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自立を求められる日本

2004年8月17日   田中 宇

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 終戦記念日は、多くの日本人にとって、戦争の惨事を繰り返さないための記念日であり、毎年の戦没者追悼式でも、天皇や首相が式辞の中に不戦の誓いを含ませる。そして戦争を放棄し軍隊を持たないことを規定する日本国憲法の9条は、アメリカが日本に不戦の誓いを守らせるために盛り込んだはずだった。

 ところが今、アメリカ自身が、そうした戦後日本の基本方針を壊そうとし始めている。終戦記念日直前の8月12日、パウエル国務長官は日本の報道各社とのインタビューで、日本が国連安全保障理事会の常任理事国になるには憲法9条を見直す必要がある、とする見解を示した。同様の趣旨のことは、7月にアーミテージ国務副長官も自民党幹部に対して述べている。同趣旨の発言が繰り返されたことからは、米政府が日本に対し、憲法9条を改訂して「軍隊」や「交戦権」を持てと要請していることがうかがえる。

【アーミテージはパウエルの腹心で、2人は米政権内の色分けとしては「中道派」(国際協調主義者)であり、「タカ派」(単独覇権主義者)に対抗している。アーミテージは1999年の「アーミテージ報告書」などで以前から日本に軍事拡大を提唱しており、日本での「タカ派(軍拡派)・ハト派(護憲派)」という対立概念でとらえると「タカ派」だが、それは昨今のアメリカでの「タカ派・中道派」とは別の対立軸である】

 ここで出てくる疑問は「アメリカは、なぜ日本に軍隊や交戦権を持たせたいのか」ということである。911後、単独覇権主義に走ったアメリカが、日本を資金面だけでなく軍事面でも「下請け」として使うためではないか、という見方もできる。だが、昨年から今年にかけてアメリカの軍や外交筋から出された、日米関係についての3本の論文を読むと、その見方は間違っていると思われる。

 むしろ、日本がアメリカに従属してきた戦後の国家方針から脱却し、日本がアメリカから自立した軍事力を持つことを通じて独自の外交戦略を希求するようになり、その上で国連安保理の常任理事国になることで、アメリカにおもねらない形での外交力を日本に発揮させるのが、米側の目標であると感じられる。従来の日本では、アメリカの意に添って外交を行うのが良いとされてきたが、アメリカの側は逆に、アメリカを気にせず日本の国益に立脚した外交をしてほしいと考えているように思える。

 以前の記事「消えた単独覇権主義」などに書いたように、アメリカの中道派は、中国やロシア、インド、EUなどアメリカ以外の大国が国際社会で外交力や軍事力を増加させ、その分アメリカの覇権が弱まって世界が「バランス・オブ・パワー」の均衡状態になり、国際協調体制が作りやすくなることを望んでいる。パウエルの憲法9条改訂要求から見えてきたことは、この均衡戦略の対象には日本も含まれているようだ、ということである。

▼日本に必要な「建設的ナショナリズム」

 上に書いた「3本の論文」のうちの1本目は昨年末、フォーリン・アフェアーズの2003年11−12月号に載った「日本の新しいナショナリズム」(Japan's New Nationalism)という論文である。

 フォーリン・アフェアーズの発行元である「外交評議会」の上席研究員だったユージン・マシューズが書いたこの論文の要旨は「ナショナリズムが勃興する日本は、いずれ憲法9条を改訂し、軍事拡大の道を歩む。この動きは世界とアメリカにとって害にならない。軍事力を強化して独自の安全保障体制を構築した日本は、地域の安定のため中国と接近して安全保障条約を結ぶなど、アメリカから自立した戦略を歩み出すだろう。日中が接近すると、アジアでのアメリカの役割は縮小する」というものだ。

 この論文では、日本の「ナショナリスト」の特徴として「日本を世界から尊敬される国にしたい」「改革や民営化を好み、年功序列を嫌う」「戦前のような領土拡張主義に反対し、右翼(ウルトラナショナリスト)を嫌う」といった点を挙げている。つまり、日本の「保守層」のことを「ナショナリスト」と呼んでいるのだと思われる。

 論文によると、日本のナショナリストは、アメリカが北朝鮮と核疑惑について直接交渉すべきなのに、それがなされないので怒っている。また日本人は「アメリカは中東に気を取られて日本を守ってくれなくなった」と感じており、日本独自の軍事拡大が必要だという考えが強まっているという。そして「日本のナショナリズムの高まりは、第2次大戦前と非常に似ている。アメリカは日本のナショナリズムを極端に走らせず、建設的な(世界に貢献する)方向に進ませるべきだ」と結論づけている。

 私から見ると、日本の保守層の多くはむしろ「最近のアメリカはおかしいが、日本独自の軍事拡大をやって戦前の道を繰り返すよりはましだ」と考えており、北朝鮮の核問題にしても、アメリカを責める論調はほとんどない。その点では、この論文には誤認がある。

 だが実は、フォーリン・アフェアーズの論文は、現状認識が正しいかどうかはあまり重要ではない。この雑誌の論文では往々にして、現状分析は「アメリカはこうすべきだ」という結論を導き出すためのこじつけである。この雑誌を刊行する「外交評議会」はアメリカの外交政策の決定メカニズムの内部にあり、この雑誌に載った論文は、学術的なものとしてではなく、政治的な意図に基づくものとして読み解く必要がある。

 つまり「日本の新しいナショナリズム」で注目すべき点は「アメリカは日本に健全な独自の道を歩ませるために、ナショナリズムの勃興を容認・誘発すべきだ」という主張である。

▼日米、米韓、米欧の「同盟関係の終わり」

 2本目の論文も、1本目と同じく「外交評議会」の上席研究員が書いたものだ。ラヤン・メノン(Rajan Menon)という大学教授が書いた「同盟関係の終わり」(The End of Alliances)という論文で「アメリカが西欧や韓国、日本と結んでいた同盟関係は、冷戦という時代背景があったからうまく機能していたもので、今後10年間でこれらの同盟関係はすべて崩壊の方向に進むだろう。同盟はなくなるが、日韓欧とアメリカとの関係が悪化することはないだろう」と予測している。

(ブッシュ大統領は、西欧や韓国に駐留する米軍の兵士と家族17万人を引き揚げると発表しており、現実はこの論文の分析どおりに進んでいる)(関連記事

 この論文によると、専門家の多くは「日本人には第二次大戦で敗けた心の傷があるので、日本が強い軍隊を持ちたがるはずがない」と考えているが、東アジア情勢の急展開を考えると、この状態が今後も続くとは限らないという。そして、日本人が今後も自信を回復しなければアメリカに守ってもらおうとするだろうが、それよりも軍事拡大して外交的にも自立しようとする可能性の方が大きい、と分析する。

 日本の軍事力については「まだ弱点は多く、軍事費の使い方も効率的でないが、すでに世界第3位の軍事費を計上しており、イギリスとフランスの間ぐらいの規模の兵力を持っている」として、時間はかかるものの、日本が英仏並みの軍事力を持つことが可能だと指摘している。

 またこの著者は、日本だけでなく韓国や西欧についても「過去50年間、アメリカに頼る体制下で小さく生きてきたため、国家としての意志や自信を欠いている」と指摘し、今後はアメリカとの同盟関係から脱して自前の戦略を持つようになるだろうと見ている。

 ブッシュ政権はここ1−2年、西欧(独仏)や韓国との同盟関係を自ら切るような動きをしてきた。そして、イラク戦争前に西欧との仲を切ったのは独仏がイラク侵攻の必要性に疑念を表明してアメリカの単独覇権に楯突いたからであり、韓国から米軍を撤退させるのは米軍が北朝鮮を攻撃する準備の一環だ、といった見方がなされてきた。

 ところが「同盟関係の終わり」の論文に基づいて推測するなら、別の見方ができる。アメリカが独仏や韓国との同盟を解消するような動きをした裏の理由は、独仏や韓国に国家としての自信をつけさせ、独自の戦略を持った国になってもらい、世界を均衡状態に近づけるためだったのではないか、と思えてくる。

 同様の路線で考えると、日本が対米従属にこだわり続けると、アメリカの方から日本を強制的に反米に傾けるような策略が打たれてくるかもしれないと予測される。たとえば、アメリカが北朝鮮への拉致家族問題でジェイキンス氏に対する裁判に固執しているのは、そのような米側の深謀があったのか、とも勘ぐれる。

▼日本はいずれフランスのようにアメリカに楯突く?

 3本目の論文は「日米同盟は衰退に向かうか」(Past its Prime? The Future of the US-Japan Alliance)という題で、アメリカ陸軍士官学校・戦略研究所のウィリアム・ラップ中佐が書いた研究論文である。

 この論文は「今後20−30年の間、日本はアメリカにとって矛盾した存在になっていく。アメリカは日本が軍事力・外交力を拡大することを求めており、日本はそのとおりの動きをするだろうが、それと同時に日本はアメリカの利害と一致しないかたちで独自の国益を追求するようになる。未来の日本は、アメリカから何かを強要されたとき、対立をなるべく避けるイギリスのサッチャー主義ではなく、対立をいとわないフランスのドゴール主義に近い対応をするようになっていくだろう」と予測している。

 北朝鮮の脅威が存在する間は、日本はアメリカの軍事力の傘の下にいる必要があるが、その後は日米の利害が食い違うかもしれないので、米軍は東アジアで前方展開する拠点として日本以外の場所を検討すべきだ、とこの論文は主張している。

 この論文によると、アメリカは日本など友好国との間に非公式な同盟関係を築くことを希望している。これは、指導者どうしが密室で話し合って両国の関係を決め、国家の上層部だけが真の関係性を知っている外交関係のことで、米英、米中、米露、中露など、世界の大国どうしの関係は大体が、公開された部分より非公式の部分が重要な状態である。

 これに対し、戦後の日本政府は、アメリカとの間に日米安保体制という明文化された関係を築き、安保条約やガイドラインといった公式文書に基づく関係性のみを重視し、非公式な関係を重視しないですまそうとしてきた。だがアメリカは、今後の日米関係を他の大国との関係と同様、指導者どうしの非公式関係を基礎に置く同盟に変質させたいと考えている。

 もともと外交とは、非公式関係の積み重ねである(だから国際情勢は仮説的な裏読みが必須になる)。戦後の日本が非公式な関係をベースにしたがらないのは、戦前の国際社会で欧米諸国が織りなす非公式な外交関係の網の目をうまく読み切れず、その結果第二次大戦で大敗北を喫した教訓から、非公式な関係に懲りたからだろう。

 アメリカ担当の日本の外交官と話すと、アメリカの世界戦略を浅薄にしか見ていないことに驚かされるが、戦後日本の外交が非公式な関係を敬遠してきた以上、それは無理もないことなのかもしれない。だがアメリカは、日本がそうした「戦後」的な状態を脱却することを望んでいる。

 日米安保条約や憲法9条は破棄されず、条文解釈で切り抜けられるかもしれないが、そもそも条文が現実を取り仕切る時代は終わり、指導者間の非公式な関係が重要な時代になるのかもしれない。そして、その状態に移行していること自体、非公式なのでほとんど報じられず、日本人の多くは変化に気づかない、という事態がおこり得る。

▼日本も「非米同盟」に入る?

 宣伝になって恐縮だが、私はこのほど文春新書で「非米同盟」という本を書いた。今週から書店に並んでいる。

 同書のテーマである「非米同盟」とは、アメリカ以外の世界の大国が、アメリカの破壊的な世界支配に対して敵対するのではなく相手にしない「非米」的な態度をとりつつ緩やかに連携しているイラク戦争後の国際社会の状態のことで、今回の記事にもすでに書いた中道派の均衡戦略の結果、生まれた状態である。ここ1−2年の国際情勢を見ていると、アメリカは他国を強化し、自国をわざと破壊するような動きを見せており、それは世界を安定的な「バランス・オブ・パワー」の均衡状態にすることが目的ではないかと私は考えている。

 そして、今回感じられ始めたのは、アメリカは日本にも、自国を牽制する「非米同盟」諸国の一つになってほしいと考えているのではないか、ということである。日本はアメリカのくびきから自らを解き放ち、日本らしい独自の外交戦略を実行してほしい、というのがパウエルやアーミテージの発言の真意ではないかと考える。

 平和教育が行き届いている戦後の日本では「軍隊など持たなくても外交力を発揮することはできる」「憲法9条を保持したまま独自の外交戦略を展開するのが良い」という考え方が浸透している。しかし、現実の世界を見ると、一定の軍事力を持たない国は、外交的な発言力を持つことが難しい。日本が現行の日米安保体制のまま国連安保理の常任理事国になっても、常にアメリカに賛成する立場以外はとれない。

 パウエルらの要請にしたがって憲法9条を改訂してから常任理事国になっても、日本は当面はアメリカに従属する姿勢しかとらないかもしれない。だが長期的には、上に紹介した3本の論文で分析されているような、アメリカとは違う道を行く日本が立ち現れてくると予測される。

 正規の軍隊を持っていることと、侵略戦争をすることとは別のことである。反戦運動が活発な西欧でも、自国の軍隊を廃止すべきだという運動は主流ではない。「軍隊なしの日本」という国家戦略もありえると思うが、連呼されるスローガンを超える具体的な戦略としては見たことがない。(軍隊を持たない中南米のコスタリカを見習えば良い、という主張も聞くが、コスタリカは自国軍を持たない代わりに米軍に頼っている)

▼空洞化する日米安保体制

 日々の現実を見ると、日米安保体制の空洞化は、すでに始まっている。7月末、東京近郊の横田基地にある在日米軍の司令部がある第5空軍を、グアム島の第13空軍を傘下に納める形でグアムに移転させる計画を米軍が進めていることが明らかになった。(関連記事

 日本側の報道では、この移転は早ければ今年10月から始まることになっているが、米側の報道では10月までに終わることになっている。日本側の反対で、司令部は形だけ横田基地に残ることになったが、すでにグアム島では昨年から軍事施設の拡張工事が進んでおり、実体としては在日米軍のグアム移転はすでに決まったことのように見える。(関連記事

 グアム島はアメリカの西太平洋・東アジア地域における最大の軍事拠点になりつつあり、これまで日本と韓国に展開していた米軍の中心がグアムに移転してくるような形勢になっている。これは「紛争地の近くに大軍を置くのをやめ、大部隊は後方に引き下げ、前方には機動性の高い部隊だけを置く」という、アメリカが数年前から計画してきた世界的な軍事再編の方針とも一致している。(関連記事その1その2

 沖縄駐留の海兵隊の削減も取り沙汰されており、日本に駐留していた米軍が減る方向にあるが、これが常態化すると、自然と日本の自衛隊が独自に防衛をしなければならなくなる。

 その一方でアメリカは、米西海岸ワシントン州にある米陸軍第1軍団の司令部を神奈川県の座間基地に移転させる計画も進めている。これは、日本が米軍の世界的な軍事展開の中に組み込まれる度合いを高めるもので、これまでに述べてきた「日本の軍事的自立」とは逆方向であり、矛盾している。

 しかし全体として見ると、在日米軍を東京からグアムに移す代わりに米本土から陸軍司令部を東京に持ってくる計画になっており、これは米軍が日本政府から受け取っていた「思いやり予算」を今後ももらい続けるための配置転換ではないかとも思える。

 日本政府としては、日本以外の地域も担当する陸軍司令部を日本に持ってこられることは日米安保条約に反する上、在日米軍以外の司令部に政府予算を出すことにも反対で、地元自治体の反対もあり、結局この話はアメリカ側が仕切り直しを申し出た。(関連記事

 日本側では、経団連が日本企業の武器輸出を再開しようと「武器輸出3原則」の緩和を政府に要請している。アメリカが日本の軍事拡大を促進するのなら、日本企業が武器を輸出して儲けたって良いじゃないいか、という話である。自国で武器を作っている国では一般に、軍事技術を発展させるためには自国の軍隊が使う分の国内需要だけでは市場が小さいため、武器輸出を拡大しようとする傾向がある。輸出市場が大きいほど、規模の経済が働いて、安く性能の良い武器を作れるようになる。(関連記事

 政界では、政権獲得を狙う民主党の岡田代表が、アメリカを訪問して高官たちと会った後、憲法を改定して海外での武力行使を可能にすると発言し、党内外に波乱を呼んだ。日本での小泉人気にかげりが見えていることを踏まえ、米側は、政権交代があっても日本の軍拡新路線に変更がないよう、民主党側と非公式外交を行い、それを受けて岡田氏は「了解」の合図を米側に送ったのだと思われる。こういった話は、戦争を嫌う多くの日本人にとっては頭に来るかもしれないが、現実はそちらの方向に進んでいる。



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