しぶといネオコン2007年7月24日 田中 宇2008年のアメリカ大統領選挙に出馬を表明している共和党の有力候補であるルドルフ・ジュリアーニが7月10日、外交政策に関する顧問団として、元外交官でイェール大学教授のチャールズ・ヒル(Charles Hill)を筆頭とする8人の保守派(タカ派)の論客たちを選んだと発表した。 米政界の保守派の動向に詳しいフリーの記者ジム・ローブは、この人選を見て「ジュリアーニはまるでイスラエルのリクード右派の候補者になったかのようだ」と指摘する記事を書いている。リクード右派は、ブッシュ政権に登用され、イラク侵攻を挙行した政策集団「ネオコン」と同根の勢力である。(強硬派シオニストのうち、在米の集団がネオコン、在イスラエルの集団がリクード右派と考えられる)(関連記事) ローブの記事によると、ジュリアーニの筆頭外交顧問となったヒルは、以前から「世界の独裁国を強制的に民主化すべきだ」と主張してきた。911事件の直後には、他のネオコンの人々と一緒に、イラクのフセイン政権を倒すべきだと主張するPNAC(アメリカ新世紀プロジェクト。ネオコンの中核となった政治圧力団体)の要望書に名を連ねている。ヒルは以前「国連を廃止して、代わりに世界の民主国家だけで国際機関を作るべきだ」とウォールストリート・ジャーナルに掲載した論文で主張するなど、典型的なネオコンの言論活動パターンをとっている。 ほかに「ネオコンの父」と呼ばれた政治評論家ノーマン・ポドレツや、アメリカの大学で中東情勢を研究する学者の言動を(反イスラエル・親アラブになっていないかどうか)監視する組織「Campus Watch」を推進してきたマーティン・クレイマーらが、ジュリアーニの外交顧問団になった。 ブッシュ政権は、ウォルフォウィッツ元国防副長官ら、ネオコンの人々に外交軍事戦略を決めさせた結果、イラク占領の泥沼にはまり、アメリカの軍事力と外交信用力を浪費し、米国民の信頼を失った。アメリカの有権者の大半は、ネオコンに外交政策を決めさせる大統領候補者には、もう投票したくないはずだ。それを考えると、ジュリアーニがネオコン・リクード右派系の人々を外交顧問に選んだのは、馬鹿げた選択に思える。 イスラエルでは、シャロン前政権やオルメルト現政権といった主流派は今や、リクード右派の好戦的な強硬戦略がイスラエルを自滅させかねないとして敬遠している。(シャロンとオルメルトは2005年、リクード右派を切り捨てるために新与党「カディマ」を作った)。ジュリアーニが、リクード右派を外交顧問に就けたことは、もはや「親イスラエル」とも呼べない。 ▼ネオコン風の発言をしないと大統領になれない? しかし、他の大統領候補たちを見ると、多くの候補者が今もネオコン的な発想の発言を今も繰り返している。たとえばFT紙の記事は、民主党のヒラリー・クリントン候補の考え方はネオコン的だと指摘している。(関連記事) 反戦系以外のほとんどの候補者が表明している「ネオコン的」な主張として目立つものの一つは「イランに対する軍事攻撃を辞さない」という言い方である。それを言わないと大統領候補になれないかのようである。(関連記事) 以前から指摘していることだが、イランが核兵器を開発していると考えられる明確な根拠は何もない。イランはウラン濃縮を続けているが、それは濃度5%までの、原子力燃料用の開発を超えないものであることが、IAEA(国際原子力機関)によって確認されている(核兵器には90%程度の濃度が必要)。 イランは、イラクの反米ゲリラを支援していると考えられるが、この問題を理由に米軍がイランを空爆するのは、イランとイラクの人々の反米感情を煽り、反米ゲリラの支持者を増やすばかりで逆効果である。米政府は最近、この問題をイランとの交渉で解決する方針を採っている。(関連記事) つまり、アメリカがイランを空爆する理由は何もないことになる。それなのに、米政界には「イランを攻撃すべし」という主張があふれている。似た状況は、1998年ごろから2003年にも存在した。当時は、敵はイラクで、米政界でのし上がりたい人々は「フセインのイラクを攻撃すべし」と言うことが必須だった。イラクはアメリカの脅威ということになっていたが、実のところ、侵攻前のイラクは大量破壊兵器も持たず、イスラム原理主義とも敵どうしであり、アメリカの脅威ではなかった。 イラクのフセイン政権が倒された後、米政界では、今度はイランに対して全く同じ、濡れ衣的に非難する状況が展開している。ネオコンとリクード右派は、湾岸戦争後、米軍によるイラク侵攻を主張し続け(湾岸戦争時、米軍は慎重な戦略を採り、イラク軍をクウェートから追い出しただけで、イラク領内に侵攻しなかった)、03年にそれが実現した後は、イラン侵攻を主張し続けている。こうしたネオコンやリクード右派の戦略を非現実的に強く支持し続けているのは、ジュリアーニ候補だけでなく、他の大統領候補や、米政界の大多数の勢力に関しても言える状況である。 ▼AIPACが圧力をかけ、ネオコンを政権に送り込む 今年も、イスラエル右派の在米政治圧力団体であるAIPACの年次総会には、共和党のチェイニー副大統領から民主党のペロシ議長まで、米政界の重鎮が顔をそろえた。AIPACは、各議員の投票行動を子細に監視し、反イスラエル的と思われた議員を、次の選挙で対抗馬をぶつけて落選させたり、スキャンダルをマスコミにリークして追い詰める。(関連記事その1、その2) 今春以来、米議会では、ブッシュ政権によるイラン空爆は自滅的なので阻止しようとする議案が出ているが、AIPACは議員たちを動かし、議案を潰した。多くの議員は、AIPACに目を付けられたくないので、言いなりである。(関連記事) 米政界には、ひそかにAIPACを嫌う勢力も大きいようだ。2年以上前から「AIPACがアメリカの機密をイスラエルに漏らしている」という疑惑が出され、FBIが動き、裁判が準備され、AIPACの幹部が予防的に辞任した。しかしその後、この事件はなかなか大きなスキャンダルにならず、AIPACの影響力は衰えていない。(関連記事) AIPACが政治圧力をかけ、大統領候補にネオコンたちを側近として登用することを約束させ、当選後、政権中枢に入り込んだネオコンが好戦的な中東戦略を展開する、という役割分担になっているように見える。 事後的な分析となるが、ブッシュ陣営は2000年の選挙当時、AIPACに対し、当選後にネオコンを登用し、任期中にイラクとイランを侵攻し政権転覆することを約束し、その約束によって当選を可能にしたのではないかとも思える。ジュリアーニは、ブッシュ陣営がやった戦略を繰り返すことで、当選を目指しているのかもしれない。 イスラエル右派の仲間は、米マスコミ中枢にも大勢いる。「イスラエルが米政界を支配している」といった指摘は「ユダヤ人差別」のレッテルを貼られるので、マスコミには全く出てこない。 日米のマスコミなどに載る最近の分析記事では「イラク占領の失敗によって、ネオコンは力を失い、ブッシュ政権や米政界では、軍事より外交による解決を好む現実派(中道派)が再び強くなった」といった見方が主流だ。だが、ジュリアーニがネオコンを顧問団に据えたり、米政界全般で「イランを攻撃すべし」という主張が強いことを見ると、米政界は依然としてネオコンやリクード右派の影響下あると考えた方が、おそらく実態に近い。 ▼リクード右派の故郷はアメリカ AIPACやネオコンといったリクード右派系の勢力が強いため、国際政治を裏読みする人々の間では「アメリカの政治はイスラエルに支配されている」といった見方が強いが、今のイスラエル政界の主流派(オルメルト政権)は、リクード右派を外して政権を組んでいる。リクード右派は、反政府的な過激な野党になっている。アメリカの政治を支配しているのは「イスラエル」ではなく「イスラエルの野党」ということになる。野党のくせに、なぜ米政界を支配するほどの力を維持できるのか、という疑問が湧く。 その理由はおそらく、リクード右派のふるさと(実家)が、イスラエルではなくアメリカだからである。シオニスト強硬派の勢力は、アメリカで1970年代から活発に動き出した。一つの流れは、アメリカからイスラエルに移住し、1967年の中東戦争でイスラエルが占領した西岸とガザに入植する運動になり、これがリクード右派となった。もう一つの流れが、軍事産業の冷戦扇動の戦略に協力してアメリカの政界中枢に入り込む動きで、戦略を考える学者勢力がネオコンで、政治家に圧力をかけるロビイストがAIPACとなった。 3者の活動の結果、1980年代のレーガン政権が、最初のネオコン系政権となり、イスラエルによるレバノン侵攻にアメリカが協力する展開となった。その後、米政界ではシオニストの食い込みを排除しようとする動きが隠然と起こり、それがイスラエルの左派(労働党ラビン政権)と、パレスチナのアラファトを和解させ、パレスチナ問題の平和解決を目指す1993年のオスロ合意となった。 しかし1995年にラビン首相が右派青年に暗殺され、リクード右派に担がれて当選した次のネタニヤフ政権は、オスロ合意体制を破壊した。ネタニヤフ政権の戦略立案には、アメリカからネオコンが参画した。シオニスト右派はアメリカでも力を盛り返し、オスロ合意を推進し、軍事産業にも冷たかったクリントン大統領は1998年、右派によってスキャンダル化されたモニカ・ルインスキーとの不倫事件で、辞任の一歩手前まで追い込まれた。次のブッシュ政権では、911事件とともにネオコン的な戦略が圧倒的な主流となり、イスラエルの脅威となるイラクとイランを武力で潰すネオコンの「中東民主化戦略」が展開され出した。 しかし、ブッシュ政権は「中東民主化」を過激にやりすぎて、中東全域で反米反イスラエルの感情が強まり、ハマスやヒズボラ、イランのアハマディネジャドといった、イスラム原理主義の勢力への支持が強まり、イスラエルはアラブの敵視に囲まれ、国家的に危険な状態になった。 シャロンからオルメルトに引き継がれたイスラエルの主流派は、リクード右派の好戦的な戦略を捨て、外交重視の姿勢に転じた。ヨルダンやエジプトといった親米的なアラブ諸国との関係を強化し、シリアやサウジアラビア、パレスチナのファタハといった、従来は敵視していた勢力と和解し、イランやヒズボラ、ハマスといった反イスラエルの勢力を封じ込める戦略が開始された。ところが、ブッシュ政権や米議会では、依然としてAIPACやネオコンの好戦的な戦略が強く、オルメルト政権が新たに採り始めた和解の戦略は、アメリカによって隠然と阻止され続けている。 ▼シリアと和解したいイスラエル、阻止するブッシュ オルメルト政権は、敵対を和解に転換させる第一歩の相手としてシリアを選び、かなり前から秘密裏にシリア側に和解交渉を持ち掛けてきた。和解提案は、イスラエルが占領中のゴラン高原をシリアに返還するので、シリアはイランやヒズボラと縁を切れ、というものだった。イランとヒズボラの間に存在するシリアがイスラエル側に転換してくれれば、イランは地理的にヒズボラを支援できなくなり、ヒズボラは弱体化し、イスラエルを攻撃できなくなる(イランは、今のシリアにとって最大の友好国)。 だが、ブッシュ政権は「シリアはテロ支援国家なので、和解の相手にはできない」としてシリア敵視をやめなかった。一方シリアは、アメリカに敵視されたままイスラエルと和解することを拒否した。シリア人を含むアラブの民衆はイスラエルを強く憎んでおり、イスラエルとの和解は、シリアのアサド政権にとって危険なことであり、よっぽどの見返り(アメリカによるシリア敵視の放棄など)がない限り、了承できなかった。(関連記事) イスラエルのオルメルト首相は先日、シリアに対して「アメリカが仲介してくれなくても和解交渉を始めよう」と公式に呼びかけたが、シリアは乗ってこなかった。(関連記事) 仕方がないので、イスラエルは国連やEU、トルコに、シリアとの和解交渉の仲裁を頼んでいるが、成功するかどうか、まだ分からない。(関連記事その1、その2) この話が持ち上がった数日後の7月19日には、イスラエルにシリアを奪われたくないイランからアハマディネジャド大統領がシリアを訪問し、アサド大統領と「イスラエルこそ中東最大の脅威」と共同声明を発表した。(関連記事その1、その2) これらの動きと前後して、イスラエル軍からは「シリアとの戦争準備をしている」との表明も出てきた。少し前には、イスラエル軍がゴラン高原で、シリアを挑発するような、一触即発状態を演出する異例の軍事演習を行った。国連監視軍はこの演習を挑発的だと批判し、シリア軍は防衛体制を強化した。これらの動きは、イスラエル軍内でいまだに強いリクード右派系の勢力が発しているのか、それともシリアを脅して交渉の席に座らせようとするオルメルト政権の戦略なのか、判断が難しい。(関連記事その1、その2) ▼ハマスとの交渉が必要なのに・・・ パレスチナ問題に関しても、イスラエルはブッシュ政権に邪魔されている。現状でイスラエルにとってほとんど唯一の有効な戦略は、ガザを失い、パレスチナ人の民意の支持も失って弱体化しているアッバス大統領のファタハだけでなく、ガザを占領して力を付けつつあるハマスとも交渉を行うことであるが、ブッシュ政権は「ハマスはテロ組織だ」という敵対姿勢を貫き、イスラエル政府に対し、ハマスとの交渉を厳禁している。 ブッシュ政権は「ファタハをテコ入れする一方でハマスを無視し続ければ、いずれパレスチナの民意はファタハ支持に戻る」と主張しているが、そんな展開になる見込みはほとんどない。今の中東では、米イスラエルに支持された勢力は、一般市民から傀儡と見なされ、むしろ支持を失う。支持するなら目立たないようにすべきなのに、ブッシュ政権の戦略は、アッバスが米イスラエルの傀儡だと喧伝してしまっている。マスコミでは、ブッシュ政権のアッバスへのテコ入れを「アメリカによる新たな中東和平推進の動き」と報じているが、米政府が実際に推進しているのは「和平」ではなく、ファタハとハマスとの「内戦」である。(関連記事) 首相の任期終了後、パレスチナ問題で国際社会の代表4カ国(カルテット。米・EU・ロシア・国連)の特使になったイギリスのブレア前首相は、ハマスと交渉する姿勢を見せたが、アメリカはブレアを批判し「ブレアは交渉を仲裁する権限はない」「ブレアの役目は、パレスチナ自治政府の効率化だけだ」と主張し、動きを阻止した。(関連記事) ブッシュ政権は、和平の動きを阻止するだけでなく、利敵行為もやっている。ブッシュ政権は、ハマスの兄貴分にあたるエジプトのイスラム同胞団など、中東のイスラム主義の政治組織との関係改善を検討している。「中東では、ファタハなど旧左翼系の世俗派の政治組織より、ハマスや同胞団などイスラム主義の政治組織の方が腐敗していないので、民主主義を任せるならイスラム主義組織の方が良いのではないか」という新しい見方が、ブッシュ政権内で出ていると報じられている。(関連記事) アメリカ国務省は6月下旬に「アメリカは、エジプトのイスラム同胞団と関係を改善すべきだ」と主張している学者を呼んで意見を聞いた。国務省はすでに今年に入って、在エジプト米大使館の会合にイスラム同胞団の国会議員を招待し、同胞団への接近をはかっているとも報じられている。(関連記事その1、その2) ▼イスラム世界の統合を扇動するアメリカ 中東では世俗系の政治組織よりイスラム主義の政治組織の方が腐敗していないのは事実だが、イスラム主義組織は、ほとんどが反米反イスラエルである。中東全域でイスラム主義組織が人々の支持を集めている中で、アメリカがイスラム主義組織を容認することは、親米だけが取り柄である世俗系の政治組織の滅亡につながりかねない。エジプトでは、親米のムバラク政権が倒され、イスラム同胞団の政権に取って代わられかねない。 そうなるとハマスが占領するガザはエジプトと一体化し、ますますイスラエルは危険になる。イスラム同胞団を容認するブッシュ政権の姿勢は、イスラエルやムバラク政権、ヨルダン王室、サウジの親米派などの生存を脅かす半面、イランやアルカイダ、サウジの反米派を力づける。 中東の識者によると、イスラム同胞団とハマスの究極の目標は、中東全域をイスラム化して「カリフ制度」を復活させることである。カリフとは、イスラム教の初期に、イスラム世界を統一的に統治していた最高指導者のことで、カリフ制度の復活とは、イスラム世界が一つのイスラム国家に統一されることを意味している。オサマ・ビンラディンも、カリフの復活を目標にしている。アメリカが今のような中東政策を続けていると、いずれ本当に中東全域の諸国が次々とイスラム主義に転じ、カリフ制度が復活しかねない。(関連記事) 中東以外でも、アフガニスタンではイスラム主義のタリバンが復活し、パキスタンでも親米のムシャラフ政権を倒そうとするイスラム主義者の動きがさかんになっており、アフガンとパキスタンがイスラム主義の国として統合されていく懸念が増している。カリフ制の復活は、絵空事ではなくなりつつある。(関連記事) ▼ネオコンはロスチャイルドのスパイ? この時期にイスラム主義を容認し始めたブッシュ政権は「大馬鹿者」「ひどい無能」か、そうでなければ「イスラエルの味方のふりをして実はイスラエルを潰そうとする勢力」「アメリカの覇権を拡大するふりをして実は自滅策を採る勢力」である。今の時期にイスラム主義の容認に転じることの危険さは、誰の目にも明らかなので、ブッシュ政権は大馬鹿者ではなく、故意の失策者と感じられる。 私は以前から「ブッシュ政権は、世界を米英イスラエル中心の体制から、中露なども立ち並ぶ多極的な体制に転換させたい隠れ多極主義者ではないか」という仮説を持っているが、今後、中東諸国が反米反イスラエルのイスラム主義勢力によって統合されて「カリフ国」になるとしたら、それはまさに世界の多極化を進展させることになる。石油利権を上手に使えば、統合された中東イスラム国は強大な国家になりうる。(現時点では、中東諸国がイスラム主義で統合されていくことは想像の範囲を超えているが) ブッシュ政権だけでなく、AIPACやネオコン、リクード右派というシオニスト強硬派も、イスラエルを国家的な危機に陥れているのに、いまだに好戦的な姿勢を崩していない。イスラエル政府が西岸のパレスチナ自治政府と和解を目指している最中に、リクード右派の入植者たちは、パレスチナ人と敵対する入植地のさらなる拡大を目指している。ネオコンとAIPACは、アメリカとイスラエルにとって危険な「イラン空爆」を扇動し続けている。(関連記事) 以前の記事「イスラエルとロスチャイルドの百年戦争」の考え方に沿って分析するなら、リクード右派やネオコン、AIPACは「親イスラエルのふりをしてイスラエルに入り込んだ上で、過激にやりすぎて最終的にイスラエルを弱体化する、ロスチャイルド傘下の勢力」ということになる。「ロスチャイルド」に象徴される勢力は「ニューヨークの資本家層」でもあり、世界の経済成長の極大化を目指す彼らにとっては、もう経済成長が鈍化している欧米だけが強い世界より、多極化された世界の方が好都合である。 ▼イスラエルを見放すユダヤ人社会 意図的な策略の結果なのかどうかは別としても、シオニスト強硬派が、結果的にアメリカとイスラエルを窮地に追い込んでいることは間違いない。こうした状況下で、欧米のユダヤ人社会では、これまで政治力が強かったシオニスト強硬派を敬遠する動きが見られる。 最も象徴的だったのは、6月26日、ヨーロッパのユダヤ人社会の意志決定機関である欧州ユダヤ人会議(EJC)の新会長(president)に、プーチン大統領と仲が良いロシアの実業家であるモシェ・カンターが選出されたことだ。(カンターは肥料メーカー経営者。ロシア・ユダヤ人会議の会長)(関連記事) 先代のEJC会長だったピエール・ベスナノ(アルジェリア系フランス人)は、シオニスト強硬派で、EJC会長としてEU諸国の政府高官と会うたびに、イランを制裁すべきだと求め続けていた。ベスナノは「欧州のユダヤ人には未来がない」と明言し、欧州のユダヤ人にイスラエル移住を奨励するイスラエル至上主義者で「EJCは、イスラエルのために欧州諸国の政府に圧力をかける(AIPACのような)政治団体であるべきだ」と主張してきた。 これに対してカンターは、欧州のユダヤ人文化を重視する姿勢を打ち出し、選挙で再任を目指すベスナノと対決して勝った。ユダヤ人社会の中でも、イスラエル重視のシオニストは、イーデッシュ語文学など欧州のユダヤ人文化を軽視し、ユダヤ人は全員ヘブライ語を勉強してイスラエルに移住すべきだと主張しているのに対し、非シオニストは逆に、欧州のユダヤ人文化を重視する傾向がある。カンターの姿勢からは、彼がシオニストではないことがうかがえる。 冷戦後のロシアのユダヤ人財界人(オリガルヒ)の中には、英米イスラエルの代理人としてロシア国家の再生を阻害するような私腹の肥やし方をした、元石油王のミハイル・ホドルコフスキー(服役中)やボリス・ベレゾフスキー(イギリスに亡命中)らと、これとは逆にプーチンらロシア・ナショナリストとの関係が深い勢力がいるが、カンターは典型的な後者で、有力だった時代のホドルコフスキーと鋭く対立していた。 ▼イスラエルを捨てプーチンにつくユダヤ人 プーチンは、中国やアラブ諸国、イランなどと協調し、英米イスラエル中心の世界体制を多極化することを画策している。欧州のユダヤ人たちは、自分たちの代表として、シオニスト強硬派を外し、代わりに多極主義者プーチンとつながりの深い、非シオニストのカンターを選んだことになる。カンターのEJC会長就任は、欧州のユダヤ人が、イスラム社会との敵対によって窮地に陥るイスラエルを見限り始めていることを示唆したとも言える。 プーチンは、天然ガスや石油の欧州供給によってEUを抑えており、EUの中でも特にイギリスは、ロシアと対立傾向を強めている。欧州のユダヤ人有力者たちは、イスラエルやEUより、エネルギー利権をおさえているロシアに未来があると考えているのかもしれない。カンターはイスラエルの新聞のインタビューで、プーチンはロシア人に支持された強い権力者(皇帝)であり、自分がEJC会長になってユダヤ人社会がプーチンとの関係を強化することは良い結果を生むだろうと述べている。(関連記事) EJCの上部団体である世界ユダヤ人会議(WJC、本部ニューヨーク)では今年3月21日、エドガー・ブロフマン会長(シーグラム経営者)が、ホロコーストに対する補償金をドイツ企業などから徴集してWJCを大組織にしたイスラエル・シンガー議長(chairman)を突然解任した。これは、WJCにおける「シオニスト強硬派」の追い出しだったようで、シンガーの解任が発表された同日の国際電話会議では、EJCのベスナノ会長と、イスラエルのユダヤ人会議の会長から、強烈な反論が出され、ブロフマンは途中で電話線を切って会議を強制終了させている。(関連記事) この強制終了された会議以来、ユダヤ人会議の上層部では、イスラエルから距離を置こうとする勢力と、最後までイスラエルを支持しようとするシオニスト強硬派との対決が続いた。3カ月後のEJC会長選挙でのベスナノの敗北は、ユダヤ人社会の上層部でシオニスト強硬派が負けたことを感じさせる。 昨夏のレバノンでのイスラエルとヒズボラの戦争以来、アメリカのユダヤ人有力者の間では「在米ユダヤ人がイスラエルを支持し続けることは、反ユダヤ感情を煽るので危険だ」という意見が出ていた。ユダヤ人実業家たちは、世界情勢の動きに敏感であり、先読みが上手い。WJCやEJCの人事は、イスラエルの今後だけでなく、世界情勢の今後の展開を先取りする動きとして重要である。
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