北海油田からの収入もあったが、一昨年来の経済危機による資金難で、新たな油田の試掘が減って油田開発がとどこおり、すでに枯渇しはじめている油田の寿命がさらに半減する事態となっている。今年1-3月の試掘は、前年同期より78%も減った。 (Crisis hits North Sea Oil search) 北海油田の状況は、スコットランド独立運動にも拍車をかけている。北海油田はスコットランド沖にあるので、その収入の一部はスコットランドに落とされているが、スコットランドの新聞が最近、1970年代に北海油田の利権配分を決める際、スコットランドに不利、イングランドに有利になる操作が行われていたことを暴露した。 スコットランドは1603年から英国の一部となり、その後の300年間、国民一人当たりの兵士の輩出数で見ると、スコットランド人はイングランド人よりも多くの兵士を出し、大英帝国の繁栄に貢献してきた。それなのに、スコットランドに与えられる見返りは少ないと、多くのスコットランド人が考え、英国内の自治では不十分なので、英国から独立して独自にEU加盟した方が良いと考えている。財政難の英国から独立した方が良いと言う独立派と、独立するともっと財政難になると言う反独立派との議論が続いているが、英国が本当に財政破綻したら、スコットランドの状況も大転換しうる。 (Scotland comes into its own) 英国の財政破綻の可能性は、07年夏の金融危機の開始直後から言われており、私は08年1月と今年1月に、この件について記事を書いた。だが今日に至るまで、英財政の破綻は起きていない。ブッシュもオバマも、表向きは米英同盟を堅持するふりをしつつ、裏では英国に邪険にしている。それでも英国には覇権の黒幕としての底力や裏の仕掛けがあるようで、他の先進国ならとっくに財政破綻している現状でも、まだ表向きは何事もなくすごしている。しかし、これがいつまで続くかはわからない。 (イギリスの崩壊) (イギリスの凋落) アジアでは、シンガポール経済の不調が伝えられている。世界不況の影響で、大黒柱である輸出産業が大打撃を受け、年率換算でGDPが10-16%も縮小するという悪化ぶりだ。英国やシンガポール、そして日本といった、ユーラシア包囲網を形成する英国系の国々の経済が悪化し、代わりに中国が世界経済の牽引役として台頭していることは、国際政治や地政学の大転換を意味し、今後数十年にわたる世界体制の転換につながることを感じさせる。(シンガポールが軍産英複合体の傘下の国であることは、同国がリー親子による独裁政治であるにも関わらず、英米マスコミがそれを全く批判しないことに象徴されている) (Singapore GDP Probably Shrank a Fourth Quarter on Export Slump)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |