日本を不幸にする中国の民主化

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日本を不幸にする中国の民主化

2006年3月7日   田中 宇

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 オーストラリアの軍隊系のシンクタンクが「中国が民主化すると、大衆扇動型の指導者が出てきて、反日・反欧米感情やナショナリズムを扇動する傾向が強まって、何をしでかすか分からない国に変質する恐れがある。豪州やアジア諸国にとっては、今の共産党独裁体制の中国の方が、国家としての行動パターンが分かりやすいので良い」とする分析書を発表した。(関連記事)

 オーストラリア戦略政策研究所が発表したこの分析書によると、中国経済の発展は輸出が基盤であり、世界との関係を悪化させることは自国経済を自滅させるので、中国政府がすすんで海外と敵対する政策を採ることはあり得ない。だが、今後の民主化によって国内政治が不安定になった場合、どこか外国との敵対関係を煽り、国民のナショナリズムを扇動することで、指導力を維持しようとする政治家が現れる可能性がある、と分析書は予測している。(論文の原文関連記事)

 私も、この分析書の見方には賛同する。中国に限らず、ロシアやイラクなど世界の多民族国家の多くは、リベラルな民主主義をやろうとすると、矛盾する各派の主張に収拾をつけられず、国内が混乱する。

 特に中国は、表向きは「漢民族が国民の9割」とされているものの漢民族の地域でも100キロも移動すれば話し言葉が変わるような多様性の強い社会であり、単一国家として維持できているのが不思議なぐらいである。中国を単一国家として維持するには、共産党政権がやっているような、独裁的で強力な中央集権制度が必要である。(1940年代の内戦に勝ったのが共産党でなくて国民党だったとしても、蒋介石が強力な中央集権を維持していたら、単一国家として続いていただろう)

 一般的に考えて、経済が発展し、テレビの普及や、移動(引っ越し)の自由が人々に与えられてから時間がたつほど、国民の多様性は薄れ、単一民族性が増すが、中国で人々が移動の自由を与えられたのは最近のことで、今でも農村から都会への引っ越しは原則として禁止されている。中国が、民主化しても安定を維持できる状態になるには、一党独裁があと10−20年続き、その間の経済発展の中で単一民族性が増していく必要がある。

 それ以前に一党独裁体制が崩れて多党制に移行した場合、都会で選ばれた政治家と地方で選ばれた政治家が対立し、南の政治家と北の政治家が利権を争う状態になり、中央の言うことを聞かない地方勢力が各地で台頭し、中国は分裂割拠の状態になりかねない。この混乱を乗り越えて、中央の政治家が全中国を引きつけようとすれば、多様な国民を一つの方向に結束させておく必要がある。その際に出てきそうな道具が「反日」「反欧米」などのナショナリズムである。

 中国は共産党体制の現在でも、国内の結束のために反日やナショナリズムを使っているが、独裁制でなくなった場合、その傾向がもっと強まるということである。(中国共産党が反欧米より反日にこだわるのは、60年前に日本軍を大陸から追い出した功績によって政権を執ったという物語が中国共産党の正統性だからであり、反日と愛国は、ほぼ同じものである)

▼中国が民主化すると誰が得するか

 日本や台湾、アメリカには、中国の強大化をおそれて「中国の体制が崩壊すればよい」と考えている人々がいる。アメリカはすでに、中東などで脅威になりそうな国々に「民主化せよ」と圧力をかけ、民主化させて体制を崩壊させてしまう、という戦略を30年ぐらい前からやっており、中国に対しても、香港や大陸の民主活動家を支持したりして「民主化」によって中国を不安定化させようとする戦略を採っている。

 この影響を受け、台湾でも独立派の人々は「中国は民主化すべきだ」と主張している。彼らの中には植民地教育の影響で日本語が得意な人もおり、日本語で「中国は間もなく崩壊する」「共産党政権は中国人に地獄を味わわせている。早く民主化した方が中国人は幸せになれる」と主張する本を書いて日本で出版したりして、意外と中国情勢にうとい日本人に「民主化した方が中国人は幸せになれる」と思い込ませることに、ある程度成功している。

 台湾の独立派の中には、日本のことを好いてくれている人が多いので、これらの動きは善意でやっているのかもしれない。しかし現実には、中国で独裁が崩壊しても、その後、日台にとって好都合な内部分裂した状態がずっと続くとは限らない。独裁が崩壊して民主化した後、カリスマ的な政治家が登場し、中国内部を再統合するために、極度の反日感情や反台湾感情を扇動し、日本や台湾の製品を中国市場から完全に締め出したり、台湾だけでなく日本にまで戦争を仕掛けるようなことをやり出したら、それは日本人のためにも台湾人のためにもならない。

 中国が混乱し、経済が悪化したら、中国人自身も、共産党独裁下よりもひどい地獄を味わうことになる。「民主化すれば良くなる」というのは、冷戦末期以来、米英が世界戦略の一環として発しているプロパガンダである。実際には、ほとんどの場合、民主化は慎重にゆっくりやらない限り失敗し、混乱だけが残る。中国の早急な民主化は、日台中すべての人々を不幸にする。(各国の扇動政治家は得をするかもしれないが)

 さらに問題なのは今後、アメリカの世界覇権が減退し、日台の後ろ盾になってくれなくなりそうなことである。すでに米政府は、北朝鮮や台湾海峡の問題解決に本腰を入れなくなり、北朝鮮問題は中国と韓国に任せ、台湾海峡問題では台湾を擁護しなくなり、中国の言いなりになっていている。危機感を抱いた台湾の陳水扁総統は最近、台中の段階的統一に向けた「国家統一綱領」の事実上廃止すると表明した。これは「アメリカと中国が組んで台湾を譲歩させようとしても応じないぞ」という決意表明のメッセージであると思われる。(関連記事)

 こんな状況だから、今後の中国が扇動型民主体制になって日本や台湾への敵視を強めるころには、日台はアメリカの軍事的・外交的な後ろ盾を期待できなくなっている可能性が大きい。日本には「中国に一発かましてやれ」と主張する人がけっこういるが、その暗黙の前提は「アメリカの協力を得て」である。アメリカの後ろ盾が失われたら、日本人の勇ましさも消えてしまいかねない。

(アメリカの覇権衰退後、中国に対して土下座するのを避けたいのなら、日本人はもっと中国のことを深く分析せねばならない。今の日本は、中国や華人世界のメカニズムを理解していない。日本人は、戦前の方が深く中国を理解していた。「英霊」たちは、アメリカの虎の威を借りているだけの戦後の日本人の姿を、草葉の陰で嘆いているに違いない)

▼再開発で追い出されて怒る人々

 ところで実際のところ、中国の共産党体制が崩れる可能性はどのくらい高いのだろうか。昨年以来、中国各地で、地元の役所に対する住民のデモや抗議行動が相次ぎ、役所の側は警察や暴力団を動員して反対派の住民を弾圧するという事件が相次いでいる。これが共産党体制の崩壊まで行くのかどうかを分析する必要がある。

 多くの場合、住民の抗議行動は、役所が進めている再開発事業に関係している。中国では土地はすべて国有で私有化できないが、都会では99年リースなどというかたちで事実上土地の販売や転売が行われ、地方都市にもこのメカニズムが波及している。企業が市町村などの役所に再開発を提案し、役所の幹部は企業から賄賂が入るのでこれを受け、農地や国有企業の勤労者住宅街を従来の利用者から取り上げ、まとまった更地にして企業に長期リースし、企業はマンションやビル、工場などを建てるという開発事業が、あちこちで展開されている。

 問題は、企業も役所幹部も、自分の儲けを増やしたいので、多くの場合、従来の土地利用者である農民や勤労者たちへの補償金をわずかしか出さないことである。農民には代わりの農地もしくは離農に必要な資金、勤労者には代替住宅もしくは民間賃貸住宅を借りるための家賃補償が与えられるべきなのだが、それが行われていない。差益のほとんどは、役所幹部と企業家で山分けされてしまう。

 生活できなくなった農民や勤労者たちは、新聞報道やうわさで、役所幹部が巨額の賄賂をもらっていたと知ると激怒し、役所に押し掛けたり北京に陳情に行ったりして抗議行動を繰り返す。これが中国全土で起きている問題の経緯である。

 こうした問題は、中国が社会主義から資本主義に転換しつつあるがゆえに起きており、開発事業が増えること自体は異常ではない(企業の土地転がし目的が多いのに加え、日本の第三セクター事業ブームのころと同種の無理な計画が多いことは良くないが)。最大の問題は、役人に賄賂が入り、住民がないがしろにされていることである。全国的に起きているこの問題が放置されると、共産党体制の崩壊にもつながりかねない。

 そのため、中央政府は昨年末から、地方の役所幹部の汚職を取り締まる政策を強化し、住民の抗議行動が起きた役所の幹部は出世させない方針を採り始めた。今年2月9日には、河北省の裁判所で、暴力団を雇い、補償が少ないと抗議する住民を襲撃させた罪で、定州市の和風(He Feng)という名前の共産党書記が終身刑を言い渡されるという「見せしめ」も用意された。(関連記事)

▼貧富格差の是正には再共産化が必要?

 こうした問題もあり、農村と都会との貧富格差が急拡大している。中国では都会では経済がどんどん回り、人々の収入が増えているが、13億人のうち8億人が住んでいる農村や地方の町には、この影響があまり及んでいない。その一方で、以前は地方の役所の運営に必要な物資や資金が中央から渡されていた社会主義の状況が終わり、教育や医療などの行政サービスにかかるコストを地方の役所が自前で調達せねばならない傾向が増している。

 経済が回っていない地方では役所の収入も少ないので、学校は事実上の授業料を徴集し、医療も受益者負担にならざるを得ない。授業料を払えないので、農村の子供の4割は義務教育を終えられずに学校をやめていると概算されている。中国政府は、農村の問題を解決する意志を示すため、最近開かれた全人代(国会)で、農村の所得拡大政策や、教育・医療に対する中央から地方への補助金増額などの対策を行うと発表した。(関連記事)

 中国は1949年から70年代まで社会主義をやったが、弊害の方が大きいため、80年代にトウ小平が改革開放を始め、資本主義体制に移行してきた。だが、ここにきて貧富格差が拡大し、多くの地方住民の生活が後退している。そのため「経済自由化を止めて、経済に対する中央政府の権限を再拡大し、昔の社会主義に戻した方がよい」という主張があちこちから出ている。中国の貧富格差を解決するには「民主化」とは正反対の「再共産化」が必要だという主張である。

 開発に伴う住民の不満も、貧富の格差も、いずれも経済発展で得られた資金が人々の間でどう分配されるかという問題である。中国経済は今年も10%前後の高成長を記録しそうで、分配メカニズムの再構築ができれば、政権崩壊に至る大問題にはなりそうもない。

▼中国の歴史教科書は歪曲されている!?

 もう一つ最近の中国では、マスコミに対する政府の報道規制の問題が出ている。今年1月には、役人の汚職や、住民が見捨てられていることなどの社会問題に焦点を当てて報じてきた共産党の青年団の機関紙「中国青年報」の別冊週刊誌「冰点週刊」が、中国で使われている歴史教科書に、愛国主義を扇動することを目的とした歪曲が多いと指摘する論文を掲載したのを理由に、発行停止処分を受けている。「冰点」は各界から高く評価されていたため、中国のマスコミ幹部の多くが処分に反対し、最終的には編集長が更迭されるだけで再発行を認められることになった。(関連記事)

 問題の論文は、広東の中山大学の教授が書いた「現代化と歴史教科書」という題で「中国が欧米列強に蹂躙されていた時代の出来事に関する中学校の教科書の記述の中に、中華文明は崇高で、外来の文化は邪悪なものであり、邪悪な外来文明の影響を排除するために中国の政府(清朝)や民衆(暴徒)が、外国勢力を攻撃するのは正当な行為であるという考え方に基づいた説明がいくつも出てくるが、これは子供たちに間違った考え方を植えつける」と主張している。(論文の原文その1その2)

 つねづね「日本は歴史教科書を歪曲している」と攻撃してきた中国政府は、こんな論文の発表を黙認していたら、日本からの反論を誘発してしまうので、発行停止処分を行ったに違いない、というのが、日本や欧米の分析者の見方である。私もその分析には同意するが「冰点」のような社会派マスコミの存在意義を含めたもっと大きな視点で見てみると、違う背景も見えてくる。

▼政権を長続きさせるための暴露記事

 中国には中国青年報のほか、いくつものマスコミが、数年前から積極的に社会問題を取材し、役人の腐敗や政策の欠陥を暴露する記事を出し続けている。これは、中央政府だけでは地方官僚の汚職や間違いを探し出すことが十分できないので、マスコミにその機能を肩代わりしてもらっているという、共産党内部の意味がある(中国のマスコミは、ほとんどが共産党員によって運営されている)。

 中国には何千もの市町村があり、それらのすべての役人の行動を中央が監督することはできない。そのため、各地のマスコミが問題を報じることで、一般市民からの情報提供(たれ込み)も多くなり、共産党の上層部が下部の腐敗や間違いを見つけやすくしている。前述した各地の開発事業をめぐる補償欠如や賄賂の授受も、このメカニズムの中でマスコミに報じられ、問題化した。「冰点」のような社会派のマスコミは、共産党政権に自浄作用をもたらしている。(関連記事)

 マスコミにたたかれた役人の側は、反撃しようとする。地方の役人は、中央の元上司に冰点を潰してほしいと訴える。中央の幹部の中には、現政権になって冷遇されている人もいるだろうから、反対勢力は結束し、冰点のようなマスコミを潰そうとする。こうした政治力学が潜在しているところに、教科書問題で日本の反論を助長しそうな論文が出たため、それを口実に冰点が潰されそうになったのだろう。

 権力闘争にさらされているものの、冰点を発行する青年報に代表される中国の社会派マスコミは、国民の不満を取り除き、共産党政権を長続きさせるために存在している。報道の自由を求める中国のマスコミが、一党独裁に反対する反政府運動を始める勢力へと発展することは、今後共産党の中央がよっぽどの腐敗や無能な状態に陥らない限り、あり得ない話だと感じられる。

 中国では全国レベルの民主主義が行われていないものの、それに代わる目立たない社会安定化のメカニズムが、いろいろと存在しているようだ。その全体像はまだよく分からないので、今後さらに解明していきたい。


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