ブッシュ再選の意味2004年11月7日 田中 宇11月2日の大統領選挙は、あっけなくブッシュの勝利となった。この結果が意外だったのは、当日の開票前の出口調査でもケリーが有利だとされていたのに結果はブッシュの勝利で、事前にアメリカのマスコミでは今回の選挙で共和党による広範囲な不正が行われそうだという指摘が多々あったのに、投票日の翌日にはケリー陣営が敗北を認め、ブッシュの勝利が確定したためだ。 たとえ選挙でブッシュが勝ったように見える結果が出ても、ケリー陣営が不正を指摘し、最終的な判断が裁判に委ねられ、結論が出るまで何週間もかかった2000年の前回選挙の波乱が繰り返されるのではないかと予測されていたが、そのような展開にはならなかった。FT紙のコラムニストは「共和党の幹部でさえケリーが勝つだろうと言っていた」と意外さを隠さずに書いている。(関連記事その1、その2) ▼無効票を再確認すればケリーの勝ちになる? 共和党陣営が不正をやったのではないかと疑われるポイントはいくつかある。「コンピューターを使ったタッチスクリーン方式の投票機で、プログラムの欠陥を使って投票結果が改竄されたのではないか」「黒人など民主党支持のマイノリティ層が多い投票所で、共和党系の選挙委員らによって投票を認められない人が多く出たり、故意に事務処理が遅延させられて何時間も行列ができて多くの人があきらめて帰ったりした」などである。 前回2000年選挙時にフロリダ州で発生した「紙に穴をあけるバタフライ方式の投票所では、中途半端に穴が開けられていた票のうち、ゴアに入れられたものばかりが無効票にされた」という疑惑も再発している。前回選挙のフロリダ州の不正を早くから指摘していたジャーナリストであるグレッグ・パラストは、今回の選挙でも、無効票にされたものを再確認すれば、ブッシュの勝利を決定したオハイオ州がケリーの勝ちに逆転し、ケリーが大統領になるはずだ、と指摘している。(関連記事) パラストによると、オハイオ州では前回の選挙時に11万票の無効票が出たが、そのほとんどは民主党のゴア候補に入れられていたことが分かっている。(ゴアの方に穴が中途半端に開けられていたり、2つ以上穴が開けられていた)。今回、オハイオ州で何票の無効票が出たか、共和党陣営である州政府は発表していないが、前回と似た水準であると仮定し、これに加えて「暫定票」の17万5千票のほとんども民主党支持者であることから、両方を合わせるとブッシュとケリーの票差(13万6千票)が逆転し、ケリー勝利になるはずだという。 暫定票とは、各投票所に駐在している共和党か民主党の選挙管理委員が、有権者のIDカードの不備などを理由に「この有権者には投票資格があるかどうか怪しい」と主張した場合、正式な投票用紙ではない暫定票を使って投票するもので、オハイオ州の暫定票は、まだ開票されていない。オハイオ州で暫定票がいくら出たかということ自体、共和党の州政府は「17万5千」と言っているのに対し、民主党陣営は「25万は出たはず」と主張している。 選挙当日の夜、オハイオ州の暫定票が選挙後の政治紛争に発展するとみて、民主党の弁護士団がオハイオ州入りしたが、ケリー自身は翌朝に早々と敗北宣言を行い、リングを降りてしまった。「2000年に続き、民主党の往生際の悪さがアメリカの民主主義への信頼を失わせている」とマスコミから叩かれたくないためだっただろうとか、オハイオ州政府が共和党なので、暫定票や無効票の再確認をしても、うまく票を隠されたりしてケリー勝利には結びつかないだろうと予測したからだろうとか言われている。 「ブッシュもケリーも、アメリカ上層部を支配するといわれるイェール大学の秘密結社スカル・アンド・ボーンズの会員なので、最初からケリーは徹底的に戦うつもりはなかったのではないか」などという分析もある。(関連記事) ▼投票機を使った州はブッシュが優勢に もう一つ「怪しげ」とされていることは、開票前の出口調査の結果と、実際の選挙結果とされている数字とを州ごとに比較すると、投票機を使っている州でのみ、おはなべて出口調査より実際の結果が5−7%ブッシュに有利になっていることである。投票機のシステムは多くの場合再確認ができない。それをいいことに、投票機でシステム的な不正が行われ、各州でブッシュが有利な数字に書き換えられたのではないか、という疑惑である。(関連記事) 共和党支持者は「出口調査の方に誤差があったんだ」と主張しているが、民主党支持者は「投票機ではなく紙で投票している州では、出口調査と実際の結果の差は1%未満におさまっており、出口調査は信頼できる。実際の結果の方が不正が施されている」と主張している。(関連記事) 出口調査とは、投票所の出口で有権者に誰に入れたかを尋ね、それを集計する調査だが、共和党が何としても勝ちたかったオハイオ州では、選挙前に州政府がマスコミに対し、投票所の近くで出口調査をすることを禁じる指令を出し、マスコミが裁判所に訴えてようやく指令を解除させるという騒乱も起きた。オハイオ州の指令は「不正をやるから近づくな」と言っているようなものだった。(関連記事) 問題をややこしくしているのは、出口調査を実施したAP通信やCNNテレビが選挙当日、実際の得票結果を見て、出口調査の結果を訂正して実際の結果に近い数字に変えてしまったことだ。民主党支持者は「訂正前の数字の方が正しい」としているが、調査の実施者が訂正してしまった以上、話は通りにくい。(関連記事) アメリカのマスコミは、前回2000年の選挙で「ゴア当選」と報じたところがあり、それは投票機システムの不調の結果でありマスコミ側のミスではなかったのだが、あとでブッシュ政権から苛められることになった。そのため今回は、さっさと「事実」の方に「予測」を合わせて訂正したのだろう。 ▼「何度ケリーを押してもブッシュが出る」 今回の選挙では、全米の有権者の3分の1がコンピューターの投票機で投票した。投票機メーカーの最大手であるディーボルド社の投票機はプログラムに欠陥があり、不正が簡単にできてしまう。ニューヨークタイムスなど、アメリカのいくつかのマスコミもこの欠陥を報じ、民主党は各州で印字機能をつけさせようとしたが、是正されないまま投票日当日を迎えている。(関連記事) 投票機で不正が可能でも、投票の際に投票結果を印字し、有権者が自分が支持する候補者の名前が印字されていることを確認し、その紙を予備の投票箱に入れるという制度を採れば、たとえ集計時にコンピューター内の数字を書き換えて不正をやっても、あとで疑惑が持ち上がったら投票箱を開けて票を数えるという従来型の開票をやって、検証することができる。だが、多くの州では印字機能がついておらず、不正がばれず「完全犯罪」ができる。 投票機による不正を監視している組織には「ケリーの方をタッチしたが、次の確認画面で『ブッシュで良いですね』という表示が出て驚いた。そそっかしい人は騙されてしまうだろう」「何度ケリーを押しても確認画面でブッシュが出てきた」「確認画面が出ないまま終わってしまった」といった有権者の体験記が寄せられている。(関連記事) オハイオ州の有権者約4000人の選挙区では、ブッシュに6200票も入っているという投票機の間違いが3日後まで気づかれなかった。この手の投票機の「計算ミス」は2000年にもフロリダ州で起きている。(関連記事) 不正の指摘は今のところ、疑惑や推測の域を出ないものだが、以前の記事に書いたように、CIAの中の反ネオコン勢力がブッシュ再選を阻もうと、選挙前にブッシュを不利にする情報をマスコミに流し続けた経緯がある。この勢力が今後、選挙で不正が行われたこと示すもっと確定的な情報をマスコミに流すかもしれない。 だがその場合でも、ケリー本人を含む民主党の上層部は、開票のやり直しを求めたりはしないだろう。2000年の前回選挙から数ヵ月後、共和党がフロリダ州で不正をやったことが発覚したが、そのとき民主党の上層部は見て見ぬふりをしており、今回もケリーが早々と敗北を認めてしまったことから考えて、あとから不正が発覚しても民主党上層部は大して追及しないと予想される。 今回の選挙で不正が行われたことが分かった場合の問題はむしろ、国際的なアメリカの信用がいっそう失われることである。ブッシュ政権は今後「中東の民主化」をさらに進めようとするかもしれないが、当のブッシュが2回とも選挙不正によって当選したとなると、中東の人々は「おれたちを政治腐敗を責める前に、自分たちの腐敗を改めろ」と思うだろう。中国やロシアなどに対してアメリカが民主化を求めても効果がなくなる。 ▼保守革命の勝利か、プロパガンダの成功か 一方、ブッシュが勝ったのは不正の結果などではなく、アメリカ社会で道徳を重視する「保守革命」が進行しているからだ、という見方もある。米国民の中で、同性愛や妊娠中絶に反対する人が増え、それが民主党のリベラルさを嫌うブッシュ支持の増加につながったのだ、という主張である。ブッシュが不正をやっていると考える「マイケル・ムーア的な陰謀論」にとらわれていると本質を見誤る、という論説記事も出ている。 しかし実際には、中絶に反対する人の割合は有権者の16%で2000年の選挙時と変わっていない。同性愛については、アメリカ全体でみると反対しない人が少しずつ増える傾向にある。前回選挙に比べて「キリスト教原理主義」の票が増えたということはなかった。ユダヤ人の78%はケリーに投票し、前回80%がゴアを支持した時と傾向はほとんど変わっていない。(関連記事その1、その2) むしろ今回の選挙結果は、911以降、ブッシュ政権がアメリカの「戦時状態」を維持してマスコミを使った言論統制を上手にやった成果だ。ブッシュ政権がテロと戦うふりをして実はテロを煽っているという、米国外の世界の人々の多くがすでに気づいている「永遠のテロ戦争」の裏の構造を、米国民のかなりの部分が気づいておらず、ブッシュがアメリカをテロから守ってくれていると思っている人が多いことが、接戦になった理由だろう。そして、最後の5%ぐらいの戦いの部分で、共和党陣営が接戦州の与党であることを利用して不正を行った結果、ブッシュが勝ったということではないかと思われる。 ▼ネオコンのやりたい放題に? 2期目のブッシュ政権では、ネオコンの力が強まり「世界民主化」がさらに強行される可能性が大きい。選挙直後から2期目のブッシュ政権の要職に誰が就くかを予測する記事がいくつか出ており、いずれも「パウエル辞任」「ウォルフォウィッツやボルトンなどネオコンの昇進」を予測している。(関連記事) パウエルの後任の国務長官に、比較的穏健派といわれるジョン・ダンフォース元上院議員が就任し、ネオコンと中道派のバランスが維持されるという見方もあるが、ダンフォースはパウエルのようにネオコンに対抗できる狡猾な政治闘争の技能を持っているか疑問だ。「お飾り」でしかないかもしれない。 ホワイトハウスの要職人事を否決しうる議会上院の多数派を共和党が握っている以上、ブッシュが決めたことを誰も阻止できない。イラク占領が泥沼化してから、大統領の再選に不利になるのでおとなしくしていたネオコンが復権し、ネオコンのやりたい放題になる恐れがある。2期目のブッシュが2期目のレーガンと同様に、タカ派から穏健派に転じる可能性もあるが、今のところその予兆はない。 ネオコンがやりたい放題にやった場合、イランとシリアが、イラクのように怪しげな嫌疑をかけられて政権転覆され、何年も混乱させられ、無数の人々が死ぬ事態になるかもしれない。 ▼ブッシュのアメリカは破綻に近づく とはいえ半面、ブッシュ政権は1期目の戦略を2期目も続けていくことが難しくなっている。 その理由の一つは、減税をやりながら戦費などの支出を増やした結果、財政赤字が危険な水準にまで増えていることだ。これまではアジア諸国が自国通貨の対ドル相場を安定させるため米国債を買っていたが、今後はアジアにおいて独自の経済圏ができていく傾向が強まり、ドル離れが起きる懸念がある。アジア諸国はドルを買わなくなり、アメリカは債務不履行に陥るおそれがある。(関連記事) ブッシュ政権は再選を決めた直後、財政赤字の上限を引き上げたいという意志を表明した。赤字はますます増えそうである。(関連記事) 従来のようにアメリカが強い覇権を維持できれば、ドルを買いたい人々はいなくならないだろうが、軍事的にアメリカ軍はすでに戦線を拡大しすぎた状態になっている。パウエル国務長官は親しい友人に、アメリカはイラクで負けつつあると漏らしたという。(関連記事) この先イラン、シリアなどに戦線を拡大すると、米軍は中東以外のことに関与できなくなり、軍事的に自滅し、その結果だれもドルを買いたがらなくなり、経済と軍事の両面で破綻するかもしれない。ドル安が続くと「アメリカはドル安の方が良いんだ」という解説記事が再び出てくるだろうが、今の時期のドル安はアメリカの弱体化を反映したものであると考える方が妥当だと私には思える。 「財政赤字の拡大は経済発展につながる良いことだ」という主張もあるが、私にはこれは以前にネオコンが「イラクは簡単に民主化できる」といっていたのと同様、人々をだます詭弁であるように思える。ネオコンがやりたいようにやるほど、アメリカは力を浪費し、自滅を早める結果となるように思える。(関連記事その1、その2) アメリカが破綻したら、その後の世界は以前の記事にも書いた「多極化」である。アメリカが自滅して力が縮小すると、EU、中国、ロシアなどが対抗しうる存在になる。ロシアのプーチン大統領は「ブッシュの方がテロ対策に熱心なので、ブッシュに勝ってほしい」と選挙前から言っていたが、この発言の真意は、ブッシュが再選されればアメリカが自滅する可能性が高まるからではないかと思われる。(関連記事) ▼「西洋」崩壊の懸念 ブッシュが再選されて単独覇権主義が続く結果、第二次大戦後60年間続いたアメリカとヨーロッパの協調関係も終わると分析する記事も出ている。ドイツやフランスなどは、親欧的なケリーが勝ったらアメリカとの協調関係を復活できると期待していたが、ブッシュではそれが期待できない。今後のEUはアメリカとの関係をあきらめ、独自の外交政策や軍事戦略を希求する傾向を強めると予測される。(関連記事) EUの人々の中には、これまで「アメリカは911のショックで一時的におかしくなっただけだ」と考える人もいたが、ブッシュの再選を機にこうした楽観視が消えると予測されている。以前に一度EUに入ることを国民投票で拒否したノルウェーは、ブッシュが再選されたことを受け、EUとアメリカの両方とつき合う戦略をあきらめ、EUに入ることを再検討することにした。(関連記事) またイギリスのブレア首相は、ひそかにケリーの勝利を望んでいたようだが、これは欧米間の架け橋となることで存在意義を増せるというイギリスの国家的な性格と関係している。ブッシュが再選されて欧米間の亀裂が広がると、イギリスの出る幕もなくなる。その場合、イギリスはEUとの関係を強化せざるを得なくなる。 アメリカのアイデンティティはこれまで、自国が「西洋」(West)の中心であるということだった。西洋の中心はギリシャ、ローマからイギリス、アメリカへと移動してきた、というのが多くのアメリカ人の歴史観である。欧米間の亀裂が深まることは「西洋」の崩壊を意味する。 欧米間は経済関係が非常に緊密であり、この経済関係がある限り、欧米に一定以上の亀裂が入ることはあり得ない、という考え方もある。しかしその一方で、FT紙のコラムニストは「今後、欧米協調を中心とした世界の枠組みが失われると混乱が増し、混乱の中で物事が決まっていくようになると、予測不能な状態に陥る」と悲観的な見方をしている。(関連記事) ▼対米従属を続けられなくなる日本の危機 EUやロシア、中国、インド、ブラジルなどの大国にとっては、ブッシュが再選されてアメリカが自滅する可能性が高まったことは、自国の覇権を拡大するチャンスである。反対に、強いアメリカの傘の下にいることで覇権を求めずに安定を維持したいと戦後ずっと考えてきた日本にとっては、ブッシュの再選は国家的な危機につながるかもしれない。 日本の政府や外交専門家の多くは、共和党には親日家が多いとか、民主党は親中国だとかいう理由でブッシュ支持だったが、もっと大きなアメリカの世界支配という観点で見ると、2期目のブッシュ政権はアメリカを自滅させる可能性があり、日本にとっては従属しようにもその相手が潰れてしまうことになりかねない。 今後、2期目のブッシュ政権の閣僚人事が定まってくると、アメリカが今後破滅的な単独覇権の拡大を続けるのか、それともそれを止めるのかが見えてくる。「2期目のブッシュはパレスチナ問題を解決する」「台湾問題も解決できるかも」といった希望的観測も存在している。世界にとっても日本にとっても、アメリカがどっちに進むのかが、最も重要な問題になっている。(関連記事)
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