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集中する世界の危機

2007年11月27日   田中 宇

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 これから年末そして来年にかけて、世界では、危機がいくつも待ち受けている。

 その一つは、東欧のコソボだ。コソボをめぐっては、12月10日に、セルビアとコソボの交渉の期限がくる。コソボは、もともとセルビア(旧ユーゴスラビア)の一部であるが、1990年代後半、旧ユーゴの各地域が分離独立を希求した際、コソボもセルビアからの分離独立に動き、それをアメリカが「人道」の名目で支援し、コソボの独立を武力で阻止しようとしたセルビアを空爆するところまでやったため、コソボ人(アルバニア人)は独立心を煽られ、引っ込みがつかなくなっている。

 90年代末に定められた和平策では、コソボはセルビアの領内に残りつつ、セルビア側と話し合って独立の可否を決めることになったが、話し合いは「絶対独立」のコソボと「絶対ダメ」のセルビアは平行線を続け、12月10日に交渉期限がきてしまう。

 欧米と国連の「国際社会」は、期間を延長して交渉を続けることを提案している。だが、アメリカが表向きはコソボ独立に反対しつつも「実際に独立を宣言したら承認する」という「どうぞ独立を宣言してください」といわんばかりの姿勢なので、コソボは交渉延長を拒否し、12月10日の期限到来直後に独立を宣言しそうな様相となっている。(関連記事

 アメリカがコソボを支援しているのに対し、ロシアはセルビアを支援している。コソボの独立宣言は、米ソ対立の再現になる。間にはさまる欧州諸国は、何とか外交交渉で対立を解消しようとしてきたが、もう時間切れである。コソボの住民は、9割のアルバニア系と1割のセルビア系で構成されている。コソボが独立したら、アルバニア系によるセルビア系への弾圧が強まり、セルビア系を応援するためにセルビアがコソボに軍事介入する可能性が強まる。セルビア軍がコソボに入ったら、アルバニアもコソボのアルバニア系勢力を支援するためにコソボに軍を入れ、セルビアとアルバニアの戦争に発展するかもしれない。すでにアルバニア軍はコソボ国境近くに兵力を移動している。(関連記事

 旧ユーゴスラビア諸国では、コソボ以外にも、ボスニアで、セルビア系住民とボスニャック人などの対立があり、欧米の仲介で1990年代以来、何とか内戦が回避されてきた。コソボが独立宣言すると、連鎖的にボスニアの和平も崩れ、セルビア系が独立宣言し、セルビア政府がそれを支援してボスニアも内戦になるかもしれない。来年にかけて、90年代のバルカン戦争が再発するおそれがある。(関連記事

▼アナポリス会議後のパレスチナも

 年末にかけて危機に陥る懸念がある2つ目の地域は、パレスチナである。11月27日から30日まで、アメリカ東海岸の町アナポリスにアメリカ、イスラエル、パレスチナ、アラブ諸国などの代表が集まって中東和平会議を開いているが、これはほとんど何の成果も生めないだろうと、多くの関係者が考えている。中東和平の目標は、イスラエルとアラブが和解する前提としてパレスチナ国家を作ることで、アナポリス会議が成功するには、パレスチナ国家の「国境」もしくは「首都」についての問題を解決する必要がある。

 しかし、それらはいずれも解決できそうもない。「国境」の問題は、イスラエルの右派がパレスチナ国家の領域となるべきヨルダン川西岸地域に無数に作っている入植地を撤去して、イスラエルとパレスチナの間の国境を確定することだが、イスラエル政府や軍内には右派勢力が多く入り込んでおり、今のイスラエルには、入植地の撤去は不可能である。「首都」の方は、エルサレムを2つに分割し、東エルサレムをパレスチナ人に委譲し、パレスチナ国家の首都にしてやることだが、これもイスラエル内部での調整が頓挫している。

 アナポリス和平会議が失敗の烙印を押されたら、パレスチナ自治政府のアッバース政権の権威は失墜し、反和平・反米・反イスラエルの姿勢をとる過激派のハマスが台頭し、アッバース政権を潰し、ガザだけでなく西岸の権力もハマスが奪取する可能性が強い。ハマスがパレスチナの唯一の政権になったら、パレスチナ和平の望みは急減し、イスラエル対ハマスの戦争の可能性が増す。イスラエル軍は、以前から何度もそう予測し、アナポリス後は戦争だ、と言っている。(関連記事その1その2

 イスラエルの北のレバノンでも政情は不安定化しており、選挙が何度も延期され、シリア寄りの大統領は任期が切れて辞任した。レバノンでは、親欧米派のみが政府に残り、反米反イスラエルのヒズボラなど、他の諸勢力は在野で反政府活動を強めており、再び内戦の危険が高まっている。11月末のアナポリス和平会議の失敗で、パレスチナ情勢が悪化したら、その悪化はほぼ確実にレバノンにも飛び火し、イスラエルは、ハマスとヒズボラの両方と戦争せねばならなくなる。私が以前から何度も書いている「中東大戦争」の展開である。12月中に、事態が悪化する懸念がある。(関連記事

▼アメリカに頼れず、ロシアを頼るイスラエル

 何とかしてイスラム側との和平を実現しないと国家滅亡につながりかねないイスラエルの政府は、ブッシュ政権のアメリカに仲裁を頼むと、かえって事態を悪化させられるため、アナポリス和平会議の失敗後は、ロシアに和平仲裁を頼むことにしている。プーチンのロシアが考えているとおぼしき和平策は、イスラエルがイランとその傘下のヒズボラやハマスの存在を認める代わりに、イラン・ヒズボラ・ハマスはイスラエルへの攻撃をやめる、というシナリオである。

 10月下旬、プーチン大統領がロシア(旧ソ連含む)のトップとしては60年ぶりにイランを訪問し「イランは中東の大国だ」「イランが核兵器を開発している証拠は何もない」とぶち上げ、イランとロシアの親密ぶりを宣伝したが、プーチンがモスクワに戻った翌日、イスラエルのオルメルトが訪露してプーチンに会った。この訪問の目的は表向き「オルメルトがプーチンにイラン制裁を要請した」と報じられているが、真相はそんなことではなく、イスラエルはプーチンに、イランとの対立緩和の可能性を探ってほしいと頼み、プーチンはイラン訪問時に最高指導者のハメネイ師にそのことを話し、帰国後、オルメルトと会ったのだろうというのが私の読みである。(関連記事その1その2

 オルメルトの訪露の直後、イスラエル外相のリブニは北京を訪問している。イスラエルは、アメリカに和平を頼んでも無駄だとわかり、代わりに中露の「非米同盟」に仲裁を頼んだのだろう。すでにイスラエルなどのメディアでは「本当の和平交渉はアナポリス会議の直後から始まる」といった言い方がなされている。(関連記事

 とはいえ、たとえロシアが仲裁しても、和平が成功する望みは低いと私には思える。イランやヒズボラ、ハマスの最近の中東での人気は、彼らが反米反イスラエルを貫いているからこその人気であり、イスラエルと和解したら人気は落ち、弱くなる。和平を何としても破壊しようとするイスラエルの右派も、誰が仲裁しようと和平には反対である。

▼キルクーク帰属で再燃するクルド問題

 年末にかけて再燃しそうな危機の3つめは「クルド」である。イラク北部の大油田地帯にある100万人都市キルクークでは、年末までに住民投票が行われ、クルド人自治地域に編入されるか、それとも従来どおりクルド人地域とは別の存在として残るかを決定することになっている。キルクークは歴史的に、クルド人と非クルドのアラブ人とが混住する町で、フセイン政権時代に「クルド人追放策」が行われた後、米軍占領後は反対に「アラブ人追放策」がクルド人の手で行われている。いずれの政策も、石油利権確保のためである。

 キルクークがクルドに編入されると、クルド人は巨額の石油利権を手にして、トルコやシリア、イランでのクルド人独立運動に資金援助するだろう。トルコはこれを嫌って、キルクークでの住民投票が行われる場合には、テロ組織PKK掃討を口実に北イラクに侵攻し、キルクークを占領する構えを見せている。キルクークの住民投票は、アメリカの監視下で作られたイラクの新憲法に、今年末までに実施すると明記されている。イラク政府のシーア派や、イランは、戦争を避けるため住民投票は延期した方が良いと言っているが、北イラクのクルド人側は「延期は2カ月が限度だ」と言っている。年末から来年はじめにかけて、事態が再び緊張する可能性が高い。(関連記事

▼パキスタンとアフガニスタンも

 イスラム世界では、パキスタンとアフガニスタンも、情勢が崩壊寸前の綱渡り状態になっている。アフガニスタンではタリバン(パシュトン人武装勢力)が再拡大し、もともとパシュトン人の自治地域だったパキスタンの北西辺境州の対アフガニスタン国境地帯(部族地域)でもタリバンの支配力が増し、パキスタン軍が介入できない状態になっている。かつて、この地域を植民地にしたイギリスは、反英的なパシュトン人を弱体化するため、パシュトン人地域の真ん中にアフガニスタン・パキスタン国境(デュアランド線)を引いた。それ以来、アフガニスタンの最大勢力であるパシュトン人は、奪われたパキスタン側の地域を併合することを夢見てきた。(関連記事

 今後パキスタンでムシャラフ政権が倒れた場合、パキスタンは混乱してイスラム主義が強くなる。混乱の中でアフガニスタンとパキスタンのパシュトン人が融合し、パシュトン人の歴史的な夢がかなう可能性が増す。パシュトン人の夢の達成は、パキスタンのイスラム主義化や、アフガニスタンにおけるNATOの敗北、カルザイ政権の崩壊をも意味し、米英にとって悪夢である。

 米政府は、ムシャラフが戒厳令を敷いたので「独裁者だ」と批判し、ネオコンは「米軍はパキスタンに軍事介入すべきだ」と言い出しているが、これらは「自滅策」そのものである。アメリカがパキスタンを影響下に置き続けたいなら、ムシャラフは最後の望みである。ベナジール・ブットなど他の政治家が政権を取っても、軍の支持が弱く、パキスタンの統一を維持できないだろう。(関連記事

 パキスタン軍の幹部にはパシュトン系(武勇で知られる)が多く、親米反タリバンの政策を採らざるを得ないパキスタン政府の運営は非常に難しい。ムシャラフは、軍内の人脈と政治手腕、そして独裁的な手法も使いながら、この矛盾を乗り越え、何とかパキスタン政府を維持してきた。911以来、ここまでパキスタン国家が持ったこと自体、奇跡的である。それなのにブッシュ政権は「ムシャラフは独裁者だ」などと批判して、せっかく奇跡的に維持されているパキスタンの親米国家体制をぶち壊そうとしている。

 先日、パキスタンの最高裁はムシャラフ大統領が再選された選挙結果を認める決定を下した。これでムシャラフ政権は何とか首がつながり、来年まで持ちそうな感じだ。しかし中長期的には、パキスタンが再び安定した状態に戻るとは考えにくい。1年前の記事に書いたが、NATO(欧米)によるアフガニスタン占領策も、すでに成功する可能性はほとんどゼロである。イギリスの外交官は先日「すでにNATOはアフガニスタンで敗北している」と宣言した。アフガニスタンの半分は、すでにタリバンの手に落ちているという指摘もある。(関連記事その1その2

(日本では、アフガニスタンのNATO軍を支援するための、自衛隊によるインド洋での給油活動を再開するかどうかをめぐって、政界やマスコミで議論されたが、NATOのアフガニスタン占領が失敗しそうなことについては全く議論されていない。日本人は、自分たちがやっている給油の本質的な意味も考えずに、給油継続の可否で大騒ぎしている。こんな状況になるのは、日本政府にとってアフガニスタンのことなど実は些末で、唯一絶対の関心が「アメリカに従属し続けられるかどうか」だからだろう)

▼最大の危機はアメリカの金融・経済

 年末にかけて危機に陥りそうな問題は、これらの国際政治の問題だけではない。最大の危機と思えるものは「サブプライム問題」に端を発するアメリカの金融危機と不況の懸念、ドルの信用不安である。これらの経済危機は、顕在化した今夏以降、何回かにわたって「損失の総額は、これまで考えられていたより大きい」という悪化方向の見直しが行われてきたが、見直しの間隔がしだいに短期間になっている。危機は、加速度的に悪化している。最初に金融危機が顕在化した7月末から、次に「危機はけっこうひどいかも」と騒がれた10月までは2カ月あったが、最近では2−3週間ごとによりひどい段階が現れている。

 先週には、12月11日の次回の米連銀の会合(FOMC)では利下げはないかもしれない、という見方もあったが、ここ数日は「不況が近い」「再利下げしないと大変なことになる」といった論調が大勢となり、金融先物市場では利下げを織り込んで短期金利が下がっている。利下げは、ドルの下落と、中東ペルシャ湾岸諸国などでのドルペッグの見直し、基軸通貨としての地位喪失を招く。(関連記事その1その2

 アメリカのシンクタンクの中には「ドルの価値は10分の1に下がり、金相場は1オンス2000ドルにまで高騰するかもしれない」という大胆な予測をするところも出てきた。(関連記事

 米連銀は、年末に金融機関が資金調達難に陥らないよう、巨額の資金流入を続けている。金融危機の損失総額の概算は膨らみ続けており、金融機関の多くが、自社の損失を確定できない底なし沼の状態に陥っている。(関連記事その1その2

 クリントン政権の財務長官だったローレンス・サマーズは11月25日にFT紙に発表した論文で「事態は数カ月前にわかっていた状態よりずっと深刻だ」「米経済が不況に陥り、世界経済が減速する可能性が増している」「思い切った対策を講じないと、悪影響は2011年以降も続くことになる」「最重要なことは米経済の消費を減退させないことで、それには中低所得者層への緊急減税が必要だ」と分析・主張している。(関連記事

▼危機の重なりが最悪の事態に

 ここに書いたような、世界にとっての各種の危機は、年末から来年にかけて集中的に噴出しそうなだけに、悪影響が相乗効果をもたらす。いずれの危機も、アメリカの自業自得、自滅的な失策の連続の結果として起きている。

 コソボ情勢の悪化は、アメリカが90年代にコソボのアルバニア人の独立の夢を扇動してその気にさせた結果だし、クルド情勢の悪化も、アメリカがフセイン政権打倒のためにクルド人を使い、アメリカに協力したら独立を果たせるとクルド人に思わせた結果である。パレスチナでのハマスの台頭は、イスラエルやパレスチナ自治政府の反対を押し切って、ブッシュ政権が2005年にパレスチナで選挙をやらせ、ハマスが圧勝して以来の流れである。(関連記事

 サブプライムローンの危機は、2001年以来の低金利時代に、金利が上昇したらローン破綻が増えると知りながら、ローンを使った消費拡大を実現できるので、連銀がサブプライムローンの拡大を黙認した結果として起きている。

 これらをすべて意図的な失策と言い切ることはできないが、それぞれの危機が単発で発生し、個別に解決することができれば、危機を乗り越えることができただろう。多くの危機が重なって、アメリカの世界支配が崩壊に向かい、世界が多極化する事態を迎えている。



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